娘への想い |  麗音

 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。

娘がことのほか好きだったご近所の枝垂桜も、今ではすっかり瑞々しい若葉で覆われています。


今年の桜の季節は、何故かどうしてもその前を通ることが出来ず、まわり道をし、駅へ向かいました。


娘を見送り3年の月日が流れたものの、時の経過と共に娘への想いは益々深まるばかりです。

ひとり家に居ると、ふと娘がもう二度とこの家に帰って来ることはないという現実に、よく耐えていられる自分自身が、不思議でならないことがあります。

娘と交わした何気ない会話も、今でも鮮明に覚えているあの笑い声も、時と共に私の記憶から薄れて行くのではないであろうかと、怖くて怖くてたまらないのです。時が経つのが怖いのです。


今一度、あの声、笑い声が聞きたい。


あの手に触れてみたい。


夢でもいいから、もう一度あの娘を抱きしめてみたい。



                                      母。