宿屋のおやじ日記 -84ページ目

304. 大津高校25期会のメンバーへ

新南陽の 桑原の直ちゃんより連絡。


あの 内田のペッタン が 光市で講演会をするらしい。


何度か 高校の思い出話に登場してくれている あの そう あのペッタン

が 講師なんだと・・・・・。( 高校時代の思い出 という「 ブログテーマ一覧 」

か 個別には 4.7.8. 46.101.に 登場させています )


何を話すのかねぇ。演題までは聞いていないけれど 多分 シーカヤックに

からんでの事やろか? まさか 高校三年の折の コン〇ーム 事件の思い出

なんて事はねーよな。だとしたら 六組一同 徒党を組んで乗り込むけれど・・・。


確かにあいつの顔が シーカヤックの本の表紙に出ると 売上が3割伸びる

ってのは事実らしいし、大したものだと認めてはいるけれど それにしても 

あいつがだよ。すごいというか、不思議な感じ。


明日19日の18時 という事までは 記憶しているけれど 携帯を家に置いて

きてしまい 場所が不案内。又後で 書き込みます。


せっかくの事、横断幕でも作ろうか。それとも 加藤君に頼んで 花でも

贈るか?「 六組一同 」なんて書いて送ったら ほとんど 嫌がらせの世界

かね。あはは。

 
近所に誰かいないかねぇ。光じゃ ちょっと遠いものなぁ。

録音でもしてもらったら このページで紹介して皆で冷やかされるのに。


とにかく携帯を取ってくる。   ではまた。


わかった、わかった。 光市虹が浜 ホテル 松原屋 さんで

連絡先は 松村さん 090-9063-9603 だそうです。

                                  ではでは。


303. 棚田百選の東後畑と だいだいの花

常務と専務と 日本棚田百選に選ばれた油谷町の東後畑に行きました。

途中、日置の千畳敷界隈の 風力発電のプロペラを見ながら 終わりは

知る人ぞ知る だいだいの花 さんへ。


湊社長 いつもの楽しいお話と うまい大吟醸のお酒の試飲を有難うござい

ました。 勿論 運転手の僕は飲んでいませんので・・・・念のため。


これから お客様のご案内等で お寄りすることもあると思われますが

どうぞ 気長に気楽に よろしくお付き合い下さい。


それにしても やはり 棚田の美しさは 格別ですねぇ。


高校一年のときから 長い付き合いをしている 和田と言う同級生が 後畑が

住所で 一年の夏休みに 初めて泊めてもらった時の感動は 何回か書き

ましたが 段々畑と呼んでいた頃から キレイな風景だと感じていました。

これから 漁火が灯りだす季節になると これまた 最高ですよね。


また近いうちにお伺いいたします。今度の 油谷界隈のお店の皆様の会合が

実り多いものになりますように。楽しみにしております。

                             ではまた、お元気で。

302. 昨日 観た夕日

昨夕 大切なパートナーである常務という名の女房殿と 夕日を探しに

行きました。


まずは 青海島のキャンプ村から。ここでは 太陽が油谷半島と日本海の

丁度境目を目指して沈んでいきまして、雲から出たり消えたりしながら 海上に 

オレンジ色の帯が自分の方に向かって走り なかなか 素敵な情景でした。


それから急いで 油谷の 棚田に。とっくに日は沈んでいたけれど ここも棚田

の向うに日本海。いつか時間があったら 今度はこちらを先に観てみよう、と

帰りました。


で ココで皆様に質問です。


夕日が沈む位置は 春と秋は 大体同じだとして 夏の間は それから 

北側になるんでしょうか。それとも逆に 南側に移動するんでしょうか。


「 海に沈む夕日 」が観られれば という気持ちで行きましたので 青海島では

これからの季節、北に移動して 僕の望みどおりに海に沈む夕日になるのか、

あるいは 南の 半島の山の上に クルクルと落っこちていくのかは 僕にとって

大きな問題で パートナーに質問を投げかけたのだが ( 何でそれが問題なの

か )という思いを暗に込めた勘定・・いや感情そのままに「 ウーン、ワカラン 」

とナマヘンジ。


太陽が日本に近づくから暑くなるわけで だとしたら 北側に移動するはずだと

思いはしつつも、絶対・・・までの自信が持てなくて 電話したのは お正月に

あれこれ書いた 下関気象台。


あはは、つかぬ事をお伺いしますが という問いに 電話を取られた方は 間髪

いれずに 「 はい、それは 北側です。 」と即答。さすが 流石。


ただこれまでのお話し。


ずっと以前に 青春の門の撮影にこられていた方達が ( 松坂 慶子と 深作 

監督の組み合わせだった ) 広い海の真ん中に沈む夕日が撮りたくて 

益田近くまで行っちゃいました・・・。と 話されて というか 半分ボヤかれていた

ことを不意に思い出して 「 広い海は別にして 」 海上の夕日なら 近くにも

あるはずだと信じて行動した、宿屋のおやじ でした。

301. 朝から温かい日差しが

朝日が昇る時間が随分と早くなりつつも まだまだ 寒い朝でした。が 昨日

から日差しそのものに 強さが出てきたようで ホンワカ 肌に あたたかい

太陽の光が事務室に降り注いでおります。


先ほど いつもの朝の お抹茶を頂きまして この画面に向かっております。


昨夜 出張先のドタバタの日時を確認しましたら 四月の六日でした。丸々

二年が経過したことになります。


最近 チョコチョコと 他の方から ぺタ という 「 みましたよ 」というサインを

頂いた方ご本人のブログを読ませて頂く機会がふえました。


いろいろの方がいらっしゃるようで 楽しく覗いてはいるのですが 相手の方が

プロフィールのお写真や文面そのままを信じて 男や女性として 鵜呑みに

間違いないものとして捉えていいものなのか 考えながらというか 少し悩み

ながら読んでいます。


というと こちらも 「 ぺタ 」をお送りしている相手の方に失礼かと感じつつ

嘘じゃないもので そのまま書いているだけではあります。


原因は、ずっと以前に 山口県出身のなんとかいうタレントが女性の振りをして

男性相手にメールを出して 相手の男がまんまとだまされる場面を何回か

見たせいでもあります。


いずれにしても これからもかわらず 宿屋のおやじ として 日頃の思いや

体験をつづってまいります。


なんとなく 300ページそのままですが 話題不足かと 御理解下さい。

                           ではでは。

300. 一年半にて 300ページ

思えば よく続いたものです。


一昨年の春に 出張先で 脳卒中というか 脳内出血を体験し 妻には「 左

半分の機能回復は無理かも 」とコンプライアンス。

二週間後に そのドクターから 「 あなたみたいな生命力の人を初めて

診ましたよ 」と励まして頂き 地元の病院へ。リハビリにこれ努めまして

それから一ヶ月半。都合二ヵ月後にやっと退院。


ただ目の上下動や 強い太陽の光で フラフラしたり 階段がこわかったり

で旅館と我が家を行ったり帰ったりするだけが毎日の僕でした。


我社のこのホームページ立ち上げ時から協力を頂いていた

「 玖珂 の ベンチャーワークス 社の 藤井 康弘 社長 」から 

「 車の運転も無理で どうせ 時間があるのなら リハビリ兼ねて挑戦して

みたら 」と ありがたい伝言を頂いて このブログがスタートしたのでした。


その前にも 話はあったものの 可能なら毎日の更新が・・の一言に躊躇が

先にたち「 おやじのつれづれコーナー 」を考えて頂いたのも 社長と

スタッフの方々だったのでした。


左手があまりうまくうごかず その頃には イライラしながら書いていたものが 

数えれば 早300ページ。どうもどうも ありがとうございました。


もう車の運転は出来ないかも、とあきらめていたのに このブログがスタート

して二ヶ月ほど。道路の左側にさり気なく設置された スピード測定機に 

おっと 危ない あぶない、と避けられるほどにもなりました。


どうせ書くなら 楽しい内容がいいのだろうと 暗いことは避けたつもりですが

僕の体験記や 友人 あるいは 先輩にも 無事に生還された方が結構

いらっしゃるのがわかって

「 その体験談も 何かの参考になって 思わぬ人助けになるかも知れない

のだから書いたらどうだ 」と これは ある先輩からの伝言で 随分前に

ですが書いた事もありました。


わが三人の愛する子供たちに 日頃話せなかった おやじの姿を伝えて

おきたい と言うのが 途中からの 強い思いになりましたが これも

この最近は あまり 読んでくれてはいないようで ひたすら 淡々と粛々と

書き込みが続いております。


いろんな方との出会いもありました。

転校した同級生からの 思わぬ電話もあったりして それなりのブログ体験を

エンジョイしています。


どうぞ これからも 気長なお付き合いを。 

      山口県 長門市 深川湯本  宿屋のおやじ でした。

299. 緋鯉が流されちゃいました

昨日の朝の事、 緋鯉がいませんよ、と某スタッフ。

エッと 窓に駆け寄り おとずれ川を見ましたら ヤッパリおりません。

こりゃいかん。 海まで流されたか、と少し慌てはしたものの 考えたら

深さがある川ではないし どこか近くで 何かに引っかかっているはず、という

確信は持てたので 自宅の前辺りまで探しましたが 目に入りません。

途中で引っかかっていたとしたら いずれにしろ 河川組合から 何か連絡が

あるだろうとかまえていましたら ありがたい事に キチンとしたスタッフが

捜索に行ってくれまして この寒い中 海パン一枚で回収してくれてました。

しみじみ ありがたいものだと感じ入った次第。


長門ゆもと駅の前辺りにいたとの事でしたので 都合 一キロほどの旅を

したようです。


体が傷だらけで 少し痛々しいので 治療して 再度泳がすか。治療痕が

見えなければいいのだけれど。それが一案。あるいは 今年はお休み予定

だった 青鯉を登場させるか 検討中にて ここ数日は 真鯉一本で

「 おとずれ川 の こいのぼり流し 」を継続いたします。


昨日は 宇部のあるお庭の桜を観る機会がありました。ヤッパリ素敵でした。


298. お花見の皆様 減

数日続いた雨で 大寧寺の桜も ほとんど葉桜になってしまいました。

きちんとした形のお花見の参加は ここ数年なくて 日本人らしくヘロヘロに

なるまで酔ったのは OB含めた消防団のメンバーとの企画が最後でしょうか。


青空の下のあの開放感と、普段は 日本酒党の方とご一緒させて頂く時以外は 

あまり飲まなかった日本酒が なんとも美味で つい飲みすぎてしまう事の

多かった思い出ばかりが蘇ります。


学生のころから 二次会 三次会と続く中で わけがわからなくなって 夜中に

目を覚ました時の 天井からぶら下がった 見た事のない電灯の形に 「 

ここは どこだ 」とうろたえた記憶に 必ずからんでいるのが この日本の

お酒でした。


「 相手の本音を聞きだす 貴重なツールだ 」と妙に納得できる 哲学をたれた

秋田の材木屋のむすこもいたけれど 確かにそういう一面のあるドリンクかも

知れない。


この お飲み物が なかなか 素敵な一面も持っていることを自覚させて頂いた

のは ヤッパリ O 様でした。


冬のとある寒い夜に 手をこすりながら おでん屋さんののれんをくぐって・・・。

まずは 熱燗ね と頼まれて出てきたお銚子で オットットと言いながら注いで

もらう。そのお猪口を口に運ぶ時の なんともいえないひと時はなかなかの

ものでした。


最近は 焼酎がほとんど主流で 日本酒の量が減っていますが 酔うだけ

が目的ではなくて 料理の味を楽しむための道具という意味では ワインより

やっぱりこの 少し辛口の飲み物が一番ではないだろうか と気付き始めた、

宿屋のおやじ でした。

297. 何年ぶりかの 桜吹雪

昨日 仕事の用で萩に行きました。

駐車場から そこの事務所まで 少し距離がありまして 何年ぶりかの

桜ふぶき の中を歩きました。


ここ数年 こんな機会がなかなかなくて 久しぶりに 日本を感じた一時でした。


一度体験した幼稚園では 自分の思うように行動できなかったから 登校を

断固拒否しつつ自宅にて待機していたのだけれど 行政の方から このまま 

通われなければ 来春の小学校への入学が許可できない なんていう お達し

が届いたとかで 強制的に通わされていて それから数ヵ月後に 父と小学校

の入学式に出席する事になった、らしい。


らしい・・というのも 僕の記憶にあるのは この時の 向陽小学校の運動場に

さらさらと舞いおりる桜の花びらばかりで 他の事の記憶は一切ない。


この記憶も 正直に言うと かなり不安定で、 何でも新しがり屋で 僕達三人

の子供を大切に育ててくれた 父が購入していた8ミリビデオに写っている

自分の様子を観てて 後でインプットされた映像なのかも知れない と思うせい

である。


キチンと蝶ネクタイをして 多分当時では 珍しかったであろうダブルのスーツで

新入生と一緒に写っている父との集合写真と 誰に撮ってもらったものか 

頂いたものか 満面の笑顔で 僕を見つめているものが存在する。


テレビにしろ 体験にしろ 桜ふぶきをみると この時の、空から降ってくる桜の

多くの花びらと グラウンドのあちこちに出来ていた花びらの一群が 時々の

突風で舞い上がる様子が記憶に蘇る。


すでにない父ほどに 自分の子供達をかわいがってきたのか 一番下の

次女がもう二十歳になろうかという頃になって気がついても遅いよなぁ、と少々

反省気味の宿屋のおやじなのでした。

296. ふと読み返し

表題というかタイトルには 六分咲きと書いて 本題には 七分咲きになって

いたり 随分誤記みたいな部分があるのでしょうね。

ちょっと始めてみた 読み返しをすぐにやめてしまいました。


あしからず。


「 こいのぼりの おとずれ川 川流し 」も 大寧寺の 桜の様子の映像も 

ホームページの方に掲載する予定です。お嫌でしょうが、とにもかくにも 

どうぞご覧下さい。


先週の土曜日 常務が 大寧寺の映像を撮りに出かけたのですが あまりの

車の多さに 停める場所がなくて困った、と言っていました。地元の者として 

これは又 非常に嬉しい報告で かなり前に始めた これも上野氏の発案で

ある 最初には紅葉のライトアップでの立ち上げを思い出したのでした。


翌日曜日は 湯本の温泉まつりでしたし 花見は花見で 最高の人手だった

ようで まつりの方の打ち上げ場所の カクテルスナック ロペ も お花見の

二次会場所として 大人数が 入れ替わり立ち替わり状態で ろくにマスターと

話も出来ませんでした。


そんな中で長門市立 深川中学校の皆さん、「 ひつじ会 」だったっけ、

あのね、花見の帰りの 加奈江ちゃんに合いました。そう女性を束ねる時の

キーウーマン。


直接的な協力はなかなか出来ないけれど 開催されれば行くよ、という

言質と言っては申し訳ないが そう言ってくれました。具体な案内を楽しみに

待っていて下さい。  

295. 晴天下の 湯本温泉まつり

久しぶりの 晴天下で 湯本温泉まつり が開催されました。

ここ数年 雨模様の日が多かったのですが 湯本区主催の大きな行事にて

引受け役員一同 ホッとして朝を迎えさせていただきました。


9時の 子供みこしをスタートに 各ホテル 旅館の出張販売店や 毎月の

おとずれ夜市 じゃらんじゃらん の協賛店によるマーケット ペットボトル

レース 餅巻き なんかがにぎやかに進行していきました。


僕はこの数年前から 青年部の手伝い役を離れ 親会の行事の参加が増え

てまして 神事やその後の直会に参加しました。


「 恋人の聖地 」という静岡県のNPO法人による 全国百箇所認定の企画に

手をあげて 45番目の地区として認めてもらった証として頂いた 桂由美

さんによる 恋人の聖地 のプレートの除幕式 が 例年の行事とは違う

特筆の催しでした。 現在 55箇所まで承認が進んでいる模様です。


この式典の手伝いに来ていただいていた 観光協会の係長と 前日開催の

臨時 旅館組合例会で お話ししたこと。


最近の若者世代で使われているらしい 「 あいつは K Y 」という言葉。

その場の 空気が読めない ということらしいのです。


ちょっと前に、僕はその説明を聞いたときに 彼らの中に 周りの空気を読む

という文化というと大げさかも知れないけれど とにもかくにも 空気を感じる

という言葉が存在する事に 大変感動した事。この国の DNAはすごい

ものだ、と拍手して喜んだ事。等をお伝えしたのです。


そうしたら その係長 「 それはまた ユニークな捉え方ですね。確かにそう

ですよね。おもしろい 」と話して頂いたのです。


「 このごろの若い者は・・・・。」を禁句にしているのは つれづれコーナーや

あちらこちらで書いていますが  このときは しみじみ 若者世代に対して

肯定的な見方をすれば オレが 俺が ばかりではなくて 他人の目を気に

するという共通の言葉が出来るくらい 全国世代の共通点を持っている事を

知らされて 彼らとの距離感を 非常に短く感じた 宿屋のおやじ だったの

でした。


天気予報で 昨日降る予定だった雨が夜半から降り始め 今も雨模様の

湯本温泉です。