アマヤドリ -293ページ目

仕込み

今日はヘアーショーの色入れへ。
どんな風になるんだろう…とドキドキ。
担当は男の人なんだけど格闘技のことやサッカー話、それからあとはたいていしょうもないことで盛り上がる(盛り上がったかな…?)。

6時からやって終わったのは10時半。疲れた。
顔回りは暗く、あとは赤っぽい茶色。前髪をまだ切れないのでパンクのねぇちゃんみたいだ。
今日の服にはあってない。なんだかはずかしー。

しばらくは頭をごしごしは洗えない。優しく泡で。本当は洗わないでほしいといわれたけれどそれは無理だから。


仕事だからいいんだけどちょっと不安。
私は今の原宿の美容院の担当の方のセンスがとても好きですごく気に入った髪型にしてもらっていたから…
それ以上のものであれば問題ないけれど。んー…どうだろうな…。

私のきらいな襟足をだしてしまったあたりが、ちょっと不安!それから衣裳もちょっと不安!

どうなるんだろ。



…と疲れて電車で寝ていたらおりるべき駅を間違えた。ここはどこ…どうやってかえればいいのかな…。

ブリキの記憶

今日の朝、駅の伝言板を久しぶりに見かけた。
今までも勿論ずっとそこにあったのだけれど、今日は大きく「キムチ」と落書きがしてあったので気付いたのだ。

あんなに大きく「キムチ」って書いたら、もう他の伝言がかけないじゃないか、と思った。端っこをちょこっと消して書けばいいか。でも、人の書いたものを消してはいけないんだろうな。駅員さんも何時間とか経たないと、あんな文字でも消せないのだろうか。

だって、「キムチ」はもしかしたらただの落書きじゃなくてちゃんとした伝言かもしれない。木村さん、とかへの。
いや、そんなことないか。あんなおおきなのやっぱりいたずらと定義できる。

通勤途中、色々考えた。
しょうもないことばかり。



しかしふと、伝言板ってこれからなくなってゆくのかな、と思った。
見かけないんじゃなくてたぶん「見えなくなっている」だけだと思うのだけれど...公衆電話と同じように。

でもいつかはなくなるのかな。

それとも、限りなくゼロに近づきつつも、なくなることはないのかな。

100%携帯が普及することはないのだろうから。



いつか、あの黒板は一体何に使うんだろう?って疑問に思う人たちに、世界は取って代わられてゆくんだろうな。

モノって、やっぱり簡単になくならなくて記憶だけが消えてゆくんだろう。

支配しているのは

私はもう純粋な日本語っ子だ。
他の国のことばは全く、まーったくわからない。中学~大学までのほぼ10年間英語に触れてきたし大学ではフランス語の授業も選択した。映画もすきだ。でも全くことばを覚えることはできなかった。

だから日本人でありながら外国語を話すひとの、その頭の中でなにが行なわれているのかとても不思議だ。
英語で話すときには英語で考えているんだよ、と教えてもらっても、へぇ…とそこから何のイメージもつかむことができず茫然とするのみ。
肩凝りがわからないのと似ている。
いや、似てないよね。
でもそのくらいわからない。

でも日本語でも何かを伝えようとするときに、それは発する側と受け取る側には絶対違いがあって(違う個体だから)、そこには直通じゃない変換の作業がある。
受け取ったものを自分の経験や感情や体調に左右されずに飲み込むことはできない。
たぶん。

何だかそれはすごく、ぽっかり開いた溝のようでもあり、何が飛び出てくるかわからないビロードのカーテンに覆われた箱のようでもある。

大丈夫?
私のことばはどんなふうに伝わってるのかな。


今日会った友達には本当に外国の友達が多くて(イタリア、フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、ロシア…)話を聞くといつも口があきっぱなしになる。
で、その子自身も英語とフランス語を話せるのだけど、英語で話しているときの自分は日本語のときの自分と性格が違うらしい。
やっぱり、ことばってただそれだけではない。生きてるみたいだ。何かから生まれ、何かを形成していく。
ことばを発するひとに響き、変化させてまた変化したそのひとから生まれ、どこかに到達したときに誰かを揺さぶり、反応を起こす。

なんだか。
当たり前なんだけど。


ことばのちからのことはまだまだずっと考えることになりそう。

喧騒の街

リハが終わりそのまま渋谷へ。今日は久々のお友達と会う。
時間までBunkamuraミュージアムのモロー展を観ようかなと計画していたんだけれど思ったよりバスの時間がかかり断念。入れなくはなかったけど短時間すぎてもったいないから。

ボディショップに寄って色々試して遊ぶ。えへへ。体が色んな匂いになっちゃった。


渋谷には色んな人がいるな。ちょっと苦手なのだけれど、渋谷。いつも喧騒みたいで落ち着かない。ごちゃごちゃしていても新宿は落ち着くのに。パワーが若すぎるからかな。無目的な方向にビシビシ発散されるたくさんのエネルギーが、歩調を乱す。
ふと息を整えれば、すごく勝手にいられる街かもしれないけれど。
でも落ち着かない。

でも素敵な服装のひとがいっぱい。


この前パルコミュージアムに行った帰りに見かけた可愛らしいcafeに行こうかなと思ったけれどあまり遠くに行ったら帰りにまたこの人込みを歩かなきゃいけないのか…と、手近なドトールに入ってしまった。
なまけもの。


久しぶりだな。
ドイツ人の彼とはどうなったのかな…友達のままなのかな。
失恋してある日いきなり大泣きの電話がかかってきたことがあった。私はただおろおろして、でもすぐに会いに行ってあげることもできなくて。

懐かしい。
あの時は私は誰と一緒にいたんだっけ。
失恋なんか知らなかった。傷つくことを知っているつもりだった。

でもきっとやさしくなれたと思う。
そしてちょっとは思慮深くなった…と信じたい。
…ちょっとはね。


TRACKBACK
SONNETTEさん の記事にTBさせていただきました。
 この記事が産まれたきっかけなので。
 

宅急便

やさしい気持ちをあげられることは
とてもしあわせ

自分のしたことなのに
なんだか涙がでちゃって
私って、
ちょっとただのナルシストなんじゃないかなと思う


いつもこんなふうに
いられたらいいのに

影のさす心を
否定はしないけど


なにも望まずに
まろやかな両手でつつんで
そっと置いてきたい

ただ、
こんなふうにいつも