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 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。



 麗音
 麗音

 麗音  麗音

「何故、何故、私達を置いて、そんなに早く逝ってしまったの・・・・・」 と、大きな声で

叫んでいる時があります。

未だ、娘の居ない生活に慣れぬまま、気が付いてみたら3年の月日が経っていました。


娘を取り巻く人々との繋がり、ぬくもり、想いやり、人としての大切な事などに触れ、今は、ひたすら娘と過ごした35年間に想いを寄せ、感謝、感謝の毎日です。


日々哀しみと向き合いながらも、娘が生きられなかった分、何か私にでも出来る人の為になることがあるだろうかと、、素直に思えるようになってきました。



  [あなたの笑顔]


 私は忘れない 

 あなたの笑顔

 病室の窓から パパを見つけ

 ちぎれんばかりに手を振る 

 あなたの笑顔

 私は決して忘れない

 愛しい、愛しいあなたの笑顔

 あなたの心は パパの優しさで満ち溢れていた

                    2008.5 病室にて


 

                        母


 



風に舞う枯葉が日ごとに多くなり、秋の深まりを感じます。


娘が旅立って、もうそろそろ3年を迎えようとしています。

哀しみに沈んでいる私に、周りの人からは、「時が解決する」 というような言葉をよく言われました。私もかつて、家族を亡くした知人にそのような言葉を言ってしまったような憶えがあります。しかし、それは避けるべき言葉と、身をもって痛切に感じています。


娘を亡くした哀しみは、一生背負っていきます。時が経ったからといって、決して薄れるものでもなく、時が経てば経ったなりに違った哀しみがやって来ます。


以前は、デパートでマネキンが着ている洋服を目にし、思わず娘によく似合いそうと思い、店員さんを呼び止め、サイズを尋ね、「お取りしましょうか・・・」 との言葉に

ハッと我に返り、もう娘が居ないことに気付き、涙が溢れたことを想い出しました。


今は、流石にそのようなことはないが、娘に似合いそうな洋服を見つけると、着ている姿を想像します。私の中では、娘は35歳の姿で止まっているのです。元気で居れば、どのように歳を重ねていったのであろうか・・・・・。


逢いたくて、逢いたくて、たまらない。

声が聞きたくて、たまらない。


今日は月命日も近いので、娘の好きなブルーのお花、デルフィニュームにオンシジュームも添えてお墓に行ってきました。

どなたでしょうか? お花を手向け、お参りをして下さいまして有難うございました。

娘の事を偲んで下さいまして、大変嬉しく、心からお礼申し上げます。有難うございました。



                   母

今日は姉の月命日、家族でお墓参りに行って参りました。

実家へ向かう途中では黄色い蝶々が何匹も出迎えてくれました。

私たちを姉の居る実家へ導くかのように・・・

明け方までは物凄い雨が降っておりましたが、私たちがお墓へ向かう頃には、久しぶりの晴天で心地良い気候。

ホントに姉は「晴れ女」、太陽が大好きです。

暫く、ブログを書いておりませんでしたが、4月よりある国家試験を受けており、先日終わりました。

一次試験に無事合格し、二次の実技試験。

二次試験からは日曜は学校、土曜日は朝から夜まで姉の仏壇の前で勉強の日々でした。

感触としてはちょと厳しいかもしれない微妙な感触ですが、「もうちょっとやっておけばよかった」という後悔の念はなく、合否問わず達成感を感じております。

それも、姉と一緒に頑張ったからだろうと思います。

時には、もう少し休もう、今日は仕事が遅かったし明日の夜こそは・・・等、甘い自分が右肩辺りでブツブツ呟いておりましたが、そんな弱い自分を打ち消していたのが姉でした。

「まあちゃん、試験はそんなに甘くないわよ。だらだら勉強するのが一番時間がもったいないわよ。やる時は集中してやるー、休む時はしっかり休むっ」

と例の自分の姉でもビクツクガーンくらいの口調を思い出しておりました。

姉も私も大変お世話になった大学受験の英語の先生が姉と私をこう評価しておりました。

「麗ちゃんは容量が良く、とても賢い!失敗しない方法を考えてから物事に取り組む」

「マサキ君はコツコツ努力型、決して飽きず諦めず努力を重ねて行くことができる」

私が受験や試験になると毎回思い出す言葉ですあせる

姉をご存知の方は、わかって頂けると思いますが、頭が良かったというか、クレバーでした(正直妬むくらい(笑)

でも、そんな姉が私にとってはとっても誇りでした。

それは今でも変わりません。


「男は一生勉強よ!」、「何か学んで無駄になることなんて絶対ないんだから!」

今でも姉の鋭い突っ込みが聞こえてきそうです。

家族の中で一番年齢の近い姉だから、ボクが産まれた頃から知っている姉だからわかるボクの性格・・・

両親からでない姉の指導、突っ込みをもう一度聞いてみたいものです。

「お姉ちゃん、結構ボク頑張ってたよね?もうちょっとやっておけば良かったとか思わないくらいベストを尽くしたよ。駄目だったらしょうがない、また来年頑張るからまた一緒に勉強しよう。怠けてたら容赦なく怒ってね。来年こそは必ず合格するよ!」

                         弟  2011.10.16


 麗音



何処からともなく漂ってくる金木犀の薫り、爽やかな季節を迎えました。

夏のうだるような暑さも過ぎ、身を屈める冬の寒さ到来の間、風も、空も清々しいこの季節が私は一番好きである。娘も同じようなことを言っていたのを想い出す。


長引いた暑さのせいか、暫く体調を崩し、このところやっと元に戻りつつある。


先日、家路を急ぐ為バスに乗りました。

座席に座るや否や、杖を持ったご老人がいらしたので、慌てて席を譲り、出口へと移動しました。荷物を持っていたわけでもないのに、背後からポン、ポンと肩をたたかれました。振り向くと、弱々しい白髪のお爺さんが立ち上がりながら、「どうぞ、どうぞ」 と私に席を譲って下さったのである。思わず、「すぐ降りますから(?)ご親切に有難うございます」 と丁重にお断りしたものの、流石にショックであった。


娘亡き後、このような体験をよくするのである。不思議である。ただ、ご老人から席を譲られたのは、今回が初めてである。


ショックのあまり、友人にメールをすると、


「きっと、あなたの後ろ姿を見て、労わってあげたいと思われたのでしょう。やはり、全身で哀しみ、痛みを背負っているあなた、痛々しいですもの。きっと、心優しい方だったのかも。元気だしてね。」 と


あのご老人には、私の哀しみが見えたのであろうか。

思わず、熱いものがこみ上げてきました。



                 母

 麗音


今日はお彼岸の中日、休日ということもあって、今朝は寝坊をしてしまった。

いつもは6時前に起きるのだが、寝床で2時間ほどウトウトとしていた。その間、久しぶりに麗ちゃんの夢を見ることができた。特急電車の中から我々を見つけ、例のあのスマイルで手を振って、ホームに降りるところ。きっと長旅を終えて日本に戻って来たような、そんな感じの情景でした。家内は私を置いて、急いで階段を駆け上りホームへ、そしてドアの傍で待ち構えているのである。その後、三人で食事にでもと、思っているところで夢から覚めてしまった。・・・・・今晩は久しぶりに娘と一杯飲みたいものである。

                                     2011923日 父