届かない声!?
おはようございます。
今日も機嫌よく過ごせますように!
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祈り!?
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(参考)
私が相談を受けていた一人に、長年
不登校だったお子さんがいました。
(中略)母親ががんに罹った時、
朝早くお百度参りをするんですね。
こんなに若い子がお百度を踏むんだと
驚いたんですけど、
私が神仏に祈るのとは全く比較に
ならない、すごい祈りだと思うんです。
で、ある時、
これは私が臨床でやっている
魂のお話をすること、命懸けで話を聞く
ことと同じではないかと気づきました。
相手の命が自分の中にグッと入ってくる
瞬間は、まさにそれではないのかなと。
別の言い方をすると
相手の命の声を聴くことでもあるし、
祈り、沈黙というものに近いのかも
しれません。
命懸けで人の話を聴く
臨床心理士 皆藤 章
『1日1話、読めば心が熱くなる
365人の仕事の教科書』 藤尾秀昭 監
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この「お百度を踏んでいる」子どもは、
それを通して、無言の神仏と
心で対話している
のでしょう。
その姿を通して、
自分の「命懸けの心」を伝えよう
としており、一方、神仏は、
その「命懸けの祈り」を聴こう
としてくれているのかもしれません。
ここには、
相手の命の声を聴きとろうと
「向き合う瞬間」
があります。
しかし、私たちの日常では、
なかなかこうはいきません。
話し手が懸命でも、
聞き手がいい加減であったり、
必死に訴えているのに、
何かをしながら適当にしか聞いていない
といったケースはよくあります。
「適当な聞き方」をしている限り、
「永遠に届かない声」はたくさんある
ようです。
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<今日の「智&慧」>
命懸けの話を、命懸けで聴く。
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「命の声」が聴こえていますか?!