これまでのあらすじ
 アメブロのRSSドメインが変更され、11月1日以降旧RSSでは更新が配信されなくなるという情報にあおられるユーザー、読者、ウォッチャーであったが、11月1日を過ぎ、騒ぎは沈静化したかに見えた。
 
 
 いつものようにはてなブックマークから拾ったこの記事 によると、11月8日までは新RSSに転送されますが、それ以降はRSSによっては自動で書き換えされないものがあるそうです。
 11月8日までという情報は、私が探した限りはスタッフブログの中の
 
11月1日から同月8日の間にRSSリーダーを用いてアメブロへアクセスされていない方は、手動にてRSSリーダーの設定変更を行ってください。
 
のことと思われますが、これが11月8日までは転送されることを意味していたことが、私の日本語能力では読み取れませんでした。
「RSSリーダーを用いてアメブロへアクセス」
というのが、RSSリーダーが読みこんでいればいいのか、ブラウザにブログ本体が表示されないといけないのか、この期間の更新の有無は関係あるのかも、私の読解力では理解できませんでした。
 
 私の頭脳に問題あるのはその通りですが、アメブロの説明もかなりわかりづらいです。外部の無関係のブログの解説の方が余程わかりやすいため、いろいろな情報を探しては引きずられます。
 二転三転しているので、また何かあるかも知れませんが、現時点では真相は11月9日に持ち越されました。上のリンク先の情報ではありますが、自動で書き換えられないと予想されるRSSリーダーの中に Google と goo があるのは影響が大きそうです。
 
 11月9日以降どうなるか、様子見です。アメブロ版にはこの関係の検索ワードで来る人も増えてきました。ここまで来たからには顛末を見届けます。見届けますといっても、技術的なことはさっぱりなので、またはてブで探すのですが。

 なお、まだ諸説ある話なので、それはこういうことではないかという解説はしないで下さい。
 
 
 11月6日の記事。そして今日は問題の11月9日。
 グーグル翻訳 によると、このブログのタイトルは
”Tera INKOGUNITA encounter”
だそうです。出会うは encounter と訳されるのですか。日本語の響きに比べると動きがあり、静止画から動画に変わります。未知との遭遇みたいです。未知との遭遇は
”Close Encounters of the Third Kind”
でした。直訳でなく、ちゃんと映画のタイトルの原題が出てきています。
  
  encounter を、Yahoo辞書より
 
1 〈危険・困難・妨害などに〉遭(あ)う, 直面する, 立ち向かう;〈災難などが〉〈人に〉降りかかる;〈敵と〉遭遇[交戦]する;〈相手に〉(論戦で)対抗する;〈相手と〉(スポーツで)対戦する
2 …に偶然出会う, 出くわす, 邂逅(かいこう)する                     
 
 あらら、想像以上に激しいです。テラ・インコグニタに出会う、というブログタイトルには、
「異質のものを受け入れる、異質に対して寛容である」
という意味を含ませていて、今も気に入らないコメントは削除削除という姿勢で臨んでいる私は全然タイトルに追いついていないとへこんだりしたのですが、上のような意味なら実践できていそうです。論戦で対抗できていませんが。
 異文化交流議論の時もキーワードが激しい と書きましたが、日本語に比べると英語の出会うに攻撃的な意味合いが含まれるのは、深く考えると面白いです。
 
 いい意味ももちろんあります。encounter というのは、字面が、相手の領域に期せずして飛びこんでしまうようなイメージです。びっくりして逃げ出すもよし、居座ってしまうもよし。
 きむろみさんが記事を投稿したら、ちょっちぷんさんの記事 が出たそうですが、あのお勧め記事表示は
「遭遇、出くわす」
という言葉で表現されるような、意外な出会いが演出されてよいです。
 
 ちなみにミラーブログ「テラ・インコグニタの果て」は
”Tera INKOGUNITA's end”
でした。en だけ合っていますが、end だと終わったみたいです。
 
 
 11月4日の記事。異質な他者との出会いが喜びとなることもあり、戦いとなることもあり、どちらの意味も入ったタイトルであるということにして下さい。
 きむろみさんが、このブログタイトルの名付け親であるちょっちぷんさんの記事にコメントしてくれたお陰でちょっちぷんさんが久しぶりに更新してくれ、私もまたコメントできてうれしいです。うれしい出会い。  
 うれしくない出会い。いまだに障害者を説教するのに乙武さんを持ち出す人がいるのには驚きますが、乙武さんとしてもそういう材料に使われるのは不本意なことでしょう。
 一昨日、中日ドラゴンズ53年ぶりの日本一が決定しましたが、8回まで完全試合(無安打無得点無走者)をやっていた山井を9回で守護神岩瀬に代えたため、 賛否両論がネット界を渦巻いております。最初は否ばかりでしたが次第に賛が増えてきました。しかし賛の人だって、第1報では残念な気持ちだったはずです。
 
 プロ野球史上初、日本シリーズで日本一を決める一戦で完全試合など、今後私が生きている間にはでないであろう記録をパーにして、これはひどいタグを(脳内で)つけてしまいましたが、2ちゃんねるで
「阪神でいうと、日本一の決まる一戦で能見が完全試合をやっていて、9回で藤川に代えるようなもの」
という書きこみを見て、それは仕方ないかもと思ってしまいました。
 日本一の瞬間マウンドにいるのが能見では絵的にイマイチというか食い足りない、藤川でないと、というのはあります。中日ファンの方もそんな心境でしょうか。
 
 それにしても、娯楽としてプロ野球を見た場合、完全試合が吹き飛ぶなんて残念で残念で、後味さわやかでありません。
 報道では、山井が手のマメをつぶしたので自ら代えてくれと申し出た、とされています。
爪を痛めた→マメができた→マメがつぶれて血染めのボール
と話がどんどん重症化しているのが気になるところですが、いろいろな意味で、今年映画にもなった名作野球漫画「キャプテン」谷口編のラスト、青葉学院対墨谷第二中の日本一決勝戦のことを思い出しました。
 
 投手の谷口君は指が骨折しても投げ続ける、青葉学院はそれを疲労させてつぶそうと、ファールコンコン作戦に出る(ファールはいくら打っても2ストライク 以上にカウントされない)、ルール違反ではないけれど、打っている方も嫌になる、観客席の味方応援団からもやじられる、監督は
「お前たちの目的は何だ、勝つこと以上に何があるというのだ、目先の満足感にとらわれて大切なことを見失ってはいけない、本当の満足感は勝った者だけが味わえるのだ」
と語ります。(漫画が手元になく、私の記憶が元なので正確な引用ではありません)
 
 谷口君はこの時の無理が元で野球生命を断たれます(続編の「プレイボール」で復活)。感動の物語ですが、漫画には違いありません。プロ野球も娯楽の1つ ですが、映画や漫画と違い、生身の人間の本当の人生が存在します。当事者は、それをずっと背負って生きていかなければなりません。
 漫画と違って実際の人生には、完全試合を目前にして引きずり降ろされることも、踏ん張りきれずに自ら降りてしまうことも、よくあることです。
 非難を一身に受けて理不尽な決断をせざるを得ない管理職の悲哀もあり、それぞれの立場で人生を重ねてしまうのも、筋書きのないドラマの楽しみであります。
 
 
 11月3日の記事。「キャプテン」は好きですが、これを読んだ説教族が
「努力すれば何でもできる、努力努力努力」
と他人を説教するのに使うのかと妄想するとげんなりします。そんなに努力が好きなら自分が努力すればいいのに。
 転機を迎えた訳ではありません。まだ迎えられていないと言った方がいいでしょう。ブログを書き始めてからずっと、その時期のメインテーマというのがあって、いつもテーマの方から降臨してくれました。異文化交流議論終了以後、次のテーマが見えてきません。
 メインテーマがなくても記事を書くことはできますが、無難に更新する自分が、器を維持するためのブログ職人化している恐れがあります。
 
 何もない訳ではありません。例えば2005年風味。皮むき特訓 のような、過去の挫折体験を交えた日常のお笑いシーンは、2005年にはリコーダー問題 のように、
「できないのは努力が足りないからだ、努力すればできる、努力努力努力」
というコメントが入ってうざったいテーマでした。(被害妄想のため実際よりかなりオーバーな表現)
 
 小中学生は何でもできないといけないので忙しいのです。実技系科目が全部苦手な私には、学校の宿題に漢字計算ドリルのかたわら、包丁やリコーダーの練 習、走るのが遅かったのでタイムを計って毎日町内1周、ミシンの練習をしては故障させ、といろいろありました。小学校高学年以降アニメを見なくなったのは そのためかも知れません。
 
 努力努力という人はその1個だけを集中トレーニングすることを想定しているのでしょうが、努力しなければならないことは日常生活で山ほどあります。記事 に書く時はそのうちの1個だけを取り上げるので、私がリコーダーさえ吹いていれば後は何もしなくていい生活をしていると受け取られます。
 上記の努力は1つも実らなかったので、いい加減のところであきらめてもっと見込みのありそうなことに力を注ぐべきだったと書いたら大変怒られてしまいました。(被害妄想のため、以下同文)
 
 これだけ熱く語ってしまうということは、まだこのことは自分の中で消火(誤字にあらず)できてしないようです。 
 読書をたくさんして本のレビューを書いてみたいという希望も以前からありましたが、書店をぶらついていてもなかなか面白そうな本に当たりません。昔は もっと読んでみたい本がたくさんあった気がするのですが、ネットの見過ぎでしょうか。ネットの方が面白いと思ってしまうのです。
 
 トンコさんがブログタイトルの変更について4連作で心境を綴っていらっしゃいます が、私がブログタイトルを変更したのは昨年の6月から7月にかけてでした。そろそろ前のタイトルでの活動期間と今のタイトルの期間が等しくなります。
 気に入っているので当面変えるつもりはありませんが、タイトルが方向性を引っ張っていく道標になってくれることは知りました。
 降臨は自分の意思で起こるものではないので、何かやってくるまで受身的に待ちましょう。年末も近づいたので、また何かあることを期待しておきます。
 
 
 11月1日の記事。ブログタイトルは、書き手よりも読み手にとって思い入れあるもののようです。
 会社更生法の適用を申請した大手英会話スクールNOVA、まだ倒産と決まった訳ではありませんが、スポンサーが決まらなければ倒産という危機的状況のよう です。今スポンサーになっても全国の受講生から返金要請をどっと受けるだけであろうし、返金を凍結すると批判の矢面に立ってしまうので厳しそうです。
 
 昔のニュースではよく
「○○社が会社更生法の適用を申請、事実上倒産しました」
と報道していましたが、その後も営業を続けて見事に再生した企業もあり、
「事実上倒産」
て何なんだと思っておりました。会社更生法なんだから更生することもあるでしょう。(説教族には説教族更生法適用、更生してね)今回のNOVAでは
「事実上倒産」
の文言は使用されず、
「スポンサーが決まらなければ倒産」
と報道されています
 
 明星アカデミー が倒産した時、
「こういう時は、近隣の同業の予備校が人道的立場から、手分けして残された生徒を無料もしくは安価で引き受けるという展開になることが多い」
と書きましたが、NOVAは英会話スクール業界最大手でシェア50%だそうで、これを残り50%が無料で引き取ったら引き取った方も倒産しそうです。
 便乗しているのかわかりませんが、アメブロ のサイドバーの広告スペースにGABA(似てる)という英会話スクールの宣伝が目立つようになりました。
 
 私はNOVAに通ったことはありませんが、1回だけノバウサギグッズを買いに行ったことがあります。(ノバウサギ結構好き)ついでに英会話の勧誘された りしないだろうかと警戒しましたが、そんなことは全然なく、受付のお姉さんはきれいで優しく、内部は清潔感の中にも英語っぽい雰囲気(何だそれは)に包ま れ、報道で聞くイメージとは違いました。
 報道で聞くイメージというのは悪徳商法に近く、勧誘が強引とか消費者センターへの苦情が抜群に多いとか昔から悪評たくさんあったのに、あれだけ集客できていたのです。だから、数ヶ月前の長期契約停止処分であっという間に倒産寸前まで来たのは意外でした。
 
 食品偽装問題が次々明るみになることとも合わせて、今は膿を出している時代なのだと考えてあげましょう。巻きこまれた方はそれどころではないのですが。
 
 
 10月30日の記事。プロ野球日本シリーズに、連立内閣問題、小沢代表辞任など次々と新しいニュースが出てきて、NOVAのニュースも古くなってしまいました。