アマヤドリ -338ページ目

うまれるものごと

今日は昼に友人と待ち合わせてもうすぐ赤ちゃんの生まれる友達の家に。
思えばもう1年も会っていないんだった。ひとりめの子が大きくなっていて年月を感じた。
穏やかでよい妻であり母である友人をみているとああ、こんな風に家庭を築けるっていいなぁと思う。ひとつひとつをこつこつと積めない私にいつかできるのだろうか…不安になった。憧れはこんなにあるのだけれど、この幸せの温度がすごく自分とは遠い気がして…今は弱気だな、と思う。
今ちょうど反抗期のうえの子は、でもやっぱりとても可愛い。一生懸命マジレンジャーのおもちゃを見せてくれる。マジレンジャーはブルーも女の子だそうだ。昔は女の子はピンクか白か黄色だったのに。で、朝行ったすべり台がいたく気に入ったらしくまたいきたい、みんなでいこう?楽しいよ、と一生懸命説得しようとしていた。ママおなかがつかえちゃうからパパといっといで、と言うとどうしても外にこれを着ていくんだと冬のフリースの裏がついたジャンパーを頑固に脱がなかった。
おかしいよなぁ、でもこのわけわからんさがたまらなくいとおしい。ちっちゃい足。重たそうな後頭部も。
そういや、とふと思う。そういえば、中学の頃この中で誰が一番早く結婚するのかなという話をよくしていた。私が最後だったか…何だか不思議。
時間はこうして会えば戻ってしまうけれど、本当は着実に前にしか進まないのだなぁと…当たり前のことを強く認識した。

新宿に戻ってきて小腹が空いたねということでちょっと軽く食べてゆく。
行きつけの蕎麦屋Wはお休みだから…と、新しく見つけたガレットの店へ。
アボカドと鮪の和え物、ラタトゥイユとオムレツのガレット、海老とアスパラのクリームトマトスパゲッティをシェアして食べた。
結婚式の準備で疲れてる友人のためにも今日は早めに切り上げる。

GWも半分を過ぎた。
明日はローザスのフィルムを観に行く。それから明後日はヨガに初挑戦。
こうして時間を費やしていく感覚。
そのうち自然に呼吸ができるまで。

『17歳のカルテ』

タイトル: 17歳のカルテ ― コレクターズ・エディション

自殺未遂騒ぎを起こし境界性人格障害という診断を受けた17歳のスザンナ(ウィノナ・ライダー)は精神病院に入院させられることになる。そこには同年代の女の子達がいた。何度も病院から脱走しているリサ(アンジェリーナ・ジョリー)。空想癖があるジョージーナ(クレア・デュバル)。自分は病気じゃないと主張していたスザンナは、彼女たちと触れ合う中で少しずつ自分を理解し始める。


この映画でのアンジェリーナ・ジョリーの評判は聞いていたけれど、本当にいい。
とても魅力的だったし意欲をもって演技しているのがわかる。この役をこんな風に自然に身についたもので表せる女優さん、他にあまり思い当たらない。もっと小奇麗になってしまうか、技巧を感じさせるかになるんじゃないだろうか。

実はこんなに有名俳優が沢山出てくる映画だとは思っていなかったのでウーピー・ゴールドバーグが出てきたときにはああ、そういう映画ね、と思ってしまった。
原作の雰囲気がどのようなものだったのか読んでいないので分からないけれど、周りを固める俳優達をもっと軽くしたらこの作品はまた全く変った魅力を持ったのではないかと思う。
精神の病について広く考えさせたいという気持ちがこのキャスティングに現れているのなら、成功なのかな?
『カッコーの巣の上で』みたいなものも少し想像していたのだけれど。


精神病とは特別な事ではなくて誰にでもある一面が拡大されただけ、と最後にスザンナが言っているが、本当にそうだ。よほど重い症状の事はわからないが…。
誰しもの心に闇や疵はあって、それに押しつぶされないように闘っているんじゃないだろうか。
かと言ってじゃあ病気だと思っているのはただの言い訳や逃げか、といったら決してそうじゃない。風邪と同じように、こじれてしまったらやっぱりそれはお医者さんにかかるべきなのだろう。
日本ではまだどうしても精神の病を特別視する傾向にあると思う。
だからこそその病気に逃げ込まずにいられるひともいるだろうし逆に認めず、顧みず、どんどん病にはまり込んでいってしまっている例もあるのかもしれない。特別な事でも絶望する必要もない、でもそこにはやはりプロの力が必要なのかもしれないから、認識する必要はあるのだろう。


ウィノナ・ライダーは少年みたいで、透明感があった。

tokyo.sora

タイトル: tokyo.sora

お友達が薦めてくれた映画。

amazonで見てみたら、本上まなみと井川遥がでているとのこと。

聞いたことのある題名ではあったんだけどな。

ストーリーやレビューを読んでみたが…うん、見てみたい♪

静かな孤独や絶望が染み込んできそうな…でもお友達がいうには、自分を認める気持ちになるって。

今の私に、まさにぴったりじゃないの。

認めなきゃ、曲がって歩いちゃうかもしれないもんね、と思うから。


本上まなみの演技もよかったみたい。


そして、この音楽を担当している菅野よう子が私は大好き。

カウボーイ・ビバップの頃からファンなのだ。

最近は『阿修羅城の瞳』のサントラも担当していた…と思う。

そうか、この映画も音楽担当だったんだ。

ドラマティックで、切なくて、祈りみたいな音楽を作らせたらこのひと天才だと思う。


見てみよう。

鉄塔と月


ねえ

私は、
主人の顔をすぐに忘れてしまう猫、
じゃあ

なかったよ


ロベール・ドアノー

市役所前のキス

京都の何必館でロベール・ドアノー展 をやっている。
いつだったか…もう5年位前かなあ、横浜に展覧会を見に行った。
友達がドアノーが好きで、その影響で私も好きになったのだけれど、展覧会を見に行って本当に惚れた。あの有名な「市役所前のキス」も素敵だなと思ったんだけれど、他の写真はもっと温かみに溢れていて、でもなんだか映画みたいなドラマティックさが入り混じっている(「市役所前のキス」はやっぱりちょっと演出がかっていたみたいだけれど)。

ドアノーってどんな人だったんだろう。
そんなふうに考えながら作品を眺めた。

私がすごく好きになったのは雨にぬれているメリーゴーランドの写真なのだけれど…どこにも画像がないな。
これは絵葉書を買って、今でも大切にもっている。

そのドアノーについてのニュースがあって、驚いた。


【パリ26日共同】フランスの写真家、故ロベール・ドワノー氏が1950年にパリの街角で撮影した「市役所前のキス」の署名入りオリジナル写真が25日、パリの競売会社アールキュリアルで競売に掛けられ、予想価格の約10倍の15万5000ユーロ(約2100万円)で落札された。
 米写真誌ライフから「パリの恋人たちのルポ」の依頼を受けたドワノー氏が、街角で通行人を無視してキスするカップルを撮影。日常風景を絶妙にとらえたスナップとして話題を呼んだ。
 ドワノー氏は後に、若いカップルがキスするのを見つけて、2人にあらためてポーズを頼んで撮影したことを証言した。
 写真は30年以上写真代理店の倉庫に眠った後、86年にポスターとして売り出され、世界中で40万枚以上売れ有名になった。
- 4月26日(共同通信)



あの写真の女性はまだお元気なんだ、ってことにも驚いてしまった。
そうか…ピカソより若いんだもんな、ドアノー自身。

京都のこの美術館に行ける方は、ぜひ行ってみてください。