アマヤドリ -189ページ目

本物で遊ぶ

ドイツの小学校に踊りの授業が取り入れられているという番組を見た。

先生はコンテンポラリーで世界各国を飛び回ったという元ダンサー。
場所はベルリンなんだけれども、こういう教育がヨーロッパですらまだあまり浸透していないことは知らなかった。

ドイツでも昔より子供たちが集中できないとか我慢がきかないとか小競り合いが増えたとかいう問題があるらしい。でもその番組によるとこの踊りの授業を取り入れることによって少し子供たちが変わったという。勉強に自信のなかった子やうまくお話することができないと思っている子が新しい表現を見つけて変わってきたというのはすごくよくわかる。
勿論踊りがあまり好きじゃなかったり踊りができなくて自信喪失しちゃう子もいるのかもしれないからあまりTVの取り上げ方を全面的に信じちゃいけないなかもしれないけど…まあでも経験的にいって、結構よい効果をあげるのはわかる。


踊ることによって得るものは多い。
音のことを考え、いつも考えなかった方向から見たり見られたりすることを考え、ひとと触れることを考える。それから達成感。一体感。自分は変わるんだ、進めるんだ、と実感すること。
踊りだけがこういうことを深く考えさせるわけじゃない。音楽をやっていても絵をかいていても、きっと物理を学んでいても同じこと。
特別な分野について深く掘り下げてゆくことってひとを変える。時にはちょっと苦しいくらい考えちゃうこともあるし、だけどそれを通して世界を見たときに、その積み重ねはずいぶん自分を助けてくれる。
きっとひとは絶えず、自分をどんな方法で世界に表現したらいいかを模索していて、それぞれが方法を見つけたり発見してみたりしてそんなのの残りみたいなものが芸術とかこの世を動かすものになってるのかも。

その道の専門のひとにものごとを教わるのはとてもいいことだと思うな。
そのことを本当に好きだという熱意に触れることがまず、いい。
私も小学校の先生の友達から運動会の出し物の振り付けを頼まれたことがある。あまり例のないことだから学校を説得するのが大変だったけれど、でも結果はものすごくよくて今でも子供にとっても私にとっても素敵な思い出になっている。
子供たちに接して一番感じるのは、私が本気で話したことには絶対食い付いてくるということ。踊りっておもしろいよ!って私が大人甲斐もなくどきどきわくわくしながら話すと、へぇ、ってこちらにちゃんと注目してくれる。


その授業が直接子供の将来に結び付かなくても、受け取ったりそれをかきまぜたりまた発信したり、の部分が絶対に変わるんだろうなぁと思う。
大人でもなかなか触れられない本物に出会う贅沢はいくら与えてもいい気がする。
体の栄養と同じで。
だからたまには駄菓子みたいなものもきっと必要だから、バランスよく。



先生であるダンサーはやはり資金繰りに追われている
ヨーロッパでもそうなんだ…。
こりゃ日本でやるのは大変だろうな。

だけど色々考えてみるのはいいかも。
そうしなきゃスタートしないし。

手の焼けるやつ

たった一日で今まで赤く見えてた皮膚が細かい羽毛で覆われ、それからきなこの練ったのを嫌いっぽいそぶりを見せるようになった。

そしてこうやってぱたぱた飛ぶのです。

夜、スピーカーの裏に落っこちて救出が大変だったけど。(スピーカーはめっちゃ重い)


お友達に助言をもらったりインターネットで色々調べたりして、やっぱり、こいつをやるしかないか…とミルワームを買ってきた。小さいミミズみたいなやつです。

幸い(?)近所のペットショップには煮たのしかなかったからそいつを購入。色々店員さんに質問したら、「このお店の裏でもひよどりを保護しているんですよー」とのこと。嬉しくなっていっぱい話しちゃった。

それによると、この先自分で餌を取れるようになるかどうかが一番難しいところだから、生きたミルワームをあげなきゃいけないらしい。そそ、そんな。

お家に帰って缶を開けると虫が…

”&$%&@%&)’!!!!

って感じで、これが生きてるやつだったら恐いよう、と全身痒くなりながら呆然としてしまった。

くちばしに似た先の細い割り箸で喉に押し込んであげると嬉しそうに食べてる。良かった。これで食べなかったらこの大量の虫くんたちをどうしていいかわからないもの。


200608291815000.jpg ずいぶん慣れてきたみたいで、撫でると手のほうに寄って来てじっと体重を掛ける。

なんてあったかいんだろうこいつは。

毛づくろいも上手になった。昨日までは自分のくちばしについたご飯をただ羽根に練りこんでいるといった様子だったのだけれど、今日はいい音をさせながら羽根をしごいている。いつのまにかかぴかぴもとれた。



ちょっとずつ行動パターンが分かってきた。


朝は、結構お寝坊さん。6時45分くらいに起きてた。普通、鳥って4時台に起きないかな?

朝から昼に掛けては頻繁にご飯を食べたがる。

昼から夕方はおとなしい。今日は映像にも写っているマッサージチェアの毛布がお気に召したようでずっとそこでうとうとしてた。

夕方からまたご飯を欲しがるけれどきっと少しずつ目が見えなくなっているのだろう。目をぱっちり開けてぼおっとしている。

9時過ぎると急に飛ぶ練習をしたくなるようだ。

そして飛んだ後にいつもと違う声で鳴く。これ、もしかして甘えているのかな。お母さん、飛べたから褒めてね、ってことかも。

褒めてあげる。


今日は一人でぶどうをつっついて食べた。…と言っても私が実をちぎって皮のなかにおさめなおしたものなんだけれど、それを上手につっついて飲み込んでいた。

一人で食べられたのーラブラブ!って褒めてあげたら、直後に糞を私の手のひらにした。

…。

まあ、いいよ。

ちゃんと糞もできてえらいね。



夜はなかなか寝ようとしない。

箱に閉じ込めて真っ暗にしたら夜って分かるかな、と思うんだけど最初のうちばさばさ暴れるから羽根が心配になる。


明日は会社なのに、からあげのために早起きしなきゃならないのかな。

…といってもこいつのほうが起きるの遅かったらどうしよう。


take away

結局、「からあげくん」はお持ち帰り、ということになりました。


職場は建築現場ゆえとてもうるさいし、600人もの人が行き交うためものすごいストレスがたまるんじゃないかということと、あとは面倒を見る人が満足にいないということが問題だったから。

私のうちに連れて帰れば私がいないときには母がいるので(母さん、ごめん)それがベストだったのです。

巣から落ちた雛を飛べるまでに元気にするにはかなりの努力が必要そうなのだけれど最善を尽くすしかない。

まるっきり素人(鳥は飼ったことあるけど。飛べない病気の鳥だったからほっとけないやつだったし)だけれど、どうしても駄目だったら頼るところもいっぱいあるし。

色んなことを頼って学びながら、こいつをりっぱな大人のひよどりにしようじゃないか。



帰ってきてからこいつに付きっきり。

10分おきくらいにおっきな口を開けてぴいぴいいうし、寒かろう、眠かろうと思って箱に入れるとものすごい暴れるし。

はいはい、しょうがないね、ってずっと手にのせてあげてた。

私お母さんになったら子供に甘いわ!

予想はしてたけどだめだ。

厳しいお父さんを求む。


本当は野生に還すんだからあまり甘くしちゃ駄目だと思うんだけどこいつは赤ちゃんだから、しかもこういう縁で人間に育てられてるんだから愛情はたくさんあげてもいいかな、という気もする。

愛情と甘やかしは違うもん!!!

…といいつつ甘やかしたい気持ちまんまんなんだけど。

でも愛情たっぷり注いで、でもちゃんとりっぱな大人になって野生に帰ったときにその愛情がこいつをあたためてくれたらいいじゃないか。

…それは人間の勝手な考えなのかな、やっぱり。



ずっとよしよし、ってなでているとだんだんどのくらいの強さでなでたら良いのか分かってくる。

どうして鳴いてるのかもちょっと分かってくる。

すごいな。

触れるって大きい。

プチお母さん体験だ。



帰って来るときの電車でもこいつはダンボール箱の中でたまにばさばさ暴れた。恐いんだろうな。ごめんね、電車や人の音やこの揺れが恐くないわけないよね。それにおなかもぺこぺこだろうし。

でも私が箱の上からよしよし、大丈夫だからね、って撫でると不思議とひた、と鳴き止んだ。


私よりも多分多くのことをからあげは感じている。

私が言葉にしたり、何かに変換してから感じようとしていることをからあげは漠然と、でも濃く感じてる。




おうちに帰ったらお母さんが夕飯の何かを揚げててびっくりした。

とりのからあげじゃあるまいな、と思ったら、いかだったので安心した。

tschus!

友達がドイツに発ちました。

3人で成田までお見送り。

とても空いている成田。こんな成田初めてだ、と思うがよく考えたら私は成田自体2度目なんだった。


おばかな話をして笑い、すうぃーとな時間をおすそ分けしてもらい。

あっという間に飛行機の時間になってしまった。
ぎゅーして、そうだった、淋しいのは二の次で、ここにちゃんと応援と祈りを込めなければと思った。

でもやっぱり。

寂しいさ。


もっとじっくり話したかったな。また定食食べながら。

夜明けのケバブ、またしたかった。


いろんな景色が頭をぐるぐるした。




出国審査ゲートから見えなくなってしまってから3人で走ってタラップを探し、飛行機を見つめた。
まだひとりじゃないからね。淋しくないよ、って思いながら。

私がドイツに行くとき、成田にはひとりで行ったからとても寂しかった覚えがある。

潔い気持ちではあったし不安よりもわくわくのほうがもちろん大きかったのだけれど、自分がみんなの時間を離れて遠くにいってしまうということが、少し寂しかった。

ただ、「離れる」ということへの単純な感情。

新しい時間に突入してゆくということをたったひとりで味わうんだ、と胸をぎゅっとされた。

飛行機が移動してしまって滑走路がどこかわからなかったから飛び立つ瞬間はみることができなかったけれど、帰りの車の中から上空を飛ぶ飛行機が見えるとそれがその飛行機だ、と思う事にした。



あっちでうまくやれるかな、とか友達できるまで寂しいだろうな、とかそんな心配は全然してない。

なんでも楽しく乗り切っちゃうちからのあるひとだから。

どこでも愛されるし。

太陽みたいにぴっかぴかしてる。



だけど一緒に見た、雪を青く照らす月みたいなところもあって、

本当に、私はあなたが大好きです。




帰りの車で、

俺たちの夏は終わったなーーー!!

って話してた。


太陽が行ってしまったから。



だけどだけど、

私も追いかけるよ。



寂しいときには空を見てね。

死にそうに会いたくなったら会いに行くし、

死にそうに会いたくなったら会いにきてね。


また。

すぐに。


元気だったひよどり

日曜日、ちゃんとお世話をしてくれるひとがいなかったらしいので心配をしていたひよどり。

あ、ちなみにこのひよどりの名前は「からあげ」ということにしました。

食べられたくなかったら早く飛んでゆくのだ!という願いを込めて…(というのはうそで面白いから)


今朝見に行ったらちゃんと元気でした。

でも相当暴れたらしく、ご飯やふんにまみれていた。

赤ちゃんだからまだ羽づくろいが上手くできないのもあって、かぴかぴになってました。

あらあら。


ひとが通る度にクビを長く伸ばして動きを見ている。

この好奇心の強さが、巣から落ちた原因なんじゃないかな…。


日曜にきっと寂しくて、か、知らない人がいてびっくりしちゃったか、羽根が一つ折れていた。

可哀想に。

お母さんがいたらもっと安心出来るのにね。



命に縁があるからこうして拾われたんだろう。

元気に空を飛ぶまで育って欲しいな。