アマヤドリ -292ページ目

『who』

仕事が終わって友達が誘ってくれた舞台に行った。

うん、なかなかよかった。素敵なダンサーを見つけたし、自分のなかにリズムを取り戻せた感じ。明日さっそく再現させてみたい。


しかし「白と黒」とか「光と影」っていうのはなぜにこんなにダンスの舞台で使われるのかな…もう新しくはないし、あえてそれを使っているという気概も特には見えない。
ああまたか、と思わせてもそれを打ち消すほど踊りが斬新、とかはっとさせられるものだったらいいのだけれど…ありきたりな演出ね、っていう気持ちにどうしてもなってしまう。
結構、大変なチャレンジだと思うんだけどなあ…ありきたりをやるのって。なのにそれだけで終わっちゃうなんて…それでいいのかな。
単純なこのテーマに乗って複雑な表現を含む踊りをするのならいい気がする。でも踊りはどちらかというと形、のほうだった。
「これいいな」と本当に思ってこのテーマみたいなものを選んだのかな…それとも色々やっているとここに辿り着いちゃうんだろうか。

でもダンサーはよかった。それがかなりカバーしていたし、だからそこまで含めて考えているのだとしたらよかったかな、と言える。


自分があれ以上のことをできると思ったりしてるわけではもちろんないけれど。


帰り、国立競技場でSMAPのコンサートをやっていた。空にむかってレーザー光線が飛び出たり、歌声もがんがん聞こえていてちょっとお得な気持ち。
当然あの会場に入れなかったたくさんのファンがいるのだ。国立競技場を取り囲んで歌ったり、光るものを持ってゆらゆらさせたりしていた。

すごいな。
私は特にSMAPが好きではないのだけれどあれだけの人の気持ちを動かすってやっぱりすごいことだ。嘘やいつわりやごまかしは、こんなに多くの人をつなぎ止めることはできないもの。それもこんなに長年。


最後のほうのナンバーにすごくこころ打たれた。踊りはなんとなく目に映っていただけで、それが滲んで見えて焦った。いつのまにかもう色んなことが頭をよぎって、涙を零すところだった。
なんとも透き通ったうたごえだったのだ。
ああ、だれがうたっているんだろう。

私の今のこころが受け取ったのは深い海みたいで、森みたいに永遠で、空高く届く鳥の囀りみたいだった。

night train

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貨物列車が、ちょっと好きだ。

あの古ぼけかた、錆の感じが。働くおじいさんぽい風貌が。

すごく懐かしい感じがする。停まって連結を外されてお休みしている貨物列車も好きだし、夜中に闇から突然オレンジ色の目を開いて表れる貨物列車もすきだ。

「母を訪ねて三千里」とか「ペリーヌ物語」みたいな、ちょっと苦しい旅、のようなものを思い浮かべて素敵な気持ちになるからかもしれない。

あの箱に隠れて貨物の中の食料をちょっと食べたり、時々隙間から差し込む暑い太陽が暗い箱の中の埃をきらめかせたり、ちょっと喉が渇いて苦しかったりする。

夜になったら箱の上に出て、どこまでもついてくる星を眺める。

そんな気持ち。



でも同時に、貨物列車がちょっと怖くもある。

怖いのは、荷物の載っていない、台だけの部分。

チョコレート色や緑錆色の荷物の箱みたいなのが載っているところは怖くも何ともない。

でもカラのあの台だけがホーム際を走っていると怖くて仕方がない。

怖いのは...いつ自分がそこに飛び乗ってしまうか。ということ。

自分でも不可思議だし「は?」って、眉をしかめられちゃうのは重々承知なんだけれど、どうしてもそういう強迫観念(大げさ)を拭えない。その荷台ものすごいスピードであればあるほど、ふらふらと吸い寄せられそうになる。

最初は子供のときに、なんだか飛び移れそうだな、と面白く思っていたんだろうと思う。それが大人になって常識がついてきて、飛び移ったらどんなことになるか鮮明に想像できるようになって怖くなったのだろう。

でもその「面白そう」がまだ私の中に生き残っている。

怖いのに、とても魅かれる。

そんな感じだ。

予防策として荷台が通るときにはなるべくそっちを見ないようにしている。

見たって、絶対飛び乗ったりしないって分かっているんだけれど。

セピア色の部屋

以前も書いたけれど、私は会社の机周りにあまり愛がない。

他の女の子とか可愛い付箋を使ったり、アポロチョコの形のマグネットを使ってみたり、ディズニーの缶にクリップを入れたりしている。

私の机の周りはまあさすがに汚くはしていないけど、全く可愛くない。灰色だ。

一日の大半をここで過ごすわけだしちょっと可愛くしようかな、と思うのだけれど...やっぱり難しい。本当は大好きなポストカードとか貼りたいんだけど、それはちょっとどうかな...という感じもする。


もしかしたら私は会社だけじゃなくて、私は自分の部屋にもあんまり愛情がないのかもしれない。

色々やりたいとは思うんだけど。部屋特集の雑誌とか見るのも好きだし。
自分のセンスに自信がないのかな。うん、それも確かにある。




プロのダンサーは長い舞台に出ている間中、楽屋が自分のお部屋のようになる(これはTVとかで見たことがあるだけで自分の経験じゃないけれど)。
鏡の廻りに出演者と一緒に映った写真や、友達からの励ましのカード、好きな俳優の写真をいっぱい貼り付けているのを見たことがある。
私の好きな感じはああいうお部屋だ。ちょっと雑然としてて、でも好きなものがあふれているような。

もしくは、サーカスの控室みたいな感じ。

やっぱり、これはただの部屋の趣味やものの趣味というよりは、仲間と旅をしつつ何かを見せて...ということへの憧れに起因しているんだろう。その時その時の思い出を刻む、たくさんの彩りのカード。その土地土地で拾った石や、もらった花束をちょこっとドライフラワーにしてとっておいたり、プレゼントについていたリボンを花瓶に巻き付けたり。

アメリの部屋みたいな感じ...。



でも、実際そういうのは難しい。掃除も大変だし、センスがないとがらくた部屋みたいになっちゃうし、大切なカードや写真を実際に貼っちゃうのは嫌だし、とか。
しまっておいたって見ないから、やっぱり眺められるように工夫したいんだけど。



忙しさにかまけて今だんだん部屋がごちゃごちゃしてきている。そうすると気持ちもくさくさしちゃうから...ちょっと時間を見て片付けたい。
まずそこからっていうのが情けないけど。



家具や大きなものはそんなにいらない。
大事なものに包まれて暮らしたいな。

危惧、でも前進

今日仕事の後友達(元同僚Aちゃん)とヨガスタジオ起業の話を一緒に聞きにゆき、やはりちょっと難しいよね…ということを確信。ちょっとしらなすぎるなあ。とても気持ちはよい人なんだけど…力も貸したいし、育てていただけたらうれしいんだけど…素人の経営できるものじゃないんだよ~。そこに無理がある。
素人が素人を集めてやるなんて、ちょっと甘い。
お客さんはたとえ素人でも、素人を見抜けないほどものがわからないわけじゃない。生徒さんって侮ってはいけない。大人なんだもの。ひきだしがからっぽかどうかなんかすぐにバレちゃう。
それは私だって同じこと。自信をもって教えてるかどうかなんかすぐわかっちゃう。
さらに教えすらしたことのない子を踊れるというだけで使うなんて…ああ…どうなっちゃうんだ。

一生懸命だし成功してほしいと思う。でもすごく…夢物語の部分が多すぎて。
だからって口出しできる立場にもない。

まぁ…やるとなったら全力で学んで恥ずかしくない、嘘のない仕事をやるだけ。…なんだけど。


一週間忙しかったのに今日も帰りがこんな時間。次の休みはいつなんだろ。舞台終わるまでは…ないかも。うわあ。なんだかテンションが高くなる。
とことんやるぞ、っていう感じに。



元いたスタジオの噂をまた聞いて、ちょっとおかしかった。
やっぱりひとところで澱んでいなくてよかった。
「イチ抜けてよかった」とかそんな意地悪なイミじゃなくて。
これからの私への。

藍錆のソラ

やっぱりからっぽにはなった。

慣れたけど、本当の、芯のどこかはきっと慣れてない。
当たり前だ。そんなに単純じゃあないのだもの。

また自由になる感じを味わって、少し軽くなった(きっとからっぽになったことはここでよい役目を果たしてる)心臓をひらく。
満ちる空気はちゃんと甘い。

そして、桃色の空。
お祭りの、ピンクの色がついた綿菓子をほぐして水に溶いたみたいな。


空が私を助けてくれるのはきっと、私が空を好きだから。
空はちゃんとそれを知っていて見上げるたび、思ってもみなかったような色や柔らかさを繰り広げてくれる。

胸がきゅっとなる。
そうくるか、って。

どうして、こんなに。
すごい。
美しいところ。



藍錆色の夜が来るまでどこかに寝転んであなたをみていたい。

恐いみたいだ。

あたしはどこかに繋がることができるかもしれない。
あたしはおかしくなっちゃうかもしれない。