964.自慢話・・
昨日でしたか、日経か読売新聞で 全国の大学生宛に、学力チェックの
ために出題された数学の問題が 目に入りました。
昔から 自信のある教科は算数だけだったということは 何回となく書い
てきましたが、ふと昨日の問題にも興味をそそられて取り組んで
みました。
平均身長の分と Y=・・・・のグラフの作成の二題でした。
とりあえず Y=ゼロ の場合の、 2a分の マイナスbプラスマイナス
ルートbの二乗 マイナス・・・という何回 何万回つぶやいたかわか
らないほど 頭にこびりついていた数式が浮かんできまして嬉し
かったですねぇ。
結局 その数式は強いて必要なく解けるものでしたが 解答欄を
眺めて、よしよしとほくそ笑みました。
すぐ破棄すればいいいものを 「 まぁすごいわねぇ。」とか何らかの
一言がパートナーから欲しくて サインペンで解いた新聞紙のページ
を これみよがしに 台所の机の上に置いて出社したのですが
再度帰宅した時には さりげなく 爽やかにきちんと折りたたまれて
一昨日の新聞紙の上に 鎮座させられておりました。
まぁ、こんなものでしょう・・・。あれこれ言つては せっかくの名回答
が台無し です。
なんだかんだで 二月もあと四日で終わり。
まだ少し寒いようですが、皆様どうぞ くれぐれも お体お大切に。
ではでは。
963. この一週間
無事に手術も出来たそうですね。とにもかくにも一安心です。
今朝先ほどから降り始めた雪で この湯本の里はほぼ真っ白になって
しまいました。今年最後の積雪かもしれません。 それと、
数日前には 義理と人情のカタマリ のチョコレートを数々頂きまして
本当にありがとうございました。
なかには お母様とお嬢チャンからという まったく愛のない・・・それを
期待してはいけない・・・というものもございまして、ただ美味しく抱き
ました・・・・、いえ いただきました。 お母様の分には 名刺大のメモ
にキチンとレシピが書いてございまして手作りだと知りました。
ただ調理に無案内な僕には 役に立ちそうもなく 各種資料を閉じ込む
ファイリングの一ページにさせていただきました。
M久 母娘様 さま、
どうもどうもありがとうございました。
今日も素敵な一日でありますように。 宿屋のおやじでございます。
962. 天皇陛下ご病気ご快癒祈願
昨年の 東日本大震災 の直後から毎週のように各地の被災地を訪問
され 多くの方々に温かい励ましのメッセージを発し続けてこられた
天皇陛下が、明日心臓のバイパス手術をされるとの事。
時の為政者の慌てふためくだけの様子とは対象的な 毅然たるお姿に
ただありがたいと感じたのは 決して被災地の方々だけではなく また
一部の日本国民だけではなかった、と信じます。
「 邦安かれ 民安かれ 世界が平和であるように 」と祈られ続けている
お家柄が、世界のいわゆる 覇権を基にした キング とはまったくの
別物であるという事をあらためて得心いたしました。
自分だけが正しい、わが国だけが素晴らしい、という偏った愛の姿勢は
陛下も望んでいらっしゃるはずもなく、ただ自分の愛する 父 の無事、
そして健康をひたすら願う子供のごとく ご快癒をひたすら祈念したい、
と思っています。
961. さびた鉄くず
自宅前の私道と公道の交わった場所が暗くて それを気にした父が、
電柱を立てて電灯をつけていた頃がございました。
僕が小学校の高学年の頃ですから もう 四十五、六年前の事になり
ます。
二十年ほどが経過して すでに古くなってサビだらけで 突然に倒れて
事故でもあったら、と業者さんに頼んで倒してもらい そのまま草むらの
中に放置したままになっておりました。
昨日の事、自宅にいた 我パートナーから電話がありまして 「『あの
電柱らしきものを回収させてもらってよろしいか。』ってどちら様かが
言われてますが・・・。」とのこと。
「何かの役に立てばいいじゃないの。」と連絡して しばらくして帰宅しま
したら、トラツクにちょうど積み終わられて出発されるところでした。
いつもの様につい好奇心から、「こんなものが何かの役に立つんですか
?」と聞きましたところが 「 私も詳しい事はわからないんですが、大手の
・・・と日本最大の製鉄企業の名をあげられて、・・・鉄は何度でも溶かし
て使えるからいいそうです。」とのこと。
またまたついでに 「 でもこんなにサビだらけですよ。」という重ねて
の質問には、「 私も最初はそう思ったんですが、『サビを溶かしたぐらい
の方が粘りが出ていいんだ.』って言われました。」との事。
粘りのある鉄がどのようなものなのか 感覚的に不明ですが いずれに
しても何らかのお役に立てれば 電柱さん自身も喜ばれるだろうと、
( どうも長い間ほったらかして失礼しました。元気に復活してください・・
。)としばらくさすりつつ 話しながらお別れをいたしました。業者さん
はにやにや笑っていらっしゃいましたが。
それにしても、いろいろなものが いろいろな時代や場所で 正しい知恵
をお持ちの方とのご縁で 別の利用でお役に立てる、ってのも素敵な
出会いに違いないと、そのトラツクを送りした、宿屋のおやじでござい
ました。
皆様のお近くで サビだらけの鉄物がございましたら、連絡されたら
いかがでしょう。
その方との名刺交換をしませんでしたので 僕のほうからのアクセス
は駄目ですが 最近時々 見回ってらっしゃる別の方もあるようだ・・・
とこれはフロントマンのお話し・・・。
どうも失礼いたしました。 ではでは。
960. ただ寒い
二日前に積もった雪が この地方では珍しく まだ山にも屋根にも白い
ままが溶けもせず 寒い景色を提供してくれております。
かなりの積雪でも たいてい昼過ぎにはべチョベチョになって 道路も
乾燥する地域なのですが、今回は そうはならず 寒い三日間になりそう
です。ただ道路は全て乾いておりますので ご予約アレコレで慌てる事
もなくホッとしております。
こんな日には やっぱり温泉に限りますね。
な~んにも考えず ぼや~っとお湯に浸かっているのは 最高の贅沢だ
と信じております。
ただ 私がそれを出来るかってーと、これはまた微妙な問題でござい
まして、以前と違って ホームページでそれなりに顔が出ている為に
ついいらぬ気を使ってしまいます。
お客様の評判、今で言う 口コミ の情報収集だと、それを大義名分
に、浴衣で それも 夕方とか ご夕食後というベストの時間に密かに
入浴していた父の勇気がうらやましい・・・。のです。
このお正月も もう入られないだろうという二十四時すぎにこっそり
入っておりましたら 知り合いのお爺様がドアを開けられながら
「あらま、こりゃ社長。」・・・。ひさしぶりにのぼせそうになりました。
雪が降っているときの露天風呂がこれまた最高です。
1427年の開湯以来 585年になんなんとする長い間、素晴らしい
温泉を提供し続けてくださっている 住吉の大神様に感謝の宿屋の
おやじ でございました。
ではでは 皆様 お体 お大切に。
959. 内田君講演案内 その2
言いたいことだけ書き連ねて、案内が抜けておりました。
三月二日、十八時より 長門物産観光センター・・・だそうです。
終了後には「 大津25期会のミニ・・? プチ・・・? 同窓会 」を開催予定
です。
出席してもいいわよ、の特に県内在住の同級生の女子・・・、加藤からの
連絡を待っててください。
それにしてもこの加藤・・、しっかりしていて あの三十一才の時の
引き受け同窓会時の会費の残り分でまだ手紙を出せています。
たいしたものです。 ではでは。
皆様お元気に、素晴らしい一日でありますように。
958. また あの「うちだ」が講演???
昨夜の夜・・・、いえ昨夕、市役所の加藤君から電話があって、またまた
あの内田センセが長門市で講演なさるそうです。
先週の 長門時事にも 半ページを費やして 彼の講演の様子が掲載
されておりましたが、今回は 長門市の観光課さんがらみの企画だそう
です。
もうアレコレと何回も書き綴っております( 高校時代の思い出・・という
ククリの中のかなりの部分が彼がらみ・・・です )ので 今回は控えます
が、高校時代にどちらかというと、ヤンチャだった男が シーカヤックと
いう当時としては珍しく、今からすれば 時代の先端をいく 代物・・失礼
・・と縁が出来て シーカヤック界のナンバー2と目されるまでに駆け
上りました。
今では 大学の講師にもなって 環境について語る・・・・等という時代が
こようとは、あの大津高校25期の 特に男ばかりの理系六組には、
いや 大津高校全体の卒業生含めても 誰一人として考えられなかった
はずで、シミジミと ひとりとひとりの えにし の奥深さ素 晴らしさを
実感しております。
一方で、高校は違っていたけれど 中学校の時に仲のよかった男が
高校時代にバリバリとバイクを飛ばしていて、彼も何かの縁で 関西
地方の某警察の白バイ隊のリーダーを これまた指導する立場に
なった男もおりますが、この男には 流石に在職中に県名をだして
迷惑をかけてはいけないと我慢しております。
彼のことは ラウンジ ロペ の山本・・・同級生的には・・・リンダ
マスターのほうが詳しいので よろしければ 催促してください。
ところで 内田センセ、昨夏のご講演には ひやかしに出かけた
同級生がらみの十数人が 僕も含め 不覚にもなかなか感動して
しまったけれど、今回も 入場時に 荒井・・当時、現 松任谷・・・
由美さんの 例の お前がモデル だという 「 ひとみをとじて 」を
流したら 少し 追求させてもらいますぞ・・・。
なあ、加藤・・、議会事務局の 和田ぁ・・・・。 いいよねぇ。
957. 積雪 残念
出社時のうっすら分と七時過ぎに降り始めたかなりの雪で 今日は
久しぶりの積雪かと 少し期待をしておりましたが ふと 外を見ましたら
全部解けておりました。 残念。
ひたすら寒い一日になるようです。
好きな季節 嫌いな季節はないけれど、平成二十四年一月二十四日と
いうこの日を精一杯の 興味と好奇心をもってお迎えいたします。
素晴らしい出会いがありますように、素敵な一日になりますように。
ではでは、宿屋のおやじ です。
956. 日も長くなりました
朝はまだそれほどには感じませんが 夕方には それなりに暗くなる
のが遅くなってきたようです。
今日は 大寒・・・、まで書いて 早や日も変わり 二十二日の朝を迎え
ております。
今朝は 雨です。
北海道の旭川では 零下三十度を超えたとか、想像を超えております。
以前 高等学校の 「 P 」のお手伝いをしている頃に全国大会が彼の
地であって訪問した折 八月の二十日過ぎだったにも関わらず 旭川
空港から出たとたんに 吐く息が白くなって 山口県からの訪問団
一同から「 えぇー。」「ほー。」「すげー。」というため息がもれた事が
ありました。
翌日の開会式前、暗くて妙に広い、そしてデコボコの道路を駅まで歩き
始発のJRに乗って「 北の国から 」の五郎さんの石の家や資料館に
伺ったことを思い出しました。
今日も 地域の総会や 白木屋グランドホテルさんでの会合や個人的
には 法事の行事やアレコレが続きます。
どうぞ素晴らしい出会いがありますように。いい一日でありますように。
ではでは・・、皆様 どうぞ お元気に。 ではでは。
宿屋の おやじ からでした。
955. バンドのちらし
別に ここで一言書いたから・・・というわけではないと信じますが 昨夕
片づけが終られてからかと思える刻限に、白沢センセと 大切なPA担当
の弘中氏が わざわざ「 おやじバンド祭り No.8 あの日 ノーサイド
の笛が鳴るまで僕らは走った。」とのパンフレットを持って来られました。
水泳部のプールサイド横を行き来する ラグビー部員の同級生をつい
冷やかして ほんのお遊びで 練習に参加したら 見事 三十分もついて
行けず「 すまん ○○、もう冷やかさんから帰してくれ。」と泣き言を
言った宿屋の おやじでございました。
あの頃、そうあの十七歳の頃、・・・・暑くなったとは言え 晩春の
プールの水が 真緑になって めだか や ゲンゴロウ から アメンボ
までもが すいすいと水面を走り回っている中を「 ええっちゃ、もう泳げ
るッチャ。」と平気で飛び込んで泳いでいた あの坂倉なら 平気で
一、二時間はついていったでしょうが 僕はだめでした。
あの頃、そうあの十七歳の頃、・・・・思えば ゴーグル などという便利
な用品は この長門の大津高校には導入されておらず、坂倉の次に
あははは、と飛び込むのは 僕か 大野で その後に「 お前ら馬鹿か・
・・。」と叫びながら田中のノブが飛び込むという次第。
細川、児玉 酒井は 最後までニヤニヤしながら 観ているだけでした
なぁ。
プールの底も見えないほど汚れている中を全員 裸眼で泳いでいまし
たが だれも眼病にはなりませんでしたねぇ。息継ぎで顔を出した時に
アメンボが口に入りかけて 何回か水も飲みましたが 下痢とは無縁
の青春時代でした。
パンフレットの キャッチコピーにほだされて ついあの頃を思い出して
しまいました。
またまた 今日も 素晴らしい一日でありますように。
素敵な出会いが ありますように.。
ではでは。