音がくれる感覚
こないだ聞いた話で自分の、文字と色に関する感覚に近い、なにかヒントのようなものを得た。
言葉を発するときにはその音だけじゃなくて、舌が口の中を撫でる感覚、その音が胸のなかや頭蓋骨を響かせる感覚、そういうものが一緒くたになってその言葉に対するイメージが作られている、というもの。
にごった音はやっぱりぎざぎざな感じがするし、「な」行は舌が優しく口の中をすべるからちょっとセクシーな感じを与えるし、「ま」行は口の中の空間にあたたかい空気をためるから優しげな感じがするし。
私が文字に色がついている、ということを確かめるとき、さっとイメージが出てくることもあれば何度も発音しなおしてイメージを確認することもある。
「な」行と「ら」行の色が似ているのは舌が触れる場所が似ているからかもしれない。
やっぱりそう考えると、共感覚って特別なことじゃなくて誰もが意識しないうちに感じていることなんだろうと思う。
身体のなか、意識のなかに眠っている感覚ってもっと他にたくさんあるんだろうなあ。
そしてもうひとつ感心したのは、日本の五十音ってすごく音を綺麗にまとめた方法だということ。
子音に対する母音がちゃんと全部当てはまっていて、すべての音を考えるときにとてもすっきり整理された良い方法なのだという。
その話によると電話が発明されたときにどの音もちゃんと伝わるかどうかテストするのに日本の五十音表を使ったんだって。
なるほど。
言霊、にはこういう感覚からくる部分がもしかしたら大きいのかな。
優しい言葉を話せば自分の身体に優しい響きが広がる。
がさがさした言葉は自分にトゲを残す。
それを聞いた人も無意識にそれを反芻するだろうし。
「が」を発音したときに頭の後ろ側に広がるノイズと、「ね」を発音したときにみずみずしくしっとり胸に落ちてゆくひろがりとは、確かに違うもの。
★ ★ ★
睡魔にやられてとんでもない時間までだらだら寝てしまった。
いけない、いけない。
低い雲に閉じ込められるように、廃品回収の車のアナウンスが響いてる。
洗濯をしたかったのに今日は乾く気がしない。
動き出さなきゃ。