この前、7割が50人以下 を投稿した時、お勧め記事として同じ元ネタを使った記事群が出てきました。その記事本文やコメント欄で
「50も見に行く暇がない」
という文をいくつか見ました。
 50人に来て欲しいなら自分が50人のブログを見ないといけないという発想というか、お互いに見に行く間柄という図式が、Yahoo的(あるいはSNS的)です。愛されたかったら愛しましょう、みたいで素敵です。私のずるさに比べると天使のようです。
 
 だからこそ、交流者、すなわち読者が一定数を越えると負担になってきます。負担という表現は荒っぽいのですが、Yahooでは1日に20も30もコメントレスしているブログオーナーもよく見かけます。声をかけていただくのは嘘偽りなくうれしい、それは間違いないのです。
 一部のコメントにだけ返信するのはマナー違反だそうです。記事も交流も充実させたいというのはぜいたくな悩みです。
 
 一定数を越えてきた時、交流者のうち好きな人だけ残ってもらってそうでもない人はご遠慮いただこうなんて訳にはいきません(私はやりましたが)。残って欲しかった好きな人の信用も失う恐れがあるし、どんなに丁寧に言葉をつくしたとしても、
「コメントしないで欲しい」
というお願いに嫌な思いをしない人はいないでしょう。内緒罵倒の人 がたくさん登場しても恐ろしいです。
 コメント者の選別をするくらいなら、コメント欄を塞いでしまうのがマナーというものです。(私はマナー違反ばかりですが)
 
 そういうことをよく知っている人は、努めて新しい読者(≒交流者)には慎重になってしまいます。一部地域で再燃している無断リンク禁止問題も、その辺が根にあるのでしょう。私はリンクフリー派ですが、気持ちは理解できます。
 私自身は、読者は多い方がうれしいですが、交流者は10人くらい(全員が毎回コメントしてくれるとは限らないけど)でないとしんどいかなと思っています。しかしその10人しか読んでくれていないとしたら絶対がっかりします。ぜいたくが染みついてしまった秋の夜。
 
 
 10月3日の記事。Yahooでは記事を投稿すると、似た記事が、お勧め記事として数個表示されます。
 10月1日だからか、Yahooブログのトップデザインもmixiのデザインも大幅に変わって戸惑い気味の本日ですが、大流行の相関図ジェネレーター で、当ブログ妄想小説シリーズ の登場人物の人間関係に迫ってみました。今後のストーリーの参考にするかも知れません。(しないかも知れません)
 まいこ、とおる、しげる、いずみ、のぼるの5人で。(5人までしか入力できないから)
  
まいこ-しげる 共犯者   まいこ-のぼる コンビ   しげる-のぼる 友達    
のぼる-いずみ 友達    しげる-いずみ 対立
 
まいこ-いずみ 雇い主と用心棒          まいこ-とおる させ放題とし放題
とおる-いずみ 両想い(勘違い)と無関心    とおる-のぼる 鬼畜攻めと受け
 
 昔「確率」というのを習いました。いつ習ったかをうっかりもらして年齢がばれるといけない(指導要領変わり過ぎ)ので伏せておきますが、とにかく習いました。それによると、5人から2人を選ぶ組み合わせで順序を問わない場合
5×4÷2=10通り
と計算するのではないかという記憶がかすかにあります。しかしここには9通りしかありません。
 「とおる」と「しげる」の組み合わせが出ないのです。たまに出ない組み合わせというのがあるようです。これは一切関係ないということなのでしょうか。そ れとも人に言えない関係ということなのでしょうか。余計気になります。そこで、「しげる」を「はやみ」に変えてみました。
 
はやみ-まいこ ライバル      はやみ-とおる 夫婦
はやみ-いずみ 気になる      はやみ-のぼる 友達以上恋人未満    
 
 こっちの方がよさそうです。意味がありそうに見えるところがとても面白いです。
 
 
 10月1日の記事。知り合いのハンドル入れても面白いです。ジェネレーターものはブログネタとして一分野を築いていますが、面白いからついやってしまいますね。アメーバニュースお勧めの「家族にこう思われている占い」は迷い中です。「ブログ読者にこう思われている占い」ができたらやってみます。
 かんさつ日記が1年半ぶりに更新 され、大ファンの私はドキドキしますが、R氏に偶然再会し、なんてことにはなっていませんでした。新記事の前半はいい感じですが、後半に行くと説教くさくなります。
 そこを書かずに止めていてくれればいいのに、最後で否定すると全て否定したように見えます。ここでR氏は怒るんだろうな、すみません、正確には私がこう言われたら怒る(もっと正確には混乱する)だろうということです。
 他人に変化を要求するのは「自分のため」か、「相手のため」か、この差は埋まりません。自分が変化しようとするのが「自分のため」か、「相手のため」か、も。
 
 ネット上には、発達障害者やそれくさい人に、どうしたら言うことを聞かせられるかという悩みがいっぱい出てきます。その話に登場する言うことを聞かない 人はとんでもない人ばかりで、同情を禁じえませんが、発達障害者としては、定型発達者の気まぐれなアドバイスに混乱させられる悩みの方が切実です。中には 何度も詐欺にだまされる人もいます。
「あなたはだまされやすいんだから人の言うこと信じては駄目」
と言うその人の言うことも信じてはいけないことになり、パラドックスに放りこまれます。
「私の言うことは別」
怪しさ満点です。この人は詐欺師に違いありません。
 
 私ってすごいでしょう、あなたより賢いでしょうと言いたいだけなのか、業務命令なのか区別がつかず、思いつきで適当に言われたことを真に受けてひどいことになって
「あなたの言う通りにしたらこんな目にあった」
などと言おうものなら言いがかりつけたと怒り狂われて大変です。こういうのは素直に返事だけして無視するべきなのですが、全てにおいてそうすると、仕事の 場ではこれまた大変です。通訳代わりのジョブコーチにいて欲しいところですが、R氏(あるいは私)程度だと、現状では厳しいです。
 
 人にゴチャゴチャ言われるよりも本がいいですね、体系的で、思いつきのアドバイスよりも応用が利きます。ただ、現実の場だと別な作用(空気?)が働くの で限界はあります。1個1個ルール化していくしかありませんが、ここでうざいのがアドバイスしたがりの善意の説教族です。
「他人は私を非難してもよいが、私は他人を非難してはいけない」
てなルールに怒り出されます。

 前につく「他人は~してもよいが」が嫌味なのですが、パニックを防ぐ大きなポイントです。他人は私の予想通りの動きをしません。
 要求とは常に一方的なものです。相手は何の努力もせず、自分だけが努力を強要された気分になるものです、お互いに。だから、自分と同じくらい相手も努力すべき、と強要するよりは
「相手は努力しなくていいけど自分は努力しなければならない」
というルールにしておけば、ちょっとした変化にも感謝できるようになる、ような気がするんですが、多分怒られるでしょう。
「どうしたら言うことを聞いてもらえるか」
という質問は、本人ではなくその人とうまくやっている他の人にするのがよさそうです。そういう人がいればですが。
 
 
 9月30日の記事。R氏が実在の人物で、今も「 この敵でいっぱいの世界で」懸命に生きているのだろうと思うと、私も勇気づけられます。
Blog 訪問者「50人以上」には相変わらず越えられない壁~ブロガー調査 
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070927-00000042-inet-inet
 http://japan.internet.com/research/20070927/1.html
 
 300人の調査で、7割のブログが訪問者50人以下という話なのですが、こういう時の「訪問者」というのはYahooブログにおける訪問者と同じと考えていいのでしょうか。ユニークアクセスやページビューだと全然前提が違ってきます。
 2ちゃんねるに、昨日の訪問者数(あるいはアクセス数)を書きこむスレがありますが、混同しているのではないかと思う記述もあります。
 ブログを書いているリアル知人に聞いたら、ページビューだけは区別しているけれど、訪問者とユニークアクセスは同じだと思っていたそうです。この辺は私 も確証がなくて、ブログサービスやアクセス解析サービスによっては同じ意味で使っていたり、違う意味だけど定義がバラバラだったりするのかも知れません。
 
 訪問者 + RSSが読みに来る数 + 検索ロボット巡回数 = ユニークアクセス
 
と理解していたのですが、検索ロボットを含まないとか、サービスによって細かい違いがありそうです。だとしたら、同じサービスからはじき出された数字でないと比べられません。
 
 アメブロはユニークアクセスとページビュー表示ですが、更新しなくてもそんなに減らなくて、Yahooの訪問者表示に比べると更新プレッシャーが薄いです。さすがYahoo様、ユーザーの心騒がすポイントに抜かりはありません。それだけに依存症を招きやすい場所です。前にも書きましたが
 
 冒頭に紹介したリンク先の「50人の壁」という表現はもっともらしいのですが、
 
・ブログの7割が訪問者数50人以下
・ブログの6割が更新頻度週1回以下
 
と並べると、なかなか印象が違ってきます。(同じ調査による)
 週1回しか更新しないブログの1日あたりの訪問者数(ユニークアクセスでなく)が50人越えていたらかなりの人気です。更新した日だけの訪問者数という意味ではありませんよね。更新した日もしない日も平均にならしてということですよね。あれ、違いますか。
 この調査は自己申告が元になっているため、かなりブレがある予感です。
 
 
 9月29日の記事。写すまでの期間が短いとニュースリンクが残っていてありがたいです。記事投稿画面のクチコミ番付のリンクまだ直っていません。大して困る人もいないか。 
 もう何十回も書いている定番ネタですが、何で一応働いている私が働いていない人に努力が足りないと説教されるんだと考えると異次元に放りこまれたような混乱に陥ります。
 
 しかしこの段階で
「働いていないくせに労働者を説教するとは何事だ」
と返そうものなら0:100で私が悪者です。殴られたら殴り返せと言われて本当に殴り返すと私だけ悪者になるというよくあるパターンです。
「努力することが大切」
は誰にも反論することなどできない100%の正論です。それに対し、
「働いていないくせに」
は、相手の主張でなく属性を攻撃するひきょうなやり方です。
 正しい人間でありたいというさもしい願望は、攻撃に対する抵抗力を失わせます。そこが、私ごときではとても太刀打ちできない、恐ろしいところです。
 
 通常フルタイムで働いていれば世間的には怠けているというくくりにならないはずなので、あの人たちの「努力」は働くことそのものを指しているのではなさ そうです。アストロ球団やガラスの仮面で名高い山ごもり修行や24時間テレビのマラソンのような非日常的なことを指すのでしょう。
 そういう前提で考えると、フルタイムで働いていれば日々のことに追われて努力(山ごもりやマラソン)をしている余裕はないし、やる気が出たら働くなんてテスト前の中学生みたいなことも言っていられません。やる気はなくとも働くのです。
 
 私は毎朝、もっと寝ていたいという欲望と戦いながら起きていますが、別にやる気があるからではありません。そんなふにゃふにゃしたものではなく、具体的な目的があるから起きるのです。
 それをやる気というのかも知れませんが、だったら結果を伴った場合だけやる気があるということになり、やる気という、必ずしも結果を伴わなくてもよいことを匂わせる言葉を使う必然性がありません。
 
 結果を伴わなければやる気がないということなら、やる気のあるニートというのは言語的に成立しないように見えますが、仮に私がニートだったら、やる気が あったとしても、どうしていいかわからないでしょう。働きなさいと言われて10分後から働き始めるということは普通はできません。雇ってもらうにしろ自営 業を始めるにしろ多くの手続きが必要です。雇ってもらうだけでもこれだけの作業が必要です。
 
1 ネットで探すか求人誌、新聞の求人欄を手に入れる、ハローワークに登録する
2 履歴書を買う、書く、服装と髪型、女子なら化粧をちゃんとする、履歴書用写真を撮る
3 問い合わせの電話をかける
4 面接を受ける
5 入社に必要な書類を用意し、保険の手続きを取る
 
 問い合わせの電話は、私も最初アガアガした記憶がありますが、回数をこなして慣れるしかありません。ネットや就職本には
「最近の若者は電話すら満足にできない、親がかけてくるのまでいて呆れたもんだ」
という話がどっさり出ていて、これを見るだけで3にたどり着けず挫折しそうです。親にかけさせたって、
「努力しないと始まらないのです」
と他人を説教しているだけで自分は何もしないニートよりははるかにましです。
 
 新卒から継続して働いていると気づきにくいですが、ブランクの後働くというのは書類の手続きだけでもかなり大変です。勤めた経験があっても、その時受け 取ったいろいろなものをなくしていそうです。見通しが立たないと動けない私は、やる気とかそういう問題ではなくて、何をどうしていいかわからなくなりそう です。やる気より見通し。私には。
 ニート対策は外から見ている限り精神論ばかり聞きますが、実際はどうなのでしょう。なお、これは私がニートだったらこうだろうなという妄想であって、現実とは異なっている可能性が高いです。
 
 
 9月27日の記事。記事投稿画面に「クチコミ番付」というリンクがあるのですが、「脳内メーカー」と「空気読み力テスト」のリンクが逆でした。(と書いておけば直してくれるか?)空気読み力テストは「重度KY」でした。