寝台車 | アマヤドリ

寝台車

私が寝台車に乗ったのはいくつのときだっただろうか。

多分鹿児島のおばあちゃんちから帰るときだ。
私は寝台車に弟と一緒だっただろうか。
子供だったからひとりだったはずはないが、思い出す風景はひとりきりで見たような気がする。
ひっそりと閉じ込められて、妙に天井と壁の境目が丸かったのを覚えている。
きっと電車が急に止まったりして頭をぶつけても平気なようにだな、と。
小さな薄いカーテンはざらざらしていた。
窓は開いたっけ。覚えがない。
列車が滑り出すとその不思議な目線の高さと厚い硝子の向こうの少し歪んだ景色にくらくらした。
青い夜に白い明かりが尾を引き、それがだんだん早くなる。
雪が降ってきたっけ?
たぶんそれは思い込みだ。
冬ではなかった気がする。

 

それはおじいちゃんのお葬式のときだ。
そうだ、思い出した。
夏で、私は幼稚園を休んだのだ。
私の給食はだれがたべるんだろうと思った。

 

 

幼稚園のとき、ずっと空いている席があった。
入園式の直前にお風呂で亡くなったお友達。
先生のとりはからいか空席はずっと残されていた。給食もその子の分がいつも余っていて、じゃんけんで分けた。
ひとの死ということへの痛みがまだ本当には想像できなかった私だけれども、給食を通じてその会ったことのない友達のことを考えたと思う。

 

お葬式ではしきりに喉が渇いたことを覚えている。
お水ばっかり欲しがった。
近所のおばあさんが「かわいそうねえ、お嬢ちゃんかわいそうにね」と言っていた。
かわいそうか…、とぽつりと思った。本当はあまりよくわからなかった。
灯篭が、おばあちゃんのパジャマみたいだと思った。
蒼くて儚い光がくたびれたふすまに次々に流れていくのをずっと見てた。

 

死ぬって、時間が止まるって事なんだ。

もう友達は給食を食べることはない。
おじいちゃんの思い出はほとんどなくて写真でしかしらない。
記憶が時間に貼りついて、ときどきこちらからとことこ歩いてゆかなければ、ずっとそこにいるのだ。

 

ずっと起きていようと思ったのにいつのまにか寝てしまった。

だからあの窓の外の風景が本物だかユメだったのか、わからない。