昨日、長時間のメンテナンスを経てようやくベールを脱いだYahoo!プロフィール、どんなものになるか楽しみにしていたのですが、これでどうやって会員同士の交流を促進しようとしているのか(という目的だと思うのですが)何だかよくわかりません。
 現時点での感想というか、情報を羅列します。
 
1 URLが長い
 
 IDである chargeup2003 の文字列がURLに入っていないのですが、SNS、Yahoo!Days の個体認識部分(よくわからない長い文字列)と同じ文字列で、これがIDの代わりのようです。
 URLにIDを入れなくなったのは、迷惑メール対策もあるのでしょう。あと、個人情報がらみですか。プロフィールも Yahoo!Days も、IDはデフォルト非表示です。ということは、このブログのURLは今後危険です。やはりYahoo!Days と統合でしょうか。プルプル。(ふるえている)
 
 さらに、他の人に自分のプロフィールを見せたい時のURLが、簡単にはコピペするということができません。他の人のプロフィールの個体認識部分を自分のと貼りかえればよいと考えられますが、いろいろやっているうちに面倒くさくなったので、貼るのはやめます。
 私のプロフィールを見てあげてもよいという方は、ここから ちゃあじ子で検索してみて下さい。
 
2 Yahooブログからの見え方
 
 ビックリマークがないことに着目してしまいましたが、設定でこういう項目があるということは当然Yahooブログから見えるのかと思ったら、Yahoo ブログのプロフィールは「旧公開プロフィール」となっています。これでは私がズボラで直していないみたいではありませんか。いずれ連携するのでしょうか。
 表示許可が何段階もあって複雑です。
 
3 インターネット全体からの見え方
 
 プロフィールはログインしなくても見ることはできますが、(作成者の設定による)ログインしないとプロフィール検索できないので、事実上ログインしないとたどり着けないと考えられます。
 昨日できたばかりなので、今後一般の検索エンジンに反映されれば非ログインで訪れる人も出てくるでしょう。反映されない可能性もありますが。私は一言メッセージだけ全体公開にして、後はログインのみ(デフォルト)にしてあります。
 
 
 2月14日の記事。普通にブログに貼れるようになって欲しいです。せめてYahooブログに。とはいえ、自己紹介は相変わらず、何も内容のあることを書いていないのでした。
 当時人気絶頂のジャニーズアイドル、近藤真彦主演で映画にもなったこの漫画が、ウィキペディアに載っていないのは意外です。
 なぜハイティーン・ブギをウィキペディったかというと、阪神タイガースとの練習試合で場外ホームランしたプロ野球界注目の新人、北海道日本ハムファイ ターズの中田翔選手(言いにくいな)のお名前を見て、翔という名前が増えたのはハイティーン・ブギの頃からだっけ、と思ったからです。
 
 漫画「ハイティーン・ブギ」第1巻初版は1978年発行で、横浜銀蝿 (メンバーの1人が「翔」)結成よりも前です。中田翔選手 は既にウィキペディアに載っており、映画「ハイティーン・ブギ」が公開された1982年よりも7年も後の生まれです。というかあの映画が四半世紀以上前の作品であることに、思わず orz の姿勢をとってしまいます。
「活動写真とか言っていた頃ですよね」
と若者に言われないでしょうか。
 離婚してモテモテ の三原じゅん子がレディース(と当時は言わなかったかも知れない)役で出演していました。この人も10代だったのです。当時から大人っぽくて、あまり見た目変わっていませんが。
 
 私はこの映画を見ていませんが、映画になったことで漫画の存在を知りました。暴走族、ツッパリ、リーゼント、ポニーテールなど、今読むと当時の風俗を感じさせるような内容です。
 ググってもそんなに情報がないので、時代を越えて読み継がれるタイプの漫画ではないのでしょう。母親が娘に読ませたい類の内容ではないし、ハッピーエンドではなく、絵もあまりきれいではありませんでした。
 
 漫画は10年以上続き、26巻の大長編となったのですが、タイトルの都合で主人公たちをハイティーンのままにしておかなければならず、時間的な整合性がかなりおかしいです。
 主人公は年取らなくても固定読者の年齢は上がっていき、それに合わせて掲載誌を移動したり、最後の方はストーリーがなかなか進まずだれたりしていました。
 
 翔の字は男の子の名前の字としては現在も好まれている ようですが、ハイティーン・ブギの影響は小さくないでしょう。今となってはハイティーン・ブギを知らない世代が親になっているのですが。(がーん)
 
 
 2月12日の記事。中田翔選手は大変なご活躍ですね。でも清原も高卒1年目はこんな感じでしたよね。(縁起でもない?)ヒロイン名である桃子も2007年女の子の名前ランキング88位と、子のつく名前としては健闘しています。
「私は障害を盾に取ったりしない。私の周囲の人は必要な時だけ私に手を貸してくれます」は次のうちどれに一番近いでしょう。
C 障害を隠して、人の手を借りている
D 障害を伝えて、人の手を借りている
E 見える障害なので、説明なしに人の手を借りている
F 外に出ず、家族の手を借りている
 
 前後で意味が逆になっているように私には見える、1行目のカギカッコ内。
「障害を盾に取っていないのに人の手を借りているとはどういうことだ? 人の手を借りているなら障害を盾に取っているんではないのか??」
と私でなくても思いますよね。思いませんか。
 
 気概の投票がうまくいったので、これも投票にしてみました。トップページ 下段からどうぞ。さらに、選択肢を作っていてひらめいた、説教するニートの発想。
 
 家族にだけ迷惑をかけるニート>>>越えられない壁>>>他人様に迷惑をかけるアホバカ労働者
 
 もしや彼らなりに正しいのではと思ってしまいます。日本人は他人に迷惑をかけないことに最も人としての価値を置くと言われます。職場で怒られまくった末働けなくなった人の中には
「自分など社会に出ない方が社会のためだ」「自分のような人間が働こうとすると迷惑をかけるだけ」
と考えてニートになった人もいるでしょう。
 
 私の考えでは、迷惑をかけてもいいのです。日本には勤労の義務と権利があります。それがいかんというなら法律を改正すべきです。と書くとたちまち怒涛のごとく説教がおそってきそうです。それは私にとっては迷惑なのですが、私に迷惑をかけるのは構わないらしいです。
「迷惑をかけるくらいならニートになれということでしょうか、それとも迷惑でも働いた方がいいのでしょうか」
と問いかけても、
「迷惑をかけないように働けばよいのです」
と対話にならないことでしょう。
 
 世間様にご迷惑をかけてはならないという立派な考えからニートになっても、家族、近所の人、親戚から無言の圧力をかけられたりして、精神的にもかなりきつそうです。私だったらとても真似できそうにありません。
 こう書いていると、ニートの方が立派みたいですね。私がだまされやすいのですが。これは
私は障害を盾に取ったりしない = 私はニートだ
説によるものです。
 
 
 2月11日の記事。「緩叙法」か「対照法」で読むといいのだそうですが、「緩叙法」か「対照法」で読めとあらかじめ指定してくれないと想像できない・・・のは私だけですね。自分で書いたコメントレスからですが、
「障害を盾に取っている」
は、 言葉自体が障害者にいつでもどこでも投げかけることができ、確実に痛手を負わせることができる弾丸です。この言葉はどんな場合でも絶対許してはいけない言葉であるという結論に導くために、今後も書きます。
 気概シリーズの投票結果です。
 
「障害が何だという気概が欲しいということです」は次のうちどっちの意味に近いと思いますか。
A 障害にあたる部分は直す必要はない
B 障害にあたる部分は何が何でも直せ
 
 A10票 B1票 でした。
 1票も入らないのではと危惧していましたが、予想外に盛り上がりまして、ご協力ありがとうございました。どちらとも取れるのではないかと迷いましたが、意外に大差がついたので、
「障害にあたる部分は直す必要はない」
の意味で決定とします。Bの1票は、中学の特別支援学級の先生によるもので、無視できない1票です。
 
 Aが正解となると、上の文の前に書いてあったことと整合性が取れなくなるので文意はさらに、複雑さを増します。努力しろともするなとも取れる大混乱の文章に、私は怯えます。
 リアルタイムであの説教を見た時、ほとんどの人が意味はわかるようなのに私だけわからないのが不思議だったのですが、どうも定型発達者であっても言葉の意味がわかった訳ではないようです。では他の人は何が「わかった」のでしょう。
 
 投票中のコメントの返信にも書きましたが、私が言葉の意味を追求したり、言葉の受け取り方を間違えたあるいは間違われたことによる失敗談を書くと、
「発話者がどんな気持ちだったか」
に話が流れがちです。それはそれで面白い話題ですが、肝心の言葉の意味はわからないままです。
 
 ここで仮説です。私は、言葉の意味を理解してしかる後に発話者の気持ちを解析するのだと思っていましたが、発話者の気持ちを先に理解してその後言葉の意味を取るという順序が普通なのでしょうか。書き言葉でも。
 言葉の意味がわからないのにどうやって発話者の気持ちがわかるのでしょう。表情もイントネーションもない世界で。
「考えるんじゃない、感じるんだ」
ということでしょうか。自費出版からベストセラーになったリアル鬼ごっこ の文法的におかしい表現の方がよほど意味がわかります。
 
 また次の課題として残しておくことにしますが、これだけは聞いておきたいです。
「気概で突き進め」
とは何をすることを指しているのでしょう。どうすれば相手の言う通りにしたことになるのでしょう。前が
「障害が直るの直らないのと考える暇があったら」
なので、私にはどうしても、障害について考えてはいけない、すなわち
「病院行くな、薬飲むな、医師の言いつけは無視、本捨てろ、ブログやめろ」
なのです。
 投票欄の該当コメントは、見直す度にそこで引っかかって思考が進まなくなってしまうので削除しました。申し訳ございません。
 
 関連リンク  :  気概メモ     気概メモ2    投票結果
 
 
 2月7日の記事。最後の質問には、とうとう回答いただけませんでした。あまり言うとしつこいし、コメント削除しましたしね。言葉の使い方の違いについて面白い議論に発展する可能性があると思ったのですけど。こういう時は気概で突き進む訳にもいかず、自分の中でプスプスとくすぶらせておくしかないのだな。
 週刊モーニング連載中の転職業界漫画「エンゼルバンク」を毎週立ち読みしています。主人公は、同じ作者でテレビドラマにもなった大学受験漫画「ドラゴン桜」の高校教師から人材バンクに転職した女性で、その仕事を通して、転職に関するウンチクが展開します。
 
 注目キャラは、主人公の上司海老沢です。今のところはですが、部下である主人公がやったことが失敗であっても絶対けなさずほめるところがお気に入りです。本当はいいと思っていないこともあります。受け取り方によっては嫌味な人です。
 相談されればアドバイスしますが、主人公の決定を尊重(失敗しちゃえ、と思いながら)し、やってしまったことは否定しないという方針のようです。漫画だからのんびりしてはいるのですが。
 
 世の多くの上司は逆です。始める前に相談しても
「いいんじゃない」「自分の思うようにやってみて」
で、終わってしまってから、ああした方がよかった、こうした方がよかったとけなします。
 結果が出てしまってからだったら私にだって言えます。こっちだって重々わかっていることをウダウダ説明されると、人間ができていないため、脳内にどんどんマイナスエネルギーが蓄積します。
 
 怒られるのが嫌なので、今度は怒られないようにしようとはするのですが、
「これはこうした方がよかった」
と言われたのを真に受けて次回その通りにやると、今度は反対のことを言われる、ということはよくあります。
「この前こういうことがあった時はこうするように言われたのですが、今回はなぜいけなかったんですか」
と聞くと、理由は答えてもらえても(口答えしたと怒られるだけの時もあり)、
「ではこういう時はこうでそういう時はそうで」
とマニュアル化を図ろうとすると
「そうとは限らない」
と言われて訳わからなくなるのが私のいつものパターンです。
 
 こんな指導でも他の人は上司の言わんとしていることをつかみ取って成長していくのだとしたら、私(の脳)が悪いのでしょう。
 今後運よく新しい仕事を見つけたとしても、指導法は大きな関門です。よい指導者(絶対怒らない人)に当たればいいのですが、そうならなかったら、私にできることは、無理やり自分に合わせてもらうか、質問しても怒らない他の先輩を探すか、即行逃げるかです。
 こう書くとまた過剰反応する人が出てくるといけないので
「悪いのは全て私で、教えて下さる方には何の責任もありません」
と記しておきます。
 
 
 2月5日の記事。明日はバレンタインデーですが、2月11日の祝日はチョコレートの買出しか家で手作り奮闘中のためにあるのでしょう。私には関係のないことです。