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 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。

娘が大好きだった金木犀の香りもあっという間に失せ、もう

12月になってしまいました。「暑さからも解放され、厳しい冬を迎える前の秋が一番好き!」 と言っていたのを想い出しています。


娘の居ない生活に慣れぬまま、もうすぐ4年になろうとしています。余りにも哀しく、受け入れがたいことが起こると、脳がおかしくなってしまったのでしょうか。

娘亡き後、どのように過ごしてきたのか余り記憶にないのです。娘と過ごした楽しかった想い出は、今でも鮮明に覚えているというのに・・・・。


何をしていても娘のことが頭から離れず、何とか今日を過ごし、そして明日がやって来て、今日が昨日になっていく。そんな私を娘が見ていたら、どんなに嘆くだろうとわかっているくせに・・・・。


たくさんの希望を遺し逝ってしまった娘の無念さを想うと、こんな私が生きていて申し訳ないとの思いを強くします。本来の自分の在り方など、いつになったら考えられるのであろう・・・・。


流れる涙を拭い、いつかその日が来るまで、娘と心の対話をしよう。娘と過ごした35年間に感謝し、わが子として生まれてきてくれて有難う。有難う。



                 母



 麗音

今年の夏は殊のほか暑さが身に堪え、長い、長い夏でした。


あちこちで行われている秋祭り、威勢のいいお神輿を担ぐ掛け声に足を止め、熱気がむんむんする中、男性陣に交じって、勇ましくお神輿を担ぐ女性の姿を見つけ、思わず亡き娘の姿を想いだしました。


いつぞや娘が神田明神のお祭りに参加した時のこと、友人が小さい頃に着たはっぴをお借りし、髪をきりりとまとめ、にこやかな顔をしてお神輿を担いでいる様子を、私どもの携帯に動画として送信してきました。

主人の携帯に鳴り響いたワッショイ、ワッショイの声、『れいちゃん!れいちゃん!』 『あー、あー』 と言う娘の声・・・・・。今でも大切に携帯に納めてあります。

その時の娘の声、姿を心に焼き付け、再度見る勇気など今はありません。


庭にすくーっと1本咲いた彼岸花、主人が植えたのであろう。

もうすぐお彼岸、墓誌を目にするのは辛いと思いながらも、娘に似合いそうなお花を抱えて、月命日には1日早い今日、お墓に行ってきました。


ふと、想い出したように書き綴っている『麗音』は、亡き最愛の娘と私のささやかな心の接点なのです。



9月15日        母








 麗音-麗時計


連日の猛暑が身に堪えます。

いよいよオリンピックもスタートし、熱い戦いが繰り広げられるのでしょう。


先日、娘の部屋の掃除をしようと掃除機を持ち込んだものの、やはり、すべての物が想い出に繋がり、いたたまれない思いになります。


そんな中、ふと娘のお気に入りの時計が目に留まりました。娘の人生の終わりを告げたように、時が止まっています。

止まったままの時計を目にするのが辛く、いつものデパートへ行き、電池交換を依頼しました。20分後に来てくださいとのこと、その間買い物を済ませ、再び時計売り場に行き、番号札と交換に時計を頂こうとした時のことです。店員さんがいつもと違ってとても丁寧に、

「この時計はとてもいい時計なので、大事に使って下さい。」 と、言われました。今まで何度もお願いしているのに、このような言葉を掛けていただいたのは初めてのことです。


早速お気に入りの時計を腕につけ、あの言葉は娘から私へのメッセージではないだろうか・・・・・・。と、ふと思い、私の腕で娘との想い出と共に、時を刻んでいます。いつまでも。


                           母


 麗音
主人が娘の部屋の窓辺に植えた紫陽花は、3年目にして見事に花を咲かせてくれました。
「隅田の花火」と名付けられたように、夜空に散りばめられた花火のようです。

娘はどこかで見ていてくれるだろうか。今朝、一枝折り仏壇に供えました。


娘の部屋の掃除をしようと部屋に入り、本棚にぎっしり詰まった本を眺めていると、その中にシロツメクサの表紙のバインダーが目に止まりました。怖いもの見たさでそっと手に取り開けてみると、6年前の手術後の体調などを記したものや、処方箋がぎっしりとファイルされていました。薬名の下に3日間使用とか、○や×が記されていたり、また、インターネットで得た癌に対する様々な情報などがぎっしりとファイルされておりました。


癌と真摯に向き合った娘の姿をそこに見ることができ、いたたまれない思いになりました。当時を思い出し、反省やら後悔やら色々な思いが頭をよぎり、娘の不安や恐怖に対し、私はいったいどれだけ寄り添うことが出来たのであろうかと・・・、もっともっと私に出来たことがあったはず・・・と、自責の念に駆られます。


娘を喪った哀しみ、寂しさでポッカリ空いた心の穴は、生涯埋まることはありません。

余りにも短い与えられた命を懸命に生き切ったことに、娘を亡くして見えてきたものがあります。ゆっくり時間をかけてそのことを学んで行こうと思いを新たにしております。



                                      母

16日は月命日でした。月命日のお墓参りは欠かしたことがありません。


13日の日曜日、爽やかな良いお天気に恵まれ、娘の大好きなブルーのお花、デルフィニュームを持って車に乗り込もうとしたところ、タイヤがパンクしていることに気づきました。出鼻をくじかれたようで、ちょっといやな気分でしたが、気を取り直し、久しぶりに電車で向かうことにしました。

どうも気になり、息子にその旨メールすると、「今日は良いお天気だから、たまには電車で行ったらと、お姉ちゃんが言っているんだよ・・・・・」と、その言葉に何となく気分が和らぎました。


いつものように、お墓をきれいにし、お花を供えると、爽やかな風が吹いてきました。ここには娘が居ないとわかっていながら、いつものように “麗ちゃんまた来るね・・・・・”と、話しかけました。


どなたかお参りしてくださって、ありがとうございました。娘は忘れられては居ないことに、ありがたく感じております。


16日は息子がお花を持ってやってきました。仏壇に手を合わせている後姿を見つめていると、それぞれの心の中に、娘は生きているのだと、つくづく思います。


                               母