特攻隊の方々、三島由紀夫先生も鉢巻きに書いた「七生報国」とのお言葉を遺され、日本一の英雄、武士の理想像と言われる、鎌倉時代末期の武将・楠木正成公(敏達天皇ご子孫)が旗印とし、【「非」は「理」に勝てず、「理」は「法」に勝てず、「法」は時の「権」には勝てず、その「権」も「天」には勝てない。天道に従う行動が最善】という戒めの言葉であり、近世日本の法観念を表すとされる法諺(※ほうげん・法律に関する格言(法格言)やことわざ)

 

 

「花は桜木 人は武士」、室町時代の臨済宗の僧侶、一休宗純(ご皇族)の言葉と伝わりますが、正成公そのものであり、その純粋なご一生は、武士の理想像として、長く日本人の心に生き続け、室町時代成立と言われる、「太平記」(※たいへいき・全40巻におよぶ日本の歴史文学の中では最長作品、南北朝時代を舞台に、後醍醐天皇の即位から約50年間を書く軍記物語。「太平」とは、平和を祈願する意味、怨霊鎮魂的な意義もあるのではと言われる)で知られます。

 

あの真田幸村公も正成公を常に手本としたと伝わり、太閤秀吉はじめ、加藤清正公、太平記を愛読する武将は多く、正成公から学ぶことが武士道のはじまりであり、それは正成公の精神を極めたところではないか、とする方々も多くいらっしゃいます。

 

 

 

 

大戦末期、天一号作戦の一環として沖縄に向かった戦艦大和には、正成公の「非理法権天」が印された幟(大楠公戦闘旗指物)が戦闘旗の下に掲げられていたといわれます<(--)>

 

日本から北海道、沖縄を分離独立させ、日本を弱体化させようとする悪の勢力が、「沖縄は捨て石にされた、見捨てられた」などと言いますが、このような精神、作戦のもと、戦艦大和を出撃させ、大変な努力をし沖縄返還、沖縄県民の皆様の財産を守るため、アメリカ占領下ではドルが沖縄の通貨でしたが、円に換える財産保全も図った」、歴史的事実があります。

 

このような偉人の言葉、歴史的事実を教える教育が、国の将来を決定するのであり、歴史を知らぬ国会議員、官僚は国民の幸福でなく私利私欲が判断基準となり、やすやすとマネトラ、ハニトラに騙されるのです。

歴史的事実、日本の偉人を知りましょう<(--)>