宿屋のおやじ日記 -9ページ目

1054. 木戸さん出社

彼女が出社してすぐに「 ねー、フォローってなに?フォロー中ってのは

?」「 シェア 」ってのは? 「 みんなに閲覧されずに 直接 相手に

メッセージを送るには・・・?


で、で、 今 やっと「 シェア 」 と 「 いいね 」 が理解できました。


で で 彼女が 「 そういえば それを携帯でされてます? もしかすると

パケット代が ハンパないかも。ページが変わるたびに料金が・・・・。

定額の契約ならですね・・・。」 


「 おいおい、それをはやくいってよ。」


「 パソコン なら タダ ですよ。」


「 了解・・・、なら そちらで・・・。」


しばらく続きそうです。当分の間 私からの アクションはありません。

1053. フェイスブック 2

早くも混乱しています。

 

「 お友達になりたい 」「 お友達として承認します 」のやり方だけ

教わって始めましたら しばらくして 「 水津さん、コメントを読んで

いないみたいですね。」というコメントが入っていて その時点であれこれ

教えてくれていた フロントの木戸女史が退社していて 相談も不可にて

精神的にくたびれちまいました。

 

その内に慣れるはずですので どうぞ気長にお待ちください・・・。

K光課のN様・・・。


欧米では 辞める人が増えているらしい・・・、という噂話を妙に早くも

納得して身近に感じ始めている、宿屋のオヤジです。


ただこのままで終わるのはシャクですから もう少しのたうちまわって取り

組んでみます。


まだまだ書きたいのですが、とりあえず本日 近況報告にて ここまで。 

1052. フェイスブック デビュー

いよいよ ついに いやいや ワクワク エイヤ~~、で とにもかくにも

フェイスブックにデビューいたしました。


十三時頃にスタートして とりあえず パソコンの画面に出ていらっ

しゃった十名程の方に 申請をいたしました。


全部親しい方ばかりでしたので 全部の方に・・・いやお一人 お忙氏の

方からは別にして 皆様から使用人・・・いえ承認はいただきましたが

正直この六時間の間だけで、( 本当に良かったのだろうか。まだ待った

方がよかったのでは・・・ )と正直悩んで・・・というか もう食傷気味です。


お友達のお友達がお友達かも・・・、とダラダラ続けて見ておりましたが、

ほとんど際限なく無制限に続く 顔写真の画像に 得も言えぬ 不安、

後悔、苛立ち に似たストレスを感じてしまいました。これでは 一度

お顔を拝見した時に すぐに 登録申請しなければ えっと多分あの

辺り・・・・では再会できないような気がいたしましたが。


おいおい詳しくなるのでしょうが しばらく お待ちくださりませ。


    あはは・・・・。 といつもと違い 引きつった笑顔に思えます。


みなさんよく続けておいでですなぁ。

その内に要領も良くなるのでしょう。 まずは ご挨拶まで・・ではでは。


これはパソコンのノートブックで打っているのですが 下のスペースに

「 フェイスブックに投稿する 」と書かれている枠が気になっており

まして、どこに飛ぶのか全然存じませんが とにかく クリックして

みます。どこぞのお方に もし ご迷惑が行きましたら、どうぞ 原因は

宿屋のおやじでございますのて どうぞどうぞご寛容に。


試しましたら 「 接続の問題 」とかで どこにも飛びませんでした。

                  たはは、おそまつ・・・・・・・・・・・・・。

1051. 習字

ホームページのトップページに載せていた 僕の筆で書いた案内文を 

筆詞廣・ふでしこう・ 様の作品に変更いたしました。


下関の信頼申し上げる方からのご紹介でいただきました。


太宰府市においでの書家でいらっしゃって やっぱり極めた方の字は 

違うなぁ、とうち眺めております。


大津高校一年の時に 文化系の授業の選択で選んだのが習字でした。


秋の文化祭用に提出させられた自由題に 「 初恋 」という字を提出し

有田咢堂先生に「 この字は 初恋のワクワクした気持ちがよく表現

されている。」と一筆頂いて推薦の色紙・・・色は忘れちまいましたが・・、

貼っていただいたのをなつかしく想い出します。


心静かに書を親しむ時間なんて いつか取れるのかなぁ、等と十五歳の

頃の事を思い出している 宿屋の おやじ でございました。


                               ではでは。

1050. 大きな木

昨夜 「 大きな木 」のあらすじだけでもと、ネットをのぞきましたら 

かなり有名な童話だったんですねぇ。


子供の頃に 読書 という習慣からとんと遠ざかっていた僕は 

まるっきり知りませんでした。


その子供が小さな時分から 切り株で休ませてもらう程に年老いた時代

になるまでの、時間的にもずいぶんと長い物語でございました。


リンゴの実を全部分け与え、次には枝を 次には 幹を、ついには

「 疲れた。」とつぶやくその老人に「 この切り株で休んだら。」と

話しかけた・・・。という物語のようでした。


洋の東西を問わず 親の気持ちはまったくおんなじなんだなぁ、と

改めて教えてもらうキッカケをもらった 素敵なエフエム局の番組で

ございました。


             ではでは 皆様 どうぞ お元気に・・・。

1049. 二十日の夜です

二十日の夜になっちゃいました。

お元気な皆様を無事にお送りする毎日が続いております。

何もないのが一番の奇跡、無事これ名馬・・・。いろいろな言葉があり

ますがありがたいことです。


今日エフエム山口で・・・違うかもしれません・・・素敵な話を聴きました。

夕鶴の話、鶴の恩返し・・・をいろいろ分析した後で、紹介されたやはり

絵本の話でした。


「 大きな木 」という本だったと記憶していますが、これまた違うかも。

海外の絵本かどうか 作者名はカタカナでした。


子供と大変に仲のいい大きな木があったそうで、いつも子供と仲良く

遊んでいましたそうな。子供が大きくなって 次第に一緒の時間は少なく

なってしまったけれども その木は その男の子が好きで好きでたまらな

かったようです。


その後 いろいろとあったのでしょうが、


最終的に その大きな木は この子のために切り株だけになってしまった

そうです。それでも その木は その子が大好きでした・・・・。


話していらっしゃる方も、最後まで話していいものかどうかと悩まれ

ながらの紹介でしたが、筋書きを聞いても やっぱりその本を読んで

みたいと強く感じた 宿屋のおやじ でした。


何人かで話されていたマイクの向こうの別の方も「 愛情 」という言葉

を含んだ内容の多い素敵な本でしたねぇ、と子供の頃に読んだ時の感想

と大きくなって読んだ時の気持ちの相違を言われていました。


子を持って知る親の恩・・・・親想う 心に勝る おやごころ・・・・とやら。


三人の子供の顔を思い浮かべながら 「 よくぞ 僕を親に選んでくれて

生まれてくれてありがとう。」と感謝 合掌の オヤジでもありました。


                      ではでは・・・・。

1048. 宿泊ホテルの はがき

昨年の春三月に 赤坂プリンスホテルの解体が決定した。・・・・という

ニュースを聞いて驚いたのは 東日本大震災で全国が大わらわの時期

の一昨年の春だったと記憶しております。


Jのつく全国組織に出向していたのと、全旅連青年部という会に所属して

いた時期がしばらくダブっていて なん度となく利用させていただき

ました。


戸松他ホテルの・・・いや、泊まったホテルの備品で 何かと重宝する品

として 歯ブラシ、ひげ剃り、ポストカードは たいてい頂いて帰っており

ました。


一時期 どこの本屋さんにもあった堤コーナー、いわゆる堤・つつみ・本

といわれる 堤康次郎氏から始まる堤義明氏一族のコクドグループに

ついて書かれた本の二十数冊は読んでいましたので、このホテル

グループだけは無くならない、という信仰にもにた確信的イメージを

持ってパーティ会場ほか各種エリアを 胸をはり セカンドバックを片手

に紺のスーツで闊歩していたのでございます。


当時たいてい左ポケットには前日宿泊したホテルのカードを、チェック

アウトの時に 五枚十枚とおねだりをして、ふと思いついた人に、名刺

入れから切手を取り出し、時には 速達のスタンプをバックから出して

投函していたものでした。


今夏本棚の片隅から この頃に手に入れた ポストカードの束の厚さに

半分呆れながら さらさらとめくってみましたら 赤プリのカードの多さ

にちょっとびっくりした次第。


またまた長い文章・・・・。申し訳ございません。


このままの状態で保存していた方がいいのか、「 なつかしいです

ね。」と 一筆書いて旧交を温めるためのペンを取り上げた方がいい

のかまだそのままの    宿屋の おやじ なのでした。


山林会の 班長会議が終わって ふらふらと酔ったまんま宿に帰り

デスクトップに向かいつつ 話題を絞り出して とりあえず書き始め

お役目ご苦労様と、自分に言い聞かせつつ 一筆完了させて

いただきます。


                         ではでは、・・・・。


                読了 感謝申し上げます。

1047. コンパニオンレス パーティ

コンパニオンレス パーティ・・・こんな言葉があるのかどうか知りま

せん。ノーパフュームパーティ・・・ノーセント オンリーメンズパーティ

・・・ってか、つまり初めて コンパニオンさん無し、男だけ八人の懇親会

に参加して参りました。


幹事さんから この内容を聞かされた時に 僕ともうおひとり 萩焼有名

作家先生が 「 えっ。 何それ。 」という不服顔をしたという、当の幹事

さんからの報告で その久しぶりの会が 昨夜十八時半に 長門の有名

店で始まったのでした。


「 もうそろそろそんな時期ですよね。どうせ若いコンパが来て喜ぶのは

水津だけくらいですもんね。」と正面きって同級生を刺したのは カクテル

ラウンジ ロペ のマスター・・だったという案内も合わせてございました。


欠席の一人を除けば 僕が最年少で平均年齢五十九歳の会では 若い

女の子は正直 気を使うだけで こちらも若かった頃のときめきはすでに

ありません。

ましてや 二次会のバーでホステスさんから 「 あのう、まどかちゃんの

お父様ですよね。」なんて体験を何回かすると もうバッターアウトで数年

前から熟女ラインに落ち着ける場所は 見出してはいたのです。


結局 配膳の担当をされていた係りの方が 料理の説明の合間に前後

して繰り出す僕の質問の応対が素晴らしく ( これは この方にほんのり

酔っていただければ楽しいかも )と判断した僕の酔眼は確かだったよう

で、ついには二次会まで お出まし頂いて 参加者全員とそれはそれは

楽しいワハハ、ガハハの一夜を過ごさせていただいたのでした。


              はい、めでたし めでたし・・・・。


                        宿屋の おやじ でした。

1046. おみくじ

小学校高学年から地元を離れるまでの七、八年間は、父と 時々母と、

その時刻まで起きていた弟か妹かのどちらか一人との総勢四、五人で

初詣をしておりました。


中学生頃から あまり紅白歌合戦は見たことがなくて、行く年来る年を

観ながら父の「さあ、そろそろ行くか。」という声を待って地元 大寧寺と

産土の神様である飯山八幡宮へのお参りが決まったパターンでした。


二十四歳で湯本に帰って結婚するまでは、ずっと父と二人での大晦日の

夜を過ごしたことになります。

母は女学校時代の初詣で 「 凶 」が出たことがあって暗い一年を過ご

した体験からそれ以来一度も おみくじは引かずじまい。かたや父と僕は

ほとんどが大吉で まぁそんなもんだ・・・・・


・・・・・・・・・ここまで元日のお昼に書きながら はや、七日です。


何を書きたかったのかしばらく時間がかかってしまいました。


あはは、ただ元旦に帰る長男を除いて、私と長女次女の三人全員が 

大吉、だったってぇ事なのでした。  はぁ、めでたし めでたし。

娘らは、お祈りしていただいた後に お経本で 肩 背中 お坊様に

よっては 首の後ろを トントン していただくのがどうやら楽しみの

ようでございます。


特に次女は なかなかその札を手にする確率が低かったようでして

満面の笑みにて 何度も読み返しておりました。


正月スタートあたりから 急に冷え込みが厳しくなって ご予約の変更

もそれなりにありましたが、無事に皆様をお送りしつつ 今日を迎えて

おります。


今年も 素晴らしいいい年であります様に。素敵な出会いが毎日

あふれる程に すべての方々に訪れますように・・・・。

                   心からお祈り申し上げます。


 とにもかくにも 依然元気な やまぐち 長門の 湯本温泉 宿屋の


                                オヤジ でした。

1045. 客室にて

時々 ルーム係さんの手伝いで飲み物や別注料理を持って 客室に伺う

ことがあります。


失礼いたします、係りがほかのお部屋に行っておりまして・・・などと説明

をしながらふすまをあけるのですが、昨日の事・・・お若い女性お二人の

部屋に入った途端に 「 あら~、ブログを書かれている方かしら~。」の

第一声。


途端に 冷や汗がドッと出てまいりますなぁ。

勿論悪い気はしませんし、こんなに上手に話を切り出される方は、あれ

これと僕が妙な受け答えをしても かるーく 受け流してくださいますし、

まず聞き上手な方が多くて 思わず長居をするハメになったりすること

があります。


お一人の方でしたら それこそいくらお話上手の方でも早々に引き上げ

ますが、昨日は つい話が進んで 僕の思い出話として「 小学生の頃

に転校していった同級生から連絡があったり。」 とかいらぬ事までつい

話をしてしまいました。


旅先でいろいろな出会いを楽しんでいただきながら いい思い出作りの

お手伝いをしなければと考えている 宿屋のおやじ でございますが 

思わぬところで こちらが当事者になってしまうこともあるわけです。


今年は 曜日の流れも良くて 正月ウィークが全国的にも長いはず

です。


皆様 どうぞお元気に。平成二十五年の楽しいお正月の思い出を作られ

てください。 精一杯 ご協力いたします。


         ではでは、お互いに 良い年にいたしましょう。ではでは。