心の暴風警報 in INDIA -2ページ目

ガンゴートリー(Gangotri)

ウッタラカンド州(少し前までの、ウッタラーンチャル州)のヒマラヤの奥地には、4箇所のヒンドゥー教の重要な聖地があります。


それらをチャール・ダーム(chaar dhaam)と言います。


chaar(チャール)=4  

dhaam(ダーム)=聖地、天国、居住地


その4つは


・ヤムナー川の始まるヤムノートリー(Yamnotri、3293m)、


・ガンジス川の始まるガンゴートリー(Gangotri、3042m)、


・ヴィシュヌの化身である、バドリナラヤナンもしくは、バドリヴィシャールを祀った寺院のあるバドリナート(Badrinath、3133m)、


・インド全土での最も重要な12のリンガ(12j yotir linga)のうちのひとつがある、シヴァ神を祭った寺院のあるケダルナート(Kedarnath、3584m)


です。


この4つ、山道をクネクネクネクネと、ひたすらのろのろと、バスで走って辿り着くんですが、この4つ全部を12日間で周ってしまえ、というような強行ツアーもあります。


でも、4つを12日間で周るなんざぁ、正気の沙汰ではありません。


「這う這うの体(ほうほうのてい)」みたいなことに、なるでしょうな。


いくら、ローカルバスよりはスムーズで快適な貸切バスだったとしても、「ほっとんどバスの中、ちょこっと滞在したら、目のクマもとれないうちに、また出発、そんでひたすらバスの中、尻に根が生えただけでなく、根腐りまでしそう」みたいなことになります。



巡礼地なので、ヒンドゥー教徒としては、4つとも周ることにこそ意味があるといえばあるのですが、


インド人観光客というのは、昔の日本人観光客に勝るとも劣らないくらいに、


「その場所に行ったことに意味がある、そこで写真を撮って何か食べれば満足、人に~へ行ったと言えるようになることが目的」みたいなところがあるので、


つまり、カメラ提げて「行った事実」を得りゃぁ、もう目的達成なのです。


ゆっくり見て周るとか、散策とか、トレッキングとか、そういうの、しないの。


バス酔いするタイプだったりしたら、たぶん、体調復活前に、次の目的地へ出発ですよ。紫色の顔で。



私は3年前に、2週間かけて、2箇所だけ周ったんですが、それでもけっこう体調的にいっぱいいっぱいでした。


もちろん、クソボロいローカルバスで苦労して行ったからっていうのもあるんですが、


トレッキングなどもするのであれば、やっぱりそのくらいはかかります。


でないと、行く意味がありません。なにしろ、移動に本当に時間がかかりますからね。



私が行ったのは、まず、ガンゴートリー。


そこは、ガンガー(ガンジス河)の始流として有名なのですが、


本当の始流は、ガンゴートリーの街(いや、村)にあるのではなく、


そこから20KMも奥にトレッキングした(車は入れません)、ゴームク(Gomukh)という場所なのです。



ガンゴートリーからゴームクまでの徒歩は、最低1泊2日かかります。


でも、あのトレッキングは、今でも私の中で、最高に輝いているトレッキングです。



あんまり体調よくなかったんですが(生理をずらすのを失敗した)、それでも今思い返すと、


「心が全開でドッぴらき、まるで鳥になったかのように、魂が自由で超上機嫌だった!」という感じで、ヒマラヤの思い出の中でも、燦々と輝いています。


その、ガンゴートリーから、ガンガーが始まる地点のゴームクへのトレッキング、次回書きまーす。



だばっ。

肉体労働:パスィーネー・カ・カーム



最近、労働者系の写真が多いですが・・。

また、サイクルリキシャワーラーです。


「肉体労働」のことは、ヒンディー語で

「パスィーネー・カ・カーム」と言います。


パスィーナー・・・汗

カーム・・・仕事


直訳すると「汗の仕事」。

なーるほどっ、って感じです。


この人たちの体ときたら、すごいですからねぇ~。

メタボなんて、100億光年先の話ですよ。

ベジタリアンが大半だし、豪勢な食事はしてないので、

体は細身で、小さめで、

ムキムキとかマッチョっていう感じはないんですが、

ものすごく引き締まった体してます。

余分な贅肉なんて、1ミクロンもないし。


ふくらはぎも、ピッキピキ。


あったりまえなんですが、

「毎日運動すると、違うんだな~」とアホみたいな感想を抱きます・・。

彼らにとっちゃ「毎日の運動」だとか、そんな生易しいもんではなく、

漕ぐのが人生みたいなものでしょうけれど。


ちなみに、写真の男、右腕にヒモみたいなの、巻いてます。

これは、カーストを示すもの。

非常におおまかに大別した場合、

ブラフマン、クシャトリア、ヴァイシャ、スードラと、

カーストは4つに分けられますが、

そのうち上位3つのカーストの者のみが、着用するヒモです。
(チマっとした金具もついてます)


ヒンドゥー教では、子供が生まれると、成長に沿って

剃髪式だのなんだの、やたらめったら、いろいろな儀式を

こなしていきます。

そして、青年期に達するころになると、

上位3つのカーストでは、このヒモを授かる儀式を行うのです。

ヒンドゥー教における成人式のようなもので、

その後は、一生、このヒモを身につけることになっています。


腕に巻いてつけたり、首に下げたりいろいろです。

よく、金具のついたヒモを首に巻きつけてるおっさん、いますよ。


スーツを着るような職業の人とか、

現代的な生活しているお金持ちは、あんまり身に着けませんけれど・・。

でも、引き出しなどには、ちゃーんとしまってあるはずです。


ちなみに、この上位3つのカーストの下には、

スードラというカーストがいるわけで、彼らは

人に忌み嫌われるような職業や奴隷のような職業に就く身分です。

あのヒモは、少なくともスードラよりは上だということを、示しているのです。


ちなみに、奴隷階級という別名もあるスードラですが、

それが最下位っていうわけではないのですよ。

まだカーストに組み込まれているだけ、いいのです。


つまり、その更に下には、人間とは認めてもらえない

アウトカースト(カースト外)の人々、

そう、不可触賤民(アチュート)がたくさんいます。


お昼ね②



だいぶ前に、「写真25:お昼ね 」という記事を書きましたが。


あいっかわらず、探さなくとも、実にそこら中で、

お昼寝が見受けられるインドでございます。

↑のおっさん、脱力加減のせいで、落下遺体にすら見えるような・・。
(ややピンボケです)

でも、荷物を盗まれないように、しっかり右手で抱えてるので、

もちろん、落下遺体ではありません。


毎回思うのですが、眠気が突如やってくるのでしょうか?

瞬時にして、発作のように睡魔に襲われたと同時に、

気絶するかの如く昏睡しない限り、こういう体勢で寝ませんよねぇ。

どうせ昼寝するなら、もうちょっと、心地よい体勢に調節してから

寝ればいいのに。

昼寝って、おしゃれっぽく言うと、シエスタっつぅんでしょうけれど、

どうですか、シエスタって、その響き。

少なくとも、↑の写真、「シエスタ」じゃなさすぎですよね:笑



やっぱり・・・

「路肩に横たわっていた身元不明遺体がリヤカーに乗せられて・・」

みたいに、見えなくもありません。

おっさん、荷台にはまりすぎです。

なんだか眠くなってきたら、路肩に止めて、荷台でぐっすり

というのが、日課なんでしょうなぁ。


勝手に漕いで、全然違う場所に止めておいてみたいです:笑

この昼寝のしかたも、定番です。

昼下がりのリキシャワーラーは、揃いもそろって、こういう風に寝てますよ。

大きな木の木陰なんか、

昼寝サイクルリキシャワーラーが、10台くらいいたりします。


寝たいときに寝るって、いいですよねぇ、しかし。

私は、その条件が欲しいあまり、人生を脱線してしまいました。

ほんとですよ。


こちとら死ぬほど眠いってのに、

外の空気の様子もわからないビルの中にしまわれて、

無理矢理起きてなきゃいけないのって、

私にとっては、最大の屈辱だったんだもん。

で、4年半前のある日、「けっ!」と会社やめちゃったんでした。

ぷ。

2段式店舗




前回の記事で、ちょうど

インド人の胴短足長について書きましたが、

このおっちゃん、いい例ですねぇ。

どうでしょう、この膝頭の高さ!

おっと、でも、今日は胴短の話題ではありません。



インドで非常によく見かけるのが、

写真のような、2段式店舗。

スペースの最大限利用ってことでしょうかね。


普通、1店舗しか入らないだろう、ってスペースに、

無理矢理2店舗押し込んでます。上下に。


旧市街や、低級住宅街のマーケットに行くと、

こういうお店が、ひしめき合ってるのです。


ちょうど、日本の押入れの上段と下段で店を開いているようなもんですね。


子供のころに、よく、家の押入れで、こういうことしましたが・・。

妹が下段で、私が上段とか。


子供のころに・・。




上段には、冷蔵庫なんか置いてありますが、

床、ちゃんと丈夫なんでしょうか~。


それに、下段はチャイ屋。

すぐ前で火を焚いているわけですが、上段は当然、暑くなるのでは。

外気温、ヘタすると43度とかあるのにですよ。


「それはちょっと、無理でしょう・・・」っていうラインを

必ず少し超えてるのが、インド人です。


だいたい、こんな薄汚い穴ぐらみたいな場所で作ったチャイ、

そこまでして作っているのに、こう言っちゃうのもなんだけど、

そこまでして作っているからこそ、飲みたくない感じがしますなぁ:笑

なんか上段の埃が、チャイにミックスされてそうだし・・。



ちなみに、この写真のちょっとだけ右側で、

先日の「運び屋のおっちゃんたち 」の写真を撮りました。

運び屋のおっちゃんたちの左後ろに、ちょっと移ってるでしょ、2段式店舗。

やっぱり、食べ物には感謝



ヤギの頭ですねぇ。

近づいて、断面の部分を見ると、瞳孔が強制的に閉じそうになります・・。

「あぁ、見ないほうがいい・・」と思うと同時に、

つい見ちゃう、っていうのは、なんなんでしょうね。


私は目がよくて、

もう10年来、PCで目を酷使しているのに目が悪くなりません。
(はいはい、そうです、老眼になるのが早いんでしょ・・)

頭痛を催すほど目を酷使したりしてるのに、いっこうに悪くならんのです。


なので、

ひとたび何かを見ると、ものすごく細部までよーく見えちゃうの。


もっと断面の写真もあるんだけれど、

ここに載っけるのは、やめときますわ。




しかし、こういう場面を見ると、やっぱり

「食べ物には感謝せにゃぁ」って思いますね。

殺されて、皮むかれてるんですよ。


インドでは、チキンを買うときも、その場で殺してもらうので、

家に帰って、料理を始める頃になっても、まだ肉が温かいんです。


普段は

現代の人はブツクサとか、

今の日本人はこれだからダメだとか、

日本の子供の教育はなっとらん、とか、

そういう「今の時代はダメだ」的な方向に話が進めるのが好きな人、

だーいっきらいなんですが、


うむぅう。


やっぱり、子供の教育には、これから自分が食べる肉が、

切り身でパックされている状態で出てくるのでは不十分なのでは?

こういう場面に接しなければ、

命の存在感とか、感謝の気持ちとか、

なぜ、自分が今日も生きていられるのかとか、を

肌で考える機会がないですもんね。



いつも、インドでは、生暖かいチキンを買って帰る途中、

「残さず食べなきゃなぁ」って、やっぱり私も思うのです。

乗りすぎ


 

乗りすぎです。

乗せすぎです。

正しくは、「乗させすぎ」なんでしょうな。


オートリキシャといい、

写真のようなサイクルリキシャといい、

インドでは乗り物に、

トンデモナイ量の者や人をのせたりします。


普通のバイクに、5人乗っていたりとか。
(ほんとよ)


乗せれば乗せるほど、漕ぐのも重くなると思うんですけれどねぇ。

たぶん、漕ぎ手は漕ぎ手で、

「こんだけ乗せたんだから、もっと払え」って言うチャンスを得るために

乗せるんでしょう。


時々、大型トラックの荷台に、

10回生まれ変わっても食べきれないほどの量のタマネギなどを

乗せているのを見かけるのですが、

当たり前のように、そのてっぺんに人が寝ていたりします。

たぶん、積み下ろしをする労働者なんですけれど。


引越しのなども、トラックの荷台に積んだ私の荷物の上に、

クーリー(荷運び)のおっちゃんたちが

普通に座ったり寝っころがったりしますからね。

積んだ机とか、冷蔵庫とか、箱の上に、

私のマットレスを積んで、

その上でおっちゃん、土足で寝っころがりながら、新居に到着。


だから、何かつぶれたり、傷ついたり、汚れたりするんですよ。

トホホ。


こんなのも序の口でっせ。

ちょっと急ブレーキかけられたら、

前に吹っ飛ぶと思うんですが。

荷物運び屋のおっちゃんたち


 

やっぱり、インドはオヤジが味がありますよねぇ。

妙に、いい構図の写真が撮れてしまいました。

我ながら、お気に入り。

といっても、撮ったのは以前ですが・・。


インドのネット環境に比べると信じがたいほどスムーズに

つるっと写真がアップできるので、

これからまた、たまった写真を、アップしていきます。


くっそ暑いインドにいると、こんなおっちゃんたちだらけで、

なーんも思わないですけれど、

こうして日本にいながら見てみると、

な、なつかしい・・・。


インドの、こういうおっちゃんや景色、

すでに、なづかすーーー(なつかしい)。


右側の二人のおっちゃんは、荷物の運び屋ですよ。

問屋街に行くと、こういうおっちゃんが、わんさといます。

まるで映画のセットみたいです。


みんな、ドでかい荷物を背負ってね。

荷物も、現代とは思えない感じの荷物だし、
(麻袋とかに入ってて)

おっちゃんの服装も、荷台や荷物車も、

何もかもが、映画のセットみたい。


その場の熱気や活気も、日本ではありえません。

江戸時代は、日本の問屋街や港にも、

こんな活気があったんだろうなぁ・・なんて思ったり。


こういうおっちゃんは、英語しゃべりませんからねぇ、

こういうおっちゃんと、普通にしゃべれるときだけ

「あー、ヒンディー語やってて、えがったわぁ・・(よかったわ)」と

思うのです。


この写真を撮ったあたりは、スパイス市場。

すごいんですよ、スパイス市場って。

その場にいるだけで、ケホケホしちゃうの。

あらゆるスパイスの粒子が空気中に舞っているらしい。


さしものインド人も、みな、ケホケホしてますよ。

インドのおばちゃん

友達の子供って、異常なスピードで成長しますよね。


ましてや、外国なんかに住んでいると、ある一定期間をおいて、定期的に会うからか、


毎度毎度、大きくなっていて、ビビります。



それだけ、年月が経っているということが、ショック。


テレビの芸能人なんかも、毎回、帰国のたびにちゃーんと老けている。


この間は、久々に見た鶴見しんごが、いきなり8割白髪みたいになっていて、驚いた。


ついこの間まで、まだ、若めの人というイメージだった気がするんですが・・。




電車の中の、何かの広告の中村雅俊も、「初老」イメージに突入してた。


タモリだって、「おじぃさん」ぽくなってきてた。




一定のブランクを開けて見ると、みーんな、その年月分、ちゃんと老化していて、ショックですよ。


だって、「私も同様に、老けてるんだろうなー」ってことですからねぇ。


ましてや、インドでは、肉体的老化は、日本にいるよりも加速しますから・・。



で、友達の子供の話に戻るんですが。


帰国すると会うことになっている、中学時代からの友達がいるんですが、


その友達の一人娘Nちゃんは、ちょうど私がインドに旅立ったのと同時くらいに生まれたんです。


つまり、私がインドに住み始めてまる4年なので、


Nちゃんは、4歳。



いや~・・・・。


帰国のたびに、Nちゃんに会うとですねぇ


・いつのまにか立ってた

・いつのまにか、しゃべりはじめてた

・いつのまにか、着たくない服は着ない、とか主張するようになってた


などなど、


「あー、時は流れているのですなぁ・・」としみじみすることの繰り返しなのですよ・・。



で、Nちゃんのおかぁさん(私の友達)は、


Nちゃんが生まれたときから勝手に、私のことを「インドのおばちゃん」と、Nちゃんに説明してきたんです。


「インドのおばちゃんが、来るってよ」とか

「ほら、この人がインドのおばちゃんだよ、前にも会ったでしょ?」とか、

「インドのおばちゃん、またインドに帰っちゃうんだってよ」とかぁ~。


でも、これまでのNちゃんは、まだ片言をしゃべる程度だったりしたので、


私のことを「インドのおばちゃん」呼ばわりしてたのは、あくまでも私の友達だけだったわけなのです。



とぉころがぁ!



今回!


Nちゃんは、いつのまにか、「まもなく4歳」になっていたわけです。


「お嬢様風の洋服が好き」とか、言っちゃって、すっかり、まぁ、大きくなっちゃって。


で・・。

で・・、

で・・・・・!


今回・・・とうとうNちゃんの口から、聞いてしまいました。



インドのおばちゃん



イ、インドのおばちゃん・・・・。


改めて、頭の中で反芻するに、なんて怪しい響き・・・。



「おばちゃん」というと、わたしの中では


「割ぽう着を着て、髪を束ねて、小太りで、つっかけ」みたいなイメージなんですが。


わたしは、やっぱり4歳児にとっては、おばちゃんなんですかねぇ・・。



まぁでも、それだけなら、よくある話で済むんですが、


私の場合、「インドの」がつくんですよ。



「インドのおばちゃん」・・・・・・・。



絶対、あやしい。


「インドの」という言葉は、なぜこんなにも怪しいのか。


「フランスの」とかなら、そう怪しくないのに。



インドのおばちゃん・・。



しかも、4歳児にそういわれると、


私までが自分で、


「インドのおばさんはねぇ」なんて、言っちゃってる始末。



なんつーことだ。

涼しげなニルギリ



今日も43度・・・。

ものすごい威圧的な暑さ・・。

なので、目だけでも涼しげなものを拝みたいと思いまして、

去年行ったネパールの写真でも。



去年の8月、これ以上ないってくらい最悪のオフシーズンに、

しかもビンボーという理由で、とんでもない苦労をして陸路で

ネパールに行ったにもかかわらず、

諸事情あって、ジョムソンというヒマラヤ奥地からふもとのポカラまで、

いきなりセスナで飛び帰ったんでしたわ・・。


ジョムソンというのは、

ポカラからどんどん奥へ奥へ奥へ奥へとトレッキングし、

乾燥したムスタンというエリアに入って少し行ったところにあります。

標高2743m。


もう、半分チベット文化圏です。

そこからよく見える山が、写真のニルギリ。

ニルギリ。

正確には「ニールギリ」。

ニール=青  ギリ=頂上

という意味です。

標高7061M。

それはそれは、真っ白く輝いて、

早朝から、清潔なオーラを放っていました。


ちなみに、紅茶のニルギリとは別の山。

紅茶で有名なニルギリは、南インドにある丘です。

これは、ジョムソンを上空から見たところ。

グーグルアースじゃないですよ。

セスナから撮影。

手前側に先ほどの写真の、ニルギリがそびえています。



こんな景色を見ながら、飛んだわけですが、

飛行機恐怖症のわたしゃー、もう真っ青。
(私の飛行機恐怖症については、これ 参照)

セスナのあの、機体が軽くて、すぐ風にあおられる感じの

フワフワ感って、死ぬ。

しかも、ネパールのセスナだなんて・・。

整備費用もままなってなさそう、ていう先入観的イメージが頭を占領し、

お経が聞こえてきそうになりました。


しかも、このセスナは午前中にたった2~3便しか飛ぶ事ができなく、

しかも最終便がたしか、朝の9時前。

それ以降は、風が出て危険なんだそうです。

そんな情報聞いちゃったら、もうアナタ、

ちびりそうでした。


苦労して、ポカラから3泊4日?かけて、ひたすらひたすら

ひーーったすら歩いた行程を下に見ながら、

セスナったら、たった20分でポカラに到着しましたけどね。



つながれヤギさん


 

ヤギがスクーターにつながれていました。

そして、店の中を覗いていました:笑


私の住んでいる場所は、

けっこう下町的なエリアなのですが、

すぐ裏には、もう2段階ほど更に庶民的なエリアが広がっています。


といっても、よくわからないと思いますが・・・

貧富の差が、天と地の開きのあるインドでは、住宅街も

下の下、下の中、下の上
中の下、中の中、中の上
上の下、上の中、上の上・・

と、まぁ、いろいろあるわけなんです。

更に言うと、下の下が一番下なわけではなく、

その下には「家がない」とか、「道端暮らし」とか、

「街の中には住む場所を得られない身分」とか、

いるわけで。

上の上の、更に上に行くと、

森の中の邸宅とか。

更に上は、マハラジャの宮殿ですかね。


うちの裏に広がっているエリアは、

イスラム教徒の低級住宅街エリアで、

ゴチャゴチャしたせまーい路地に人がひしめき合っているような、

そんな、庶民的エリア。


イスラム教徒がたくさん住むエリアというのは、

やはりイスラム的なものがいろいろ見受けられて

面白いです。


まず、人々はイスラム帽子かぶってるし、

おじさんのヒゲも人目でイスラム教徒とわかるものがおおい。

女性も真っ黒なチャドルやブルカです。

一歩、そのエリアに入るだけで、まるで雰囲気が変わるんですよ。


壁が緑(エメラルドグリーンのようん)の場合が多いのも、

イスラム教では、緑が神聖な色だからです。


そして、ダーバー(食堂)の雰囲気や、売っているものも違う。

ナーンも、イスラムのナーンは、

生地にヨーグルトやカルダモンなどを混ぜており、

形も風味も、独特です。(おいしい!)


そして、入り組んだ路地に入っていくと、

一般的にインドでは禁断!の牛肉の串焼きなんかまで

売られています。

※牛肉については この記事 参照


もちろん、こんな場所で売られている肉なんかは、

なにがあるかわからないので、私は食べませんが・・。


それから、ヤギが多い。

インド全土、ヤギは多いですが、

イスラム教徒のエリアは、特にヤギが多い。


エサを与えられ、冬には服をきさせられ、

街角のそこかしこで、飼われています。

といっても、いつかは殺して食べるためなんですが。


サイズが子牛ほどもあるヤギがいたりして、

びっくりしますよ。