アマヤドリ -252ページ目

あげたいのは、もらったもの。

今日は最後の教え。
おとといディズニーシーで買ってきたお土産を手に、スタジオに向かっている。

淋しいなぁ…
でも。
わたしと踊ったこの2年間がみんなの中に生きてゆくといいな。
踊りを続けるとしてもそうじゃないとしても、きっと体やこころのどこかに楽しかったことが染みて残っていてくれたらいい。

私は大人だけれど、みんなと同じ時期を過ごしてきたんだよ。それから、知らない間にこんなふうに大きくなった。
そうしてみんなも時間を重ねてゆくんだよ。

生きていて見たり感じたり触れたりしたことには何一つ無駄がない。全部自分の奥底のどこかに、ひっそりと積もってゆくんだって。
傷も、笑顔も、一瞬の感動も、すれ違った瞬間にもう忘れてしまったように思える誰かの面影も。

いろんなものをみて、いろんなことをかんがえて、
たくさんなやんで、
せいいっぱい、幸せに。
なってくれますように。

ばいばいじゃないから。

断片

踊りの友達や海外一人生活の経験のある友達と話しているうちにまた少しずつ気持ちが固まってきた。
それにはまったく英語が理解できないということが少し痛い。ドイツに行くのだからドイツ語ももちろんなんだけど。

楽しみも増してきたけれど下調べをこれでもかというくらいにやっておきたいと思うようにもなった。インターネットが役にたつなぁ。


通勤の電車でいつも越える川がある。
私がそこを通りかかるときにちょうど川の半分だけに陽があたっていて、うっすらと湯気がでている。
子供の頃たまに頭から湯気が出ている子を見かけたけれど今見かけないな。あれは走ったりして体がぽかぼかしちゃうからなんだろうか。でもみんながみんな湯気を出していたわけじゃないからやはり体質なのだろうか。
とにかくちょっと間抜けな光景だった。
でもこの川からたちのぼる湯気は別に間抜けじゃない。
あの湯気とこの湯気の違いはなんだろう。可笑しいのは湯気じゃなくてやはりたつべきところじゃない場所から湯気があがっているという、その状況なんだろうな。
当たり前か。

川の両脇がちょうど土手みたいになっていて、いつかあの芝生に座ってぼけっとしたいなと思っていた。そう思い続けてもう10年だ。
そんなことばかりだな。延ばしのばしにしていつか自分の中から薄れてしまう。
自分の在り方について考えさせられる。考える時なんだ、というよりは、今まで考えなさすぎたことへのしっぺ返しなんだろう。


まだことばにできない。
今はばらばらとりとめがなくて。



★    ★    ★



お友達と行った渋谷のイタリア料理やさんは

La Golosa

200601012322000.jpg

懐かしの面々

今から学生時代の芝居仲間と昼ご飯。ものすごく久しぶりで嬉しい。ほんとに私は薄情ものだったからなあ…。
きっと変わってないんだろうな。

寒いけれど素敵な空の色。なんだろう。今日は少しだけくすんでいる。だけどこんなに平和な気持ち。
葉っぱがきらきらしているし、線路に敷き詰められた砂利もあたたかそう。
この砂利(というか小石)にしているのには訳があって、コンクリートなどで固めると衝撃をもろに受けるから傷みやすいので小石たちを敷いたものにして隙間を作り力を逃がしているんだって。あとはもさ線路が多少ずれてもこの石をたたいて直せるから。
子供図鑑知識なのであやしいけど。もうあれからかなりの年月が経っているし。


新宿到着。
いってきます☆

空と月と夜と星

帰り道、すごーく寒ければ寒いほど空が綺麗で嬉しくなる。
もうずっと空ばかり観ているから、私のあごはこんなにとんがっちゃったのかな。

ちゃんと真っ暗な夜空にはぽつぽつと星があって、月がひとつだけ。
まるであつらえたみたいに、どうしてこんなに素敵な偶然のしたにいるんだろう。

寒いけどずっと空をみあげてどこまでも歩いて行きたくなる。
どうしてかな、ってひたすらおもいながら。

あたたかい、お供。

ずうっと不摂生をしていてここ何日も4時間くらいしか眠っていない。今日はぬくぬくちゃんと寝なきゃ。
飲み会続きで食べまくりだし。


一昨年くらいから私の家族は湯たんぽを愛用している。ありがたいことにお母さんが私のベッドにも入れておいてくれているのだ。
甘やかされすぎ。

終電で帰ってきてシャワーで済ませただけの冷たい足をお布団につっこむ時の幸せ。
湯たんぽはいいなぁ。手放せない。

おととし初めて湯たんぽを入れてくれた日、何も知らない私はお布団に入ってほわっとして温かいものに足が触れた途端、父がふざけて私を驚かそうと待ち構えているのかと思った。その一瞬の腹立ちようといったらそれこそ瞬間湯沸器みたいだった。
ちゃんと考えればそんなことあるわけないのに(父はおもしろい人だけどそこまでの悪ふざけはしない)一瞬の思考って面白いなと思った。その1秒にも満たない時間のなかで「どうしてちゃんとお母さんはお父さんを止めてくれなかったんだろう」「いつからここにいたんだろう」「どこでタイミングを見計らっていたのか?」「明日会社はないのかこの人は?」…とか色んなことが浮かぶ。
同時に頭にのぼった血はなかなか冷めず、湯たんぽだなと気付いたあともややむかむかしていた気がする。
むかむかというかどきどきかな。たぶん両方だ。

仕事先のパートナーの女の子が冷え性で、ちょっとお腹も弱いみたいなので湯たんぽをプレゼントしようかなぁと思っていた。いつも気ままな私を支えてくれてるしたぶんご迷惑ばかりかけてるから。
でもなんとなくリサーチしたらもう既に持っていて、がっかり。でも湯たんぽ仲間だね、って嬉しくもあった。


会社のみんなにクリスマスプレゼント何をあげようかなぁ。
21日にディズニーシーに行く予定(初なのだけど)なので、そこで考えるか…子供たちのプレゼントはちゃんと別に考えよう。

気持ちが熱いうちに打たないと。
飽きっぽいから。