カラオケ1位は「三日月」 歌手は2年連続で倖田來未 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071207-00000929-san-ent
 
 どこを歩いてもBGMはクリスマスソングな今日この頃ですが、今年最もカラオケで歌われたという「三日月」は知らない歌です。歌詞を見ればわかるかも知 れない、と探したのですが、見てもやっぱりわかりません。auのCMソングだということですが、auのCMを思い出せません。思い浮かぶのは、上戸彩と白 い犬、それはソフトバンクですね。
 倖田來未(変換しづらそう)も、そういう歌手がいることは知っているものの、歌がわかりません。まさか、私がちゅうねんだからでしょうか。(がーん)
 ソフトバンクと言えば(強引なつなぎ)ソフトバンクの王監督のお嬢さんが30代後半で再々婚 されたことにも今日は微妙な衝撃を受けました。結婚できる人は何回もできるのに、私に1人もまわって来ないのは実力の差というものでしょう。
 
 カラオケで最も歌われたというとかなりのヒット曲と考えられますが、いくら疎くてもその辺りなら知っているつもりでした。少し前なら、B’Zや宇多田ヒ カルあたりなら知っているぞという認識です。一応カウントダウンTVくらいは時々見ていたのですが、耳に残った最近の曲というと
「こ~な~ゆき~」
っていうのだけです。 
 カラオケはもう3年行っていないし、ヒット曲は私の知らないところで作られているようです。カラオケに行っていた頃も、私が歌うのは古い歌ばかりと笑われたのですが。
 
 そう言えば、三日月を見ることもなくなりました。最後に生で三日月見たのいつでしたっけ。満月だと見るのですが、三日月は全然記憶にありません。星と同じく月も見えづらくなったのか、あるいは私が探そうともしないからかも知れません。(おお、意味ありげにまとまった)
 
 
 12月9日の記事。こんなに流行歌(死語)を思いつかない年は初めてかと思うほどです。
 12月6日(木)の、アメブロアクセス解析検索キーワード、「ダカーポ 休刊」で15人も来ました。5日は8人来たし、今さらこんな古いニュース に? と思ったら、5日がダカーポ最終号 の発売日でした。これは早速手に入れなければ。
 
 という訳で、近所の本屋さんで買って参りました。合併号って、その後ないのだから合併号にすることもなさそうですが、その方が書店に長期間並ぶのでしょう。よく知りませんが。表紙が普通です。もっと
「○年間お世話になりました」
とデカデカとアピールするのかと思っておりました。
 
 最後のページには休刊のあいさつがありましたが、中身はいつも通り淡々としていました。2007年の最終号でもあるので、今年のニュースの総まとめが主たる特集です。今年の初めに起こったニュースは、あれ今年だったっけ、というくらい古い印象です。
 小柳ルミ子 が、交際していた(らしい)超年下イケメン俳優と破局したこと(早っ)は初めて知りました。こういう、ネットで手広く出てこない小ネタをカバーしてくれる媒体がなくなるのはやはり残念かなと感じます。年1、2回しか買っていなかったのに今さらなんですが。
 
 新聞を購読しなくなり 、ネットも会社で配られる書類関係も横書きが主で、縦書きの文章をゆっくり読むのは久しぶりです。
「読書しないと、読書」
とあせります。
 
 古いダカーポは20冊くらい持っているけれど、一番印象的なのは、前の記事でも紹介したように、最初に買った
「就職しないで生きる」
の特集号です。そこに登場する人の名前でググると、かなりの人が今も同じ職種でがんばっていらっしゃることに感動します。名前でググられる、なんてその頃は誰1人想像しなかったでしょう。20年後も同じ仕事を続けていられるかも。
 最終号本文から引用。
 
「なにか後に残るのかなあ」 「それは未来が決めること」
 
 うん、私もそう思いますよ。最終号と打ったら「再集合」と変換されました。お疲れ様でした。
 
 
 12月8日の記事。取っておいた雑誌が休刊すると捨てるに捨てられないため、なぜか私の部屋には古雑誌が多いです。すぐ廃刊になったPANJAの創刊号とか持っているし。PANJAは創刊号は力入れたのか面白かったけど、次の号からつまらなくなってずっとつまらないままでした。
 私は人の不幸な話が好きです。こう書くと大変性格悪い(本当だけど)ですが、日常生活ではわからない、出会うこともない様々な立場の人の悩みや生活ぶりは、私の狭い視野を広げてくれます。
 不幸というと表現が悪語過ぎて説教されるといけません。マイノリティ的立場の表明とした方が、他の人にとっては受け入れやすいでしょう。
「幸福な家庭は皆似通っているが、不幸な家庭はそれぞれに違う不幸である」(byトルストイ)
そうですが
「マジョリティは皆似通っているが、マイノリティはそれぞれに違うマイノリティである」(by chargeup)
とも言えます。マイノリティのマイノリティであるがゆえの物語は人生の真実に迫る感動があり、人生観を揺さぶられます。
 
 多くの人がマジョリティであると同時に何らかのマイノリティであると考えられますが、それが異質を認め合うのでなく、
「誰だって大変なんだ」「みんな努力しているんだ」
方面に行ってしまい、隠している人が表明している人を叩くのは残念な構図です。
「誰もがそれぞれ問題抱えているけどあえて言わないだけ」
というものです。あえて公開している人よりもずっとずっと、えげつないずるい汚い下劣なやり方です。書きたくないならチラ見せする必要はないでしょう。
 
 あんたよりもすごいネタがあるんだぞ、でも隠している私の方が奥ゆかしくて立派な人間なんだぞ、と、あえて公開している人を恫喝しないでもらいたいものです。
 現実では隠している人の方が立派なんでしょうが、ネットでは公開している人の方が立派です。だから、現実で隠していてネットで公開している私は最強です。というのは今書きながらそっと思いついただけですので怒らないで下さい。
 
 
 12月6日の記事。この記事は意外にタイトルに悩みました。引用文の元作品である「アンナ・カレーニナ」から取ろうとしたものの、誰も気づかない恐れがあるのでやめました。マイノリティがマイノリティを攻撃する様は悲しいものです。
 ネットで知り合った人が友達であるという感覚は、ブログ開設時にはありませんでした。ネットの中は仮想世界という気がしていたからです。そこでは、私はアバターのようにかわいくて、お友達がたくさんいるのです。嘘みたいです。(嘘なのです)
 この世界にも慣れ、ネットで知り合っても友達であると思えるようにはなりましたが、リアル友達との間にはない、越えられない壁があります。ネッ友の方が距離があるということではありません。現に、私の近況はリア友よりもネッ友の方がよく知っています。
 
 現実世界で、本名も電話番号も住所も顔も声も所属の会社や学校も知らない友達というのはほぼ成立しません。そういう肩書きを一切外して、それでも友達になれるのがネットで知り合うよさでもあります。
 どんなに仲良くなってもその壁は存在する、もっと親しくなりたかったら、その壁を乗り越えてリア友になってしまうという選択肢も出てきます。
 
 ネッ友とオフで普通に友達付き合いする様子を見聞きしますと、なかなかよさそうなものに見えます。他の人がうまく行っているからといって私がうまく行くとは限りません。
 せっかくいい関係を築けているのに、会ってうまくいかなかったらというリスクを考えると、今の状態がベストであるようにも見えます。私の場合はブログで知り合った人になるだろうから、その人が現実の私を嫌いになった後でもブログを見るかも知れません。
 
 ネットで知り合った異性と会った後連絡が取れなくなったという話を何回か聞きました。やっぱり顔ですか、そうですか。ネットで親しくなるほど何度も言葉を交わしていれば、性格が極端に違ったからというのは考えづらいです。私は違うかも知れませんが。
 私が聞いた範囲では、連絡を絶つのは男性の方です。(私が女性だからそういうケースばかり耳に入るのかも知れません)ネットで知り合った女性がかわいい に違いないと妄想して出かけていったらかわいくなかったので逃げたということですか。残酷。それで大事な友達(ネットの)を失うのです。
 原因が顔であっても性格であってもそれ以外であっても、
「会わなければ、もっと長く友達でいられたのに」
の後悔は残ります。
 
 ワタシガ、ドンナスガタカタチヲシテイテモ、キライニナラナイト、ヤクソクデキマスカ。
 
 おお、メンヘルっぽい。なお、私が上記の内容で悩んでいるのではなく、ネッ友とオフで会う関連の記事やニュースを見る中で、考えた(妄想した)ことを書いてみただけです。
 
 
 12月5日の記事。今日も管理画面が重いです。ネットで知り合った人と現実で会ったことがないので、どんな感じか想像もつきません。もし、そういう時が来たら、すごく緊張して、不安になったりすることでしょう。
 この前記事を投稿したら、お勧め記事として迷惑メール関連記事が並んだ のですが、その中にこのような意見がありました。
 
1 登録した業者からもれているのではないか
2 Yahooブログを始めてから迷惑メールが増えた
3 迷惑メールフォルダに迷惑でないメールがたまに入る
 
 1についてはよく噂レベルで言われますが、そういうことが全くないとも思いませんが、私は懐疑的なのです。変更する前のメインアドレス はいろいろな所に登録しましたが、迷惑メールは1通も来ませんでした。有料なのでセキュリティがしっかりしていたのかも知れませんが、来るはずのメールが来ないということもありませんでした。
 
 2を主張していた人は、メアド非公開でした。非公開でも迷惑メール業者はブログIDから推測して送ってくるということです。それなら、そのアドレスを捨てて公開しているメアドをブログIDと異なるものにすれば若干減る可能性はあります。(甘い?)
 メアドを公開するにしても、よく見かけるように@を「アット」と書くとかして自動収集されないようにすればいい訳ですが、自分で編集できる場所にメアドを置くと、いかにもメール歓迎みたいで微妙にまずいのです。
 
 公開しなければいいと突っこまれるとそうなんですが、説教族襲撃事件で私が引きこもっていた頃、励ましのメールをいただいてやっぱりうれしかったのですね。
 コメント欄で勇敢に戦える人ばかりではない(私だって戦えない)けれど、何とか力づけたいと考えて下さったことには今も感謝しております。もうあんなことはないでしょうけれど、いざという時の連絡手段はキープしておきたいです。
 
 今一番困っているのが3です。たまにですが
「先方は送ったというけれど私が見ていない」
ということがあります。フリーメールは ・・・みたいには思いたくないけど、迷惑メールは1日に200通くらい来るので毎日全部チェックしていられません。タイトルが微妙な場合は開いてみないとわからない訳ですが、メールを開いただけでスパイウェアがダウンロードされるとも聞きます。
 
 そろそろ何とかしないとメールアドレス置く意味がないので、取り急ぎ、公開用アドレスをブログIDと違うものにしてみました。果たして効果はいかほどでありましょうか。全然なさそうとか言ってはいけません。挑戦することに意義があるのです。
 
 なお、迷惑メールを防ぐにはこういう方法もありますよというコメントはしないで下さい。
 
 
 12月3日の記事。アドレス変えて10日近く経ちますが、まだ迷惑メールは来ません。Yahooで記事を投稿した時に出るお勧め記事からはよく新しいネタが派生して、期待以上に便利です。