984. 日経 「 等伯 」
日経の最終面の 等伯 をまとめ読みしたくて 一ヶ月前から 読まずに
おりまして、さりとて やはり気になるものですから、一週間ほど前にふと
二行ほど読みましたら 主人公の 等伯 氏の長男さんが亡くなられた、
との記述がありまして びっくりいたしました。
さんざっぱら苦難の道を乗り越えてこられた 主人公さんに こりゃまた
大変な問題を与えられるものだ、と作者さんに、ただ読者を引き止める
だけのために面白おかしくされているのだろうか、と質問したくなり
ました。
もしかして もう連載は終了しているのか、とお客様のおられないロビー
で 回覧用に下げられていた日経の裏面だけを見ましたら まだ続いて
いるようで・・・。
「 親思う心にまさる親心 ・・・ 」という松陰先生の言葉もありますし、
「 子を持って知る親の恩・・・ 」という一言もあります。
実際に もみじ みたいな手をした我が子と対面したときの感動は
言葉にならないほどの 喜びでしたものね。
これは、新聞のまとめ読みより 単行本になるまで待って ゆっくり読む
べきかもなぁ、自分の後継者と自分も周りも認め始めていた 我が子を
亡くすという体験をされるのを知りつつ読み始めるのも 正直なところ
いやだなぁ、と思案中の 宿屋の おやじ、でした。
983. うぐいすヒトナキ
ほとんど ウグイスの第一声は自宅で聞くのですが 今年は ホテルの
事務所でつい先ほど聞くことができました。
かなり若いウグイスのようで いきなり元気そのままに鳴き始めてくれ
ました。ただまだ うまく 「 ホー ホケキョ 」と言えるのは 三回に
一回くらいの様で、ホーホキッキョ・・・・・ホキョキョ・・・・と続いて
おります。
末娘が高校時代の登校時に あまりのユニークな鳴き声に笑い転げた
ことは何回か書きましたが、今朝の彼は 真剣な声がこちらを笑わす事
を許さず、しばらく 聞き入らせてもらいました。
毎日上手くなる様子が嬉しくて、あすの登場を心待ちにしたいと思う
宿屋の おやじ でございました。
ただいま 快晴です。素晴らしい一日でありますように。
素敵な出会いをありがとうございます。
ではでは。
982. 早くも四月の第四週
早くも 四月の第四週の日曜日です。
一週間の初の曜日が、月曜日 であるべきか、日曜日 であるべきか、
ユダヤ教でしたかなんでしたか、ある宗教での考え方を含めて、以前に
解説を聞いた記憶がありますが、内容は既に記憶にありません。
昔からのカレンダーの作りの影響からか やっぱり日曜日が一番左側
の方がすっきり落ちつく気がします。
それにしても強烈な風の一晩でした。
今朝も続いておりましたが、ホンの五分ほど前から 急に 風の音は
止まったようです。
青海島の観光汽船さんも 朝早い電話の問い合わせでは、「 すみ
ません。現在見合わせ中です。」とのことでした。
どしゃ降りの大雨と 横殴りの大雨になると思い出す ひとつの思い出。
あれはまだゴルフを初めて数年後。毎回スコアを気にしつつ 熱心に
ゴルフ場に行っていた二十代後半。八月のブルーラインカントリー
クラブの事でした。もう三十年も前ですなぁ、・・・・。
途中で 目も開けられないほどの大雨が降り始め おまけに傘をさしたら
飛ばされそうな横風が吹き始めました。
長いこと お茶屋さんで待たされましたが、これがまた十数分あとには
ウソの様に晴れ上がり 大汗をかいてホールアウト。清算をして駐車場
でのことでした。
その時には なぜか長いこと洗車にもいけず、黒い車が ほぼ真っ白の
状態になっていたのでした。
今朝置いたはずの場所に 車がありません。ウロウロと探しましたが
やっぱりないのです。 すわ盗難か、と フロントに行こうとした時に
ふと数日前に読んだ 長野の面白いおじさんの話を思い出したの
でした。
車の故障で トンネル内の避けるエリアに車を止めて 長いトンネルを
歩いて抜け人家を探しJAFに電話。帰ってみたら、車がない。
またまたその家に引き返して警察に電話。なんだかんだ現場で話をして
いたら おまわりさんのお一人が、「 オレンジ色のライトのトンネル内
だから あの緑の車はブルーじゃないの??。」と一言。
そこで初めてナンバーをみたら自分の車だった、・・・・という内容でした。
同じことで 特に地元の笑い者になってはかなわない、と深呼吸三回。
そのつもりでゆっくりナンバーを探しましたら 洗車機でもこれほどには
と思えるほどピッカピカの新車が 鎮座しておわしました。
いやー、恥をかかずにすんだ・・・、とそのことをひたすら喜びつつ帰社
した宿屋おやじが そこにおりました。
はぁ めでたし めでたし。
981. 「 枕 水 」という名の・・・その二
早速 「 杉 孫七郎子爵 のプロフィール 」のコーナーにアップさせて
いただきました。
そのドタバタの中で 常務とあれこれ話していて、彼女がなんとなく心配
していたのが、盗難の気がかりでした。
こりゃ私が説明しなければ、と張り切って 説明申し上げました。
「野口 雨情 先生のお軸 」にも 「 千代橋 」という固有名詞が入って
いて、今回の 「 額 」はそのまま、「 枕水 」という字が書かれている。
ということは この建物にあるから価値がある、というか 生きるもので
あって、 外部に出れば すぐに盗難されたものということが、バレて
しまうから、流通しても 強いての価値は出てこない・・・のです・・・、と。
まぁ、正直にいえば、残念なのですが これは本当のことですから
仕方ありません。
以前 六角堂の秋山康一郎 社長が「 うちにも 河東 碧梧桐 氏の
作品は何作もあるんだけれど 全部 『 六角堂さんへ 』って書かれて
いるから 価値がないんだよねぇ。」と 笑っていらっしゃった思い出も
合わせて 我が妻に ご進講、いえご説明申し上げた 宿屋のおやじ、
なのでした。
快晴の湯本温泉、今日も素敵な出会いがありますように。
ではでは。
980. 「 枕水 」という名の出処を発見
昨夜 ひと仕事片付いて、私の隣で 常務である 妻が冊子を眺めて
おりました。
その内に「 ねぇ、杉孫七郎さんって、雅号は『 聴 雨 居 士 』って
いうの ? 」と一言。
我が家には 言い伝えとして「 昔、杉 孫七郎 と言われる子爵様が
泊まられて 目覚められた時に 枕元から川のせせらぎ が聞こえて
きて『 枕 水 』という名をいただき、水津旅館から名を変えた。」と
いうものがありました。
書の世界でも 長州三筆のおひとり、と言われた方なのです。
ただ その根拠となるものが見当たらなくて 残念に思っていたのですよ。
多分 三代前の 和平爺 の保証人問題の時に処理した 経文 を始め
とした額 お軸 その他 田畑含めてもろもろの文化資産に紛れたか、
愛国者であつた 二代前の 源三 爺 が国に供出したという 槍 や
刀剣類( おかげで 終戦の時に 我が家にあった 金属ものは、彼の
相方であった祖母が これだけは渡さない、と隠し回った 鉄瓶だけ
だった )らしいことは以前書いた記憶がありますが、いずれにしても
もう我が家には既にないものと、諦めておりました。
彼女が見ていたのは 「山口菜香亭・さいこうてい・図録」 ・・間は筆者、
という NPO法人が出された 出版物でした。
以前 湯本松声会という 謡曲の会で、山口市の皆様と 山口松声会
創立三十周年の会を野田神社で開催。萩焼の 板倉新兵衛 氏、田原
陶兵衛 氏、新庄助右衛門 氏、溝口洋隆、加藤堯正 先輩と竹生島を
ご披露したことがありました。
その後、閉まっていた そのお屋敷を 山口市の会員の方のお骨折りで
開放して頂いて 懇親会が盛大に行われたことがあったんですよ。
今 調べましたら、平成十二年、2000年の六月四日のことでありました。
山口県の方は ほとんどご案内かと思いますが、
いつもの調子で またまた長い文章になりそうです・・・・・
・・・・ 平に ご寛容に・・・・・・・・・・・・・・。
山口県そのものの迎賓館、ご接待場所のようなお屋敷、というか料亭
でしたが 運営が継続できなくなって 一時は 取り壊しのお話もあった
ようですが 多くの方々のご支援で その後移築されて いまは 一般
公開されている建物なのです。
その冊子に紹介された作品の中に 杉 子爵様の額が 印刷、紹介
されていて、それを見ての質問なのでした。
僕が そんなことを知るはずもなく、「 いや、知らない。」と生返事を
します、ってーと、「 私、この雅号をどこかで見た気がする。」という
ではありませんか。
驚きましたが、母を始め 今は亡き、父もそれなりに探したはずのもの
が そう簡単に見つかるはずもなく 生返事の続きで「 ふーん、
どこで・・・?」・・・。
やっと思い出した常務の記憶から、一応 確認のためにと行きました
よ、宴会場に。その雅号と 落款を拡大したコピーを持って・・・。
するとすると なんとなんと、あったのですよ。
まったく同じ 雅号が書かれて、おんなじ落款が押された 御「 額 」
が・・・。
すぐに正面で正座をしまして、これまでの失礼のお詫びと、額の枠を
撫でながら しばらく感謝の言葉をかけ続けました。
この額がここにかけられた日をきちんと覚えています。
もう、十五年は超えております。宴会場の壁にヒビが入って、「 どう
やって隠そうか。」と相談をしたのが 母である、会長なのでした。
「 そうねぇ、 じゃあ、あれをもってこようか。」ってな調子で 倉庫
からゴソゴソとこの額を持ってきて そこらへんにあった 紐を背中に
結わえて 「 よしよし、これで隠れる。」とホッと一安心。
以来 そのまんまなのでした。
「 これはすごい発見だよ。すぐに あす写真を撮って ホーム
ページにのせよう。」と ただいま 準備中です。
まだ書く事はあるのですが しばし抑えて とりあえず本日ここまで。
お付き合い ありがとうございました。
979. 日差しの下でランチ
予定通りに 久しぶりの 戸外ランチを楽しみました。
おにぎりが 手作り弁当に変わりましたが 花見を兼ねた 奥様サービス
を無事に終えました。努め終えた・・・・と思っているのは僕の一方的な
感情であって 妻が認めているかどうか・・・は わかりません。不満で
ない事は確かなようです。たはは。
それにしてもいわゆる 桜のきれいな場所は 車も座るべきスペースも
大入り満員で 結局 日置にある千畳敷に行きまして 強風の下で 愛妻
弁当を広げて平らげたのでした。
思ってはおりましたが あれだけ凄まじい混雑とは とにかく想像以上
でした。
隣のスペースでは、犬の試合というのか ペットの犬たちがいろいろな
競技で順位を競っているようでした。
たまの ほんの少ない時間でしたが 気分転換を楽しんだ 宿屋の
おやじなのでした。
ではでは。今日も素晴らしい一日であのますように。
978. 桜 満開
三寒四温から一日一日 暖かくなり始めた、と感じたとたんに 一気に
湯本全体の桜が満開になっちゃいました。
大寧寺 から ホテル西京、玉仙閣さんの前、大谷山荘さん前から
白木屋グランドホテルさんにかけて また 当館の前にある 河川公園
全体の桜が一挙に 咲き乱れております。
感覚的に、今日が 今シーズン最高で最後の お花見日和かな、って
感じです。
なかなかゆっくり出かけられませんが、今日は 女将どのにオムスビ
でも作ってもらってブラブラと遊歩道の散歩でもしようかな、と思って
います。
大阪からの先輩のメールでは まだ護国神社は 六分咲きだとか。
去る冬 来る春を共に祝って 乾杯しましょ。
ではでは。
977. 竹内まりや 女史
お昼に車中で聞いた 竹内まりや の 「 寂しくて 嬉しい日 」だったか
語句の順が逆だったか 忘れちまいましたが、そんな曲がありました。
最後に ヨー ウェディング なんとか とかの言葉もついていた様でした。
思わず泣きそうになりました。
嫁ぐ、というか もう結婚式場での 娘の彼との二人の様子を見ながら
母の言葉でのお祝いのメッセージみたいな ストーリーでした。
「 ( 長女の )○○○さんが選んだ彼なら、僕は多分反対はしないはず
だから 早めに紹介してよ。」と 頼んでいたことがもしかすると現実に
なるかもしれない・・・。という予感に ただ勝手に反応しただけかもしれ
ませんが、とにもかくにも いい曲だと思いました。
前回の「976 」号が中途ハンバに終わってしまい 何か書かねばと
とりあえず 書き始めはしたものの、今度は 思いを文章にするパワーが
不足気味のようです。
近いうちに 長渕氏の「 乾杯 」と この「 まりや女史の曲 」のどちらを
きちんと練習すべきか、を ひとりの父親として 検討いたします。
なんの意味もない ただ 回数を埋めるだけの「 977 」になりそうですが
どうぞご寛容に。お許しください。
もし 現実に 花嫁の父になりそうでしたら、また 一報いたします。
ではでは、山口の 湯本温泉 宿屋のおやじ からでした。
976. 打って変わって 大雨
昨日 一昨日と快晴続き・・・・・ここまで書いて もう二日経ちました。
なんともすごい風でございました。
いろんな天気があるものだと 感心いたします。
今日 五日は 朝から 快晴 です。皆様どうぞお元気に。
こりゃまた後で 何か追伸いたします。
とりあえず 監査の仕事で 失礼いたします。
一旦 ではでは お元気に。
975. 無事に終了
快晴に恵まれて 無事に「 湯本温泉 まつり 」と「 おとずれ夜市
じゃらんじゃらん 」が 大勢の皆様の来場を頂いて終了いたしました。
十一時の神事の後の 直会・ なおらい ・で ことのほかお神酒が進み
会場の河川公園に着いた時には、完全な千鳥足だったそうで 十五時半
からのカラオケ大会の司会進行は大丈夫かと、気をもんだのは 周りの
方々ばかりで 本人はいたって元気そのもの・・・。無事に 十八時まで
の担当を終了したのでした。
この司会の途中に 参加者が少々少なくなって 時間調整のために
この私も 参加料二百円を支払って一曲歌わさせられてしまいました。
郊外で大声を出すのは 久しぶりというか、たいてい 星空の下、
それも 山口県民の歌か 熱川時代に覚えた 日大の校歌以来
二十年ぶりの事でしたが なかなか気持ちがいいものだという貴重な
体験をさせていただきました。
そんなこんなで エイプリルフール の方は楽しめませんでしたが
無事に爽やかに 平成二十四年 四月がスタートいたしました。
皆様どうぞお元気に。今日も 素晴らしい一日でありますように。
素敵な出会いがありますように。 ではでは、宿屋おやじ でした。