宿屋のおやじ日記 -96ページ目

183. FMアクアにスポンサーデビュー

地元のエフエム局 FMアクアにスポンサーデビューしました。

開局して3年くらいの 非常に元気のある局です。たまたま同級生の宗本君が

 ( 随分前に書きましたが 高校時代に 違反のバイク通学を、それもよりに

        よって学校の先生と 毎日ツーリングで通っていた 強の者 )

( ついでに書くと 現在のこの局の 『 魅せます ど根性 』というテーマも

  いかにも あいつらしい・・・と笑っている一人である )

社長をやっていて いずれ協力しないといけないなぁ・・・・と思いつつ今日まで

来たのですが やっと登録させて頂ける様になりました。

この局、これが地方局の良さなんでしょうが CMが とても とても とっても

ユニーク。畳のお店で 「 タタミ タッタミ 」 の連呼や 「 タタミー タタミー 」

とこれまたやっぱりしびれる程の連呼。 文字ではとても伝わらない すごい

コマーシャルが続くのですよ。 で やっぱり我社にも貴重なシロモノが出来ま

した。同級生の強み・・・・ではない 弱みか・・・。どんな内容になるのだろう・・・

と正直 不安のままデモテープを待ちました。

何と 声の主は地元の大手水産加工企業の副社長。これにもびっくりしました

が、そのセリフたるや とても僕の雰囲気ではないシットリした内容にて 妻も

ホッとしたようでした。 感想を聞いたときに 「 あなたのイメージで 『 そんな

の関係ねー 』みたいのだったら つらいなぁ・・・」と思っていた、とか。これは 

そのまま僕の感想でもありまして 二人で大笑いいたしました。いつか機会を

見つけて一ページ目の「 湯本あかりみち 」の次かその次辺りに載せてみます。


でその後何回か 車中で 番組中のそれを聴いての感想は・・・。

僕を知ってる人にはチョイと雰囲気が違うかもと感じられるだろうなぁと思いつつ

、されど 声がいいから聞いてもらえそう・・・・・・。そうなんですよ。この

副社長、バリトンの声は 美川憲一ソックリなのです。随分以前に 初めて

お会いしたのも何かのパーティでの二次会でした。

「 いいえ わったっしは サソリ座の おんなー・・・ 」って登場された時には 

僕を含めた初対面の人全員と コンパニオン全員が ビックリしてステージに

目が釘付けになったくらい。ほーんと 驚きました。聞けば 営業にて 

この特技が大変に役に立っている、との事。さもありなんと、うなずいた

宿屋のおやじ でした。         どうぞ お話のたねに。お楽しみに。



182. 随分 寒くなりました

お昼はそれなりの暑さですが 朝夕は随分と涼しくなりました。

熱川での事を書いたついでに その頃の思い出話。一年半ほど 内務さんから

フロント 総務一般 売店 など等を体験させて頂いて 大住さんの鹿児島での

結婚式に出席するために少し早く帰省した。

期間を通じて 五回くらい寝坊で寮長から呼び出しされて ホテルまで走った事

がある。特に内務さんなんかは 平均して五時半過ぎの集合が多くてほとんど

が寒い朝に集中したけれど ユニフォームを手に持って 下は短パン、それと

ランニングシャツ一枚で走った時には やっぱり伊豆ってのは温かい地域

なんだな、という感想だった。とても湯本じゃ体験できないイデタチである。

出社は下りで楽なのだけれど 帰りには 時にお酒をご馳走になった稲葉さん

という先輩や大住さん達と幾度となく ゆっくり歩きながら帰った。日大の校歌

だったか応援歌を習ったのもこの途・みちである。思えばもう三十年も前の事に

なる。


思いつくまま書いてしまい 終わり方というか オチが分からなくなってしまった。


最近のプチビックリ。そんなの関係ねー の 小島よしお氏が 早稲田大学の

教育学部出身だったって事でしょうか。


 

181.ついでの思い出 そうさつ

「 相殺 」は中学に入って一番最初の模擬試験の国語の第一問だった。

やっぱり そうさつ って書いた。休み時間に隣の男が たいそう自慢げに「 

そうさい 」って読むんだよ。と聞きもしないのに教えてくれて 強烈に頭に

残っている。今 そうさつ で変換したらそのまま 相殺 に変化したけれど

読み方がかわったんですかね。


二年前まで 絵画等の賞の 二科展 をずっと にしなてん と読んでいた。

これはJTBさんのとある委員会で某委員に指摘され やっと知る事が出来た。


昨年の冬には 近所の本屋さんで 娘から「 お父さんが最近読んだ本の中で

面白くて 私でも読めそうなのを教えてよ 」と聞かれて 店内で 父と娘の会話

を周りに聞こえるように 「 そうやね、『 浅田次郎の地下鉄・メトロ・に乗って 』

なんかおもしろかったよ 」と言うべきところを「 ちかてつ ちかてつ 」と何度も

連呼し 数日後に自宅で赤面した。


思い出せば 一杯あるなぁ。ただ こんな時に キチンと指摘してくれる人が居る

って幸せですよね。


さてさて昨日 下関からおいでの方のお部屋にご挨拶に行きましたら「 ブログ

見てますよ 」と思わぬ急襲にのけぞってしまいました。こういう画面をジッと

見てらっしゃる姿を想像だにしていなかったので いきなりの緊張でした。

こんな父だと 子供に知らせたい、が主目的の 思いつくままのコーナーですが

どうぞ気長に気楽にお付き合い下さい。


未だに子供からの応答がないのも紛れもない事実ではありますが・・・・・・・。


180. そうさい いちごいちえ くわだてる

昨夜 元B&Bの彼の がばいばあちゃん を再度ペラペラと読み返していて

何の脈絡もなしに 熱川で大変にお世話になった 大住さんを思い出しました。

鹿児島出身で 大変に頭脳明晰 お酒バンバン、歌もうまくて ジョークも

お上手。僕が勝てたのは せいぜい水泳くらい。じゃっど じゃっど そやっど 

と 当時の接待で焼酎のドタバタを体験された あの御仁です。


でその先輩と初めてフロントでお会いして数日後に こんな会話がありました。

随分前に書きましたが 当時の僕は 山岡荘八氏の一連の歴史小説に夢中の

時代でズボン( 当時の呼び方。やっぱり僕にとっては パンツ は下着なんだ

よなぁ )の後ろポケットには 世に棲む日々 とか 徳川家康 が必ず入って

いて それをご存知だったのかと゜うか、「 水津君 これ読める? 」と出題

されたのが 「 企る 」だった。何かあるなぁ・・・・とは思いながら 穏やかな

お人柄は知っていたから 何の疑いもなく 何か回答しようとしたが 何も思い

つかない。ジョークも言えず 多分 目が白黒したはず。「 えっ 読めない?

じゃあ これは ?」で出たのが 一期一会 だった。これは自信を持って「 

あはは、 これは分かります。『 いっきいっかい 』 」 当然のごとく 妙な間が

あって すぐに ぶわっはっはー。 水津君は 萩市の近所って聞いたけれど

萩焼というか茶道の心得として このくらいは知っていた方がいいと思うよ・・・。

と温かなご声援。 今思っても温かい人だったなぁ・・・。それから しばらく

お互いに 「 これも よめねーの?」だの「 こんな事も 知らねーの? 」だの

と 僕は前夜 広辞苑で仕入れた情報をひけらかし 互いに ののしりあいつつ

切磋琢磨した夏を挟んでの約三ヶ月を思い出していたのでした。


相殺 は チョイと次回に譲ります。

 

179. 夏の ドタバタの 思い出

夏に限らず 館内ではいろいろな出来事が起こっておりまして 数日前の

スタッフミーティングでも出た今年の夏のおもしろ裏話、というかお客様との

焼き鳥 いえヤリトリ。


「 おい 二階の風呂の洗面台にゴキブリが浮いてるぞ 」・・・「 エッ そう

ですか。申し訳ありません。すぐ行きます。」 盆前の午前9時頃。丁度お送り

のお客様がひと段落して 僕だけが売店にいた時の事。あわてて スプレーと

タオルを持って はせ参じました。 ( あーあ やっぱり )洗面台の中で成仏

されていたのは ミンミンゼミ でした。( そういえば 十数年前にも一度あった

よな )・・・・と一人言。「 おまえなぁ、どっから入って来たんだよ。暑くて水でも

欲しかったかよ。何もあわててオトコの風呂場の洗面台でおぼれる事も

ねーだろよ。」と半ば アワレミつつ 半分はあわてものの志半ばのオダブツを

ネタにしてやろうとほくそ笑みながら 川に流してやりました。そういえば 

さっきのお客様のおタケビが売店に響いた時に たまたまおられたあの数人の

方は誤解されたままだろうなぁ。という憤懣やるかたない気持ちを ググッっと

抑えたままですよ・・・。正直 頭にきています。セミとゴキブリくらい見分けて

下さいよ。多分 目のお悪い方だったのでしょうが、・・・お客様。

多分 誤解を受けられたであろうあの方々に事の顛末をお話ししなければと 

ふと気がついて川に流しかけたセミをタオルにつつんだまま 三階のロビーに

戻りましたがもう出られた後でした。


「 おい お風呂の椅子にウンチがついてる。 」も今年の夏にありました。

これは数人のスタッフがいるロビーに やはりかなり年配の方が言ってこられて

二人がやはりあわててダッシュして行ったらしいですが これも ガセ でした。

ご案内のように大便となりますと 小指のホンの先程でもあったら ものすごい

臭いですから 脱衣室の手前で 違う・・・と分かったらしいですが・・・。


温泉ですから お風呂に眼鏡はいけないのでしょうが もう少しよく確認して

欲しい・・・なぁ・・・と それと たまたま報告をして頂いたときに その場に

いらっしゃった他のお客様に対して「 アレは僕の勘違いでした 」と言って頂く

くらいのフォローは欲しいよな・・・・。と皆と一笑いした後で 無理は承知で

思った宿屋のおやじでした。


まだまだ いろいろある「 はず 」です。思い出しましたら 一筆啓上致します。



178.焼き鳥日本一

前のページに書いた 焼き鳥日本一のチャレンジが 今年も 10月28日の

いきいきのびのびながとふるさとまつり でされるようです。長門市の市役所

界隈で開催されていますので よろしければどうぞおいで下さいませ。


とりあえずここまでの報告のみにて・・・・。

177. 涼しくなりました。納涼祭の報告会。

昨夜、今夏の納涼祭の報告会が兼安実行委員長のホテル西京さんで開催

されました。今年は中学時代に初参加して初めて一度も踊らずに過ごした事は

書きました。原因は 高校時代の二人のマドンナ同級生の帰省と ロペの

ラーメンであることも書きました。でもって 翌日の片付けでは目一杯頑張った

つもりなのだけれど 大切な踊りの当日には「 ねー あそこで焼とりでも

食べん?」というふたりの美人人妻の誘惑に負けて 途中からトンヅラして

しまったので 当日の感想でも聞かれたら困るなぁと、つい遅刻してしまい

ました。 たはは。 無事に報告も承認され懇親会。元気に帰ってまいりました。


これからは、その焼き鳥屋「 おけい 」さんでの思い出です。

東京から帰った Oのツク 彼女が ふと 「 私さー、焼き鳥が好きで 友達とも

時々行くんだけれど そこもやっぱり ココみたいに 『 小汚くて 』・・・。でもね

すごくうまいのよねー。ここと同じで居心地もすごくよくって 何でかしら・・・・。」

小汚くて・・・の部分で 「 おいおい 」とチャチャを入れたのだけれど ここの

おやじもそんな事を一々気にする人でもなくて 和気藹々の時間を過ごせ

ました。

長門市が 深川養鶏という大きな会社を持っているせいでか 人口比で 焼き鳥

屋さんの数が久留米市を抜いて一番になったこと。昨年には ギネスに挑戦

で、今は又破られたものの 当時の世界一の長さ○○メートルの焼き鳥の

認定を受けた事などを自慢して話したのでした。


昨日の懇親会では 白木屋グランドホテルの白木専務に 「 お酒を飲まない

ままで それなりに在席できる様になったけれど 今頃は 若いコンパニオン

さん相手より同い年の同級あたりと飲んだりする方が 楽しくなったよ 」と

偽らざる正直な告白。まだまだ若い専務は うなずきながらも 不思議そうな

顔をして聞いてくれていました。


176. がばいばあちゃん 続き

昨日の訂正と続き。

もみじまんじゅうの人は 元 B&Bの 島田洋七氏でした。

今日は 20時30分頃に食事が済んで 僕が がばいばあちゃん 妻が 

がばいばあちゃんの 笑顔で生きんさい の読書タイムになっております。

お互いが読みながら 一方で笑うと 片方が 何?なに?  と説明を求め

まして そのヤリトリに飽きた僕がこれを打ち始めました。


島田氏ほどの体験はした事がないけれど まだまだ 僕が子供の頃には 寝る

時間に 母が裁縫仕事をしていた事も多かった。 ツギのあたった靴下を履く

のも お尻の部分に縫い物のされたズボンも ごく普通の事であったし 

あの頃を楽しく思い出しながら読んでいます。 たった四才違いの昭和34年

生まれの弟に 随分昔の頃 二十年は前の頃 ふと、靴下のツギのことを

聞いたら「 そういうのをはいていた記憶はないなぁ 」とこたえられて あの頃の

一年の長さの変化は この頃と随分と違っていたのだろうなぁ、と思い知ら

された事を思い出しました。


175. なかなか涼しくなりません と、がばいおばあちゃん

まずは ツクツクホウシから。月曜日に会合で 宇部市阿知須に行きましたら

一匹どころではないものすごい数の鳴き声で 行く夏を惜しんでおりました。

先日の報告では失礼しました。

夏が行って 秋に来て欲しいのに 「 大雨と猛暑が同居している今の天気は、

梅雨が終わって これから夏を迎える季節の配置図に似ているせいです 」と

昨日お天気ニュースでいわれてましたが そうなのですか。


確かに長門市も 飯山八幡様での 南条踊りの奉納が終わると とたんに

涼しくなるのですが 未だに30度を超える日が続いております。


昨日 ロペでウーロン茶を飲んでいましたら マスターの話に お嬢ちゃんが 

彼を連れて帰るという連絡があって 僕は家の前の草刈 女房は家の掃除。

暑いに( 暑さで )くたびれたぞ。猫まで 何かあるらしい・・・と感じてか 

両手を投げ出してノビテいた。と笑わせてくれました。何となく そんな僕達

の年の環境なんでしょうね。


夜には 僕の妻が 図書館に無かったから 本屋で もみじまんじゅうの彼、

名前を忘れました。がばいおばあちゃん の本を買ってきたと買物かごから

単行本二冊を出してテーブルに乗せました。 何の気なしに手にしまして 

途中から読み始めましたら止まらなくなっちゃいまして どっちの巻か全部

読んでしまいました。

彼女はテレビで聴いた 「 近くのお豆腐やのおじさんが いつも五円だけを

持って崩れた豆腐だけを買って帰る子が、 型崩れの品が無くて十円の一丁

が買えずに帰る背中に向かって 『 おい、こっちにあるぞ 』と わざと角の

部分をくずして不良品にして売ってくれた 」という話に感動して購入した

らしい。 確かに なかなか素敵な内容でした。



174. やっぱりいた ガッツのツクツクホウシ

やっぱり根性のある ツクツクホウシがいました。一匹が今夕しっかり鳴いて

おりました。多分こうなるであろうという気は 充分にしていたのですが 

やっぱりという思いと ありがたいという不思議な思いです。


今頃気がつくのも残念なのですが 活字だけのこのページより やっぱり映像

があった方がいいのでしょうね。我社のホームページの面倒を見ていただいて

いるベンチャーワークスの社長のページを見てて 少々反省いたしました。

近いうちにチャレンジしてみます。


ロペのママから聞いた話。ロペで大騒ぎした時の写真を皆に見せてあげるのに

誰も持って帰らないってのは 何か訳があるの?。そんなに問題の映像がある

ようには思えないんだけどなぁ。  そりゃあーた、酔ってて騒いでいる映像を

シラフの冷静な家族の皆にみせて もし説明しなければならない情況になった

らと 考えただけで疲れますぜ。ジッサイ・・・。


それと 藤井社長。いずれ近いうちに 防府の夢豚・ムートン・さんに酔って、

いや 寄って ロースを食べて見ます。それと 高森牛はうまいですね。それを

使った我社の角島あわびと秋穂車えびのチョイスのできる 癒しプランが一番

の売れ筋になっています。

ついでに 「 湯本あかりみち 」の曲・・いかがですか。なかなかいい曲でしょ。

もうひとつ 「 ゆうぐれ 」といういい曲も存在しています。いずれ 藤嶋さんに

配信のお願いを致します。