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 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。

娘がことのほか好きだったご近所の枝垂桜も、今ではすっかり瑞々しい若葉で覆われています。


今年の桜の季節は、何故かどうしてもその前を通ることが出来ず、まわり道をし、駅へ向かいました。


娘を見送り3年の月日が流れたものの、時の経過と共に娘への想いは益々深まるばかりです。

ひとり家に居ると、ふと娘がもう二度とこの家に帰って来ることはないという現実に、よく耐えていられる自分自身が、不思議でならないことがあります。

娘と交わした何気ない会話も、今でも鮮明に覚えているあの笑い声も、時と共に私の記憶から薄れて行くのではないであろうかと、怖くて怖くてたまらないのです。時が経つのが怖いのです。


今一度、あの声、笑い声が聞きたい。


あの手に触れてみたい。


夢でもいいから、もう一度あの娘を抱きしめてみたい。



                                      母。

台所の窓越しから見る紅梅に春が近付いていることを感じます。


毎朝仏壇に向かいお線香をあげながら、我が心の内を語ることを欠かしたことがありません。しかし、今日は娘の月命日、カルチャースクールの手芸教室の日でもあり、帰宅してからゆっくりと娘と向き合うことにし、急いで新宿へと向かいました。


カルチャースクールは、毎日涙し、哀しみ、寂しさにとっぷりと浸っていることから少しでも視点を変えて見ようと始め、1年が過ぎました。しかし、月日が経ったとて虚しさは変わることはありません。


お教室が終了後、皆でランチをすることになり、その時のこと、お仲間の義姉の方が胃癌で亡くなったとの話になり、51歳の死は早過ぎるに始まり、告知や余命に至るまで話が及び、ある方が、「余命を知らされた人の気持ちってどんなかしら・・・・」 と、それを聞いた私はもう胸が塞がり、その場を逃げ出したくなりました。

それにしてもいつぞや、ひょんなことから、娘を癌で亡くしたことを話さなくてはならなくなってしまったことがあったのに・・・・・。 皆の声が、大切な我が子を亡くした深い心の傷に容赦なく突き刺さりました。やはりまだ、こういった場に顔を出すのは早かったのだと、つくづく思いました。


たくさんの若者が行きかう新宿の街を駆け抜けるように家路へと急ぎました。玄関のドアを開け、「麗ちゃん、ただいまー」 と娘の写真に語りかけ、手には、娘の大好きな色のチューリップとラナンキュラスのお花を持っていました。


愛する大切な我が子を亡くした心の傷は、一生癒えることはありません。



                   3月16日    母




 麗音  麗音  麗音


立春を過ぎたとはいえ、厳しい寒さが続いています。


6日は、娘が元気で居れば39回目の誕生日でした。

お花の中には、桜や菜の花を散りばめたアレンジメントをお届け頂き、娘とひと足早い春を楽しませて頂きました。お心に掛けて頂き有難うございました。先日の積雪の際には、帽子をかぶり、マフラーをぐるぐる巻きにした娘を想い出したそうです。皆様のお心の中に娘の存在を見つけることができ、嬉しく思いました。


あちらで、今何をしているのだろうか? 娘は志半ばに旅立ったのに、私はこうしてのうのうと生きていていいのだろうか?あの時は、ああしておけばよかった・・・・。

こうしておけば、結果も違ったはず・・・・。といつまでも自責の念は消えることはありません。哀しみ以外のものに目を向けることが出来たとはいえ、何をしていても娘の事が頭から離れることはありません。


先日、J大学グリーフケアー講座を受講した際、心に残った言葉があります。


親の死は、あなたの過去を失うこと

配偶者の死は、あなたの現在を失うこと

子供の死は、あなたの未来を失うこと

友人の死は、あなたの人生の一部を失うこと

             E・グロールマン


今の私の哀しみを慰める言葉など、何一つありません。



                       母




 麗音


1月末、夫と奈良へ旅をして来ました。


法華寺を訪れたのは、娘亡き後4回目となります。法華寺門跡様は昨年遷化なされましたが、星祭り(節分1週間前から節分の夜迄のご祈祷)の厳儀が執り行われるとのことでした。

娘にいつでも会える心の目を養いたい一心で祈願をお願いしてきました。


訪れる人も少なく、静まり返った清涼な空気が尚一層私の心を穏やかにしてくれました。砂利を踏みしめ、一歩づつ歩みを進めて行き、池にかかった橋で足を止め、周りを見渡すと、かつて、娘と一緒にこの橋を渡ったようなそんな気さえしました。


そんなはずないのに・・・・・。不思議でならない。いや、娘と一緒に訪れたのかも知れない。それを確かめるべく、アルバムを開くことは、今はまだできないでいます

何はともあれ、娘と3人でこの地に立っていると確信できたことが、私にとってこの上なく嬉しいことでした。寒空に、エリカの花が精一杯咲いていました。


名残惜しく、次のお寺、海龍王寺に向かう途中、ふと振り返ると、我々の訪れを法華寺本堂の屋根でずーと見守っていた1羽のカラスが、いつのまにか何処かへ飛び立っていました。  


たくさんの蓮が咲き、蝶が舞う季節に又、訪れたいと思っています。



                    母


  


                                 



                     

新しい年がスタートしました。


1月9日、娘が所属していたアンサンブル・マロニエの第25回コンサートに夫と出かけて来ました。やはり、いつになっても、娘の居ないステージを見つめるのは哀しいものでした。


今回は懐かしい曲もたくさんあり、中でも、ヴィターリ作曲、シャコンヌは、かつて娘が発表会で弾いた曲、弓を飛ばすところを懸命に練習していた光景が目に浮かび、懐かしく想い出されました。何だか、あの頃の娘に会えたような、そんな気さえしました。


今では、主亡きヴァイオリンが静かに仏壇の傍らで娘に寄り添っています。


コンサートでは、幼き頃からずっとご指導頂いた先生が、あの頃と変わらず、温かく私達を迎えて下さり嬉しく思いました。


今夜こそ、夢の中で娘に会えるだろうか。声が聞きたくてたまらない。



                             母