294. いまだ 利用率10パーセント
このブログなるものに取り組み始めてから二年ほど まもなく 300ページに
なろうとしているのに 未だ コメントだの メッセージだのと言うコーナーの
利用の仕方が理解出来ていない。 書くだけ書いて はいどうも、の繰り返し。
シャープのザウルスの一号機の頃には 大体説明書の90パーセントくらいは
悩みながらも理解が可能で 利用もしていたのだけれど 僕にとっての二、三号
機辺りから 購入したお店のカウンターでくっついてくる説明書そのものの分厚
さに閉口気味で 必要な作業案内しか見なくなってしまった。
先日の当社の カラオケまつり にきていただいた キャピキャピおば様の
笑顔を見て、ふと 子供達が小学校時分のソフトボール スポーツ少年団の
打ち上げ懇親会をおもいだしました。ザウルスにはじめてカメラ機能がついた
商品を使用している頃で その時の映像があることを思い出したのですよ。
映像のスタートは 1997年で この打ち上げ時の分は 2000年でした。
この年齢の八年前と言う時の長さは かなり破壊的というか 永遠みたいで
全ての奥様皆様、随分お若くていらっしゃいました。
ただどうぞ 御安心を。まだ画面が 二桁ガソの時代で 例えば 拡大したら
多分隅々がハッキリしない映像になるはずです。
という事は・・・・あははは、僕の勘違い。ぼやけないといけないのは、現在・・・
の画像でしたか。いやはや しつれいしました。
なんでこんな話になったのやら。実は昨夕 ある方からコメントを頂いて
数ページ前の僕のブログの勘違いを訂正して頂いたのですよ。で、
お礼をしようとしたのですが この方のアドレスが分からない。僕の理解
不足の様でもあり しばらく研究してみたい・・、と思ったこと事を伝えたいが
為の長い 導入話だったのです。
でですね、怖いな と思ったのが この たった数行の文面から出てくる
というか 匂ってくるイメージに ある特定の方の顔が浮かんだんですよ。
間違いかもしれませんが もし今日の 温泉まつり ででもお顔をみたら
お伺いしてみるつもりです。また報告します。
天気予報が外れて 一日晴れになりそうで こころから喜んでいる、そして
現在の携帯電話の機能の 例えば 90パーセントの性能を稼動させて
いらっしゃる方があれば ぜひお目にかかりたい、と願っている
宿屋のおやじでした。
293. ウグイス登場 と 河川公園の桜 六分咲き
昨年の春の事だから 随分前に書いたことになるけれど おとといから
我が家近くの竹林で ウグイスが鳴き始めました。
昨年には ホーホケッ・・クッ・・ ホーホケッキョ ケッ・・・・と、
練習真っ盛りの様子にて 末娘と二人で笑いころげたことを思い出します。
月日のはやさを感じると同時に 成長して少し低めになった低音での美しい
ホーホケキョの連発を聞き入っていました。勿論 同じウグイス君であろう
という大前提のもとではありますが。 多分 間違いないはず。
ただ 昨年には 時々 父親らしい・・これも こちらの勝手な想像の世界
なのだけれど、 かなり低音の声の持ち主が時に登場して 模範発声を
していたのに、昨日は 出てこなかったのは何か訳があるのか、ウグイスの
生態系を知らないから何ともいえないが 少し残念に思ってしまった。
それに去年は 鳴く場所が ずっと おとずれ川側の梅林というか 梅の木
ばかりだったから そもそも別の ウグイスなのかもしれない。
* *
明日 湯本温泉まつり また おとずれ夜市 じゃらんじゃらん の会場になる
河川公園の桜が七分咲きです。
昨日 東京の同級生から 桜が散り始めました、というメールが入り これには
驚きました。
天気予報では 午後から かさマークらしいのですが とにもかくにも
精一杯に取り組みます。なにせ 本年度 妻子よ・・・・いえ・・・最初・・・の
催しですので。 宿屋のおやじでした。 では また。
292. ドタバタしている間に
いろいろありました。
末娘が 春休みで帰ってきました。 眼の前の おとずれ川に こいのぼり
を流しました。来週は というか 今度の日曜日は 今年のいろんな企画の
第一回目 湯本温泉まつり と おとずれ夜市 じゃらんじゃらん の開催
です。
おとずれ川の「 こいのぼり 流し 」は 昨年に亡くなった スナック
ポッパのマスター 上野和平氏の案で 10年くらい前に始まった企画です。
長いロープにこいのぼりをぶら下げたイベントは 杖立辺りでスタートして
いまや アチコチで開催されているようですが この湯本界隈の ヤングパパ
は 同じ様な企画の開催が 好きではありません。
上野氏の音頭で集合した 某年某月での一杯会でも 同じ事はしないという
硬い雰囲気に包まれていまして、何か新鮮な申し出が出てくるものと 皆が
期待しつつ わいわい ガヤガヤ をしていました。
全員が共通した思いであるというのが 分かったのは 誰か忘れてしまい
ましたが 「 あの こいのぼり は どう見たって メザシ にしか 見えない。
ココじゃ 絶対 しねーぞ 」という一言でした。
そんな中で 上野氏が言われたのが じゃー 本当に 川に流そうぜ・・・・
だったのですよ。 僕を含め 全員が 意味が分からず キョトンとしましたが
こいのぼりそのものを 直接 川の水の中に 本当に流す、という意味を
理解した時には おーっ それはいい やろうぜ 早速・・・・と大いに盛り上がり
まして その年の五月には 音信川全体で 20体ほどの こいのぼりが 流さ
れたのでした。
この時の様子は NHKさんにも 取り上げられて 全国ネットに流していただ
きました。
ただ これが 実際にやってみると いろいろと大変なコトがわかりまして・・・・。
特に スタートの翌年から 上流で 河川工事が始まりまして 川全体が茶色に
なりまして 初めは あげたり また 放流したりを繰り返していたののですが
それも次第に面倒くさくなり 考えることは皆同じのようで 毎日 何回か タワシ
をもって 川に入り こいのぼりを 磨き続けたのでした。
これが数年続いたのが痛かった。
あまりの汚れのひどさから 次第に参加者も減ってしまい、ここ数年は 本当の
有志だけの数体だけが 元気に泳いでいる状態になっています。
ただ 僕からすれば客室から 川を本当に泳ぐこいのぼりを見られたお客様
には、特にお子様連れには 大変好評で 大喜びして頂いてます。
なんとはなしに 上野氏の提案が遺言だったみたいに感じられてやめられ
そうにありません。
今年は 四月一日に 例年のアメリカとカナダからの ハーレークラブの一団が
こられる事になっていましたので 例年より数日早く 長男坊のお祝いに頂いた
前兆12メーターの真鯉 と 緋鯉 を泳がせました。今年は 青鯉は お休み
です。
このハーレークラブ 最初は 日本の旅行代理店に頼まれたらしいのですが
バイクのハーレーを20台も手配出来ないと断られて 友人つながりで 手作り
企画が 苦労のうちにスタートしたそうです。 宿泊先には 初年度に 我が家の
ホームページで お風呂を気に入って頂いてご縁が始まったのでした。
それなりの企業の社長さんたちばかりで ワッハッハ ワッハッハと日本語は
通訳の方意外は 全然しゃべれないのに笑顔が豊富で 我が宿のスタッフも
毎年 心待ちにしているのですよ。ご到着時と ご出発時の あのバリバリいう
音には 未だに少し ビビッてしまいますが。
いつもは も少し早い時期のご来館で なかなかお見せできなかったのですが
今年は 大変喜んでもらいました。
本当に アメリカは子供を大切にする文化なんですね。
なんとも長くなりました。読み返さず このまま 公開します。お許しを。
宿屋のおやじ でした。
291. 感謝 感謝 ありがとうございました
YAB 山口朝日放送 様 素敵な番組への編集 放送を
ありがとうございました。
それと それと 春のカラオケ祭り にご参加 御声援出席の皆様 本当に
ご協力を ありがとうございました。
怒涛のような取材でしたので どのような内容に出来上がっているのか
分かりませんでしたが 「 青い空が好きっ 」の山田香奈子アナの素敵な
案内で 最後には 我社の地図や場所の案内までして頂いて感謝して
おります。らっきょ さん、マギーしんじ さん、藤井 あきら さん、
ハマカーン さん、やまもとまさみ さん、そして 前田 健 さん、
いとう あさこ さん、 重ねて ありがとうございました。
また カラオケまつり には 参加希望者も多く頂いて ほぼ全部の方々が
ぜひ 継続して欲しいと 御要望して頂き スタッフ一同 やって良かった と
胸をなでおろしました。
堺 正章 氏のソックリさん「 柳澤 まちあき 」氏も 長渕 剛 氏の そっくり
「 長渕 似ーさん 」氏も大いに 会を盛り上げて頂きました。
ただ カラオケの出場者の方は もう「 早く歌わせろ 」状態で スタート前に
ショウの時間を作ったものですから、 特に まちあき 氏は 準備されていた
出し物予定の何分の一程度しか できなかったみたいで その分 早目に
ロペに移動されて 一杯飲まれていた地元の キャピキャピおば様たちに
合流して頂いて 若干の欲求不満を 回収して頂きました。
とにもかくにも ありがとうございました。
いずれまた 開催いたします。どうぞ お楽しみに お待ち下さい。
昨日の 花冷え の寒さとは違って 今日は温かい一日になりそうです。
本日 10時から 湯本の名刹 大寧寺 で 「桜まつり 人形供養 」が開催
されます。毎年 この四月一日開催で 不要になった お人形の供養祭です。
お手元に そのような お人形をお持ちの方がいらっしゃれば 一体1000円
だそうですので どうぞ 御持参下さいませ。
290. 本日 「 枕水 春のカラオケまつり 」 開催
久しぶりに当館主催の企画、 「 枕水 春のカラオケまつり 」を開催いたし
ます。
ご休憩なり 御宿泊なりのご利用をいただいた方に 自慢の歌を披露して
頂いて カラオケの機械の得点で順位を決めようという内容です。
数日前に 最新の通信カラオケの機械が到着しまして 担当がチェックしま
したら 今頃は 1000点満点なんですね、とビックリしていました。
先日テレビの取材に協力頂いた 堺正章 氏のソックリさん「 堺まちあき 」
氏も 長渕 剛 氏のソックリさん「 長淵 似ーさん 」氏も準備万端
楽しみにしていらっしゃるようです。
今回は思いのほか 参加希望者が多く集まりまして 何回かの運営会議
の中で 記念になる第一回目から 予選に落ちた・・・・なんてのは イメージ
が悪くなるであろうから 予選の時間を練習時間に当てて 全員 決勝戦で
スタートという事にしました。
その為に 複数の方に ぜひ次回にと お断りしたのが残念ではありました。
ただ こちらも地元の方でしたので 快くご理解くださりホッと致しました。
今日の出来次第という条件つきながら 一年に何度か開催の予定です。
どうぞ 気長なお付き合いをお願いいたします。
今朝の湯本温泉はほんの少し雨模様です。
289. 歓送迎会が増えてまいりました
各企業さん、行政さん、あるいはいろんなグループさんでの歓送迎会が
増えてまいりました。
僕自身がサラリーマンとして長い勤務をしたことがないから 直接の感慨
とか淋しさを体験した事はなくて 想像の世界でしか分からないのだけれど
・・・・。
もう二十年以上も前に こんな思い出があります。
ある会での送別会の事。
当時 僕は専務という立場で カラオケの出し入れ、まだまだ8トラックの
カセット型のテープが最新鋭の時代。それを出し入れするのをお手伝いして
いる時代でした。
そこで乾杯の前に 退職される方が お礼のご挨拶。
順調に 余興も続きまして その方の番になりました。
司会の方が 「 今日が見納め 」なんて言われてましたっけ。
かなり その世界では というか その会社では有名な おひと だったようで
ヤンヤの歓声の中、どじょうすくい を始められました。皆さんの爆笑の中
素人とは思えない芸が披露されまして・・・これまた大拍手。
お着替えがすんで しばらく経って 今度は カスバの女 を歌われたのですよ。
歌手になりたくて 家出をし 国立音大を中退した、そして 今はない 赤坂の
月世界で イヨマンテの夜 を歌ったという父を持つ僕が、子供の頃から 時々
聞かされていた歌のひとつでした。
これもまた全員が聞きほれる出来栄えで 大拍手。
しばらく後で「 もう手伝いはいいよ、僕達でするから 」と言っていただいて
少し様子見をして失礼した 事務室までの途中でした。
わが宿は ちょっとつくりが変わっていて 主要道路が三階の位置にある事から
通常の三階がフロントロビーになっています。そして、宴会場やお風呂が
一階や二階にあるのですよ。 この時の会場が一階でして、ここからは 湯本
温泉中央を流れる 清流 音信川・おとずれがわ・が眼の前を流れているのが
見えます。
この川を眺めながら お一人の方が 煙草を吸っていらっしゃるようでした。
すぐにあの方だ、とわかりまして、 送られる側のかたですから やはり 会場に
いらした方がいいのでは といらぬ気がおこりまして 「 お酔いになられ
ましたか。素晴らしいお歌を聞かせていただきました。父も大好きな曲なんです
よ。」なんてお話できたらと ゆっくり後ろから近づいたのですが すぐに泣いて
いらっしゃるのが理解出来ました。
その頃には まだ 早期退社 とか 退職金上乗せ なんて 言葉は存在して
いなかったと思いますから キチンと精一杯努め上げられての その日の行事
だったのでしょう。 大人の人の泣き顔なんて見る体験も少なかった僕は
もうドギマギして 事務室に帰ってからも そのことを話すのは その方に失礼
のような気がして黙っていました。
私共の宿屋の中で 本当にいろいろの物語が発生し 進行し その中には
出会いや 別れや 活字に出来ないようなストーリーが展開しているのだろう
なぁ。
その時まで 何気なく感じていた 飲まれて 騒がれて お風呂に入られて
やすまれて・・・・・などという 日常の業務に 得もいえぬ 責任みたいなものを
初めて感じた出来事だったのでした。
その時の方の所在は不明なままですが 多分 おやさしい おじいちゃんに
なられて・・・その時すでに そうであったかもしれませんが・・・。 お元気に
お過ごしであろう あって欲しいと思う 宿屋のおやじ でした。
288. 音信川にかかる12本の橋
旅館組合で 昨夜 またアレコレの役員会の会合から出た 面白い話。
それとは 又別の事で 最近 少し気になり始めたこと。
このコーナーでアレコレと書き続けると 僕と会話をしようとする人が減って
しまうのではないかという事で・・・・。
それなりの分別はあるつもりで気をつけて書いてはいるはずだけれど 相手の
方の真のお気持ちは分からないですもんね。
それはさておき
湯本の清流 音信・おとずれ・( 同級生の 元 国語の先生の指導を信じ
まして こちらの表記にする事にしました。)
川に12本の橋がかかっていることに気付かれた某先輩。
「 なぁ 水津君 きちんとした正式の名前は全部についているけれど
もし可能ならば それぞれに12の愛称を作って なにか物語を作らないか・・・
・・・。 」と 御提案。
それに続いた言葉に思わず笑ってしまった。
僕は この提案に すぐ 星占いの12星座が 頭に浮かんだのだけれど
この先輩は
「 そうだな、例えばだな・・・ ね うし とら う とかだな・・・・。」
と十二支をあげられたのですよ。
それは決して間違っているわけではないし それはそれでいい事なのだと
思いはしつつも 世代 世代で 12に分ける為の表現が違うのかもと感じた
次第。 当然のこと 星座だって 若い世代からすれば 他の表現がある
のかも知れないが とにかく あははは と笑ってしまいました。
「 なにか ヘンな事言ったか? 」という質問に コレコレでと説明した後で
今度は 二人で笑ってしまった。
その様子をみながら 事務局の 某女史、40歳代のお母さん事務局員、
「 私も お話を聞いていて 頭に浮かんだのは 星座と もう一つ 月々の
誕生石でした・・・・・。 」
「 ヤッパリ 僕の頭はふるいのか。わかった。わかった。後は全部 若手に
にまかせる。」と先輩。 今度は その場にいた全員が ワッハッハ。
前にも書いたように 思ったようにしゃべりながら 後に引きずらないのが
この会の大人のところで とりあえず お開き。
どんな結果になるやら 不明ですが とりあえず 少し ほんのチョッと
ジェネレーションギャップを感じた 一つの事件。詳細 報告まで。
287. ホテル楊貴館様の会合にて
昨夜 九州の旅行エージェント様を招いて JRの みすず潮彩号 という
観光列車現地研修なるものが ホテル楊貴館様で開催され 出席して
まいりました。
昨年からスタートしたこの列車。一つには 今夏の 山口ディスティネーション
キャンペーンのために走らせていただいたようですが 聞けば 向こう五年間
はずっと継続される予定との事。
山陰本線だから出来ることだと思いますが 駅と駅の間 つまり 普段は決して
停まる事のない場所で 夕日を眺めて頂く為に 五分くらい停車させて
日本海の美しさを堪能して頂くという内容が 大変に喜ばれていて 随分と
高い乗車率をいただいている。
残念ながら 僕はまだ乗車体験がなくて いずれ近いうちに乗せて頂くつもり
ではあります。
会場からは キレイな油谷湾がみえて、いつも この刻々と変化する眺めは
山の温泉地では演出出来なくて 大変うらやましく残念に感じながらも
おいしい食事を楽しみました。
そうなんです。ココが数ページ前に書きました 下関に 桂月 というお店を
オープンさせられた 山口調理長のお宿なんです。
参加者も女性が多くて 情報交換も思いのほか楽しく進んで、充実のひと時
でした。久しぶりに飲まされた といっても ホンの乾杯用のお猪口一杯の
ビールに口をつけただけでしたが お風呂に入って汗を流して帰った
宿屋のおやじでした。
286. おとづれ・・・続き
たははは、と言うべきか とほほほ・・・・、というべきか。
昨日 つい勢い込んで 今は主婦ながら 以前 中学校の国語の先生を
していた同級生に 聞いてしまいました。
地域固有の名前ならば 一概にこうだと言えないけれど 普通は おとずれ
ではないでしょうか、との事・・・。
最後に「 湯本は おとづれ じゃないの ? 」と付け加えてもらったのが
せめてもの同級生としての友情か ? あるいは 社交辞令 ? か。
一応 この事については 僕個人だけの意見として 振り仮名については
湯本温泉全体のこととして取り組んで行こうと思います。
さて ココで しまったぞ。
すでに 285 をご覧の方には 手遅れなれども その中の お名前について
今からイニシャルにかえます。A様 T様 お許しを。直接のご迷惑には
ならないと思いはしますが どうぞ御寛容に。
お詫びは また改めて・・・・。
285. おとづれ ? おとずれ ?
湯本の中央を流れる清流の名前を 音信川 という事はあちらこちらに
書いており 湯本旅館組合のホームページにも出ているのだけれど
最近 この名の 振りかな でチョイと意見統一が出来ず 御意見拝借。
長々と由来を話すのも面倒くさいが 昔 昔 はるか昔の 物語。
浴場に勤めていた 湯女( ゆな )が お客様に恋をして その想いを
短冊にしたためて 毎日 この川に流していた事に由来する 名前である。
随分前に 地元の土木事務所の方に聞いたら 全国のところどころに
全体の名前と ある特定地域だけにつけられた名称が違うという河川も
そこそこ存在するらしい。
湯本の場合は全体の名称を 深川・ふかわ・川 といい この湯本温泉の
エリア内だけ 音信川 と呼ばれている。
先々月の 旅館組合の月例会で 全てのパンフレットに キチンと振り仮名を
というアイディアが出て それはそうだ 徹底させよう。 という同意が得られて
から後に チョイと行き詰まり。
と言うのが「 おとづれ がわ 」か「 おとずれ がわ 」かに別れてしまったの
ですよ。
僕は「 音 の つれ 」であって 「 音の すれ 」では説明がつかないから
おとづれ だという意見で 書いてもいいのかどうか A社長も どちらか
と言うと この派 らしい。けんかじゃないから 派 なんて使用しないほうがいい
のかも知れないけれど 区別するという意味で あえて使いました。
で片や 事務局は 県の資料には 殆んど おとずれ が採用されているし
第一 7から8年前に 県の補助で造っていただいて 公募された中から
決まった「 きらきら橋 」という名の説明板にも「 す 」が使われているって
のが 主張の大きな根拠になっている。その時の雰囲気では 組合員の方も
どちらと言うとこちらの様ではあった。
現在はどうであろうと キチンとすべきは 説明のつくようにしていなければ
将来の識者に笑われる。 その数日後にある会で隣り合わせになった 萩焼の
T氏にも聞いてみたら 僕と同じ理由で「 かなぁ。」という答えを頂いて
大きな心のよりどころになってはいたのだけれど 一方で数日前に観た NHK
テレビでこんな会話があった。
本来ある意味で使われていた言葉も ながい時代や ある大きな事件があった
りして微妙に 意味が変化することがある。そういう場合には 60から70パー
セントの方が 変化した方の捉え方をされ始めたら 認めざるを得なくなる。
ということだった。
その番組では 姉妹 と書いて きょうだい という振り仮名が使われていた事に
対する質問がキッカケであった。 このときには 源氏物語から始まって 各種
説明が理路整然と続いて やっぱり学問とはすごいものだと改めて感心した。
途中経過は 全て忘れたが 結論は 正しい、というか 間違いではない、
とのことだった。
これと単なる比較は出来ないけれど これから先 何らかの調整がつけば
それようの振り仮名が使われるでしょう。 ある意味で おとずれでも おとづれ
でも その読み方自体が当て字である事は間違いのない事で アレコレの
やりとりをご先祖様が 苦笑いされているやもしれませぬ。
ただ しつこくこだわりますが 僕が個人的に使う時には まず「 つ 」を使用
します。
さらさらと見送ってしまう各地のパンフレットにも 外部には分からない たった
一つの語句なんかに それぞれいろいろな思いや事情が存在するのだろうな、
と感じた 宿屋のおやじでした。