1044. 「 海商 」 と 「 あんぽん 」
タイトルを入れたのがこの15日で もう二十六日になりました。
夏前に「 海商 」という本を読んでいる事を書きまして それはそれなり
に面白いものだったのですが、ふとどこぞの本屋さんで ソフトバンクの
孫正義 氏について書かれた「 あんぽん 」という本を手にしてからは、
そちらが主になってチョコチョコ読み進めております。
もう二十年以上前 タナベ経営さんのイーグルクラブの全国大会・・・・
呼び名は不確実・・・で氏の話を聞く機会がありました。
子供の時に 父親( これは本から おばあ様だったと判明 )のひく
豚の餌の入った入れ物がいくつも乗ったリヤカーの最後尾から見る夕日
が大嫌いだった。嫌で嫌で 早くこんな生活から抜け出したい、と念じ
続けた。
留学先の米国の大学図書館で ICチップの拡大写真の美しさに感動して
自分はこの世界でずっと生きていきたい。こんなに美しいものが この
世のほかに存在するものだろうか、と三十分だか 一時間だか泣き
続けた・・・・これから自分が生活するための、楽しく生き生きと事業を
起こすための見つけ方・・・という三つの話を覚えております。
まだ半分ほどしか読んでいませんので、この後半の二題の件はまだ
出てきておりません。
終了後の コーヒータイムで 隣の方と 「 ICチップってこれです
よね。」とちょうど数日前に お仲人さんから頂いた 日立制作所作成で
何かの記念として配られたらしいチップのはめ込まれたネクタイピンを
眺めながら、「 これでそんなに感動しますかね ・・・???。」と なに
やら自分の感性にはない 二つ年下の これから飛躍する経営者として
紹介された 孫 氏の話を思い出しつつ進んでおります。
携帯電話もスタートからドコモで、一度も浮気はせず、そして昨年から
末娘がお世話になっている会社のご縁もあって こればかりは当面離れ
られそうになく、ソフトバンクさんとの直接のつながりはないのですが、
昨年の東北大震災の折に個人的に出された百億円の寄付や自然
エネルギー開発のための何十億円かの拠出。いろいろ考えさせられ
ました。
作者である 佐野 氏は なん度となく「 なぜか本人についてまわる
胡散臭さ 」とか「 本人にまとわりついている うさんくさいもの 」という
表現をされていますが、僕は最初の出会いのおかげで そのようなものは
なくて、一日本国民として静かに応援、というか見守って行きたいと感じて
おります。
重ねますが 「 海商 」もそれはそれですごく面白いものなんですよ。
いつかまた感想を書きます。
ではでは。 宿屋のオヤジ でした。
1043. トイレ と ふたご座流星群
またまた またまた、長い休みをいただきました。
この夏の終わり頃に ある業界で 県内では有名な方とお話する機会が
ございました。
一時間の予定をはるかに超えて 流石にそろそろお送りしないとと、
こちらの方が慌て始めた頃に「 いや、この最近ね ある方から聞かれ
たんだけど、水津さんは 小用をたすときにどの位置の便器を使い
ますか。」と突然の質問が出て参りました。
僕は以前から 利用頻度の少ない・・・つまり汚れの少ない・・・・と思える
という意味で たいてい一番奥のものを利用しますね、と答えました。
「 そりゃすごいいいことですね。ただ僕が聞いた 素敵な理由とは 少し
違うけれど・・・。」と言われてからの補足の説明に ひどく納得いたしまし
たので、ちょっとこの場にて 公表いたします。
だれでも同じ経験をお持ちのはずですが、ひどくセッパ詰まってトイレに
入る・・・というか 駆け込む場合ってありますよね。
そういう人のために自分が余裕をもって利用出来る時には 手前の場所
を開けておいてあげるのだそうです。
これはこれは、しみじみ納得できますよね。
一分一秒・・・ではなく、一秒か 何分の一かででも早く・・・・と冷や汗と
ともに思い出します。
ぜひみなさん、明日から 男同士 肩組合って 励まし合って 住みよい
日本国にしようではありませぬか。
昨夜は ふたご座の流星群が見られる・・・と新聞で仕入れた情報を
たよりに 妻と二十時過ぎに アイスクリーム と ホットコーヒーを買い
まして、いそいそと 出かけました。
なるたけ光のない場所をと所望され 広い田んぼの真ん中辺り あぜ道
の上で車内の電気を切りまして おつむだけ出して空を見ましたら、これ
がまた あまりの寒さに震え上がり すぐにエンジンを回しました。
愛する三人の子供達が全員 我が家にいる頃でした。
夜中の二時に酔っ払って帰る途中に 獅子座流星群に出っくわしまして、
あの凄まじい量の流れ星に 小走りに家に帰り、今日だけは 子供達に
恨まれてもいいからと 妻と三人を叩き起こして 小一時間 歓声を
上げて夜空を見上げたのが 昨日の事のようでした。
昨日の新聞では その時の 流星の数が 一時間で 千五百から二千
だったそうですね。
止めた車の方角の関係で 妻が見ていた 北西の方向は「 あっ
見えた。」 「 あっ また。」 という位にみえたようですが 僕の睨んで
いた北東 並びに 真上は ほとんど見えず 十分後に初めて流れた
線は 非常に か細い線でしかなくて なんとも 今ひとつ燃えない流星
の群だったのでした。
一番初めに最高峰のモノを体験するのは、後の本当は素晴らしいハズ
のものに物足りなさを感じるようで 何やら良いとは言えない体験なの
でしょうか。
前にも書いた記憶がありますが 上野美術館で見た モナリザの微笑
のあまりの迫力に、その後の ゴッホ や ビカソ にさほど心が動か
なくなった・・・勿論 僕の絵心のなさが決定的な原因なのですが・・・・
それが妙に寂しく感じることがあります。
その内につい眠たくなった・・・という言い訳をして 我が家に帰ることに
いたしました。
なんとも長い長い報告の文章になりました。
いつものことと ご寛容に。 なるたけ 継続させる努力を致します。
ではでは。 宿屋のオヤジ 拝
1042. 長門商工会議所青年部 30周年 記念式典 と 懇親会
表記の式典 並びに 懇親会に昨日参加してまいりました。
僕が 十周年の時の会長でしたから、あの時から 二十年が経過した
わけでございます。
「 吉永さゆり 」さんに 一時間話してもらおう・・・・強いて そんな困難
とも思わずに 当時の事務局の 三輪( 現 長門市市議会議員 )君に
頼んで、翌日の返事が・・・・「 あるテレビ局が『 一億円出すから 講演
して欲しい。』と頼んだのに断った人ですよ。 な~にが 山口の田舎の
・・・青年部 が??? &%$"$\*`゛・・・。」とすごい勢いで笑われて切られ
ちゃいました。・・・・あははは。」
決して サユリストではないけれど 「 北のカナリヤ 」は観たいと思って
いるのですが それはともかく・・・
時計を見れば あと半時で日付が変わりますし いつものクセで長文に
なっては 僕自身 めんどくさくって睡眠不足になりそうすので いずれ
報告する事として 一旦閉じさせてください。
とにもかくにも おやすみなさい。どうぞ お元気に、 ではでは。
1041. 末娘の帰省 と 一正( 和田君 )の母上とのお別れ
末娘が周南市から 三日間帰ってまいりました。
先ほどには、もう「 今、無事に着いたよ。」のメールが入ってきました
が、それにしてもひたすら睡眠確保の帰省でございましたなぁ。
こちらもシーズンインにて 何も構ってやれませんでしたが「 お父さんの
布団では寝たくない・・・。」等と言う子でもなく ひたすらひたすら ただ
ひたすら ぐっすりとお休みでございました。
僕以上に妻の方が楽しみにしていたはずなのですが、旅館からいつ
帰っても熟睡だったようでして 彼女には申し訳ないことでした。
いよいよ出発という車の中の娘に「 泣かないぞ。泣いちゃだめだぞ。」と
声をかけていたのは、娘にではなく 自分に言い聞かせていたのかも
しれません。
愛する子供、三人が元気で過ごしてくれている、ただ それだけで 十分
にもったいないほどのありがたさ、なんだよな、とこのブログを打ちながら
感謝 感謝 の宿屋のおやじ なのでした。
一昨日のこと
高校時代から 仲良しだった同級生の 母上のご葬儀に 出席しました。
我が家の全員が 突然の訃報に言葉をなくしたくらい、我が家にとっても
深いお付き合いの 母上でいらっしゃいました。
本人が紛れもない 孝行息子でしたので 一年四ヶ月の療養後に 突然
の容態急変だったとは言え、きっと満足して旅立たれたはずだ、生命は
間違いなく生き通しなのだから安心して、と激励の弔電を打ちました。
それにしても最後の喪主挨拶で彼の披露した「 実はその日は僕の
誕生日だったのです。」という一言には驚きました。
いずれ、やっぱり同級生の奥さんと 本人の気持ちが落ち着いた頃に
酒の飲めなくなったその孝行息子と三人でコーヒーで一杯やるつもり
です。
ここしばらくの 近況まで。 ではでは・・・・。 では。
1040. 急に寒くなりました
朝夕と突然に寒くなりました。
一旦露天風呂に入ってしまえば そこはもう極楽・・・なのですが そこに
行くまでが少々手間取ってしまいます。
「 水津さん、これから全国の温泉地のトップに躍り出るところをご案内
しましょう。」と 下関のM氏に無理やり誘われて 湯布院 と 黒川温泉
に一泊ニ日で連れて行かれたのは ちょうど三十才の初春の頃でした。
既に有名になっていた 湯布院については異論はありませんでしたが、
まだ聞いたこともなかった 黒川温泉には どこにもあるひなびた温泉と
しかどうしても思えずに 車内では「 どうですかねぇ。」を連発して帰り
ました。
女子大のゼミ合宿が したん湯に入っている・・・というガセネタに振り回
されて、湯布院の町を三度も走り回ったり、宿泊が三万円の夕食を心待
ちにしていた男四人の真ん前に出された 寿司桶のような器に入った
どこぞの いちご だ、いもの茎 だのが全量かと全員が勘違いして
あわてて ほおばりながら 自分が青虫になったみたいだった・・・・と、
その後に続いた料理がとてもじゃないが多すぎて食べられずに 翌朝に
回してもらった笑い話を楽しく思い出します。
いえ、女子大はその後の 旅館組合青年部の 研修旅行でした、M氏に
申し訳ない、失礼しました。
黒川に着くまで 車の真ん前を 「 ○○医院 」と書かれた観光バスが
走っていて 全員が女性だということを目ざとく見つけて 彼の地に到着。
「 慌てるな。いずれ合流するんだから・・・。」とわざと 一軒目の旅館を
別の場所にしたのが災いして、こちらは 脱衣室からブルブル震えなが
ら露天風呂に飛び込んで、湯あたり 手前のフラフラ状態まで 彼女達
のおいでを待っていたのに・・・・・・無駄に使った 温泉手形の三回分。
車中では ほとんど会話もなく・・・・は、やっぱり 青年部の旅行だった
っけか・・・・。 重ねて Mさん 失礼しました。
まあ、今日は やっぱり 露天風呂は最高だ・・・というお話でした。
ではでは。
1039. きく とは
なんでも話せる同級生にて 思うまま、感じるままを活字にしましたが、
やっぱり・・・書きすぎ・・・かもと気になる部分も少しはあつて ちょっと
マツチポンプで フォローを少々・・・・。
ジャニーズ系・・・だけは 240人の同級生の誰をとっても 同意する友は
いるはずもなく ただただあきれるのみですが、彼が これまた、我が
母校、大津高校のラグビー部を花園に連れて行ってくれたメンバーの
ひとりなのですよ。
何度も出てくる シーカヤックの内田のペッタン、今は ○○高校・・・
すまん、現在の勤務先不明の体育のおとこ先生 木藤 君、
下松工業高校の学校長の 大井 君 を始め、高校二年の折りに体育
教諭でおられた 谷口先生が 体育会のあちこちのクラブから一本釣り
でメンバーを集められてラグビー部を設立。
いきなり 県の代表になって 花園に案内してくださったのです。
その中で 彼の太もも や ふくらはぎ の状態、というか肉のつき方が
ですね、所謂 普通のスポーツマンのものとは少し違うように 僕は
思っていました。
日々の練習には目一杯取り組んでいながら すぐに「 あー疲れた。」
「あー、ここが痛い。」と泣きが入り、ぼやきも連発しつつ、走っており
ました。思えばあのぼやきは 僕たちを煙にまくための演技だったのかも
しれませんね。
下関の唐戸魚市場にて「 小野商店 」という店を出しています。
おいでの節には気楽に寄ってみてやっていただければ 望外の幸せな
宿屋のおやじです。
フォローになったかどうかは別にして・・・・。 ではでは。
1038. きく との再会
今朝 六時半にお客様のお見送りをしていましたら、車が僕のそばに
止まりまして「 よう、チンスイ。」という声が聞こえました。
顔を見た瞬間に 小野貴久雄だと分かりましたので「 なんじゃ、キク~。
久しぶりじゃのう。この時間にここを通りよるんか。」と対応しましたら、
「 お前も 歳をとったのー。俺をみてみー、若かろうが~。」と全く高校
時代そのままのあいつがおりました。
「 あのな、全くお前の性格かわらんな~。本人が気づかんだけやぞ。
よう、鏡をみてみ~。」と反論しましたら、やっぱり 十七歳のままの彼が
「 いいや、ジャニーズ系の顔は 歳は取らんのじゃ。」と 譲りません。
よく言うよ。せんだみつお か 釣りバカの ほら、あの そう西田敏行
そのまンまじゃね~か、と言いかけましたが、朝もやが少し晴れかかった
爽やかな空間に 相応しくないかも、もしかして 客室に聞こえては
申し訳ないと気がつきまして、グッと言葉を飲み込みまして、しばらく
共通の友人の話をした後 別れましたが、それにしても「 自分がわから
ない 」 「 自分に絶対の自信を持っている 」・・・ってぇのは 幸せの
局地なのだと 再認識の 宿屋のおやじ なのでした。
比較的に自由なお店経営をしているようで ミニ同窓会の時に よく
あいつどうしてんのかね。・・・というテーマの場面で必ず出てくる名
ですので いずれ近いうちに 呼ばねばならぬ・・・とも感じた おやじ
でもございました。
なぁ、きく よ、まぁ、しばらく 待っちょってくれや。取り分けて 嬉しく
もないが 呼んでやろうほどに・・・・、ではでは。
1037. 秋の虫
ははは、何ページか前に 虫が鳴かない話を書いて 二日後から急に
賑やかに 彼らが鳴き始めました。
昨日も 賑やかな合奏を聞きながら帰りました。
あの一週間ほどの 音のない世界はなんだつたんでしょうか。
不思議な思いがしています。
1036 松村会長に対する 一考察.
人柄もよく 同業者からも信頼されて、この僕もよく可愛がってもらって
いるために、つい つい つい失礼な言い方があったやもしれず しばし
新 山口県観光協会会長について・・・・、補足説明。
以前 柔道界に 山下 というとんでもない スーパースターがおられた
ことは みなさん十分にご案内かと思います。
彼が 無差別級 で ○○連勝・・・・という記録を続けておられた 同じ
時代の 中量級 の日本チャンピョン なんですよ。モスクワ五輪に
行けなかったチームのようです。
ただ、お酒を飲めば 話題も豊富で ワハハ ワハハ の時間が過ご
せます。
以前 どこかの席で 「 その山下選手と 組んだことはないんですか。」
と聞いたことがありました。
二度ほど 講道館かどこかであるそうです。
「 手を 持った瞬間 『 こりゃ これは 柔らかい。 』と思った。」との
感想でした。 技をかければ返されそうで さりとて 寝技でもするりと
かわされそうで、どうしたものか・・・・・、と思いました。と言われて
ました。
英雄のみが 英雄を理解できる、とのことですが 僕らには当然 理解の
範疇を超えた感覚なんでしょうね。
僕の三つ下ですから 昭和三十三年生まれのはずです。
明治大学での四年間。寮 と 道場 の往復ばかりで たまの息抜きに
ディスコに行けば チークタイムでは 相手を打ち込みしそうになるし、
こまりました、
飲み放題システムのディスコからは、ウイスキーをジャージの中にニ、
三本隠し入れて帰るのをスタッフが見ていても 誰も注意してこな
かった・・・、
今は K 1 ですか、というか ある番組の ヌルヌル相撲のメイン
キャラクター の吉田選手とも一緒だったようで、あいつは 三回夜逃げ
をしています。根性がないんですよ・・・・、
ニューハーフの店に行きたい、とリクエストされて、新宿の店に案内した
ら、その内に「 水津さん、何が楽しいんですか、結局 こいつら 男
でしょ。」 「 あのねぇ、君が『行きたい。』って所望したんじゃないの。」
そのうち午前四時頃になると 「 水津さん、こいつら ヒゲ が 生えて
きましたよ。」 「 うるせーな、それが面白いんじゃねーの。」・・・・・。
かなり前の オリンピックで 篠原選手 と ドイツの選手の審判の問題
がありましたが、その時には 「 今の柔道は、技もなにも 腕力で振り
回して ねじ伏せるやり方が多くて、本来の柔道とは違う、と感じます。
でもこんな時代における 日本柔道は、返し技でどうのこうの、ではなく
て 誰が見ても どう見ても完全な 一本・・・。そんな柔道をしないと
いけない、と考えます。」というコメントをもらつたこともありました。
思い出せば際限もなく 立派な本が一冊できそうで、まだまだ話題は
豊富にあります。
随分前に 県旅連青年部を僕が受けたときには会の予算が三十万円程
でした。 二年後に彼がその役を受けて、合わせて持ち回りの 中国
五県のブロック長を受けたときには、その同程度の予算規模を 二年後
には定期預金残高を五百万円までにしていたという凄腕の持ち主でも
あります。
それをあろうことか その後に 某県の 某部長が みるみる数年のうち
に使い果たしてしまい「 なんてことだ。 」と一人ごちておられた姿も
目撃しております。
ご本人に直接聞けない方は こっそり私に聞いてください。一話につき
カクテル一杯でご披露いたします。
あはははは、 とにもかくにも、プロローグのさわり・・・のみ。
ではでは、М会長 どうぞ 精一杯ご活躍ください。
今回のこのページは、どうぞ ご寛容に・・・・。
決して 激怒はされない方だと 信じております。
ではでは。
1035. ユルキャラ グランプリ
今日の夕飯時、自宅に帰る途中 なんと コオロギ が一匹、鈴虫
らしきのが 二匹鳴いておりました。
数えられる数・・・というのが なんとも寂しい限りですが、本当ですから
仕方ありません。
家の玄関のサッシ部分にも はっきりとわかる コオロギ がこちらは
一匹うろついておりました。
今年の春に 山口県の観光協会会長が 大谷山荘の大谷社長から、
萩本陣の松村社長にバトンタッチされました。
二週間ほど前に 山口市での会合で このM村社長と 久しぶりに
お会いしました。
開口一番「 水津さん、会長としての初仕事です。『 ゆるきゃら
グランプリ 2012 』ってご存じですか? 何とか全国一番になりたい
んで協力頼みますよ。」
で、ご来賓祝辞の真最中ながら 私も携帯の検索をして ブック
マークに登録しまして、以来一日一票のノルマを継続している次第。
これから先は 愛媛県の方は すっ飛ばして、読まずに ウッチャラ
かして下さい。
と、いいますのが 全国の ゆるきゃら グランプリに山口県からは、
昨年の国体から登場している 「 ちょるる 」が立候補しているのです。
で、現在のところ 愛媛県 今治市の「 バリー 」君と 一位 二位を
争っているのです。
初めて聞いたときには 二万票ほどの差だったのですが 今は 得票
数がそれぞれ十万を超えて その差が9800票ほどに詰めて来ている
のですよ。三位は 群馬くん の 六万ですから、なんとか M会長の
ために一位を目指したいと思っております。
是非に 山口県民の皆様、どうぞよろしく。
M会長の オチ・・・・。
はい、ブックマークを出して下さい・・・。えっ、なんで水津さんのには
「 ゆるきゃら 」が入ってないんですか、おかしいですよ・・・・。
いや、あのね、ブックマーク ってぇのは 一人ひとり 全部 違うん
ですよ。という説明を多分・・・最後・・・まで 理解できなかった・・・
ご様子の 新 山口県観光協会会長 どの でした。
はぁ~~ めでたし・・・、めでたし・・・、ってか。 ジャンジャン。