宿屋のおやじ日記 -5ページ目

1094. 毎年いつもこの季節の ウグイス

毎年のこの季節になると登場してくれる ウグイス の彼が 三週間ほど

前から いつもの我が家の隣の梅林で鳴いてくれて素敵な朝の時間を

提供してくれております。


もう何度となく書いていますが、二、三年前まで父親と思しき野太い声と妙

に甲高い声の二種類の 決してダブらない合唱でしたが そのうちに一羽

だけになり、次第にゆったりした鳴き方に変わってきております。

ただ 後半の「 ほけきょ 」部分は 独特のつまり具合で 子供の頃から

のちょっと癖のある・・・活字にできないのが残念ですが、確かに彼だと

確信できる鳴き声で過ごしてくれています。


そうこうしている内に 早くもゴールデンウイークが始まりました。


今年も大勢のご家族の皆様の思い出づくりのお手伝いができますように。

皆様を お元気にお送りできますように。

いいお天気が続きますように。


そうでした。昨日は 恒例の 「 おとずれ夜市 じゃらんじゃらん 」が

多くの皆様のおいでのもとに無事開催されました。どうもありがとうござい

ました。


            山口 長門の湯本温泉 宿屋の おやじ からでした。


                           ではでは。

1093. 皆様に喜んでいただけました

34名の方においでいただけました。

「やっぱり、生の音はいいいなぁ。」 「やっぱり 違うなぁ。」「 久しぶりに

大人の時間を過ごした気がするよ。」 「機会があったら またやってよ。」

と皆様に肯定的なお話をいただきながら お見送りをいたしました。


僕の父と末娘が福大で、リーダーでギターの中川さんと同窓生、また

ピアノ担当の東京出身の方が武蔵野美術大学で 萩焼の田原陶兵衛氏

と同窓生・・・、それなりの話題もあって盛り上がりました。


翌朝・・・といいますか つい先ほど、リーダーが七時前にコーヒーを飲み

に来られて、地元の 市議会の議長、商工会議所会頭も、また地元地方

紙の代表も 福大ですよ、とあれこれの話をいたしました。


またチャンスがあれば、ジャズに限らず 皆様の喜ばれる企画に取り

組んでまいります。

どうぞ 気長な 気楽なお付き合いをお願い申し上げます。


  山口 長門の湯本温泉 宿屋の おやじ からでした。  ではでは。


1092. とにかくジャズライブにおいでを

.この『 ピアノ担当の 中川氏 』の演奏を聴いたことがないのでボク独自

のコメントも出しようがないのですが、福大を卒業されて ニューヨークや

欧米を転戦されてご活躍のご様子です。


僕も20歳前後に ドアを開けたらもうもうと煙草のにおいと どえらい音で

さりとてディスコとは微妙に違って 大人の雰囲気に時々浸りたくなって、

新宿のピットイン に行った事もありました。


ただ ジャズそのものの知識は まるでなかったので、つい近くのお客さん

に話しかけたら 彼のうんちくをとうとうと 一時間にもわたって披露されて 

ひどい目にあったことが、一度ならず二度三度とあって それからは ただ

椅子に座って時々 煙草をくゆらせて 時には体や手をゆすりながら さも

わかったふりをして 時間をつぶしておりました。

卒業して随分ののち 青山 や 福岡のブルーノートで 初めて これが 

大人の楽しみ方なのかと知った遅い目覚めではありました。


それともひとつ 以前書きましたが 先輩に連れられて かなり酔って

・・・・というか僕が弱すぎたのですが、 馬車道 界隈の店で 聴いた 

というか味わった 山下洋輔 氏の ピアノも強烈な思い出です。


とにもかくにも、今週 金曜日 18日の 20 時からの ジャズライブ

どうぞ お楽しみに・・・・。

1091. 「ジャズ のイベント」とかぶとむし・ゆきまつり

何回か書き込みもして、別のコーナーに登録もしていたのに、土台のユー

チューブが削除されたと同時に この映像も消えてしまい、残念に思って

いた 「 かぶとむし 」の「 ゆきまつり 」のレコードが 手に入りました。


まだ登録の仕方が分かりませんが いずれ 皆様にも聞いて頂きたく

アップするつもりです。


あぁ、それより 突然ですが 今度の 18日の金曜日 20時に 

元のディスコでジャズライブを開催いたします。


福岡でそれなりの名の通った 三人組のデュオで登場していただきます。

入場は無料で、なにかドリンクを頼んでいただくスタイルでいたします。


弘中君のフェイスブックにアップされているようです。


お問い合わせは、090-3178-2775 の水津 までお願いいたします。

1090. 温泉祭り から はや三日

毎年のごとく 雨とご縁の 湯本温泉の「 温泉まつり 」が 六日に開催

され 早三日が過ぎました。


僕は前日の長女の婚礼の関係で 夕方の おとずれ夜市 「 じゃらん

じゃらん 」には間に合うようにと帰りましたので 神事 や 直会 には

出席しませんでしたが、随分と寒かったようです。


さりとて 僕が担当の夜市の方も 夜露がすごくて大変でございました。

アコースティックライブも 山口市や 萩市や いろいろな場所から来て

頂いたものの 演奏中に ギターがその露で光っているのが客席から

見えるほどに濡れてしまい、申し訳ない状態でございました。


農林事務所様に協力いただいている 地産地消の 長門おおつ和牛

も 深川養鶏様の 黒かしわ の 試食会も大変に好評でした。


一方で サクラ の花は 強風であったにも関わらず 咲きはじめだった

ことも幸いして 今もまだぎりぎり鑑賞に堪えられるくらいに枝に残って

くれております。

女将に簡単なおにぎりでも作ってもらい、少し花見を楽しんでみようか

と、ふと企んでいる 宿屋の おやじ でございます。


今日は 暖かくなりそうです。


素晴らしい出会いがありますように。この一日を明るく元気に過ごします。


                         ではでは・・。

1089. 長女の結婚式

一昨日 長女の結婚式で 土曜という曜日に初めて 妻とともに大阪に

出かけてまいりました。


本当に素敵な彼と出会ってくれて心から感謝はしておりましたが、彼の

上司の方々や お友達の皆様も本当にいい方ばかりで なごやかな

素晴らしい披露宴でした。


こちら新婦側から あれこれの余興の出し物があるわけではない・・、と

漠然と思っておりましたら あにはからんや、素敵な出し物が オオトリに

登場いたしました。

こちら側のほとんどが母校にしている 県立大津緑洋高校の教諭をして

いる僕の従妹の主人が そのピアノ教師の従妹と フルート を吹いて

くれたのですよ。

それもオオトリの出番で 二曲終えて 「最後はみなさんと合唱しま

しょう。」と 長渕あにぃ の 『乾杯』を準備していてくれました。

式の時から嬉しくて 大いに盛り上がっていた僕は ただ座ったままで

手を振るだけでは失礼でもったいない気がして つい立ち上がって応援

に手を振り続けてしまいました。

隣から「 お父さん、おとうさん・・・。もう・・。」という妻の声が聞こえな

かったわけでは決してないのですが とにもかくにも 歌い続け手を

振り続けました。


子供のころから 僕に 「 ああして欲しい、こうして頂戴。」ということが

ほとんどなかった長女でしたが 本当に幸せになってほしい・・・。と

しみじみ 親ばか  そのまんまの 父親でございました。


初孫の朗報を心待ちにしている 山口 長門の 湯本温泉

                      宿屋の おやじ の近況報告でした。 

1088. 忘れてました

大切なことを言い忘れておりました。

多くの地域が同様みたいですが 湯本温泉全域の桜も 今が満開です。

今年は 風も雨もないようで これから当分の間 楽しめる様子です。

お部屋から見える河川公園も見事に咲き誇っておりまして 皆様大喜び

です。


とにもかくにも 近況報告まで でした。    ではでは。

1087. あなたが本当に「本郷直樹」さん? 

あまりゆっくりとテレビを観る機会がないのだけれど 一昨日のことふと

NHKのスイッチをいれますと 昔の歌謡曲の番組でございました。

どこぞの知らないオッチャンが歌っておられましたが その曲がなんとも

懐かしい「 燃える恋人 」でございまして、思わずのけぞってしまいました。


タンゴや有名オーケストラのレコードをじっくり聴くために父が備え付けて

いた立派なプレーヤーで 山口百恵さんの「としごろ」や オールナイト

ニッポンの「ひざくりげ」のLPと同じ様に針が擦り切れるくらいに聴き続け

ていたなつかしい曲なのでした。


十数年前に 雑誌の広告欄で オードリーヘップバーン に再会した時

ほどの衝撃はなかったけれど、やっぱりオドロキでしたねぇ。


自衛隊の少年工科・・・何とかの出身とかで素敵なジャケットの人では

ありましたが、見事なお変わり方でございました。


ただ、僕も様々な方々からいろいろな感想をお持ち頂きつつ、お付き合い

頂いているのは知っていますから これ以上の発言は控えます。


でですね、

もしその時にこの番組を続けて鑑賞していらっしゃった方で 気づかれた

方があれば教えてほしいのがですがね・・・。


チューリップの映像のバックに出ていた 「 店 」の名前・・・だと思う・・・

のですが 「 LUIDO 」と書かれていませんでしたでしょうか。

もしかしてこれは新宿三越の近所の 「 スタジオ ルイード 」なんで

しょうか。


従妹のご主人が かぶとむし というグループをやっていて 「 雪まつり 」

というそれなりのヒット曲も出していたので 何度となく通った スタジオ

なのでした。時々レコーディングもやっていて 一度は中学時代の英語の

恩師のお嬢ちゃん・・・という同級生をご案内したこともありました。

卒業してしばらくたって 久しぶりに誰かのミニライブでも聴けたらと探した

ことがありましたが、残念ながら すでに 看板も無く 104 の電話案内

で聞いたら都内でのその名は 原宿の スナック だけになっておりました。 


様々な思い出の記憶を確実に歳を重ねて 宿屋のおやじ も 58才。

みなさん、とにもかくにも 元気に 日々の体験に感謝しながらすごして

まいりましょうや。               ではでは・・・・・・・・・・・・。 

1086. 北海道のお客様

大人数ではありませんでしたが、北海道からのにぎやかなグループの


皆様をお送りしてきました。


これもまた かなり以前に書いた気がしますが とにもかくにもページを


埋めるために一筆啓上。北海道出身の 名物 ルーム係りさん のこと。


名を「 とよこ 」といい みんなからは 「 とよさん。」「 とよさん。」と


呼ばれて親しまれておりました。


熱川から湯本に帰って いろいろと話をしている内に 彼女の言葉使いが


気になり始めました。


お客様の 大きくて重たい荷物の二つ三つは平気で 両肩から斜め掛け


に二個、両手に二個でも平気・・・というほどの力持ちでした。


彼女をご存知のかたには、北海道から山口に至るまでの道中の思い出


話が 抱腹絶倒もので 人気のお姉さん・・おばさん・・・でしたが、やはり


初対面の方には 面食らわれることも目について、ある日の午前中に


言葉遣いの練習をしたのでした。


「 いらっしゃいませ。」 から「 係りの とよこ と申します。」から


始まって( これならいいな。)と判断した 午後のミーティング終了後


のことでした。


お昼の休憩が長くなって 宴会場から迷われた方がロビーに来られて


ちょうど その とよさんに 「 姉さん、トイレはどこだ。」と尋ねられた


のです。


せっかく その時までチェックイン中の今日の担当のお客様に


「 いらっしゃいませ。」 「 係りの とよこ と申します。」と順調な


滑り出しでしたのに そのお客様の言葉をお聞きした途端に彼女の 


困っている人をすぐに助けたいスイッチが オンになりました。


「 おぅ、なんだ ? 」 「 おぅ、しょんぺんか。 ほったら こっちだ。」・・・


・・・、サイン中のお客様は びっくりして 振り返られるし、僕の心も


ぐったり・・・してしまったのでした。


昨日の皆様も 相当にお元気で ご出発時に バスのガイドさんに


「 お相手も大変でしょう。」と聞きましたら 「 わかりますぅ ? 」


「 もうすごいんですよ。」 と お客様とご一緒に大笑いをされて


おりました。


Jのつく全国組織の会合で随分前にお伺いした 札幌の デスコ


マハラジャ を思い出しつつ。   ではでは、 


  山口 長門の湯本温泉  の 宿屋の おやじ でした。

1085. 友あり東京よりいたる

県立大津高校最後の一年間 男ばかりのクラスで同級だった 兼谷君が


父上のご法要で来館してくれました。


昨年に引き続いての来館でしたが 顔を合わせた途端に「 おい、どうした


ブログがずっととまったままじゃないか。」 たははは・・・、「 なぁ、いきなり


それかよ。」             「 まあ、確かにな。」と反論もしません


でしたが、一方で ありがたい気持ちも強くあって 同級生のおせっかいに


感謝した次第。


彼の兄上が これまた同級生の 大下 さんと結婚していて 彼女も同席


していました。


宴の当日には 僕は離れたところにいて 話もご挨拶もできないので、


前日の準備の時にいろいろ話そうや、での再会でした。


彼の奥さん、子供さんおふたり、大下さん、とご結婚相手の彼の兄上五人


で暖房もきいていない寒い会場で準備がすんで コーヒー飲みながら 


しばし 思い出話に花が咲きました。


かれの父上は この長門市界隈では有名な剣道の指導者でいらっしゃり


現在 この一円を仕切っている(  らしい ) やはり同級生の神西君も


父上の教え子でした。


なぜか本人は 高校時代には 走り高跳びの選手で、国体参加壮行会


にもよく出ていて体育館の壇上にたっている彼を見ながら うらやましく


思っていたものでした。


時々記録を塗り替えていたことは聞いていましたが 今回改めて記録を


聞きましたら 1メートル92センチだったとか。


そういえば のんびり だらだら ちんたら・・・と書くと主将の坂倉君に


叱られますが・・・それはともかく・・・・の水泳部の練習終了後に


「 よー、カネヤン、こんなの飛ぶの ? 」と僕の身長より20センチも


高いバーを見上げてあきれていたものでした。勿論彼は長身でしたが


それでも 1メートル90センチはなかったはずです。


しかもあの頃は 体育館の中でクッション付でもなく、四角い砂場の板


のすぐ近くにポールを立てて 自分の落下する場所にスコップで小山を


作って一度落ちたら また 小山を作っての繰り返しですから、感心と


いうよりも あきれて・・・というのが近い感想でしたねぇ。


またその時に 彼の兄上が水泳部の先輩だということと やはり理系の


クラスを志望されていた事を知りました。 ただ その兄上は 男ばかり


のクラス編成に嫌気がさして クラス変更の願いを提出されて 文系組


に移動されたとの事。


カネヤも最初はこの六組の名前に戸惑ったようでしたが 隣の五組に


ただでさえ少ない女性・・・女子・・・か、をすべてとられたものの 男


ばかりの一年間も それはそれは面白かった、ことも抜け目なく


お子さんのためにも楽しくアピールしたのでした。