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 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。

 麗音


早朝、けたたましく鳴く蝉の声で目が覚める。

往く夏を惜しむかのように鳴いている。


窓越しから見る朝焼けに、ふと、娘も同じ光景を目にしていたに違いない。眠れぬ夜を過ごし、窓越しに見る空を携帯カメラでとらえ、ブログに記した時のことが想い出された。

どんな思いであの時の空を見つめていたのであろうかと思うと、胸が苦しくなる。いったいどれだけ、娘に寄り添うことができたというのか・・・・・。哀しみ、寂しさなど心の底に住み着き、何をしても消え去ることなど決してない。


先日、友人がプレゼントして下さったお人形、娘が空を自由に飛び、私共を見つめているかのようで、可愛くって、尚一層愛おしくなる。


夕方、ひぐらしの鳴き声が聞こえたかと思うと、庭ではコオロギが鳴き始めた。秋はもうすぐそこである。



            母

久しぶりに暑さも一休み、心地よい風に吹かれておりました。


午後から駅に向かおうと、バスに乗り込みました。

吊革につかまり、何気なく視線を私の前の座席に移すと、そこには、ニット帽を深々とかぶり、顔色も悪く、見るからにほっそりとした女の子が父親らしき人と座っておりました。

小学、5、6年生、いや、もっと大きいのでしょうか・・・・・。

お父さんの手には、ポケモンのゲームの攻略本なのでしょうか、私にはポケモンが何の事だか分りませんが、もっぱら、お父さんの話に耳を傾けておりました。

その姿は全く元気が無く、心そこに在らずと言う風に、私には想えました。


とっさに、彼女も抗がん剤と闘っているに違いない。この子も家族も、娘と同じように苦しんでいるに違いない。副作用は大丈夫なのだろうか。

こんなに細い手足をして・・・。 目にも輝きがない。

我が娘も、生きようと必死で抗がん剤と闘ってきました。しかし、力尽き、旅立って逝きました。今もって、無念でならない。


私は彼女を前にし、思わず涙がどっと溢れるのを堪えることができませんでした。

彼女を思いっきり私の胸に抱きしめ、「生きるのよ、生きるのよ、生きる喜びを味わって、力の限り・・・」と心の中で叫び、ずっと抱きしめていたい衝動に駆られておりました。


父親との会話が、ゲームの話であったことが、せめてもの救いでした。


どうか、神様、彼女に笑顔と希望をお与え下さいますようにと、祈らずにはいられません。



             母







 麗音


三度目のお盆を迎えました。

ご仏壇はいつもより華やか、命日でもある16日、麻がらを焚いた火に照らされて、娘は帰って行ったのであろう。暑い、暑い夜でした。


このところ、以前に比べていくらか外出の機会も多くなり、友人や知人から、前より顔が明るくなったと言われるも、一度家に帰れば、玄関で娘の写真が出迎えてくれます。「麗ちゃん、ただいま!」 と言うも、返事があるはずもない。娘の部屋から明かりが漏れることもない。下駄箱のたくさんの靴も、クローゼットの洋服も、洗面所の化粧品も、たくさん並べられたCDや本も全てそのままである。

逢いたい思いは尽きることが無い。


今日は、娘が所属していた「アンサンブル マロニエ」 の定期演奏会の日、チケットも頂き、楽しみにしていたものの、いざ当日となると、娘がよく弾いていた曲が想い出と共に頭を駆け巡り、やっぱり足が前に進まず、どうしよう、どうしようと思っているうちに、結局、夫だけが伺うことになりました。


そんな私に、人生の先輩が一言、「麗ちゃんにしがみついているのではなく、麗ちゃんとの想い出を大切に生きなさい。」 とおっしゃいました。

その想い出に涙しているのに・・・・・・。



                      母




 麗音  麗音


娘の部屋から見えるようにと植えた娘の大好きな紫陽花とユリ、今年やっと紫陽花の花が咲きました。

梅雨の晴れ間、紫陽花とユリを持って、お墓に供えてきました。


街を行き交う人の中に、娘と同じ年頃のお嬢さん達を見かけると、元気で居てくれたら、今頃何をしているのだろうかと考えます。


いまだに送られてくる娘宛てのダイレクトメールに涙するも、いや、私共の知らない処であの娘は生きていることになっている。今後、もう送られてくることもだんだん少なくなってくるだろう。それもまた寂しい。何だか、複雑な気持ちである。


普段、娘に関わるものを目や耳にした時などひょっとした時、ひとたび地雷を踏もうものなら、涙の嵐である。

今もって娘の最期の姿がつい昨日の事のように私の脳裏に鮮明に焼き付いて離れない。だからであろうか、もうこの世に居ないという現実を過去のこととして捉えることができていないのであろう。複雑に揺れ動く心情に、自分自身も戸惑う今日この頃である。



                        母



最近我が家の周辺では、以前よく見かけた雀の姿をあまり見かけません。

やたらムクドリが増え、電線にずらりと止まっている光景をよく目にします。早朝からギーギーと鳴き声が耳障りで、糞害もあり、何とも可愛くない鳥と毛嫌いしていました。

そのムクドリが、先月、お隣の二階の窓の戸袋に巣を作りました。屋根は糞で汚され、早く退散してほしいと思っていたところ、ヒナ鳥たちの餌を求める可愛い鳴き声が聞こえてきます。親鳥が休む間もなく飛び立ち、餌を運んでいる姿を目にし、毛嫌いしていた私の気持ちが消え、むしろ愛おしく思えてきました。懸命に命を育む姿がありました。やがて、巣立っていく日も近いでしょう。


亡き娘と頻繁に顔を見せてくれる息子、二人の子供たちの幼き頃、子育ての自分の姿を想い出しておりました。


大切に育んだ命を、こんなに早く娘との別れが来るなんて、毎日、毎日、来る日も、来る日も娘の事が頭から離れない。


先日、私が 「麗ちゃん!」 と、大きな声で寝言を言ったそうである。夫に「麗ちゃんの夢を見たの」 と聞かれるも、全く記憶にない。そういえば、いつか、同じことを夫も体験している。私は 「麗ちゃんのどんな夢を見たの」 と興味津津で尋ねると、私と同様の答えが返ってきた。あんなに大きな声を出しておきながら、全く憶えていないなんて、この人、頭大丈夫かしらとふと思ったものである。


知人が、「お嬢さんがいつもあなたの傍に居て、見守ってくれているわよ」 と言って下さるが、今の私の心境は、 「こんなに早く逝かせてしまい、守ってあげられなくて申し訳ない」 の連続なのである。子に先立たれる以上の不幸はない。


哀しみを哀しみぬくとは、こういうことなのであろうか。


                   母