今日は娘の誕生日です。
1973年2月6日(火)午後2時に産声を発しました。
お茶の水の順天堂病院の廊下で、朝から長い間待たされていると、看護婦さんが生まれたばかりの娘を抱いて、私に“手も足も、指は五本ありますよ”と、言われたことを思い出します。
本当に長い間待たされ、その間、お腹の中に居る時の逆子のこともあり、何度と無く不安がよぎり、私は男でも女でもどちらでもよく、最後は母子共々健康で、五体満足の子の誕生を、ただただ祈る気持ちで待っていたのでた。・・・・・難産でした。
看護婦が抱いた子を見れば、真に私そっくりの顔をしていたのでした。
生まれた時は斜頸で、医師の指示に従い砂枕で矯正し、また、ミルクもあまり飲まず、妻が哺乳瓶の穴の大きさを何度となく変えていたのを思い出します。
今、思うに、親の心配を敏感に感じ取って、落ち着いて飲めなかったのでしょう。
娘が生まれるまで、子供は大の苦手でしたが、授かったその日からその性格は大いに変わり、心配しながらも娘の笑顔に救われ、娘優先の生活が始まったのでした。
休日は決まって乳母車で散歩をし、陽のあたる住宅街を、妻と乳母車の取り合いとなり、笑い声の耐えない時間を過ごしておりました。
神様から授かった私どもの子として一生懸命育て、35年間共に過ごさせてもらった事に、感謝いたしております。
父より