アマヤドリ -186ページ目

欠けた月

今朝は部分月食。
2時50分くらいまで友達とメッセンジャーをしていたので見るか?と思ったのだけれど今日の仕事のことを考えてやめた。
そのかわりに帰り道に見た途切れとぎれの雲に侵食されたまあるいお月さまを思い出しながら寝ることにした。

★  ★  ★


昨日は舞台稽古だったのだけれど…やはり思うようには体に入らない。私にとってまだすごく不自然な動き。流れのなかで踊ることができない。ポーズの連続のようだ。呼吸を吐ききる前に次を吸わなければいけなくてあっぷあっぷしちゃうような。
苦しいから、体も苦しくなる。

原因は私のアタマノナカにある。
私はわたしの踊りを。大事なのはなんなのか。思い出せ、おもいだせ。
自由に踊ることと、要求とを近付けるのはなかなか難しいけれど。
悩む時間はふんだんにあるんだから。

★  ★  ★


夢をたくさん見る。
移動する夢が多いな。
友達と、どこかにいこうとしてその遠い駅に向かう。あるいは車を手に入れる。
電車で移動する夢は憧れのような、まるで…いつもそれは旅行みたいな距離。
いつも日常じゃあない。
だから辿り着かなくても遅れても焦ったりはしない。
目的は別のところにあるみたい。


今朝は、母にかわいそうなことをした。
たいしたことじゃないけど、いつもならまったく気にするようなことじゃないんだけど…上塗りすることはなかったんだ。
積もりませんように。

気付かないところでだれか傷は深まってゆく。


それだけでも十分苦しいことなのに、
私は気付いても、近すぎると余計、なんにもすることができない。

かさこそからあげ。


まだちっちゃいとき。

ハジマリノヒ

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どきどきする。

新しい出会いや、新しい作品。
新しい自分にちゃんとなれるのかということ。
今までの自分をこの芯にとどめておきながら。

息ができなくなるくらい一生懸命になってみよう。

くやしさも、後悔も生まれるくらいに。

京都・大阪/みどりの庭

苔や羊歯類が結構好きだ。

昔はずっと、この種類のものたちはしっとりぬるぬるしているんだと思っていた。

だけど触ると案外乾いていることを知った。大人になってからかもしれない。

乾いてもふもふしてる。


しゃがんで見つめるとすごくちっちゃい、南国の植物群みたいだ。やしの木とか、棕櫚の木がところどころに生えている。

前にも書いたけどアフリカの草原のジオラマみたい。

陽がさして雲の影が流れる。大地の大地のくぼみ。

錯覚する。

本当に水牛やキリンが走ってきそう。


 

私がこの光景に釘付けになっているといつの間にかフランスの男の人が隣に来て、やはりこの小さな草原に目を奪われていた。

この苔の庭は多分自然にできたものではない。野放しになっているように見えてこれはちゃんと管理され作られている。日本庭園と同じ。

それをこの外国から来た人も感じるのかな。日本人じゃないとこの微妙さはばれにくいかもしれない。

日本にはすごいものがあるな、と思っているのかな。ちょっと嬉しくなる。自分が育ててるわけでもないのにね。


葉っぱを通して落ちてくる太陽のひかりはなんていいにおいがするんだろう。

柔らかく瞳の奥に当たりころころと音をたてる。




こちらは完全に作られたお庭。

このお庭を見ながら湯豆腐が食べられるのだ。

低い丸いテーブルでお豆腐を待っている時間も楽しい。

レイジースーザンみたいにテーブルをまわしちゃう私。行儀が悪い私を柔らかにつつんでくれる、優しい空気。

(…と、勝手に許されてる気になる)


湯豆腐は思ったより多くて驚く。

食べきれるか心配になったけれどちゃんと、すっと食べられた。1丁くらいあったのに。


庭の鯉がばしゃばしゃ暴れていた。

お店の方が「今日は鯉が暴れてますね」と話しかけてくれた。

どうしたのかな。


ししおどし。


   

中央にある池には蓮の花。

はすは、実の部分が蜂の巣みたいな形だからはちのすがなまってはすになったんだ、と通りがかりのおじさんが教えてくれた。

その実のことをレイシというんだよ、と。

本当かな。

どうやら日本の方じゃなかったようだった。

レイシって中国の漢方薬になるなにかみたいな名前だけど。

失礼しました、と去っていったそのひとは不思議な瞳の色をしていた。


どうして一緒にいると色んな人に話しかけられるの?

と友達が驚く。

え、と私も驚く。だってこんなこと私にとっては普通のことだったから。

私はとりわけ人に話しかけられやすいらしい。

秋の扉

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最近からあげクンに毎日6時前には起こされ、爽やかな朝を迎えている。

昼すぎると睡魔がべったり負ぶさってるかんじだけど。
好き嫌いするし隙あらば甘えようとするし油断がならない。
線香花火の束みたいにくくられてた尾羽根がばらけて伸びてきた。

もう舵取りできるよね。


秋の匂いをはっきりと、立ち止まってしまうくらいにくっきりと感じる瞬間が毎年あるのに、今年はまだそれがない。
大好きなひぐらしの声は聞いたからあの日が、と思おうともしたけれどやっぱり違うんだ。
もっと強烈で淋しくて懐かしい、一日をいつくしむような瞬間。
これからかな。それともどういうわけか感じる扉が閉じているときに行きすぎてしまったのかな。
…きっとまだだよね。じゃないとちょっと淋しい。


夏の始まりは朝のにおいがちがう。
夏の終わりは夕日のにおいがちがう。