アマヤドリ -183ページ目

固まっちゃダメ

50音表すごいなぁ、ということを書いたら英語を母国語にしていて今日本語をぺらぺら話す知り合いに、きれいにまとまってはいるけれど書かないと見分けのつかない文字もあるからそれほど完璧だとは思わない、との意見をいただいた。
おー!そうなのかぁ。
美しい並びだと感じるのは私が日本語の、この50音の文化で生きてきたからなのかもしれないなぁ。

もしかしたらそうかも、という気はしていたけれど。

あ、この50音がかなり整頓された良い整列のさせかただという考え方は変わらない。

ただ私ほど、日本人ほど、他のひとはそんなふうに感じないのかもしれないなあって。

自分の知らないところからの目線で意見をもらえるのは貴重なことだ。

だって、私には考えたってわからないこともあるかもしれないから。
考えた事すらなくて、考えるヒントをもらうことがよくある。



考え方、感じ方は、自分のものだけが全てではないなあとつくづく思う。
当たり前なんだけどこれを本当の意味でいつも意識の底にもっていられるひとは少ないんじゃないかな。
私もだけど。

私はいつもあとからああそうか、と思う。
遅い。鈍い。
気付けばまだましなんだけどきっと気付かずにひとりよがりなことも多いんだろうなぁ…。
ため息の連続。


でもそれがきっと一番難しいことなのか…
磨くしかない。

意識、いしき。

通知不可能

その時
長いこと止まっていた時間がやっと動きだしたと思った。
いつのまにか置き去りにしていた自分がようやく瞳を開いて今の私を見たその瞬間、音をたてて何かが割れた。
いろんな種類の安堵が胸を突き、私は何でも受け入れようと思った。
このままただ、まっ裸で。

その一瞬。
ほんの何秒。

夢は現実になって
残してきたものを全部どこかに収めるチャンスをあなたはくれにきたのかと思った。
ずっとあれから長いこと灰色になっていた体や、暗やみばかりを映していた目蓋の裏をふいにあたたかく照らしに訪れたものが何なのか気付いた時に、
私のかけらはどこかから抜け落ちて、とおい昔で静かに冷えた。


何度気付いたらいいのだろう?

わたしのこころをこんなにもやわらかにしてしまう、終わらない時間のその指に。

音がくれる感覚

こないだ聞いた話で自分の、文字と色に関する感覚に近い、なにかヒントのようなものを得た。

言葉を発するときにはその音だけじゃなくて、舌が口の中を撫でる感覚、その音が胸のなかや頭蓋骨を響かせる感覚、そういうものが一緒くたになってその言葉に対するイメージが作られている、というもの。

にごった音はやっぱりぎざぎざな感じがするし、「な」行は舌が優しく口の中をすべるからちょっとセクシーな感じを与えるし、「ま」行は口の中の空間にあたたかい空気をためるから優しげな感じがするし。

私が文字に色がついている、ということを確かめるとき、さっとイメージが出てくることもあれば何度も発音しなおしてイメージを確認することもある。

「な」行と「ら」行の色が似ているのは舌が触れる場所が似ているからかもしれない。


やっぱりそう考えると、共感覚って特別なことじゃなくて誰もが意識しないうちに感じていることなんだろうと思う。

身体のなか、意識のなかに眠っている感覚ってもっと他にたくさんあるんだろうなあ。


そしてもうひとつ感心したのは、日本の五十音ってすごく音を綺麗にまとめた方法だということ。

子音に対する母音がちゃんと全部当てはまっていて、すべての音を考えるときにとてもすっきり整理された良い方法なのだという。

その話によると電話が発明されたときにどの音もちゃんと伝わるかどうかテストするのに日本の五十音表を使ったんだって。

なるほど。



言霊、にはこういう感覚からくる部分がもしかしたら大きいのかな。

優しい言葉を話せば自分の身体に優しい響きが広がる。

がさがさした言葉は自分にトゲを残す。

それを聞いた人も無意識にそれを反芻するだろうし。


「が」を発音したときに頭の後ろ側に広がるノイズと、「ね」を発音したときにみずみずしくしっとり胸に落ちてゆくひろがりとは、確かに違うもの。



★   ★   ★



睡魔にやられてとんでもない時間までだらだら寝てしまった。

いけない、いけない。

低い雲に閉じ込められるように、廃品回収の車のアナウンスが響いてる。

洗濯をしたかったのに今日は乾く気がしない。

動き出さなきゃ。

shift

夢を見た。

原因は分かっている。

ずっとつかえていたものがとけ、そして新しい痛みが生まれたから。


会うたびに焦るように私はしゃべっている。早く伝えないとこの夢が終わってしまうことを知っているから。

もう終わったことを私はとっくに分かっていて、これが安堵なのか、苦痛なのかちっともわからない。

だけど私は意味もないのに、想いを告げようとする。

なるべくそれがどんなことにも影響しないように。

意味もないし、真実がそこにあるのか、自分でも疑いながら。


真実はないの?

ある、けど風化させようと閉じ込めたそれがまた生き返ってくることはない。

だから、ない。

もう、追い求めることもない。



疑問だったことがすこしずつとけはじめた。

どうしてそれに気づかなかったのだろう。

みくびっていた。

どうしていつも後でそのことに気づくのだろう。



ふたたび生まれた痛みは、おおきい。


おわったことだけれど。


おわったことだから、泣くこともできる。



第3回B級グルメツアー③

なぜ続きがあったかというと、

私が財布を忘れたから。

サイクリングの時にKちゃんに財布を預け、そのままリハーサルに行ってしまったからなのです。

財布がなかったのに私は朝買った一日券で路面電車に乗り、回数券で地下鉄に乗り、無事稽古場までついてしまったため自分が財布を持っていないことに全く気づかなかった。


稽古が終わったのが珍しく早かったのでこれは財布を受け取りにいける、まだツアーは終わっていないはず、と思い、町屋に向かう。

本来このツアーは荒川遊園がメインだったわけではなく、B級グルメ、つまり今回は町屋で飲み食いする、というのがメイン。

はからずもちゃんと最後の目的地にたどり着けたわけです。



町屋には初めて行ったけれど、いい感じ。

やっぱり下町は面白いなあ。

みんなの待つ飲み屋さんはとってもいい感じにうらぶれていて、安くて美味しくて、客層もディープなかんじでした。

みなさんにご迷惑をかけたことをお詫びし、楽しく合流。

色んな話をした気がする。

壮大な計画から、しょーもない、くだらない話で笑ったり。

でもなんだか楽しかった。


呑めない私はこういう場でもりもり食べ、しらふながらも変な会話をうんうん、と聞くのが楽しくて仕方がない。

私は面白いことが言えないからなあ、って昔は落ち込んでいたけれど、そんなこと考えなくても、楽しいからここで笑っていればいいのだ。美味しいなあ、って楽しんでいれば。

そう、また思った。



第4回はどうなるのかな。

どうなるのかな、じゃなくて、どうしよ。

だ。