麗音 -5ページ目

 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。

立秋を過ぎたというのに連日の猛暑、いったいいつになったら涼風が吹くのでしょうか。


月遅れのお盆、命日近く、いつものようにお墓参りをしました。

相変わらず墓誌に目をやることもできず、ひたすら手を合わせ祈りました。

お墓の傍にそっと置いたガラスポット(中には、メッセージカードとペンを入れておきました)の蓋に、ピンクの綺麗な蝶のシールがあの滝のような雨にも流されることなく、静かに止まっていました。


いつまでも忘れることなく、娘への想いをお心に抱いてくださる方々への感謝で、あつい涙が頬を伝いました。

麗ちゃん!皆、あなたのことを忘れていないのよ・・・と呟いておりました。


もう、4年の歳月が過ぎ去りましたが、私の精神の未熟さ故、哀しみに慣れることもなく、娘が遺した品々、そして娘の心に触れ、想いは尽きることはありません。


私がこの世を去る時、やっと娘のもとに帰れると、ホッと楽になれるような気がします。



                     母


 麗音-睡蓮

 麗音-ユリ

盆休みも今日で終わり、明日からまた仕事という方もいらっしゃると思います。

我が家では5回目のお盆を迎えました。



お盆にはご先祖様や亡くなられたご家族の方々が、あちらの世界からこちらの世界に帰って来られると・・・。

私は娘を亡くして以来、このことがどうもスッキリとしておりません。

あの時から常に娘は私共の家に居るような気がしており、私はいつも娘に話しかけているのです、それは独り言となってしまっておりますが、時々、娘に叱られている私がおります。

ただ、姿が見えないことは寂しいものです。



娘の部屋の窓辺に植えた睡蓮の花が数年ぶりに咲きました。そして、一昨日は娘の好きなユリの花が庭に咲きました。

パパ、やったね!!

きっと、喜んでいると思います。

皆様にお届けさせていただきます。










 麗音
娘の部屋から見えるようにと植えた紫陽花も、去年よりひとまわり大きくなって咲き始めました。娘の部屋の時計は、あの時から何事もなかったように、四年の歳月を刻んでいます。


先日、6月6日、浜田山のR先生の料理教室を訪ねました。先生は、6月1日から三日間、シンガポールで料理講習を開催されました。その時参加された現地在住の方々のお一人(マキさん)が、娘が以前勤めていた、N商社の先輩だと判り、彼女は、『麗ちゃんのことは私達にとってショッキングなことで、今でも麗ちゃんのことは忘れません。』 と、又、私のことまで気遣って下さっていらしたと伺いました。

今尚、皆様のお心の片隅に娘の存在を見つけることができ、感謝し、胸が厚くなりました。


僅か35年の短い生涯でしたが、立派な業績を遺したわけでもありませんが、娘なりに立派に生き切ったと思っております。

帰宅し、早速娘に報告しました。


夢でもいいから、娘に逢いたい。会って話がしたい。笑い声が聞きたい。

ヴァイオリンの演奏も聴かせてほしい。涙とともに、娘への想いは尽きることはありません。



                   母



いつものように、月命日にはちょっと早い10日の日曜日にお墓参りをしてきました。お墓に向かう途中、小金井街道を車を走らせていると、桜並木がうっすらとピンク色のベールに包まれたようで、春の訪れを感じました。

時は確実に流れているのですね。


桃の節句には、娘亡き後ずっと封印していたお雛様を初めて飾ってみました。心境の変化でしょうか。それとも、四年の歳月がそうさせたのでしょうか、自分でもよくわかりません。

『お母さん、早くしまわないとお嫁に行けなくなるから。』 と、よく言っていた娘の声を想い出しながら、ふと気がつくと、お内裏様の目の下が茶色く変色しているのに気付き、涙の跡のようで、きっと娘もこのお雛様を眺めているに違いないと、色んな想いを抱きながら、又来年も飾ろうと心に決めました。


自分の中で少しづつ何かが変わっているのであろうか、いや、そんなことはない。哀しみは癒えることはない。未だにまともに娘の写真を見ることもできず、愛用の品々を見るにつけ、例えようのない寂しさに襲われます。

敢えて今の自分を意識的に変えようとするのではなく、気が付いたらどこか違う自分が居ればそれでいいと思っています。


昨日、十年程前にご主人を自宅で看取り、その後お父様を見送り、長きに渡りお母様の介護、看病と日々頑張っている友人と話をしていて、最後に、

『人間って生きていくのも大変だけど、死んでいくのも大変よね。』 と言った彼女の言葉が心に残り、先日の『分かち合いの会』 でどなたかの発言から、

『死は生の反対と捉えているかもしれませんが、生の反対は、死ではなく、生まれてこないこと。』 と、この二つの言葉が私の心の中で重なり合っています。



               母


今日は姉の命日、午前中の早い時間帯に家族でお墓参りに行って参りました。
あれから4年…もう4年なのかまだ4年なのか…
姉を亡くした悲しみは変わりません。

お墓ではこんな寒い時期なのに蜂が最初はお花に止まっていたが、父のところへ、母の腕に私の腕にと順番に止まってきた。
蜂を通じて挨拶をしに来てるのかなぁなどと思った不思議な光景でした。

お姉ちゃんはいつも僕たちのことを見守ってくれてるんだろうけど、私たちからは天国に居るお姉ちゃんが見えない…
どうしてるんだろう?
元気だろうか?
何か困ってないだろうか?
先日映画でも上映されていましたが、生者と死者を一夜だけ再開させるという仲介人「ツナグ」という映画があった。余計悲しくなるから見てはいないが、本気で頼みたいと思っていたこともありました。
今はtwitter、Facebook、mixiなどソーシャルメディアも沢山活用されてる、姿は見えずともメールだけでもいい、お姉ちゃんと色んな事を話したい。
本気で何とかならないだろうか?などと考えます。
家に戻ると沢山のお花の不在票が、急いで電話して皆さんからのお花を頂きました。
姉もさぞ喜んでるんだろうな~
姉の自慢のお友達からだから。
「まーちゃん、見て!見て!」と聞こえてきそうだ。
姉は私たちだけでなく皆さんの心の中で生き続けているんですね。
お花を送って下さいました皆様、このブログをご覧になって頂いている方々ホントにどうもありがとうございます。

写真はお墓上空の空、姉のお墓参りはいつも快晴!
お姉ちゃん!こっちは今日も綺麗に晴れてます。

 麗音