『ラブ・アクチュアリー』
19人ものキャストが織り成す恋愛オムニバス。
軽い気持ちで観ることができ、そして心がにっこりほころぶ映画。
ちょっぴり素直ところにかえれるから懐かしいみたいな気持ちになれる。クリスマスにはぴったりかもしれない。
主役が多いためひとつひとつの話に深みが欠けるなあという気もしたけれど、始まりに出てくる「空港で見る幸せな、あるいは少し悲しい再会」を垣間見たような作品でした。もしかしてこれは空港のシーンだけを見た人が空想した幸せなお伽話なんじゃないか、というような。
上映時間よりも短く感じるのもよかった。さらりと、うるうる。
出た!ヒュー・グラント!って感じの役もよかった。
似合うなあ、ああいう役。にやにやしながら見ちゃった。
エマ・トンプソンもやっぱり上手い。大好き。胸がきゅうっとなった。
これを見たときはまだキーラ・ナイトレイを知らなかったし、どんな役だったか思い出せない…。
- ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
- ラブ・アクチュアリー
無事、終了
3日間の本番が終わりました。
自分がどんなものを創れるんだろう、というプレッシャーはやはりあったみたい。私らしくもなくずっと頭がもやもやしたりしたのはきっとそのせい。
それに気付いたのは昨日の本番前でした。雨がもう少しで落ちてきそうな雲をみあげながら、何で私、今こんなに何もかも軽くてすうっとしみ込むみたいに息ができるんだろう?っていうふうに。プレッシャー大好きなはずだからまさか、と思っていたけれどきっとそれだけ真剣だったんだなぁ。
だからそんなもやもやも大切なこと。
あと、大人のおんなのヒトみたいのを踊るのは久しぶりだったから…というのも大きかったかな。いつもつい少年あたりに逃げてしまうから。
その甲斐もあって素敵なものが出来たんじゃないかと思います。
本当はもっと私が早い段階で入って役者さんと空気を馴染ませられたらさらによかった。あとは自分の演技力、表現力。まだまだ曖昧だし求められたことをそれ以上にできないとな…と感じました。
まだ全然、あるものしか持ってない。そして持っている土俵そのものもゆらゆらしてる。
共演の方々の力や衣裳の力、光や音楽の力。伝える相手がいるということ。あの空間、空気、床。温度。
全部まとめてみて初めてそれぞれに響きあってふと生まれるものがある。ものすごく微妙なものだし肌でしか感じることが出来ないものだけど、やはりそれこそが私は好きなんだなぁと強く感じました。この感覚をいつも求めている。おいかけても追い付かない、まぼろしをふりまく蝶をつかもうとするみたいに。
舞台ってすてき。
踊ることを知って、私はなんて幸せなんだろう。
踊ることで自分が生きていることの感覚に触れてきた。たいせつな友達や縁。
自分の体のことやこころのことと繋がる、世界のすべて。
しばらく舞台がなくてどうしよう。
また燃え尽き症候群みたいにぼへーっとしてしまいそうです。年末は何かと忙しいから体は休めないんだけど、こころがぽかーん。のままかも。
いただいたお菓子を食べて、いただいたCDを聴いて、いただいた花を眺めて。
……あ、それはすごく楽しいか。
ヨーロッパのことも考えよう。春にお世話になったオランダのカンパニーのこと。
日本でこうして作品を創ることを考えるのもいいな…。いやいや。でももっと底力がほしい。
今自分に必要なものはなんだろうって考えるとやはり今持っているものを深めること。幅広く経験もしたいけど、もうちゃんと取捨選択をしなければ。
でも…んー。
欲張ってもいいや。
やっぱりどっちもやろう。だけど中心は、掘り下げること。
踊りたいし、創りたい。自分が迷いなしにいいと思えるところにいつかいけるのかな?
2日目終了
朝はゆっくり、ちゅんと戯れアップルトーストを作る。
昼は母と焼そばを食べていると隙をついてちゅんに焼そばを奪われる。ミッチーがでている古いドラマの最終回を見る。
ちょっとのんきすぎたかな、と思いつつ劇場に着くとちょうどもう1本の方の直しに入るところだった。
ふうっと息をつき着替えてメイクをして、今日はどうしよう、どんなふうに演じられるかな、と、ひとり外に出る。
空を見上げると淡いみずいろの空に、薄いピンクにふちどられた灰色の雲が溶けるように浮かんでいた。
とても綺麗だった。
雨が止んでくれてよかった、と思う。たいてい大事な日は雨が止んでくれる。やっぱり晴れ女なのかな。
一息ついてもう一度空を見るともうあの雲は消えてしまっていた。完全に空に溶けちゃったみたいで、さっきの灰色が広がった空は一段階トーンを落としていた。
あの一瞬の空と雲をぱたんと胸にしまった。
2日目の出来はどうだったかな。
何だかとてもきつい体勢になってしまった場面がひとつあって、少し震えてしまいそうだった。
途中、何かをつかみそうな感触があった。いや、たぶんその時は確かに感じていて、そのことの中に確実に入っていた。薄皮いちまいで囲われたその空気の中にいながら、何かを感じた。
今思い返すとおぼろだな…。
再現はできない。たぶん、その裏側の作業でしか。
ひかりがあっておとがあって、そうだ。確か香りがした。それから鳥肌がたったんだった。
お客さんからぽつぽつの肌が見えたらどうしようと思ったんだった。
私はちょっと呆然としたと思う。セリフが自然に私の体を流れ、感情に包みこまれ、本当に意識と無意識のそのからくりとびらみたいな瞬間を感じたから。
それを体現できてはいないかもしれないけど。
そうだった。鳥肌。
どの場面のどのきもちだったかしっかりと思い出せた。
明日は最終日。
またちゃんと空を見よう。
夢/エプロンくん、夢遊
エプロンくんを連れて遊ぼうと親Bン(文字ばけではありません)に呼ばれて行くと、白地になにか動物の顔が入ったエプロンがある。新年を迎えたからエプロンを取り替えようということらしい。
そこで私ははっとする。
昨日(夢の中の昨日)、お寺のようなところに行った時に黒い大きな石に河童の顔のアップリケみたいなものが張りついていて、それがなんだか大事にされているようだったから気になっていたのだ。
よく考えたらあれは旧エプロンくんじゃないか…
そっか、こうして毎年ちゃんと切り取って大切に卒業させるんだな、…でも何故切っちゃうんだろう。
いろんな思いを抱えつつも新しいエプロンくんのデビューにふさわしい構図を考える。
公園があって、そこにものすごい急な滑り台がある。階段のある一人用の滑り台じゃなくて、白い石でできた大きな小山のような滑り台。
どのくらい急かというと頂上がおにぎりの角より小さい。つまり傾斜は60度以上ということで、ほとんど崖。
私たちはそこにエプロンくんの初ショットを決めるが、険しい滑り台に悪戦苦闘。もっと顔が見えなきゃ!とか、こだわる。
もうひとつは、家族が言う私の行動を自分自身はまったく覚えておらず、ものすごい寝呆けだ、ということに改めて驚く。というもの。
