拡大する直接投資と日本企業 | 秋山のブログ

秋山のブログ

ブログの説明を入力します。

安田洋祐氏のブログにあった日経経済図書文化賞をとった書籍を読んでみた。

内容といえば、直接投資に関する様々な論文を紹介し、さまざまな考察をおこなっている。エビデンスに基づくという趣旨のもと、インパクトファクターの高い論文を選んだという方法論は、本来エビデンスの重視という意味では正しい方法論ではない(本来は、研究の規模とか厳密さで選択すべき話である)が、よい論文を選んでおり、その紹介だけでも価値は高い。ただし大きな問題もある。P36『独立変数と従属変数の間にプラス、あるいはマイナスの関係が確認されたとしても、それが統計的に有意でなければ、独立変数と従属変数は無関係であると判断される』とか、P165『分析の結果、系列の存在と外資系企業の売上とにマイナスの相関関係が確認できるものの、その相関は統計的に有意ではなかった。統計的に有意ではないということは、系列の存在は外資系企業の売上とは無関係ということを意味している』とか、統計に関して基礎的な部分で致命的に誤って理解している。これでは、エビデンスの適切な評価はできないだろう。実際に筆者は、折角のエビデンスを活用することなく、新古典派が間違ったモデルで導き出している結論に無理やり結び付けているように見える。

筆者の考察とは逆で、本書に書いてあるエビデンスは、私が今まで主張してきた海外投資に関する考えを、強く支持するものである。私の主張の核は次の命題である。
・投資による経済の改善効果は、主に投資に伴う知識、技術の移転によるものであり、一人当りの生産性の増大と、それに伴う一人当りの収入の増加によって達成される。
例えば本書には、P156『人的資本の蓄積が極端に乏しい国では、直接投資を受け入れても経済成長は期待できなくなってしまう』という研究結果が載っているが、知識、技術(又は設備)を生かせなければ、投資は無意味ということを示しているだろう。これは、新古典派の生産関数が示す、投資が独立して生産に貢献しているという話が嘘であることも示している。
対日投資が成長に繋がるかということに関しては、エビデンスがないことが示されている。ほとんどの分野で海外から技術移転をする必要の乏しい日本で、明確なエビデンスを得られないのは当然のことであろう。エビデンスを重視するという立場をとるのならば、経済学上のモデル上は成り立つとする論文があることをもって成り立つことを主張してはいけないはずだが、筆者はその過ちをおかしている。

外資企業が、国内企業よりも生産性が高いという研究結果は実に面白い。ちょっと取り上げてみよう。
ここで生産性は投入量と生産量の比で表される。従って筆者も生産量でなくて、投入量、すなわちリストラ等が盛んになって生産性が上がっているのではないかという可能性に関して言及している。そして実際、そのようなエビデンスもあるということである。
しかし注目すべき点はそこではない。筆者は気付いていないが、生産量の方が問題であるのだ。生産量が金額によって示されていることにその鍵がある。新古典派の考えでは、価格というのは均衡によって求められる適切なものであるという思い込みがある。均衡による価格決定のモデルを信じない、又は常に均衡を阻害するものに注意を払う人間でなければ、気付かないかもしれない。答を述べれば、外資系企業は、消費者のことを考えて適正な価格で収めようとしたりする傾向が低く、独占寡占、情報の非対称等々を利用しながら、高い価格を実現させようとする傾向が強いということだ。すなわち、外資系企業の高い生産性は、一人当り作る生産物の数を増やすといった方向性ではなく、同じようなものをより高く売るという意味なのである。
さらにここで有効需要を核に考えてみれば、面白いことが分かる。このような性格の企業が増えれば、労働者の収入は抑えられ、生活者はより高いものを買わなくてはいけなくなるだろう。つまり、国民の収入減によって有効需要は減り、物価の上昇によって相対的に有効需要がさらに減るのだ。この場合の高い生産性は、経済に対して全く好ましくないことなのである。生産性という概念は十分注意して使わなくてはいけないだろう。

日本企業が海外へ直接投資した場合、産業の空洞化がおこるなどして、日本経済にとってマイナスに働くというわけではないという研究結果も、納得できるものである。以前にも述べたように、技術をそれがない国へ伝えることで、公正な生産性の上昇(独占等を利用した価格の上昇ではない、量や質の改善)を引き起こすことができる。そのような働きかけは現地で需要を増やすので、WinWinの関係となる。
海外投資は、生産性の低い国の公正な生産性を上げることで、その国の経済を改善をさせ、その国の有効需要(その国の国民の一人当りの収入)を増やし、その恩恵の一部を対価としてもらうというのが、正しい姿である。海外への投資を考えるのであれば、この正しいモデルを念頭において判断すべきであろう。
拡大する直接投資と日本企業 (世界のなかの日本経済:不確実性を超えて7)/エヌティティ出版
¥2,700
Amazon.co.jp