1124. 次女の帰省
電話に出た妻の声がガラガラで、それを気にした末娘が突然に帰ってきま
した。
随分と妻も「 平気だから、心配いらない。」と説得しようとしたようでした
が なかなか信用できなかったようで留守の自宅に帰っておりました。
夕飯は私がするからと、最近の料理の取り組みを自慢しつつ、時々
スマホの画面を覗き込みながら 熱心に作ってくれました。
後一品は味噌汁・・・、と作ってくれたものが結構多くて 昨日の夜食分
まで存在しておりました。
ついこの前まで、ランドセルをしょって学校にいっていたあの子が
ねぇ・・・、と感激一入でした。ありがたいことです。
さっきから雨が降り始めました。 次第に温かくなるのでしょうね。
とにもかくにも、近況まででした。 ではでは。
宿屋のおやじ からでした。
1123. 今日は みすず忌・・・
みすず忌 に兼ねた企画かどうかわかりませんが、ながと湯本駅のある
美祢線に、広島駅発の「 サロンカー なにわ 」が通りました。
お迎えとお送りのパフォーマンスとして、大谷山荘さんの前の 直線の
道路で手を振ってほしい・・・、と旅館組合から 要請電話が入りまして
早速出かけてきました。
それにしても鉄道マニアの方々ってのは、すごいですね。
ほぼ直線になっている道路沿いに 昨日から十台ほどの車がそろって
いたそうで 一斉にカメラを向けていらっしゃいました。
あざやかな六両編成の車両に手をふりつつ、確かにこれだけの長さでは
当 ゆもと駅には停車できないはずだ、と苦笑いが出てしまいました。
三月になりながらまだまだ寒い湯本温泉です。どうぞ皆様お元気に、
今日もまた 素晴らしい出会いがありますように。素敵な一日になります
ように。
1122. 花燃ゆ・・・
いつもオンタイムに鑑賞できている訳ではないのですが なかなか良い
出来だと感じています。
それと先日の勉強会で 主人公の「 文 」さんのお姉さんでおられる
「 寿 」さんの日記や書き残された文章の研究が進んで、ご家族や
ご夫婦で この湯本温泉・・・当時は 長門温泉と呼ばれていたそうです
が・・・に入湯で、たびたび来られていたようです。
旅館組合での月例会で 「 杉家の皆様に 愛された 湯本温泉 」と
いうキャッチコピーをつくりましょうよ。と提案しましたが 時間が少なく
そのままになってしまい、とりあえず こちらで書いてみます。
少し 反応を見てみようと思っています。
さて フロントにご会計においでの様です。 しばしおいとまいたします。
急ぎ 宿屋の おやじ からでした・・・。では
1121. なかなか なかなか
楽しみにしていたテレビ視聴も残念ながら15分しか観られませんでした。
残念至極。
ただ「 オンデマンド 契約 」なるものがあることを知りましたので 早速
契約するつもりです。
気になる視聴率ですが、内容は とてもいい、と感じますので、気長に
経過を待つつもりです。
とにもかくにも 今日いちにち 素晴らしい一日でありますように。
素敵な出会いがありますように。
宿屋の おやじ からでした。
1120. 四回目の放映にして初めて
NHKの大河ドラマ「 花燃ゆ 」が 四回目の放映にて初めて鑑賞できそう
です。 ただし 十分かせいぜい十五分ほど・・・というオチ付きではあり
ますが・・・。とにもかくにも、楽しみです。
予告を観ますと、黒船乗船がばれて・・・というか 自主申告で 長州藩
全体が大騒ぎになるあたりのようですね。
中学生の頃に 父がふとしたことで「 考えてみたら 松陰先生も 今の
時代で言えば、あの全学連みたいなものかもしれないぞ。勿論思想的
にはまるで違うが、現体制に反対して断固行動する姿勢は似ているとも
思えないか。」と言われて、当時しきりにテレビのニュースで取り上げられ
ていた学生運動に なにやら生理的な嫌悪感を感じていた僕は 素直に
うなづく事が出来ずに押し問答になつたことがありました。
帳場・・・今のフロントと事務室を一緒にしたような 昔のお客様の受付
場所・・から二人の声が漏れてはいけないと思った母が「 まあまあ、とに
かく先生はこの日本の為に、恋愛もまずなかったはずだし、心も体も全て
をなげうって生きられた方だからね。まずこれから先もこんな方はまず
出られることはないやろうね。」ととりなしてくれた事も思い出されます。
それにしても 時代が過ぎて 脱藩・・・が流行みたいになってからでは
なく 家族が迷惑するのを承知で 友達との約束を守るためだけに脱藩
したりと、本当にスジを通した方でした。
いよいよあと七分でスタートです。 ちょっと失礼いたします。
1119. 花燃ゆ
山口県のすべての観光関連業者が かたずを飲んで見守っている NHK
の大河ドラマがスタート致しました。
昨年、一昨年と お伊勢様 と 出雲大社 と スカイツリー にしてやられ
今年こそは、と 大いに期待大でございます。
「春」 「夏」 「秋」 「冬」の順番 や 「右」と「左」の違いが完全に理解
できたのが小学校の卒業手前だったり一般常識の苦手な僕でした。
「天と地と」や「モミの木は残った」のおかげで 織田 豊臣 徳川 と
その周辺の藩の事が理解できて その後の歴史好きにつながる基礎を
作ってもらったありがたい番組なのですよ。
只 ひたすら 日本の為、この国の平和のためだけに全精神を注がれた
松陰先生がどのように描かれるのかまだ知りませんが、楽しみに鑑賞
してまいります。
とは言っても 一回目 二回目と 見過ごしてしまった僕は グーグルの
ダイジェスト版で溜飲を下げております。
なかなか 日曜日の夜のテレビは難しい・・・・・。
とにもかくにも 温かく見守って参ります。取り分けて山口県の皆様、
視聴率アップのご協力よろしくお願い申し上げます。
県内で20%は 平均して取りたいですね。
では よろしくお願い申し上げます。 では では。
1118. ローマ字打ち
何ともなんとも 長いこと失礼いたしました。
前回が 十月の投稿ですから、三か月ぶりになります。
年も新しくなりまして、平成二十七年だそうでございます。
僕が三十歳の年ですから、もう二十九年も前のことですが、当時最新鋭と
言われた リコーのマイツール とご縁がありまして、以来 ずっと
「 ひらがな 」打ちで突っ張ってきましたが、フロントのスタッフが寿退社
にて 次のスタッフがローマ字打ちしかできない、との事で アルファベット
仕様に変することにいたしました。
それはさておき 新年早々 ある方から「 いい映像があったから紹介
する。」との一報で ユーチューブの一ページを教えられました。テッド・・・
とかいうステージの上で講演者がひたすら話す、という内容にて以前にも
米国の脳科学者でご自身が脳内出血の体験者でもある ジルボルト
テーラーさんや いろんな方のお話を聞いた事もありましたが、新春でも
ありますので紹介させて頂きます。
「https://www.youtube.com/watch?v=gBumdOWWMhY
」
いかがでした。
紹介してくださった方も一筆書かれていましたが「 やっぱり 日本って
いい人 素敵な人が まだまだ大勢いらしゃる。」んですね。
まだまだ書きたい材料はありますが 久方ぶりの送信いて、とりあえず
本日 ここまで・・・・。
素晴らしい一日でありますように。素敵な出会いがありますように。
ではでは。 山口 長門の湯本温泉 宿屋の おやじ からでした。
1117. 末の愛娘 ご帰還
突然に 末の娘が帰ってまいりました。
随分と親思いで ちょくちょく帰ってくれるのですが、そのたびに両親共
ドタバタしていることが多くて、ほとんど寝たまんまのほったらかしで
また朝早く 「 じゃあね、又帰るね~。」と小言も言わずに周南市に
帰っていきます。
女の子とは有り難いものです。親父の強いてのお役は 旅館のお風呂
の行き帰りのエスコートくらいですが、喜々としてご要望にお応えいたし
ております。
昨年は、系列の県内全店での、お客様との応対話法のコンテストで
県の代表になり、中国五県では 惜しくも二位で全国大会には行け
なかったものの、ご褒美に ハワイに連れて行ってもらったり、今年は
挑戦資格がなかったものの 十二月にはやはりハワイ旅行には行ける
そうで、楽しく日々を過ごさせていただいている様子です。
明日から霜月、にぎやかな毎日が続きます。
どうぞ皆様お元気に、素敵な出会いがありますように。
山口 長門の湯本温泉、宿屋の おやじ でございました。
ではでは・・・・。
1116. 美空ひばり 女史
以前、似た事を書きましたが、再度思い出話。
まだまだ 「 今週のベストテン 」だの 渋谷公会堂の 堺正章さん司会
の歌番組が流行っていたころ なぜか自分自身も理由が分からないの
ですが、美空ひばりさん という歌い手が好きではありませんでした。
五十も半ばになり 宴会場のご挨拶の合間に ふとカラオケボックスで
息抜きをしたときに「 あい~さんさんと~ 」という曲を聞いて( あれっ
この歌は 彼女の歌だったのか )と初めて知って 以後ちょくちょく聴く
ようになりました。
結構素敵な歌が多いんですね、びっくりしました。
同じイメージで あまり興味の対象にならなかったのが 山口百恵さん
でした。
大学近くに 東宝の撮影所があって 当時は「 赤いシリーズ 」なんて
のが流行っていて、成城飯店などで何度も見かけましたが、確かに
おきれいで、首が細いのにびっくりするくらいで、サインが欲しいとも
思いませんでした。赤坂のTBS局でアンルイスにサインをねだったり、
神宮球場周りの通路で雨の日に、まだ雨傘を使ってのパフォー
マンスがなかったころに、偶然に出くわした 若松選手にびしょ濡れの
透明の傘を差しだして、「 『これに書け。』っていうのかよ。」と言わしめ
た僕とも思えない 冷たい視線の対象だったのです。
それがラジオから流れてきた「 しなやかに歌って 」になぜか心を動か
されて ひとつには レコード・・・という歌詞に心を動かされたのかも
しれませんが、レンタル店で 洋画のDVDに混ぜて借りた彼女の歌を
しばらく機会がありました。やはり見直しの気持ちになってしまいました。
これも四十後半か 五十の頭くらいでした。
まぁ、天地真理 のファンクラブに入って会員ナンバー「3098」をもらって
自慢していた高校時代、送られてきた会報に父を激怒させたりした
前科もありますから、歌手を見る目はなかったと言って過言では
ありませんね。
またまた取りとめもない 文章にて失礼しました。
皆様どうぞお元気に、明日も素晴らしい一日になりますように。素敵な
出会いがありますように。 ではでは。
1115. 湯呑み茶碗
九月の末ごろに、この秋 修学旅行に来られる小学生の為に、売店の
倉庫から 今まで売れ残った品を半額セールで片づけようという話に
なって スタッフがいろいろと取り出してまいりました。
湯呑みが六十個ほど出てまいりました。
箱も何もなく半額以下の「 百円 」という札を出して 売店に並べ始め
ました。
しばらくして 彼女が「 まぁ、おじいちゃんとおとうさんばかり・・・。」と
笑い出しました。
「 何? なに? 」と近づきまして説明を聞きましたら、ありふれた普通の
湯呑みのまわりぐるりに 「 お父さんありがとう」 だの 「元気なおじい
ちゃん 」だのが書かれた品だったのですが、これが確かに この二種類
の人種のものしかなかったのですよ。
たぶん同数か それ以上の「 おかあさん 」か「 おばあちゃん 」が
あったはずなのですが、見事に一個の在庫もありませんでした。
あれから一か月、最近は契約店でのお土産購入をされる学校が多くて
生徒さんだけを相手に販売するわけでもなく、売店の一角に鎮座まし
ましたまんまでございます。
見るに見かねて、僕がプランベート用に勝った左隅の部分が一か所
欠けた配置のまま 今日を迎えております。
世の中の変化に敏感に反応できるのは、まず「 若い女性 」 グループ、
ついで「 年寄りの女性 」グループ、そして 「 若い男性 」グループ、
最後に どうにもこうにもならないのは「 中年以降の男 」の一団・・・・。
そしてこの一団が始末に困るのは「 自分に力がある」と誤解している
事・・・・。
もう二十年以上も前に ( 僕が境目くらいなのかなぁ・・・)と感じながら
ある冊子で読んで笑った一言を思い出したボクなのでした。聞かれた事
のある方も多いと思います。
まぁ、なにはともあれ 世の中年の皆様・・・・、元気を出して進みましょう。
今日も素晴らしい一日でありますように。 素敵な出会いがありますように。
ではでは。