ほくろ除去レポート後編。「悪性」表現が思ったより反響を呼び、ご心配おかけした形になって申し訳ありませんでした。病理検査の結果はもちろん予想通り、悪性ではありませんでした。結果が出るまでは私もいろいろな妄想をしたものです。
「入院する前に会える人には会っておこう」
とか。
 
 手術は簡単でしたがその後の方が大変でした。翌日からは毎日自分でガーゼをはがし、消毒して薬を塗ってまたガーゼを貼ります。
 1週間は水でぬらしてはいけないと言われましたが、それではお風呂にも入れません。手術当日は控えましたが、1週間入浴しないOLというのは取材されそ うで嫌です。ネットでラップを巻いているという話を見たので、私もラップを巻いて入浴しました。びしょびしょになりました。(蒸気)
 
 2ちゃんねるでは顔のほくろを1度に5個取ったという人がいましたが、それでは顔も洗えません。そんなに神経質になるほどではなくて、ぬらさないという気概が欲しいというくらいのようです。
 この記事を読んで自分もやろうと思う人が万一いたら、1週間は顔と身体は蒸しタオルで拭くだけ、髪はドライシャンプーを使うことを覚悟しておくことをお 勧めします。普通は思いつくのかも知れませんが、パニクると頭が働かない私は、風呂に入れない、髪も洗えないということで頭がいっぱいで、代替策を思いつ きませんでした。
 
 気になる傷痕のこと。1週間後に抜糸し、さらに1週間経っても、手術部位の赤みが取れません。元々ほくろのあった部分がそのままの形で赤くなっていて、その周りをドーナツ状に赤みが囲んでいます。半年くらいは赤いままだと言われました。長いです。
 赤みだけとはいえ、元のほくろよりひとまわり大きいです。美容目的であれば、レーザーなどなるべくメスを入れない治療法を選んだ方がよいように思いましたが、一説によれば手術で根っこから取らないと再発の恐れがあるそうです。
 
 取ると決めてからずっとネットで情報収集していましたが、悪性だ何だよりも、顔のほくろの悩みが圧倒的に多いです。深刻な話もいくつか見ました。
 私は元々ほくろは少ない方で全く関心がなかったのですが、そういう世界を知ったというだけでも実り多い経験でした。
 
 
 11月16日の記事。早速検索キーワードで、「ほくろ」関連で来た方がいました。急にほくろを取ることになった人に役立つ記事でありますように。意外とお風呂問題が大きかったのです。働きながら1週間洗髪しないというのは勇気が要ります。
 ほくろ除去という貴重な体験をしたのでここに記しておきます。
 私は皮膚科に定期的に通院しています。そこで、イボができたのだが大きくて邪魔だと話したら、ほくろだと言われました。自分では見づらい場所だったの で、形状しかわかりませんでした。イボができたというと年取った感じがするのでほくろでよかったと思ったのはつかの間でした。
 取ることになった理由は、
 
1 今までなかった場所に急にできたこと
2 大きさがあること(直径3ミリ程度)
3 皮膚表面から盛り上がっている、というより飛び出ていること
4 色が均一でないこと
 
の4つです。ちょっとやな条件がそろっているので、取ってしまって悪性でないか組織を病理検査しましょうということになりました。
「悪性でないか」
って、こはひ。可能性は低いそうですが、高かったら大変です。急にできたほくろは危ないと言いますが。
 
 手術当日ドキュメント。日帰りで、局所麻酔です。予定時間の3時間前から飲食禁止でしたが、睡眠欲に勝てなかった私はお腹を空かせたまま病院に行きました。
 看護師さんの案内でベッドに寝ていると、医師が入って来て麻酔注射、かなり深くまで刺されます。イボと違ってほくろは深いところまでくり抜くのだそうです。
 時間を置いて、また医師が戻ってきて大きな布をかぶせられました。目の前真っ暗。布の上でガサゴソやっているな、と思ったら終了しました。さすが麻酔です。全然わかりませんでした。
 
 この時私は医師と会話は交わしましたが顔を見ていません。患者取り違え事件のことが頭をよぎりました。明らかに患部を見ればわかるでしょうけれど。
 気のせいだとは思いますが、手術後24時間は体調不良でした。麻酔が切れて痛くなったということはありませんでしたが、頭痛とか吐き気はありました。
 後は、切り取った患部の組織検査が問題です。果たしてその結果は。次回に続く。(引っ張るんかい)
 
 
 11月14日の記事。「悪性」部分に反響をいただいてしまいました。普段皮膚科に通院していないと、なかなかほくろだけで診てもらおうという決心がつかない気がするのでよかったです。
私「私とデートした人は、2度と私とデートしたくなくなるようなのだが」
弟「そうだろうな」
私「そんな変なことしていないはずなのに」
弟「しているんだよ、無意識に」
私「どう考えても普通のことしか」
弟「お前の普通と世間の普通はべらぼうな隔たりがあるんだよ」
私「例えばどんなことをしていると思う」
弟「時と場所と話題を選ばずでっかい声でしゃべる、食事の時相手の存在を忘れてひたすら食う、気に入らないことがあると人目もはばからずわめき散らす」
 
 発達障害的には、声の大きさが調整できない、2つのことを1度にできない、予想外のことがあるとパニック起こす、で説明できるのですが、上の描写だと自分で聞いてもひどい行動です。そんなひどいことしているかしら。
 全く記憶にない訳ではなくて、パニック起こしたことも覚えているんですけど、そんなに見た目がひどいという認識が残っていないのです。自分では普通に話していたというか、ちょっと憤った話し方をしたかな、くらいです。
 
 私が考えている自己像と、他人に描写される自己像はかなり違っていて、昔は言いがかりだとか大げさに言いすぎとか思っていたのですが、おそらく他人の描写の方が正しいのです。他人から見る限り。
 弟は私の発達障害のことは(多分)知らないし、知識も(多分)ないのですが、過去においては私の最大の被害者であり、現在は、私が世間的にわからないことを私にわかる言葉で返してくれる名通訳です。
 親兄弟の前だからわめき散らしているつもりはなく、他人の前でコロッと態度を変えられるほど器用でもないので、確かに上の描写に近いことをしているのでしょう。一緒に見たはずの映画のストーリーが違うような不思議さです。
 
 ブログには、私自身の目から見た一方的な自分や他人の姿を描いています。ブログ上で知り合った人と現実にも会ってみたいけど、会ったら失望されるかも知れません。
 電車の中で大声出している人を見ると、私もこう見えているのかなと参考にしながら居眠りします。
 
 
 11月12日。自閉症者は文章から受けるイメージと実際に会った時のイメージがかなり違うそうです。ブログ上で私を好きだと言ってくれた人が、実物の私と会ったらどう感じるかに、興味を持ち始めました。怖いけど。
 イズミはプログラムに新たな計算式を入力した。リターンを2回押すと、画面には
「Error:File>ozma2007」
というメッセージが表示された。
(まただわ)
ため息をついた。何度消しても別な場所にバグが発生する。そのバグは、少しずつプログラムの中枢部に近づいている。
 内線電話の受話器を取り、4桁の番号を押した。
「ミルクティー持ってきて」
10分ほどして、個室のドアをノックする音がした。イズミは足元のボタンを踏んだ。ドアは左右に開いた。ワゴンの上にカップを2つ、ティーポットを1つを乗せて、運んできたのはノボルだった。
 
 ノボルはワゴンの上で、ティーポットからカップに出来立てのミルクティーを注いだ。
「今夜はもう寝たら」
カップがイズミのデスクに置かれた。
「同じバグばかり、せめて理由がわからないと眠れないわ」
「ハッカーじゃないの」
ノボルはもう1つのカップに自分の分を注いだ。
「そうだと思う。ただ、このプログラムの存在自体世間には知られていないはずなのに、いったい誰が」
「ヤマザキトオルかその仲間だろう」
ヤマザキトオル。かつてイズミの兄だった男、そして今は敵味方の間柄である。
「ちょっと探りを入れてみようか」
「どうやって」
「明日考えればいい。睡眠不足は美容の大敵だよ」
ノボルは立ったままで、ミルクティーのカップを口にした。
 
 マイコはアメーバ街2日目の夜、トルネード戦隊と共に政府への抗議の決起集会に出かけてみた。思ったより人は多く集まっていた。壇上に、プロレスラーのような覆面にエプロンといういでだちの中年女性が上がった。スポットライト代わりにいくつもの懐中電灯が壇上を照らした。
「住民の皆さん、お喜び下さい。政府が我々の中から代表を選んで運営に加える という決議を出しました」
後ろのスクリーンがパッと明るくなり、政府広報が映し出された。拍手がわき、携帯電話のカメラが点滅した。
「これは第1歩に過ぎません。民主化かポーズか、政府の姿勢をこれからも監視するのは我々全員の役割です」
中年女性はよく響く声で演説した。
黄「解決したのか」
赤「みたいだな」
黒「えー、せっかく暴れられると思ったのに」
何だかわからないが、昼間動きがあったのだろう。マイコは、それなら早く電車に戻って寝たかった。睡眠不足は美容の大敵なのだ。
 
 
 当方プログラミングに関する知識がないので、エラーメッセージが変だなどの不備があると思われますが、指摘しないで下さい。前回のお話はテーマ「妄想」 からどうぞ。
 
 
 11月11日の記事。ファンタジーは向いていない。
 今のお友達は好きだしコメントもらうの楽しみですが、もし別なブログを別キャラで始めるとしたら、コメントは受けつけない設定にします。
 一方的に発信することはできるし、他の人が発信したものを読むことはできますが、コメント欄のやり取りのハードルは高いです。(私でなくコメントする方の)
 昔の記事を読み返すと、今なら絶対削除するであろうコメントがずらっと並んでいます。消した方がいいのか、当時の生々しい記録として保持すべきか迷います。迷っても消しているのですが。
 
 コメントについて、時々溜まった毒を吐き出します。どれだけうるさく書き続けても定期的に入る説教、否定、助言に、自分の中の基準がどんどん厳しくなります。大体は
「そろそろ削除せずに済むような対応をしなくては」
→いや、金もらって書いているならともかく、趣味でストレス溜めるくらいならコメント欄を塞ぐ
で終了します。
 
 ものを教える系コメントで困ることの1つは、管理人としてその真偽を確認する義務があるということです。自分のブログ内に他人の書いたデタラメがあっても平気だという人もいるでしょうが、私は嫌です。
 中には、ちょっとググッたくらいではわからないもの、関係各所に問い合わせたとしても本当のことを教えてくれないであろうこともあります。調査の負担が大きいので削除です。
 
 繰り返しますが、他人のブログに書いてあってもいいのです。読んで嫌になることはありません。どのRSSがお勧めかという記事を読むことは簡単ですが、コメント欄に
「ライブドアがお勧めですよ」
と書かれたら、私はライブドアのRSSを自分で使ってみなければなりません。
「それは気にしなくていいですよ」
というコメントが昔なら入ったものですが、そういう人は
「気にしなくていい」
と言われたら、足元をびっしりゲジゲジが這い回っていても、眠る間も騒音が70デシベルでも気にならなくなるのでしょうか。
「気にしなくていい」
というのは、自分を気づかってくれた人に返す言葉であって、困っている人にその困ったことを気にしなければ解決と投げかける言葉ではない気がします。
 
 できれば無難に返信したい、削除は避けたい、悪気はないと思われるので意図を読み取りたいという欲を出しては、返信を書こうとするうちにグルグルが始 まってしまうので、できるだけ早く、できればそのコメントを目にした瞬間、脊髄反射してしまいましょう。その時になるとためらいが生じてしまうのですけれ ど。
 
 
 11月10日の記事。脊髄反射なのはこの記事を書いたことなのですが、ルールが自分の中で厳格化していくと、コメントに傷つくのではなくてルールを守ってもらえないことにいらだったりします。