アマヤドリ -112ページ目

さきゆき

派遣会社の人と今後のことを話した。

竣工まで見届けたいというのは私のわがまま。
竣工まで責任を持ちたいけれど、かける迷惑のことを考えたら、その責任感すら私のエゴなんだと思う。

私の希望を伝えた上で会社がもうダメだという意志をくれるなら仕方がない。
でも今日派遣先と話した感じだと、もう派遣先のほうが私を現場から離そうとしているように思えて焦りがつのる。
体がつらいとか休みがないとか朝が早いなんて、私は我慢できるのに、そんな生活ダメよ、無理しちゃダメだから。と私を説得しようとする。

でももしかしたら実は会社側がこの先の忙しい時期に私よりもほかのひとを欲していて、派遣先のひとはそれを気づかせまいとしてくれているのかもしれない。
私はこれ以上わがままをいえる立場じゃない。
そう思うとなにも言えなくなった。

これまで散々迷惑をかけて、竣工も見届けずにこの現場を去るのはつらいな。
なにもいいわけできないから、誰にも私の本心を話すわけにはいかないだろう。。
でも、そうだとすれば、自分がそれだけの関係しか築けなかったということなのだから、仕方がない。

所長からは次の現場の誘いも受けていたのだけれど…どうなるんだろう。
私なりに頑張りたかったんだけどな。
だけど、踊りやアートのことにもっと時間を割きたい気持ちもあったし…いい機会なのかもしれない。


ずっとお世話になっていた担当の人に相談してみようかな…。


***


というわけでお話してみて、こころが整理できた。

私は、やっぱりここの完成を見届けたいんだ。みんなで竣工を迎えたいねってだれもが願ってるのも知ってる。
だけどみんなが苦労してるのもみている。
これ以上苦労かけることになるのがわかっていて、最後までいたいというわがままが聞き遂げられてしまうのが、心配なんだ。
迷惑を承知で、自分の希望を語っていいのか…それを迷っていたんだ。

あー。

でも気持ちがわかってよかった。
一番素直なところにおりてこられて、よかった。

マグネシウム・ライトと街路樹


この間あたらしいパートのリハーサルに行ったら、ドイツで知り合ってお茶したひとがいた。しかも2人も。全然繋がりがないように思えても、ダンサーの世界は狭い。

WSを終えてずっと体が空になったように感じていた。
寂しさもあるけれど、燃え尽くしたよい隙間でもある気がする。
何かを待っている。
遠い、だるさ。

でもそれが、連日の立ち飲み屋通いで本格的なだるさになった。
すんごい冷房だし、みんな体力に任せて何時間でも立ってる。
夜の用事が終わった後に誘われてちょこっと、と思っていたら、まさかの立ち飲み屋終電ぎりぎりプレイとは。
からだが、けだるい。

今日はだるい中、なんとなく残業をしてしまった。
ふとガラスの外の、向こうのビルの明かりを見てエアポケットに入ったときのように急激にこころが冷えた。
なにかが虚しくなったわけでも不安を感じたわけでもない。
ただ、続いてゆくということに。
これからもこの景色を見るのだろうという未来の記憶に。


水たまりに足をとられて少し寒い。
今日はあたたかいお湯につかろう。

5 S.& F.


うえばかりみていた。
足元は暗やみで、冷たい水がどこまで広がっているかわからなかった。
蓋の隙間から時折さすひかりも、底にまでは届かなかったから。

淀んだ水も、ひかりを見つめながら飲めば、透明だった。

孤独は感じなかった。
自分さえ見えなかったから。


あるとき、たぶん空が真っ赤にやけたとき、彼女は水面を逆さに泳ぐ金の魚を見た。
橙に輝くその鱗はいちまいいちまいが別の場所にひかりを投げかけ、
そして夢の速さで消えてゆこうとした。

待って、
と、
彼女は全力で空に近付き、ゆっくりとそのくちもとにくちづけをする。

そうして彼女は孤独を手に入れ、
揺れる空とこころを飲み込んだ。

ワークショップ最終日、showing

5日間のワークショップが終了。
もう明日からこのメンバーで集まらないことがこんなに淋しく感じるだなんて、参加する前には想像しなかった。
お互いものすごく深く話したわけでもないのにいつのまにか寄り添っていて、あたたかい距離でお互いを感じていたような気がする。
これも先生が本気で信じたことを私たちに体験させたい!って想ってくれて、それを感じ取れるひとたちだったから、じゃないかなぁと思う。終わったあとみんなで話して、うん、やっぱりそうだったんだ、と確信。

いろんな分野で(踊りというジャンルから離れたところでも)表現することを考えてるひとがいて、どれもがそれぞれ違うんだけどどれもがそれぞれの真剣さや想いを抱えている。そのことに触れられたことも、大きなことだった。

しかし、集中したなあ。
すべての段取りが完全にからだに入っているわけじゃなかったからずっと頭をぐるぐるめぐらしていた。
だけどそれで自分が大切にしたかったことの感触が疎かになったということはなくて、逆に、そこはまた別の部分が働いていたように思う。
まだまだだけど少しだけ、シンプルに近付けたのかもしれない。今回は。
これがからだのなかにちゃーんと残っていてくれることを祈りつつ。

今回とてもうれしかったことは、自分のからだになにが起こっているかを見つめる感覚に気付けたこと。
まだとらえたとは言い難い。
だけどその存在に気付いて、しかもそれがそう遠くないところにあるとわかったこと。

いま、わたしが、なにを感じて、なにに動かされているか。
それをどう、このからだにうけとめて、流れてゆくか。

んー!
おもしろくてむずかしい。

たくさん友達ができた。
またしばらく淋しい病になっちゃうから、ちゃんと稽古しよ。


最後に、先生がた、本当にありがとうございました。
毎日みんなそれぞれをじっくり見てくれておそくまで打ち合せをしてくれて、次の日にははっと驚くくらいひとりひとりに寄り添ったことばや、役柄をくれる。
その熱がすごく嬉しくて、わくわくする気持ちに動かされてるうちにほら、って作品になった気がする。

手応えとして残ったもの以外に、まだまだもやもやと、でも確かにこれは私が求めてたものだ!というなにかが匂いみたいにここにある。
それが自分のなかでかたちにできるのが楽しみです。

ワークショップ4日目/月とチェロとピアノと



ワークショップの前にバレエの基礎を受けた。
暴れようと思っていたのだけど雑誌の取材が入っていたのでおとなしく。
骨盤が中心に引き合わず、肩のラインは外にひっぱれずで逆だなぁと感じる。
スタジオの天井が高いからどこまで跳んでもいい。楽しいな。



明日のショウイングのための、ラストの部分の振り付け。
この曲、好きだ。
シュピーゲル…だっけ?(それはおっきなアスパラガスのこと?)

私にとってチェロとピアノの音の組み合わせは月の光と同じ色なんだけど、この曲は低いところの月みたい。

私は電車に乗っていて平坦な土地を進んでる。
すぐ前の景色はぱらぱらと続く林だったり突然静かに白い羊が草をはんでいたり。枯草に縁取られた細い川にときどき月が映って見える。
風が走ってくる広いひろい草はら。
海を横切る長い橋を渡ることもある。

景色は変わっても月の浮かぶ空だけは変わらない。くっきりとした藍色が月のまわりだけ溶けて滲んでいる。

私は熱心に月を眺めているわけではない。走る景色をひとみに映しているだけ。
たぶん、孤独のことを考えている。
孤独ってつらかったり淋しかったりすることと決してイコールじゃなくて、この月を見つめることに似ている、とぼんやり考えながら。
電車の音は次第に聞こえなくなって、そこにあるのは月と自分を繋ぐ音だけ。
孤独で、でも満たされてもいる。
触れたいし、与えたくもある。


そういえば今日は満月なんだった。
曇っていてみられなかったけど。


どうしてこんなに月が好きなんだろうな?
チェロの音は聴いているだけで、からだに浸透させると、わぁっとあふれそうになる。
チェロは内側から満たしてピアノは皮膚を小さくひたひたと触れる。
チェロは月そのものでピアノは月から離れた光。

小さいときパッヘルベルのカノンを月の歌だと思っていた。



明日は本番。
もう終わりなんて淋しいなぁ…。
だいぶ人見知りがとけてきたころなのに。
どんなものが生まれるんだろう。なにを感じるのかな。
耳を澄まそう。
遠くまで視界に入れよう。
温度も色も、探って。

わーい。
だけど、テンションはあげすぎず。