迷い込んだココロ
それは
それはもう
心が離れたことについて?
頭がいっぱいになっていたことに気付いた、ということ?
たくさんの意味が含まれているその言葉を
色分けする材料を、私は持たない
ふわふわ漂いながら、重たい幻とずっと闘っていたから
払いのけたくて払いのけられなくて
いつのまにか瞳は曇った
粘っこい夜の中で
ほんのわずか殻を割った無垢なひかりも
分厚い雲に隠されてしまうの
失いたくない
おいて行かないで、どこにも
自分勝手でいいの
自分勝手とやっかいをまるごと持ち込んで
それを解きほぐしていこう、二人でつっついて
ね、
おでこを突き合わせて
難しい顔をして
ちゃんと喧嘩をしよう
これがただの呪縛ならば
散歩以上お花見未満
4時に新宿に待ち合わせをして御苑へ向かう。
本当は豆大福を買っていって芝生で友達と食べようかなぁと思っていたけれど急いでいたのでてぶらになってしまった。
高島屋タイムズスクエアを抜けて御苑方向へ。通り道から桜が見えてわくわく感は増す。
しかし…
御苑は4時で入場終わりだった。
そんな!
早いのことは覚えていたけれどこんなにとは。だって花見シーズンだよ?!
苑内にいるのは花を観ながらのんびり出口へ向かう人たちばかり。あの人たちに紛れてそちらの門までの道程を楽しみたいのに…でもおじさんはにべもない。「ここはもう開けられない」の一点張り。まぁ、そりゃあそうなんだけど…この私たちの桜に対する気持ちを汲んでちょっとくらい勘弁してくれたっていいじゃない?!と胸のうちで逆恨み。
くそぅ。
国民のための御苑じゃないのか?(たぶん違う)
おじさんたちが4時までしか働かないなら私たちだってもうこれからは4時で仕事終わりにするもんね~。
とか、訳のわからない理屈をこねつつかたく閉ざされた門の外側からはるか桜を眺める。
あぁ。あんな近くに桜があるのに。あの下に立てないなんて。
こちらがわには私たちだけじゃなくて諦めきれない他の人たちもいた。外国の人もいる。御苑へわざわざ来てくれたのに。見せてあげられなくて日本人の一員として申し訳ない。
だからおじさん!
でももうおじさんはとっくにいない。きっと毎日こうしてごねる人がいるんだろう。慣れている。
「よじのぼろうか?」
とか柵を掴んで盛り上がりつつも、まぁやめる。もう大人だし。昔は御苑へ夜忍び込んだものだけど(もう時効)。
仕方がないから柵のこちらから小さく見える桜を写真におさめ、名残おしみながらぷらぷら代々木門から新宿門まで歩く。やはり忍びこめそうなところはなくてがっかり。
新宿をあるきながら追分団子の店に寄って、いちご大福とおだんごを食べた。
お店に飾ってある桜の小枝を眺めながら。ちょっとお花見気分が味わえたね、とふたりで笑った。
RPGとバイト先
セーブ方法は、左ボタンを押し続けることだと男の子が教えてくれる。だから左に敵のいない、池などに落ちない安全な道のあるところじゃないとセーブできない。
セーブ画面が水の中のようなちょっと素敵な画面だった。
水曜で今日は会社が休み。なのに私は夕方から出社している。
「めずらしいね」とか言われながらどうしてきちゃったんだろうかと自分でも疑問。
実際のバイト先とは随分感じが違って、何だかすごくごちゃごちゃしていて自分の席につくにも書類や机をまたがなきゃいけない。マンガ家の仕事場みたい。
寝台車
私が寝台車に乗ったのはいくつのときだっただろうか。
多分鹿児島のおばあちゃんちから帰るときだ。
私は寝台車に弟と一緒だっただろうか。
子供だったからひとりだったはずはないが、思い出す風景はひとりきりで見たような気がする。
ひっそりと閉じ込められて、妙に天井と壁の境目が丸かったのを覚えている。
きっと電車が急に止まったりして頭をぶつけても平気なようにだな、と。
小さな薄いカーテンはざらざらしていた。
窓は開いたっけ。覚えがない。
列車が滑り出すとその不思議な目線の高さと厚い硝子の向こうの少し歪んだ景色にくらくらした。
青い夜に白い明かりが尾を引き、それがだんだん早くなる。
雪が降ってきたっけ?
たぶんそれは思い込みだ。
冬ではなかった気がする。
それはおじいちゃんのお葬式のときだ。
そうだ、思い出した。
夏で、私は幼稚園を休んだのだ。
私の給食はだれがたべるんだろうと思った。
幼稚園のとき、ずっと空いている席があった。
入園式の直前にお風呂で亡くなったお友達。
先生のとりはからいか空席はずっと残されていた。給食もその子の分がいつも余っていて、じゃんけんで分けた。
ひとの死ということへの痛みがまだ本当には想像できなかった私だけれども、給食を通じてその会ったことのない友達のことを考えたと思う。
お葬式ではしきりに喉が渇いたことを覚えている。
お水ばっかり欲しがった。
近所のおばあさんが「かわいそうねえ、お嬢ちゃんかわいそうにね」と言っていた。
かわいそうか…、とぽつりと思った。本当はあまりよくわからなかった。
灯篭が、おばあちゃんのパジャマみたいだと思った。
蒼くて儚い光がくたびれたふすまに次々に流れていくのをずっと見てた。
死ぬって、時間が止まるって事なんだ。
もう友達は給食を食べることはない。
おじいちゃんの思い出はほとんどなくて写真でしかしらない。
記憶が時間に貼りついて、ときどきこちらからとことこ歩いてゆかなければ、ずっとそこにいるのだ。
ずっと起きていようと思ったのにいつのまにか寝てしまった。
だからあの窓の外の風景が本物だかユメだったのか、わからない。
共感覚
ここに興味深いページがたくさんあったので覗かせていただいた。
そもそもは「ほぼ日刊イトイ新聞」で知った共感覚。
昔からちょっと不思議だった自分の感覚を、もしかしたらこれなのかな、と興味を持った。
共感覚のサイトを見てみると、文字に実際色がついていたり、何かを見たり聞いたりしただけで実際に触覚が働いたりする。
つまり、五感の何かと何かが連動して働く、というようなもの。
たとえば、ある人はレモンパイを食べようと思うと、とんがってちくちくした感じが(気のせいではなく実際に感じる)するので
やめよう、と思ったりするらしい。
私の場合実際に目に見える色がつくわけではなく、一文字一文字に対する色のイメージが決まっている。
たとえば、「あ」は濃い赤。「ら」は京風の紫。というように。
だから、文字の組み合わせである名前にも色がきまっていて、その人の名前を呼ぶとその色が頭の中に浮かぶ。例えば「あらい」だと、赤紫っぽい。
こんな風に「あ」と「ら」が混ざっているから、という単純なものから、組み合わさると色が変わってしまうものまで色々で、自分でも法則は分からない。
でも「新井」は「荒井」よりほのかに黄味がかっていたりして、微妙に違うから漢字にも関係あるのかもしれない。
その文字の色が、そのままその人のイメージになることも多いから色が似ている名前同士は間違ってしまったりする。
「青木」と「木村」とか、「高橋」と「柴田」とか。
しかし覗いてみた共感覚の人たちのようには強烈ではない。実際色が見えるわけでもないし、なにかを見て匂いがしてきたりもしない。
だからちょっと共感覚とは違うかもしれない。
子供の頃はどうだったか…それは思い出すことができない。
そう、子供で思い出したけれど、たとえば文字を覚えた子供に色つきの文字ブロックを見せたら、「どうして“あ”が黄色なの?“あ”は赤でしょ?」という
発言をして、共感覚者だということがわかることがあるそうだ。
もしかしてこの感覚は、なにか創るということの手助けになりはしないか。
ちょっと期待しているのだけれど…そううまくはいかないかな。