今日から、
始めてみようと思う。
ご覧になる方は、気分を悪くされたり、是正したい感情に駆られることもあるかと思う。
けれど、私は、決してそれを望んでこれを書くわけではない。
途中でご気分を害されることがあれば、その場で閲覧をやめていただきたい。
そして、忘れることが不可能であるなら、あなたのキャパにおいて、なんとか、
乗り切って欲しいと思う。
以下に書くことは、事実に基づいたフィクションである。
重ねて言うようだが、私は同情を求めているわけではない。
誰かの助言を求めているわけでもない。
ただ、書く事によって、それを誰かが読んでくれることで、
私なりの決着をつけようと思うばかりだ。
ただ、読んでくれればそれでいい、私は不特定多数に対して吐露したことによって、救われるのだ。
繰り返す、これはフィクションである。
私の話では、ない。
今、わたしは、母を殺してやりたいほど、憎んでいる。
今現在のわたしの生活は、人によっては恵まれている状況、といっても過言ではないだろう。
暮らしに事欠くこともなく、ある程度の自由はある。
そして、特に悲しいこともない。
悲しいことがない、と言うのは、神経が麻痺しているためなのか、実際に起きていないだけなのか、それはわからない。
ただ、可愛がっていた犬が死んだ、実家で、犬小屋の隅で。
それが2年前。
歳の離れた、兄が死んだ、苦しんで苦しんで、逃げ切れないまま。
それは3年前。
死んだのは、
わたしの高校入学とともにかってもらった犬だった、シェトランドシープドック、この場合、羊を追う犬かなにか知らないが、
犬の名前と生活は、犬種に全く関係がない。
何万もする犬であろうと、雑種で、もらわれてきた犬であろうと、
家族には間違いがない、私はそう思っていた。
ただ、母は言った
「血統書つきの犬のわりに、ばかね」
「これなら雑種の方がよかった」
「あんまり可愛くないものね~」
当時の私には、心の中で反論するしかなく、笑顔でそれらを言う母に嫌われないよう、可愛くいるのに必死だった。
その犬は、受ける義務のある予防接種を受けないまま、フィラリアで死んだ。
最後は、粗相をする、と言う理由で、外に、寒空の下に出された。
目も見えなくなり、「病院代が高いから」と言う理由で、何もしてやらなかった。
それを知ったのは、ずいぶん後だった。
久々に実家に帰ったわたしに、母は言った、
「あの犬、死んだのよ」
「何で言ってくれなかったの」
「言ったところで、あんた、治療代出せないでしょ?負担になるかと思って、あんたのためなのよ
粗相をされると、片付けるのは私なのよ、何もわからないくせに」
何も、いえなかった。
喉の奥で、言葉が絡まったまま張り付いて、ひたすら喉が渇いた。
笑顔の母。
誰でも、最初は、自分の母を信じたいと思うだろう。
わたしも多聞なく、そうだったと思う、母は全てだった。
そのとき初めて、この人が怖い、と思った。
あなたのため、と言う言葉が拘束力を持ち、わたしを動けなくさせた。
二十歳を少し過ぎた頃、この家を出、一人で暮らすわたしのその漠然とした理由を、
明確に、再認識した瞬間だった。
この母は、
私の、大量の薬を飲んだ自殺未遂を
「お父さんには黙っててあげるからね、あんたも言うんじゃないわよ、私が怒られるんだから」
と言った。
父は出張中で、救急車で運ばれ、胃洗浄された娘のことを、未だに知らない。
まだ実家にいた頃だ。
どうでもよかった、
ただ、死にたかっただけだ、誰かの気を引こうとかそんなつもりではなかった。
失敗したことは、未だに汚点だが、それは私の中で、2つの結論とともに淘汰されていった。
一つは、あんな苦しい思いをするくらいなら、よほど辛いことがあるまで耐えようと思った。
この意味で、やってみる価値はあった、と言うことだ。
もう一つは、母は、わたしの内面より、自分の外面を気にした、ということだ。
母にとって、わたしのそういった行動は、母の外面を傷つけるだけの迷惑行為でしかなかった、と言うわけだ。
この時から、はっきりと、母を冷めた目でみるようになった。
けれど、どこかまだ、母の呪縛はわたしの根本にまとわりついて、解けないのを実感する。
兄が死んだのは、母のせいだ、とも。
私が幸せを感じないのも、母のせいだ、とも。
今は、母を憎んでいる。