宿屋のおやじ日記 -7ページ目

1074.  赤崎様のおまつり

今日は、この地域の産土の神でいらっしゃる 長門市の 赤崎様の


おまつり 当日です。


僕は 県の無形文化財の「 湯本南条踊り 」の 弓 の担当として、湯本


大寧寺、赤崎様の桟敷、赤崎神社、地元の 湯本温泉の住吉神社と


四か所で湯本の若いみんな 総勢四十人ほどで踊ってまいります。


それぞれの時代時代に 若い者が少なくなったり 練習やなにやかやで


時間が拘束されるとかで いろいろの議論もあったらしいですね。


父が一度だけ話してくれた思い出に 名前は決して言いませんでしたが、


数人の踊り子さんが相談に来たことがあったそうです。


「 よし、わかった。それほどいやなら中止しろ。そのかわり、長門市 


山口県、あらゆる公文書に『 どこそこの誰 どこそこの誰、以上何名の


申し出により この南条踊りを廃止しました。』と記録させるからそのつもり


でいろ。」と一喝したことがあった、とか言っておりました。

そんな男の子供ですから、ごく自然に この歴史ある芸能を次に伝える


ひとりの担い手として参加するのは当然の義務として、湯本に帰ってすぐに


消防団とともに 入れてもらったのでした。


曇り空は見えるものの過ごしやすい日のようです。


今の若いメンバーも どうせ踊るなら、きちんと踊りたいという気持ちは


強いようで お世話役の方々に「 注意されれば 今の若いメンバーは


きちんと聞きますから、『 わしゃー、歳をとったケー(から)。』だの


『わきゃぇー( 若い )モンにあれこれ言うたら、うるさがられて嫌われる


ケー。』 だの言わずにはっきりと教えてやってください。」とお願いして


いる 宿屋の おやじ でございます。



           ではでは、 皆様お元気に。

1073. 背中流し 続き 2

あれこれの問答の翌朝・・・・、


全部のお客様に聞くわけにはいきませんので 正確な実施率は不明です

が お見送りをする時のお子様の様子から 勝手に判断しますと、よくて


半分くらいのようですね。


特に モジモジしてらっしゃった ボク はやはりそれとなく僕から話しかけ


られないようにされているみたいで、そんな時はお父様に ご自宅ででも


さりげなくお誘いされてみてください、とお願いいたします。


「 やったよ。できたよ。ゴシゴシ・・・。」「 うわー、おじちゃん嬉しいなぁ。


始めはちょっとはずかしかったでしょ。」「 うん。でもね、おもしろかった。」


宿屋のおやじ として至福のひと時です。

  

「 いやー嬉しかったですね。初めての体験です。」と父上が話される時も


大きな喜びですねぇ。


去年のことでしたがこんなお話もいただきました。


おばあ様と 僕と同じ世代、らしき母上と ボク の ご家族づれでした。


翌朝のご出発時に 母上が話されました。


「 夕食後 さっそく子供に 背中を流してもらって、ふと、母の背中を


流してみたくなったんですよ。で、流したんですよ。もう何か、うれしくて


ね、あれこれいろいろ思い出されて感動して泣いちゃいました。」


今度はこちらが感動の涙でございました。



衣食住すべてにかかわりのある業種で、やれ、地下タンクの整備だ、


今度は 耐震補強・・・当館は 対象外らしくて とりあえずは ホッとして


いますが・・・等々いろいろありますが こんな感動を味わえる職種もそう


ざらにはなさそうで これからも精一杯勤めてまいります。


どうぞ 気楽に 気長な お付き合いをよろしくお願い申し上げます。


ではでは、 山口 長門 湯本温泉 宿屋の おやじ でした。


今日も素晴らしい一日でありますように・・・・。 では。

1072. 背中流し 続き

昨日のページを皆様に公開して 二時間後 大学時代の友人から一報が


入りました。


「 いや、久しぶりに読んだけどよー、おめーの 恥ずかしい とか 


照れくせー、って感情はよー、平均以下じゃなくて、最初っからねーんじゃ


ねーのか。」


それはそれは。暖かい友人としての一言でございまして、確かに僕も


( そうかもしれん )という思いもしましたので あえて反論はせずに、


昔話に花を咲かせてしまいました。


さてさて、ご家族の食事場所で お子様がおられたら 通常のお礼の後で


「 でね。」と子供さんに顔を向けまして「 あのね、おじちゃんから ボクと


お嬢ちゃんにお願いがあるんだけど きいてくれるかなぁ。」と申しますと


間違いなく シーン といたします。


すかさず「 この食事の後か、明日でもいいんだけどね、ぜひもう一回


お父さんとお風呂に入ってもらってね、その時にお父さんの背中をゴシゴシ


流して差し上げてほしいんだけど、どうかなぁ。」


ほぼ、間違いなく 「 な~んだ。」という雰囲気になります。


すでに体験済みの子供さんから 「 ぼく、やったよ。」「 いつもやって


るよ。」というお返事は 去年今年あわせても 三組くらいです。


「 そりゃ いい話だ、やってくれよ。」「 ○○ちゃん、やってあげなさい。」


「 そういえばやってもらったこと、ないなぁ。」 おじいさまから「 そりゃ


いいはなしじゃ。わしもたのみたいのう。」との一言もありました。


「 えー、やだよ。」「 しなきゃ、いけないの・・・。」「 それしたらなんか


ご褒美あるの・」   とそれはそれは ご家族の数ほどそれぞれの反応


がございます。 特に男の子は 顔を伏せて もじもじ されるパターン


が多いようです。 が、「 絶対 いやだ。」は今まで一度もありません


でした。  で、すかさず もう一言。


「 あのね、最初はすごくてれくさくて、恥ずかしいと思うんだいんだけど


ね、どうせ周りに知ってる人はだれもいないんだし、泡がいくら飛び


散っても平気だから ぜひやってみてよ。たのしいし 結構おもしろい


よ。」とおっかぶせてまくしたてます。


ご両親、特にお父様は にこにこ、というか ニヤニヤされてる方が


おおいですね。


一時期 うつむき加減のボクに 「 よーし、じゃあ約束の握手ね。」と


手を握っていた時もありましたが これが意外と強いプレッシャーに


なるみたいで 翌日 ご出発の時に僕を避けるように乗車される子供


さんを見て よっぽど雰囲気のいい時にしかしなくなりました。



シェ~、またまた長くなりそう。 とりあえず〆まして 続きはまた 


書きますね。                  ではでは。


   山口 湯本温泉 宿屋の おやじ   でした。

1071.  両親の背中流し

つい「 両親の・・・ 」と書いてしまいましたが、勿論物心がついてから


自分と性の違う親と一緒にお風呂には入りませんから、僕にとっては 父


のみということになります。


昨年の夏の初めころ、お客様へのごあいさつ周りの時に 何気なく「 


背中流し の 体験の有無」を ご両親やお子様に聞いてみましたら 


意外と体験者が少ないことに気が付きました。


「 赤ちゃんの 温泉デビュー は ぜひ当館で 」というコピーは 


四、五年前から流しておりましたが、( こりゃ もひとつ 面白いご案内


で お客様の思い出づくりに貢献できるかも )と さっそく 啓蒙活動


といいますか、お願いに回り始めた次第。


僕も最初は誰かに言われたのでしようが、幼稚園のころから、父の背中


を流しておりました。


僕をご存知の方は否定されないと思いますが、僕には 人から見られて


恥ずかしい、とか 照れくさい・・・という方面の感覚が 平均より少ない


ようで、この習慣は 高校を卒業して大学に行ってからも続きました。


四年間 たまの帰省時にも このころは 同じ家におりましたので


「 今日は何時ころに風呂に行くんかね。 」と父に問い合わせて時間


を合わせて旅館の風呂に行っておりました。


中学のころには 僕より父のほうが照れくさがって「 いや いいから


お前がゆっくり入れ。」と逃げていた風情もありましたが、中二時代の


「 やったー、父様、チンチンに毛が生えたー。」と万歳しながら 昔の


帳場・ちょうば、今のフロント 兼 事務室 兼 居間・・・への駆け込み


事件( どこか「 中学時代・・・41 でした 」に書いています )以来、


もうあきらめたみたいで「 おう、すまんな。」と従ってくれるように


なりました。



またまた長い文章になりそうで お客様の反応や 翌日の様子などは


また書きます。


    ではでは、今日も素晴らしい出会いがありますように。               

1070. ハッピーマンデー 

今月は ハッピーマンデーがらみの連休が二回ありますね。


どちらかというと、祝日にはそれぞれの成立意義が存在するはずですから


このアメリカ的合理主義に迎合するのは好きではなかったのですが、


すべての祝日が該当するわけではない、という説明を信じて 旅館関係の


組織からの働きに賛成の意思表示をいたしました。


東京オリンピックの開催日を決めるのに、過去二十年だか三十年だかの


天気を調べたら十月十日だけが 晴れ 続きだったそうでその日に決めた


ものの 前日は梅雨前線か何かの影響で大雨。翌朝は まさに


日本晴れ。担当の係りの全員が肩を叩き合って男泣きした。


「 それが 『 体育の日 』の成立の理由。」という話を両親から聞いた


事があります。真偽は不明ですが、そんな話も毎年日付が変化して


しまっては子供らに説明のしようもありませんね。


これには、少々責任を感じてはおります。


ただ お子様サービス、ご家族のサービス可能な日が増えるのは事実と


して発生するのだからと その責任を胸に飲み込んで納得させている、


宿屋のおやじ でございます。


十七号が 早く 太平洋に抜けて 熱帯性低気圧になってくれますよう


に。                        ではでは。

1069. 涼しくなりまして

先週の台風騒ぎ・・・何回か書きましたが、あの 天気予報の報道は何


とかならないものでしょうかね。


確かに大きな被害の発生した地域もありますから、誤報 とまでは言いま


せんが 山口県全体が豪雨で水浸しみたいな放送では お客様が驚か


れるのも仕方なく、湯本温泉全体で どれだけの取り消しが発生したの


か、いずれゆっくり伺ってみようと思います。


さてさて 本当に暑かった毎日が この台風もどきと、昨日からの雨で


一気に涼しく、というか寒くなりました。


ジャズフェスタの会場で サクラの一人として ステージ近くに陣取って 


天下お晴れでビールを飲んでおりましたら、納涼盆踊りに参加された 


おひとりのご婦人から「 実行委員長だった水津さんですよね。」


「 初めて参加させていただいて それなりに楽しかったンだけれど、


いろいろと気付も山ほどあってお話させていただいてよろしいかしら。」


と話しかけられました。


 見れば高校の同級生の奥様でもあり( 時間つぶしにまぁよろしいか)


と思い、ただ酒豪でもない僕がすでに二杯目の半分ほどを飲んでおり


ましたのでとりあえず「 そりゃありがとうございました。どうぞ・・。」


「 まあ、ふた山くらいにしていただければ。」と応えました。


一方で心のどこかにあった( いまここで伺ってもなぁ。明日は忘れちまい


そうだ。 )という思いが 目に出たか 顔に出たかのどちらかなのでしょう


・・「 まぁ面白い人。」「 ではいずれまた。」と会話が途切れてしまい


ました。 お詫びを兼ねてお渡ししたペンライトは有効に使用されていた様


で まずは一安心と勝手に解釈して僕なりのジャズの世界に入り込んだの


でした。近いうちに 反省会もやりますので F奥様 どうぞ 事務局まで


ご遠慮なくご一報ください。


予報を観られてキャンセルされるかたがた、逆にどこそこに行けなくなった


からと予約される方々、出会いさまざま、ご縁さまざま。


今日も素晴らしい一日でありますように。いい出会いがありますように。


                   ではでは。 宿屋の おやじ でした。

1068. ひと月過ぎました。やっと再開です

パソコンの調子が変になつて ついつい、つい先延ばしになってしまい、


つい怠けてしまいました。


夏 八月は 湯本温泉にとって、イベント三昧で書くネタは豊富に存在しま


す。「おとずれ夜市 じゃらんじゃらん 」が第一土曜日、十一日は四十八


回目を迎える「 湯本温泉 納涼盆踊り大会 」 そして今年は二十四、五


日と開催された「 ジャズフェスタ イン 湯本温泉 」・・・・。


最終一週間は 毎年 旅館組合員のほとんどはへとへとでございます。


特に青年部は、今年は天候の影響でフェスタ用にテントが二十六張りも


必要になって、お隣の萩市さんを始め 近隣の多くの組織から借り


まくっておりました。


翌朝のお昼に、片づけ要員の一人である私も 大畑分校の体育館に


五張りほどお返しできたときには もう心は抜け殻みたいで 「 よ~し、


事故もなく今年の夏も終わった・・・ぞ。」と安堵の胸を撫でおろした


次第。


そのときどきのいろんな描写も面白いはずなのですが 今は触れず


いずれ書き足してまいります。


それに昨日は 来月十日の 地元の産土の神様である 赤崎神社に奉納


される 県の無形文化財 湯本南条踊り の初会合でした。


僕は残念ながら出席がかないませんでしたが ほとんどの青年部の緊張


はまだ続きます。

最後になりましたが、ジャズフェスタに 新しく協賛企業になっていただいた


キリンビール 様に心からお礼申し上げ 再開の〆とさせていただきます。    


 ではでは。今日も素晴らしい一日でありますように。


                  素敵な出会いがありますように。


1067. 二次会にて、それと ホタル

ある方のパーティにて 久しぶりにM輪市議にお会いして 万歳三唱後


二次会を懐かしい わが社のディスコでやりたいと、なにやら強烈な要望


を頂いて ドタバタの取り掛かりの中で開催いたしました。


このM氏、この春からなんと 長門市議会の議長に就任されております。


ただ 昔は商工会議所で まだまだ会員が 私も含め皆若かった青年部


の有能事務局長時代からの長い付き合いにて お互いに弱みを握り


合っている間柄でございまして、多くて長い ワハハの昔話に花が


咲きました。


ご本人のやはり要望だったようで 現在の現役の会議所の若い職員さん


も七、八人おいででございました。


全部書いてしまいますと 我愛する 長門市の市議会の品位に影響が


出てはいけませんので ホンのさわりを二題ほど。


福岡からの飛行機のフライトで僕のとなりに座った彼、僕が驚くほど


本を読むスピードが早くて 宮崎空港に到着後、「 やっぱり優秀な事務


局は速読の練習もしてるんだねぇ。たいしたもんだ。」と感心して話まし


たら・・・・「とんでもない。フライトは今日がはじめての体験で 飛行機が


傾くたびに落っこちそうで読むどころじゃなかったです。」と素直なお返事


・・・・、なら雑誌なんか借りるなよ、・・・といいたかったのですが、旅館


組合青年部の助っ人参加でしたので、バラシちゃいけないと我慢して


いましたが・・・やはり空港ロビーで・・・・やはり話せずにはいられなく


なり 皆で大笑いいたしました。



それから二時間後、この影響が多分にあつたのでしょう・・・フェニックス


カントリークラブという名門ゴルフクラブのスタートホール にて・・・。


宮崎県全域の旅行エージェントさん四十名をお招きして「 湯本温泉


旅館協同組合招待ゴルフ大会」が始まりました。


なんとトップのスタートが このM市議・・・いえ議長でございました。


クラブ一閃 きれいに飛んで行ったのは、あろうことか ティ だけで


ございました。


こんなときには やはり 人と人、義理と人情で 横を向いたり後ろを


むいたり、観なかった振りをするのでございまして 一人を除いた


全員が急にとなりの人と話し始めたのでございます。


僕のとなりは 六角堂の社長でした。「 良い天気でよかったですね。


がんばりましょ・・・。」という言葉が終らないうちに 「 わつはっは、


三輪君 今は ヘッドアップだったぞ。」と声を出されたのは 今は


日本を代表されるホテルになられた「 O 」社長・・・当時は専務で


ございました。


その場がシーンとしたところで ふと M 議長を見ましたら やはり


あわてておられたのでしょう 二打目を打とうとされておりました。


そこにこれまた妙に 涼やかなキャディさんの声が鳴り響きました。


 「 お客様、マーク をお願い致します。」


ティグランドでの マーキング・・・議長 災難でしたねぇ。


本当におつかれさまでした。


記憶力抜群の男で一度回ったホールは「 あそこの三番の池はいや


らしい・・・、あの○○.ホールのやぶは刈るべきですよね。」などなど


覚えているのに この名門ホールは 食堂も風呂も覚えていない・・・


という感想を 一週間後にきいた宿屋のおやじでございました。


ながながご愛読ありがとうございました。   ではでは。


皆様 どうぞ お元気に。素敵な出会いがありますように・・・。


もしかすると、その筋からの要請で 削除の憂き目に会うやも知れ


ません。 そのときには どうぞ明るくご容赦を。


それと ホタルは 昨日が四匹でした。渋木エリアも シーズン終了


です。   ではでは・・・・。

1066. 早 七月

先月の中旬から後半にかけて続いた二回の大雨で 少々不安な訪問で


したが、六月二十七日に訪れた渋木のホタルは、山側に随分へばり


ついていたとはいえ、かなりの数が確認できて安堵いたしました。


七月にもホタル鑑賞のツアーを受けていて緊張の一夜でしたが何とか


なりそうです。


昨夜は 同じ理由で減少が予想された 当館一階近くの 門前橋流域を


やはり緊張しつつ見回りましたが こちらは 八匹が見えただけで、もう


そろそろシーズンの終わりのようでした。


今年は残念ながら 露天風呂からの「 迷いボタル 」の報告もなく 


おだやかな さりとて 長命ボタルの多いシーズンだつたようです。


毎年のごとく 昨夜は 三匹、二匹、三匹それぞれのグループにに


「 今年もありがとうございました。また多くの皆さんに喜んでもらえまし


た。素敵な奥さんは見つかりましたか。来年又 皆さんの子供さんと


会えるのを楽しみにしています。」と挨拶をして帰宅しました。


思えば この地域の皆さんのご先祖も そのご先祖も、勿論私の父も


彼らの先祖を観ながら大きくなられたわけで 悠久の時の流れを


感じる一瞬といいますか、なんとも荘厳な気持ちになります。


さてさて時は七月。今年は いろいろの巡り会わせから 湯本温泉の


納涼祭りの実行委員長にならざるを得ませんでした。


開催まで 一ヶ月ほどですが アレコレの取り組みで 無事に


第四十八回の 盆踊りに取り組みます。


どうぞ 精一杯のご協力 よろしくお願い申し上げます。


ではでは、今日も素晴らしい出会いがありますように。 ではでは。


1065. ホタル元気一杯 ホタルバス快調運行

ホタルも元気一杯、各ホテルの ホタルバスも快調に動いております。


昨日今日と、個人のお客様用に キャラバンタイプの車で ご案内して


参りました。


ホタルたちが快調に飛び回っている時間に鑑賞しようとしますと、どう


しても八時 九時前頃になってしまい、団体様はお酒が入って 移動


どころではなくなり、酔われていないご夫人やご家族の皆様が多くなり


ます。


ただ残念な事に 今年はちいさなお子様を連れられたご家族連れの割合


が少ないようで マイクロがホテルに着くなり 転がるように降りてこられ


て「 すごかったよ。いっぱいいたよ・・・。」と目を真ん丸くされて話される


お子様の様子が拝見できなくて ちょっと残念な宿屋のおやじです。


売上的にはありがたいのですが、九時半現在まだ 九州からの団体様は


カラオケで大懇親会の最中です。


それで 前回の分で岩国の「 日本酒乾杯条例 」と紹介したのは岩国


ではなく 京都府の府条例でございました。 皆様、また大谷社長、


失礼致しました。



先週突然に帰ってきた 末娘は 今回は爆睡・・・の様子はなく なにやら


妻と話しをしたくて帰省したようでした。


時間つぶしに借りた アメトークの「 絵心ない芸人 」の巻きは 前回


あれほど笑ったから もう 笑う事はないであろう、という娘と僕の予想


を裏切って 今回も おなかの皮がよじれるほどに まったくの 抱腹


絶倒でござりました。


動物の絵も 自転車に乗る様子の書き方も 多分僕もまったく同じ絵を


書きそうで 怖いくらいでした。 前回同様 京都大学出身の 宇治原・・


さんでしたっけ・・・この方と同じレベルなのだ・・・という事実に救われた


気になりました。



昨年 どうしても鑑賞できなかった「 北のカナリヤたち 」をDVDで拝見


しました。挿入歌の「 あの青い空のように 」にいたく感動して ユー


チューブで何度も聴きました。


ただ 五番か六番かに「 怒りを燃やそう 」という歌詞がなにやら気に


なりました。何かをスタートさせるときのキツカケにはなっても、怒りの


連鎖からは 怒りしか生まれないと、いう気がしたからです。


この部分だけは要らないのではないかとすごく残念な気が致しました。


道理で 幼稚園での映像も ほとんどの 画像から この部分だけが取り


去られて歌われていたのは やはり似た思いをされた方がいらっしゃる


のだろうな、と解釈しましたが 違うでしょうか。


とにもかくにも 宿屋の おやじ は元気です。


皆様もどうぞお元気に まだまだ ホタルは当分元気です。


是非 心を洗われる 幽玄な様子を観に来られませい。  ではでは。