アマヤドリ -168ページ目

秋の色や鳥のイメージも加わった髪

舞台を来週に控え、髪の毛を切ってきました。
大好きな美容師さんのところで。

いつも漠然としたイメージしか伝えられない…というよりはたぶん私の中にお洒落感覚が薄いんだろうな。いや、でもショートカットにはうるさいはず。だからやっぱり、わからないのはただそれが自分に似合うかどうか、というところなんだろう。
今回もこんなかんじ、とか、途中で急にこれこれ!この色の入り方!とかくねくね道を通ったにもかかわらず、思った以上にしてもらえました。
かわいー!髪型が。色が。

髪の毛のことだけじゃなくっていつももっと深いところを新しくしてくれる。
プロ意識ということ。
向上してゆくということ。
ひととの関わりの色々…成長のこととか、サービスのこととか、もろもろ、を大切にするこころ。
いろんな人に接して、お話を聞いて、それに対して短い時間でちゃんと応える。
表面のごく薄いところでそれが上達して、慣れている人はたくさんいる。でもそうじゃないから、この髪を切ってもらってる時間が好きだ。
私もうーん、て考える。
宿題もいっぱい。


感じることがやっぱり一番難しい。
できるようで、なかなかできないことなのかも。
今までいろんなひっかかりをあちこちで感じていたけれどきっとそれだ。もっと重点を置いていい。
曖昧であること、くっきりしたことばやかたちで表せないからってそのことを恥じたり逃げたりしない。

すごいな。
いつも、髪を切るたびにちゃんと思い出させてくれる。

そうなの。
すごいんだよ。

ビル・ヴィオラ:はつゆめ 3



超、超、スローモーションで人の変化を見せて行くものが何点かあった。
これは最初のスローモーションよりもずっとずっとゆっくりじっくり。
人間の動きにはたくさんのものがつまってる!
隙が全くない。
なんだこれ。

本みたいになってるやつはハリー・ポッターの動く額縁みたいで不思議な気持ちになった。

★   ★   ★

「キャサリンの部屋」は可愛らしくて好きだった。
縫い物をしているその布とベッドカバーが似た青だったり、色の使い方も可愛くて全体を落ち着かせている。
それぞれの部屋は四季(と、もうひとつなにもない時間の合計5つ)を表しているんだけど、5つの部屋を通してみるとキャサリンの一日を描いている。
大きな時間と小さな時間が一緒に存在する。
同時に。


★   ★   ★




大きな流れを掴むと同時に、なにかを切り取りながら認識する。
どっちかがお留守になっちゃうことが多い。
どっちに重点を置くかってその時々で選択すればいいのだろうけど、認識が甘いと全部がぼやけちゃう。
ぼやけた中で見えるものも素敵だけど、そういうのは得意だから、もっとじっくり腰を据えて見ることを心掛けなきゃいけないな。

もっと時間が欲しかった!
立ってるのは疲れちゃったけど、じっくりじっくり、見ているうちに色んなことを発見して行く。
それが本当に作者の表現したい事と重なっているかは分からないけど。

ビル・ヴィオラ:はつゆめ 2

すごく綺麗でずっと観ていたかったのは2つ目のお部屋の展示。
何枚もの紗幕が平行に下がっていて、その両端から違う映像をそれぞれ映している。

あとから知ったのだけれど片方は男のひと、片方は女のひとの映像だったみたい。
それぞれの映像は近い紗幕から遠い紗幕にだんだん大きくなり、絵をぼやかせながら進んで行き、もう一方の映像と交じる。

最初部屋に入ったときはなんだかよくわからなかった。長いこと、プロジェクターの真下に立ってふたつの映像をだぶらせて見ようとしていた。
(解説によると男のひとの映像と女のひとの映像は、実際には一緒に撮影していないのにここに投影する事によって出会う、というようなねらいがあったからこの見方もよかったんだと思うけれど)
だけど私がうわあ!って立ち止まっちゃったのは、その正面からのアングルから外れて、水の映像が流れている所を斜めから見た時。
薄明かりの、ロシアの泉に立ってるみたいだった。
綺麗でずっと見ていたくなった。


昔の演劇の舞台の書きわりで、立体に見せるために何枚もの絵を重ねて見せたのは誰の発明だっけ?ダヴィンチ?

ちょっとこれ覚えておこう。


昔私がやりたいと実験していた舞台装置にちょびっと通じる。
私のはもっとおもちゃみたいな、星空を表すものだったけど。しかもボツになったし。

★   ★   ★

向かい合わせのブラウン管は、はじまりとおわり。
どっちの画面にもうっすら逆が映っていて、同じなんだ、っていいたいのかなと思った。
特に新しくないとしても、悪くない。


★   ★   ★

瞬間を切り取る空間に囲まれる部屋は、迫力があった。
ずっと見ていたらもっといわんとしていることが分かったかもしれないけれど、ぴんとこなかった。
ただ、部屋の中央のサスの真下に立つと突然、それまでなんとなくしか聞こえていなかった呟きが耳元で聞こえはっとさせられた。
まるで音も光とともにまっすぐ飛ばすことができるみたいだった。
するどい映像に、ピンポイントの音。

野ざらし、になりたい

眠りに生活が支配されてる。
どうしてか、少しわかってる。

眠りはちょっと逃げ場よのうなところが、ある。

はやく脱皮したい。
脱皮しよう。
それができるのは最後には私だけ。

とっかかりや素敵な気持ちややさしい栄養はいーっぱいもらってるもの。

それを自分の瞳に反映させられるのは、自分だけ。


今日、きれいな月だ。
昼間風が強かったからかな。

朝はちゅんを肩にのせて、はためく洗濯物やしなる木々をみてた。
音がしないの、不思議?

これはガラスだよ。


星もきれいだ。

のどのおくを通っておなかのそこまで光がまっすぐに落ちてくるように、目玉が冷えるまで見ていた。

蔦のカレー屋さん

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遊ぶことには命をかける。

そんな仲間たちとお昼に日本橋でカレーを食べました。

突然の計画にもかかわらず7人も集まるところがすごい。

交差点の近くの蔦がたくさん絡まったお店。珈琲って看板が出ているけれど珈琲を頼んだら怒られるそうな。

とてもおいしくてくせになりそうな味なんだけど、辛くて熱くて半分しか食べられませんでした。

激辛マーボー豆腐で鍛えられてるはずなのに…。


悔しいっショック!

12時に会社を出て20分で日本橋。
わずか20分のお食事会でした。