I miss 納豆 ★ 留学日記 in Seattle -212ページ目

IPHJ受験

この学校に行きたい!! と
強く思うようになって、
早々に受験をすることに決めました。
中学1年生の終わり頃でした。

受験当日・・・その日の朝も能天気な私は、
緊張をするとかいうことはなく、
とてもワクワクした気持ちで学校に向かっていました(汗)

学校に到着して、中へ入ると、
担当の先生らしき人から
「では、2階へどうぞ上がって下さい」と言われて、
上がって教室に入って、受験が始まった気がします。

受験の内容は、英語と数学のペーパーテストに作文と面接。
受験者は、私のほかに中学3年生くらいの人たちが3人ほどいたかな。
もちろん、中学1年生は私ひとりだけ。
数学も英語もまだ習っていない問題がたくさん出題されてて、
わかるわけないよ~てな感じで、
点数も1/3くらいしか取れませんでした。
(先生には中1だからちょうど1/3取れてていいと思います!
って言われたっけ。)

作文は英語じゃなくて日本語で書くものだったので、
まずまず・・・だったと思います。

一番緊張したのは面接。
なんでって「英語」での面接だったから。
私は小さい頃から英会話教室に通っていました~とか、
英語が得意なんです~っていうわけじゃなく、
小中とも地元の普通の公立の学校に通い、
英語も中学校の授業で教わるのみ。
しかも、まだ中1レベル。
最初に「Are you ready?」と言われて
「Yes?」と不安なまま答え、
しかし、面接の先生は「Yes.」と肯定的な意味で捉えたらしく、
すぐに面接が始まってしまい、慌てた私。

面接内容はというと・・・覚えていません。
何を聞かれて何と答えていたのかな、自分。。
でも、今この学校に通えてるということは、
どうにか通じたんだと思います。

受験が終わったあと、
両親に面接がどんなに大変だったかを熱く語っていたみたい。


つづく。

学校見学

学校の資料が届き、家族で話し合いをしました。
そして、いずれにしても、
一度実際に話を聞きに行ってみようってことになり、
家族でIPHJへ見学に行きました。

学校の校舎は写真やHPでしか見たことがなかったので、
とても楽しみでした。

学校見学当日、三鷹校へ到着すると、
レンガ造りの細長~い建物が一つ。
そう、それが学校でした。

これが学校?と、ちょっと驚きました。
当時広くて大きな中学校に通っていた私は、
随分小さい学校だなぁ・・
こんな狭いスペースで学ぶんだ~と。
(少人数だから、このスペースで充分なんだけどね。)

それから、校内は英語であふれていて、
壁を見ると英語で書かれた作品みたいなものが、
あちらこちらに貼られていました。
全部生徒が作ったものですよ、と聞いた時には、
私も入学したら英語漬けの生活になるんだと実感。
不安な反面、面白そうだと思いました。

そのあと、田無校に車で移動して
(こちらも同じようにコンパクトなスペース)、
校舎内を案内してくれて、話を聞いて、
また三鷹校に戻って・・・
終わったんだったかな。

もう覚えていません。

覚えているのは~…学校見学に行って、
ますますこの学校に行きたいって
気持ちが強くなったことくらいかな。


つづく。

軽く考えていた留学

そんなわけで、中学1年生にして
私の中学卒業後の進路は、海外へ留学する
という風に180度も変わってしまいました。

あの話し合いの後、母は留学についていろいろと調べてくれました。
私はどうやら自分で調べようという考えもなかったみたい。
なにしろ、部活で忙しかったし・・・なんて言い訳だけどね。

まず、留学するには国を決めなければならない。
(こんなの当たり前なんだけど、
当時の私は留学っていう言葉しか頭になかったんだよね。)
そのあと、学校を決めて、願書を書いて、
面接受けたり、ビザを取らなくちゃいけなかったり。
留学をするということは、とても準備が大変だということがわかりました。

そんな中、ある変わった学校のHPを見つけました。
その学校の名前はInter Pacific High school Japan。
この学校は、10年生(日本でいう高校1年生)の単位を取得でき、
その後海外の学校へ留学するというシステムで、
留学先の学校への受験やその他もろもろのサポートをしてくれる
という学校でした。

英語を学校の授業以外で習っていなかった私には、
いきなり留学するという形よりも、
少し助走期間があった方がいいかもと思いました。

父に相談し、この学校は良さそうだね
という話になり、早速学校に資料請求をしたのでした。


つづく。