「ダカーポ」が12月発売の第620号で休刊 http://gigazine.net/index.php?/news/20071010_dacapo_end/
 
 ニュースサイトよりギガジンから引っ張る方が消える心配がなくていいですね。ダカーポ、特集が面白そうな時だけ買っていたのですが、休刊決まりましたか。残念です。最近あまり面白そうな特集がなかったので手が伸びませんでした。
 
 少し前のニュースを、他誌の報道をまとめる形で紹介するというのがメインコンテンツだったため、他の週刊誌よりも情報は遅くても長期保存に耐える要素が多く、私も初めて買った時のダカーポをまだ持っています。1986年10月5日号、特集は
「就職しないで生きる」
でした。21年が経ち、ページは黄ばんでいます。
 
 多感な少女(強調)だった私には、その特集タイトルが魅力的に映りました。同級生たちが何の迷いもなく学校を卒業して就職というレールに乗る中、自分だ け拒否してレールを降りることがどんなに難しく、勇気と信念を必要とするか、全然わかっていませんでした。もっと真剣に考えていればよかったです。
 時はバブル前夜、若手フリーランサーや職人、経営者などが生き生きと働く姿が、多少のリスクと共に紹介されています。この方々は今は中高年のはずですが、どうしていらっしゃるか気になります。
 ニュースも、土井たか子氏が社会党党首に当選、国鉄民営化問題、森昌子引退、清原新人王当確など、時代を感じさせます。土井氏の写真は今と全然変わっていません。(ほめています、多分)
 
 この号ではなくもっと後の時代ですが、ドリアン助川(当時)が連載していたエッセイの中で、
「原稿をワープロで書いてファックスで送ったら、いい加減パソコンで書いてメールで送って下さいと編集部に怒られた」
と書いていたことはよく覚えています。
 その時の印象から、初めてパソコンを購入する目的でショップに言った時
「ワープロソフトで書いた文章をそのままメールで送ることはできますか」
と聞きました。
「???できますけど普通にメールで書いた方がいいですよ」
ドリアン助川の文面からは、メールの本文に直接エッセイの原稿を書いたようには見えませんでした。詳細には覚えていませんが、ワープロソフトで打ったものを送れば編集部の方でそれを直接加工し印刷に回せる様子でした。
 
 私はなおも食い下がりました。
「でもワープロソフトで書いたものを直接送ることはできるんですよね」
「普通にメールで書いた方がいいですよ」
駄目だ、話にならん。可能かどうか聞いているのに何で許可というか評価が返って来るのだ。
 賢明な紳士淑女はお気づきのように、私は
「添付ファイル」
なるものの存在をわかっていません。あのパソコンショップの店員さんも知らなかったのでしょうか。(語尾をあいまいにしたいだけなので、店員さんはこう言いたかったんだと思いますよという解説はしないで下さい)
 
 他にも何冊か古いダカーポを持っているので、記念に取っておきます。古くなってから価値の出る雑誌ですね。新聞もそうですが、ネットを始めてから本当に雑誌類を買わなくなりました。
 
 
 10月12日の記事。この特集に登場した人の氏名をググってみたら、同姓同名の別人の可能性もあるものの、見つかった限りはほとんどの人が当時と同じ仕事をしていました。カタカナ職業の人は本名でブログを書いていました。ぶれない人は素晴らしい。
 翌朝、マイコとトルネードレッド、イエロー、ブラックの4人は待ち合わせ場所の広場に集合した。
黒「夜8時から停電なんてひどいトコロだね」
黄「政府の横暴だ。抗議の決起集会に参加しよう。今夜この広場であるってさ」
赤「不要な足止めはまずい、マイちゃんをはてなシティーまで送ってからでないと」
いつの間にマイちゃんに、とマイコは密かに突っこんだものの、ここはレッドに賛成しておかないと旅が進みそうにない。レッドは熱そうな色だけど案外クールだ。
赤「FC2自治区までは電車があるからそれで行こう」
旅慣れたレッドらしく、一行を駅まで連れて行った。
 
 駅と言っても駅舎もホームもなく、単線の電車がむき出しの線路に一台止まっているだけだ。趣味の悪い電車だ 。まっピンクに塗られた車体に目玉オヤジの絵。
黒「気持ち悪いね」
黄「見られているみたいで緊張するよ」
レッドは、電車の前でポーズを取る観光客にシャッターを押してあげている車掌に声をかけた。振り向いた車掌に、マイコは小さく悲鳴を上げた。車掌は服だけで、中身は真っ黒な影だったのだ。
「残念だね、お客さん。FC2自治区では昨日大地震があって 、一部地域では大停電、家は全壊半壊の大騒ぎさ。他の地域から資材を買って突貫工事中、今日のところは行かない方がいいよ」
真っ黒な車掌は言った。
黄「ほら、やっぱり決起集会に行けという神の思し召しだよ」
イエローは張り切った。
 
 車掌は袖の先を顔(があるべき位置)の辺りで振りながら
「ところがところが、理想郷と言われたFC2自治区の脆弱さが知られるやいなや、決起集会は中止になるんじゃないかって噂だよ」
と言った。
「そうですよね、8時停電というのもどうかと思うけど、危機管理の1つとして仕方ないのかも」
マイコは今回セリフがないのを恐れてか、初めて自分の意見らしきことを言った。 
黄「そんなこと言っていたら何も言えなくなるよ。住民は少しでも現状をよくするために支配者に意見を言う権利がある」
そう、そうなんだけど。
赤「王者FC2も完璧ではなかったということだ」
黄「アメーバ街の住人もFC2自治区のようにして欲しい、が合言葉だったのにね」
黒「レッドはFC2自治区に実家があるんでしょう。心配じゃないの」
「え、そうなの」
驚くことばかりだ。人懐っこいイエローやブラックに比べると影のあるキャラ、マイコは少しだけ、ハヤミを思い出した。
赤「別に、もうずっと帰っていないし連絡もないし」
黄「なあ、どっちにしろ電車が動かないんだったら今夜泊まるとこまた探さないと」
「この電車の中で寝てもいいよ。どうせ明日までここに止まっているだけだから」
車掌が言ってくれた。
 
 
 パクリです、いやパロディです。願わくば友情出演と言って下さい。 前回のお話はテーマ「妄想」 からどうぞ。
 
 
 10月11日の記事。アメブロはきれいなスキンがいっぱいあるのですが、3カラムでしか使えないものが多くてくやちいです。3カラムの長文て見づらいんだよな、ってそれは私だけですか。はてブ、2ちゃんで大好評の、なべやかんによる亀田批判ブログが3カラムで空行多くて見づらいです。
 NHKのクローズアップ現代 で、
「日本企業が中国に作ったコールセンターで働く若者の話」
を特集していたと、はてなブックマークで見ました。(私はこの番組を見ていません)
 それらしい求人を見つけました。企業名を出すとまずいかも知れないので出所は伏せます(これだけ書いたらわかるかも知れませんがわかっても名前を出さないで下さい)が、中国でコールセンターを運営している日本企業はいくつかあるようです。
 
1 費用や手続きは会社が全面バックアップ→自己負担の範囲が不明
2 残業あり→諸手当に残業手当の項目なし
3 社宅あり→家賃が書いていない
4 正社員採用→赴任期間1年と書いてあるが帰国後の日本での職場は保証されているのか
 
 仕事は電話営業です。日本でも即時退職の多い仕事なのに、中国まで行ってすぐ辞めたら、帰りの旅費はもちろん来た時の旅費も会社から請求されるかも知れません。損害賠償を請求される可能性だってあります。
 外国まで行って簡単には辞められません。我慢に我慢を重ねてうつ病になったりしても、医療面のケアはあるのでしょうか。
 何よりも、フルタイムで働いて月給94500円は、日本なら最低賃金にも満たない薄給です。それでも現地の物価の安さや中国の平均給与との差がアピールされています。社宅の家賃がわからないので可処分所得は不明です。
 
 まさか食事は段ボール肉まんで、勤務地は繁華街もない奥地、ということはありませんよね。職場の同僚も顧客も日本人ばかりで遊びに行く場所もなければ、せっかく外国で暮らしても日常会話すら身につくかあやしいです。
 上記テレビ番組のレビューにも、中国語の無料レッスンがあるけれども仕事が忙しくてそれどころではない、と書いてありました。(その人個人の情報か番組内の情報か不明)
 1年間の海外赴任でキャリアアップ、の文字が涙で曇りそうです(比ゆ表現)。それでも正社員の職につきたい若者が切実な思いで海を越えるのです。1年間耐えられれば、転職するにしてもそれなりに根性は認められる、かも知れません。(せめて根性だけでも)
 
参考:痛いニュース
 
 
 10月9日の記事。それでも中国に住んでみたい人もいるでしょう。
 連載中の異文化交流議論ノベライズ版浮遊砦9 で、中間報告の4にあたる議論の危機 が取り上げられていましたが、あれが今年1月の出来事だったのに驚きました。企画は12月に開始しています。そして、私がこの企画の事実上の終了宣言したのが8月。7ヶ月は別物でした。
 
 議論の危機の時、当初の目的の異文化交流議論は終了したのです。それは今振り返って思うことで、その時は流れを取り戻せると信じていました。しかし取り戻すことはありませんでした。もちろん、新しい流れも面白かったのですけれど。
 ちょっと気を取り直すと、「その時」には取り戻せると信じたのはよかったのです。モチベーションを失わずに済みました。(善語的発想)ノベライズ版で見ると、様々な流れがその方向に向かわせていくことにあせります。そこに向かわなければならなかったように。
 
 人生論ぽくなりましたが、せっかくだからこの流れで、人生論ぽく行きます。
 人生には自分がどれだけ周到に準備していても、思うままに行かないことがたくさんあります。説教族が襲撃してきたら、何とか元の状態に戻したいとあがくけど、あがくべきなんですけど、決して襲撃以前の時間に戻すことはできないのです。
 あるうねりが来た時、逆らうのはいい、あがくのもいい、それで流れが戻ることだってあります。しかし時間を戻すことだけはできないから、流れが戻らない なら無理をせず、いつか自分に都合のいい流れがやってくると信じて待つのです。チャンスを待ち続けることが再びよい流れを呼びこむのです。
 
 そうは言っても、その状態にある時はなかなか流れを冷静に読めません。空気読み能力とも関係あるのでしょうか。AS診断以前、不本意な状況に陥ると
「こんなはずはない、今の状況は何かの間違いだ」
と思いこんで、あわててろくなことをせず、どんどん状況を悪化させていたのです。
「まあ仕方ないな。とりあえず流されてみるか」
というのは大事なことだなと考えたのですが、ネガティブだと怒られることかも知れません。(読めない)
 
 
 10月7日の記事。ポジティブは、他人に向けた途端凶器になる。うっかりポジティブワードを使ってしまった恐怖に、自分に対してなら大丈夫なのだと言い聞かせる。
 先週末、2ちゃんねるにあった「もらって嬉しいコメント、嫌なコメント」というスレを思わず真夜中まで眺めてしまいました。(コメントネタが続きますが、最近嫌なコメントがあったとかではなく偶然です)
 当然話題は嫌なコメントの方に集中します。スレの最初の方は、いかにも荒らしな、誰が見ても嫌だろうというコメントが中心ですが、段々微妙なものが出てきます。
 
 いつも同じ人が最初にコメントするので他の人がコメントしてくれなくなった、というのは、Yahooブログばかり見ていると
「えー、それまずいの」
な感じです。Yahooではいつも同じ人がコメントに来るのは当然で、何人もそういう人が並ぶから、感覚が鈍ってしまいます。Yahoo以外のブログでは毎回コメントしないように気をつけなくては。
 
 嫌なコメントとまではいかなくても、返信に困るもの、例えるなら、生まれたばかりの子犬の写真をアップして
「うちにもこの前真っ白な子犬が生まれました。ふさふさして本当にかわいいです」
とコメントされた(当方犬を飼った経験がないのでおかしなことを書いているかも知れませんが、本題と関係ないので指摘しないで下さい)というのは、微妙すぎです。
 これくらいなら私も書いているかも、と自分で書いてギクッとしました。常連さんかお初かで全然違うかも知れません。お友達の飼い犬なら興味あるけど、知らない人の飼い犬はどうだっていいのです。
 
 この辺は受け取り方の問題の方が大きくて、こんな受け取り方をするのは自分が悪いのではないかと考えすぎて、小さなストレスがどんどん巨大化していきます。実際悪気はないのでしょう。
 コメント欄に自分のことを書いてはいけないということは全然なくて、それが別な話題に発展して楽しかったりもするのですが、不安感を与えるものと興味をそそられるものとどう違うのでしょう。
 
 前に内緒罵倒してきた人 のコメントもそんな風でした。上から目線、というと主観的過ぎるのですが、返信するとしたら
「すごいですね、私には真似できません」
とでも書くしかなく、この調子で毎回やられたら説教族事件の再来になってしまう、と被害妄想で眠れなくなり、真夜中に起き出して削除したのです。
 さすがに少し悪いなと思って理由を添えた のが間違いの元で、「そういう意味ではない」粘着が始まりました。
 
 コメントする立場で見ると厳しすぎるのですが、コメントされる立場では何となくわかるのです。スレの中にも
「ここを見ているとコメントするのが怖くなります」
という書きこみがありました。それに対して
「君がメンヘラか未成年でなければ大丈夫だよ」
という返信がありました。
 2ちゃんねるなのでメンヘラや未成年に独特の意味づけがあるのですが、このスレの住人は何度か嫌な思いをしていて目が肥えているのでしょう。「怖さ」を予感させるものが見えるのでしょうか。
 
 単に結果論であって、所詮予測がつくものではないのかも知れません。そして、自分が他の人にそういう風に見られていないという保証はどこにもありません。
 
 
 10月5日の記事。後に説教族化した人たちが最初から怖かったかというとそうでもないのです。頭は悪そうだったけど。