わがまま
この話は、事実に基づいたフィクションである。
もし、なんらかの理由で予期せずこのページを開いてしまった方には、
申し訳ないが、即座に閲覧をやめることをおすすめする。
これは、私の過去の清算の意味以外になく、
誰かに不要な感情を持たせるつもりはない。
ここで公表するに自分自身が救われるだけだ、
繰り返す、これは事実ではない。
私の話では、ない。
母はわたしを、よく、わがままだといった。
それは時と場所を選ばず、彼女の意思に置いてだけ発せられる言葉で、
大概、他の子と比べられる時に多かったかと思う。
父の同僚が、娘を連れて家にやってきたとき、
その娘は遠慮して、出されたお菓子に手をつけず、黙っていた。
わたしは、兄がいる状況では、自分の分という物は主張しなければならなかった。
兄は、いつだってわたしが「遅いからいらないかと思った」と言うからである。
わたしは、初めて会った、同姓で同い年のこの子と、仲良くなりたかった。
わたしは、その子のためにも二つ、クッキーをとった。
途端、すごい形相で、母は私の手をはたいた。
「お客様が先でしょう!!、本当にわがままなんだから!!」
わたしは、謝った。
クッキーは、取り上げられなかった。
取ったクッキーの一個を彼女に渡し、
彼女が食べないのを見て、いいんだよ、と言うように齧って見せた。
また、叩かれた。
「お友達が食べないのに、なにあんたが食べてるの!!」
母は、わたしをその部屋から出し、ほっぺたをつねって、
「あんたね、もう、こっちにいなさい」
と洗面所に連れて行かれ、泣くとすぐさま母がやってきて、
またほっぺたをつねった。
「静かにしていなさい」
わたしは、そこから出ることもできず、ただ、父が助けてくれるのを待った。
父は、酒に酔っていて、
同僚の手前もあったのか。
たまに、
「おじょうちゃん、いいんですか?」
と言う声が聞こえた
「もう、出してやれよ」
という父の声も。
けれどそのたびに、母の声がした。
「あの子は、甘やかすとすぐ付け上がる、
大丈夫、あとで出してやったら、けろりと、ごはんって言うから」
誰もそこからわたしを出してくれなかった。
兄と母のこと
もし、予測せずこのブログを見てしまった方には、
途中でご気分を害されることがあれば、その場で閲覧をやめていただきたい。
そして、忘れることが不可能であるなら、あなたのキャパにおいて、なんとか、
乗り切って欲しいと思う。
以下に書くことは、事実に基づいたフィクションである。
重ねて言うようだが、私は同情を求めているわけではない。
誰かの助言を求めているわけでもない。
ただ、書く事によって、それを誰かが読んでくれることで、
私なりの決着をつけようと思うばかりだ。
ただ、読んでくれればそれでいい、私は不特定多数に対して吐露したことによって、救われるのだ。
繰り返す、これはフィクションである。
しつこいようだが、私の話では、ない。
母はその頃、パートをしていた。
ある日、母はパートが休みで、近所へ買い物に行っていた。
わたしは小学校に上がる直前で、兄と二人に与えられた部屋に、真新しいランドセルと、母の縫ってくれた何らかの袋、
それから、真新しいえんぴつ削り、筆箱が置いてあった。
わたしは、それらを床に並べて、嬉しくて、何度も置き場を変えては満足していた。
真新しいそれらが、家の中で、殊の外輝いていて、それが全部わたしだけのものだ、と思い、
大切で、これからの真新しい世界に必要不可欠な、いわば逃れる翼のようなものだった。
兄は、使い古した筆箱を持っており、それはすぐ卒業なのだから、と言う理由で、
新しい物を買い与えられなかったらしい。
彼は、わたしの床に並べた筆箱を、わたしの反応を見ながら、ゆっくりと、踏み潰した。
やめて、とわたしは叫んだと思う。
兄の足の下で、わたしの、真新しい6面開く筆箱が、ぎゅううと音を立てているようだった。
やだ、やだ、かえして、とわたしは言ったと思う。
そこへ、母が帰ってきた。
わたしは泣きながら、今兄がしたことを訴えた。
「そんなところに置いとくのが悪いんじゃないの」と母は言った。
ため息をついて。
新しい物を、兄が踏んだ、わたしの大事なものを、嫌がらせで、踏んだ。
そう言いたくて、わたしは母の裾にすがりついた。
母は、疲れたようにわたしを振り払い、
「・・・ったく、お兄ちゃんだってね、悪気があったわけじゃないのよ、たまたまそこにあるから、
踏んじゃっただけなの。
いちいち、嫌な子ね、本当に、お父さんそっくり。
なんでもうちょっと優しくなれないのかしらねえ」
兄は、笑いながらわたしに「ごめんな、そこにあって、気がつかなかったんだよ」
と言った。
「おとうさん、帰ってこないかなあ」
とわたしは言った、
お父さんが帰ってきてくれたら、わたしの話を聞いてくれる。
「あんたね」
母は言った。
「お父さんが、なんでもあんたの言うこときいてくれるわけじゃないの、
わかる?
わがままもいい加減になさい」
兄が茶化して、
「いい加減になさい~~」と踊って笑い転げた、
わたしは、自分の言い分は「わがまま」なのだ、と認識した。
兄のこと
もし、予測せずこのブログを見てしまった方には、
途中でご気分を害されることがあれば、その場で閲覧をやめていただきたい。
そして、忘れることが不可能であるなら、あなたのキャパにおいて、なんとか、
乗り切って欲しいと思う。
以下に書くことは、事実に基づいたフィクションである。
重ねて言うようだが、私は同情を求めているわけではない。
誰かの助言を求めているわけでもない。
ただ、書く事によって、それを誰かが読んでくれることで、
私なりの決着をつけようと思うばかりだ。
ただ、読んでくれればそれでいい、私は不特定多数に対して吐露したことによって、救われるのだ。
繰り返す、これはフィクションである。
しつこいようだが、私の話では、ない。
兄は、5歳上で、彼が先に生まれていた5年間について、わたしの知り及ぶところではない。
彼のその頃の写真は、わたしの、アルバムと言う存在を知った頃には、既に彼の持ち物であり、
わたしの要求で、それを見ることは許されなかった。
そういえば、うちには、家族のアルバム、と言うものがない。
わたしの持っていた自分のアルバムは、今頃、灰となり、何かの肥料にでもなっているんだろうか。
物心つくころには、彼はわたしを殴る存在だった。
思い出すに、兄が小学校4年の頃だった、私は押入れに隠れて殴られるのからなんとか逃げようと思っていた。
兄は、笑いをこめた声で、わたしを探す。
「早く出て来い、出ないと殴るぞ」
わたしは、重ねられた布団の裏側へともぐりこんだ。
息を潜め、兄が遊びに出かけるのを、待った。
いくら脅しても、出てこない妹(この時、彼に妹と言う概念はあったのだろうか?)に、
彼は、猫なで声で、言った。
「今出てきたら、殴らないから」
それはとても優しい声で、隠れていたことを自分で褒めてやりたくなった。
「出ておいで」
兄は、とても優しくわたしを呼ぶ。
「おにいちゃん」
わたしは、押入れから出た。父の前での兄を思い出したからだ。
父の前では、兄はとても優しく、笑顔で、殴ったりしなかった。
父はその兄を満足げに眺め、よくお土産には何が欲しいかを聞いていた。
そのころ、父は土日にしか見かけないひと、と言う認識でしかなかったが、
わたしは、いつからかこのひとが居てくれたら殴られない、と知り、
いつもいつも、父に会うたびに、抱きついて、
「毎日おうちにいて」と懇願した。
父は、そのたびに困ったような嬉しいような表情を浮かべて、
「そうかそうか」とわたしの背を撫でていた。
兄は、押入れから出てきたわたしを見、
「そんなところに居たのか」
と微笑んだ。
わたしは、頷いた。
兄は笑顔で、わたしを殴った。
蹴った。
痛くて痛くて、涙が出てきた。
けれど兄は笑っている。
「早く出てくれば殴んなかったのに」
殴られた。
何度も何度も、蹴られた。
母がパートから帰ってくるころ、わたしは居間の隅で眠っていたのか、
気がつくと、毛布が掛けられ、ご飯の用意をする母が見えた。
言いつけても、母は兄をやんわりで叱るだけで、それによって後でひどい目に合うのは目に見えていた。
だからわたしは黙っていた。
目をこすりながら、母のそばに行くと、母は、包丁を止め、
まるで汚いものでも見るように、私を見た。
「ほんっと、ブスね。
わたしの子とは思えないわ」とため息をついた。
「これじゃ、恥かしくて・・・」
黙って下を向いていると、
母は、
「ごはん食べなさい」
とわたしに、座るよう促した。
あのときの、キャラクターのプラスチック製の茶碗、厚いガラスのコップ、
灰色染みた、照明。
艶のある、座卓。
それらは、今でも実家に、残っている。