「戦後経済史は嘘ばかり」の第六章から。第六章では失われた20年に関する考察がおこなわれている。
高橋氏が世間で言われている理由でウソであるとしているのは次の5つである。
『不良債権が足枷になった』
『バランスシート不況になった』
『IT投資、デジタル化に出遅れ、生産性が上がらなかった』
『ゾンビ企業が生き残り、イノベーションに後れをとった』
『岩盤規制を打ち崩す構造改革が不十分だった』
それに対して高橋氏が考える理由は原因は日銀の失策であるというものである。
不良債権が足枷になったかどうかに関して言えば、必ずしもウソとは言えない。『不良債権の先送りが景気低迷の原因』ということなら、高橋氏の言う通り完全な間違いである。しかし不良債権が貸出しを抑制し、貸し剥しを引き起こしたというのは紛れもない事実である。『本当に儲かる貸出先であるのなら、金融機関Aが貸し剥がしをしたとしても、金融機関Bが貸し出すはず』と書いているが、現実にそうではなかったのである。
もちろん金利が上がることによって問題に拍車がかかったことはその通りであるし、不良債権が不況の結果であるという主張もその通りだろう(不況が賃金を下げ、賃金低下が不況を悪化させるというのと同じ構造だ)。
ITやらゾンビ企業の淘汰やら規制云々に関しては、それらは供給能力を増やすという話であり、不況やデフレは需要不足という話であるから、それらがウソであることは間違いないところである。需要不足があれば当然供給力を増やすような活動は生まれえない。それは高橋氏の、不況の結果それらのことがおこらなかったという説明と一致する。
この章では再度マンデルフレミングモデルに対する説明が出てくる。小渕政権が財政政策をおこなっているのをみて、当時留学中の高橋氏は『あまり効かないだろうな』と予測していたそうだ。しかしこれは以前述べたように高橋氏の妄信である。財政政策の結果、マンデルフレミングモデルにおいて財政政策の効果が減弱する仕組みとされている現象は、全く観察されていないのである。
財政政策は、どのような分野にお金を投入するのかで全く効果が違ってくるであろうし、消費税というマイナス要因に匹敵するほどの財政政策がおこなわれたのかという点も問題になるだろう。効かなかったのは結局そういうことだ。
当時おこなわれた日銀法改正(私は改悪だと思う)について面白い記述がある。中央銀行の独立性に関する議論が世界中で起こり、日本でも改正されるという話になったのだが、日銀は『手段の独立性』も『目標の独立性』も自分たちのものにしたということである(それによって長い不況の要因となった)。イギリスにおいては、手段の独立性のみ認められているように、日本でもそうするべきだったというのが高橋氏の主張である。ただ本来の意味は日銀の主張する方が正しいだろう。もっともこれは高橋氏の言うようにすべきでなかったということではなくて、中央銀行の独立というのは経済思想を改悪しようとする人間によって導入された思想であり、本来導入すること自体が誤りなのである。
この章に大変重要な記載が、『デフレ勝者』である。デフレでは金融部門の中の債券部門が勝者になるという話だ。当然、『金融機関の経営者の中に債券部門出身者が増え』るだろう。そしてそのため金融機関のエコノミストがデフレを望むようになるということである。高橋氏は日銀がその影響を受けていたのではないかと推測している。
債券部門とは、世界の超富裕層を中心とした層に利益をもたらすものである。重要視されるべきは債券部門ではなく、実体経済に関わる融資部門であるべきだ。そうしていないから貧富の差はどんどん拡大していっているのである。日銀法改正(改悪)もそうであるが、間違った経済思想がばら撒かれることによって、日本の失われた20年はある。この悪事は全世界でおこなわれている。例えば前述のマンデルフレミングモデルにしてみても、財政政策に反対するため以外の役割など存在しないだろう。間違った経済思想によって、必要な財政政策も必要な金融政策も、必要な経済に関する規制も抑制された結果なのである。