同じ職場で続けることになった とはいえ、形式上は
「A社を退職し、翌日からB社に入社する」
ことになるため、いろいろな手続きがおそってきます。
 退職というのは何度しても慣れません。あまり、次の退職に備えて今回のことをマニュアル化しておこうという気にもならないからですが、毎回今度こそは長く勤めたいと思ってはいるのです。
 
 必要な書類が全部A社から届いているか、B社には提出できているかチェックです。派遣会社側の窓口は営業になるのですが、営業という職種の人はあまり事務手続きに詳しくないことが多い上、
質問したことに対してまっすぐ答えない
会話を得意とするので、適当な文言に絡め取られない注意が必要です。
 やり取りする書類のうちでも特に年金手帳は、見た目がちゃちい割に長年同一の物を使い続けなければならず、入社と退社の時にしか存在を思い出さないため、よく今まで紛失しなかったと自分で関心します。
 
 あと、A社B社で給与の締め日が違うため、4月は少ししか給与が出ず、ゴールデンウィークを前に心細いです。時給制の場合、給与の締め日は案外重要で す。15日締めであれば、12月16日~1月15日支給分の悲惨さは想像に難くありません。年末年始休暇に加え、祝日が2日もあります。
 月々の収入は一定していた方が、生活設計しやすくなります。月給制であれば、最低限いくらという予測を立てやすいのですが、時給制は増減の幅が大きいため、気をつけないと家計管理に油断が生じます。
 
 健康保険料や厚生年金はその月の収入に対する割合で決まるのではなく、標準月額報酬という形で固定されるため、1回たまたま少なかったくらいでは変更されず、普段と同じだけ天引きされます。
 休日の多い月を素直に喜べず、思わず給与計算してしまいます。年収ベースで多少時給制の方が高かったとしても、月給制の方が生活しやすい感じがします。
 
 時給制は、よく言えばこの1時間に見合う仕事をしなければという気になるし、悪く言えば追い立てられ感があります。有給休暇を取得する時も、月給制は
「休んでも給与が引かれない」
方式であるのに対し、時給制は
「その日1日を勤務したと見なして相当分加算する」
方式のため、罪悪感が生じてしまいます。これも何かの陰謀に操られているのかも知れません。
 
 
 4月13日の記事。負けが混んできました。阪神タイガースの話ですが。この前の巨人戦3戦目のやる気ない采配以来、これまでの勢いが感じられません。まあシーズン1位よりもプレーオフです。昨年は巨人がシーズン1位だったはずですが、日本シリーズ出なかったから誰も覚えていません。
 昨日の記事 の、私の妄想コメント部分以降は、今日の内容を当初予定していました。あまりにもひどいので昨日の内容にしたのですが、やっぱりひどかったので、ひどいついでに差し替え前の内容も出すことにします。
 今の自分が一番 = 説教される
という被害妄想ラインができ上がっていて、セルフエスティーム 的にソフトな話を書くつもりでいてもすぐ攻撃的になってしまいます。いつの日にか、この呪縛から逃れられるでしょうか。(とりあえず夕日に向かってダッシュだ)
 
 希望には説教される希望とされない希望があります。明確に定義できませんが、自分の努力で実現可能な希望は説教されず、他人の力を必要とする希望は説教されるということでいいでしょうか。
 何か変だな。自分の中で解決するなら希望する必要はなくて、ただ努力すればいいのです。希望として他者に対して表明されるということは、自分の力だけでは解決しないからであるはずです。はずですは言いすぎですね。私も聞かれれば答えてしまいますから。(気をつけねば)
 
○「仕事で実績を上げたい」
これは説教されないでしょう。
△「お金が欲しい」
これだけでは説教まではされなさそうです。
×「これだけ実績を上げたので、これだけ給与をアップしてもらいたい」
これは説教されそうです。あれ、やっぱり変だな。別に不合理な話ではないのに。
 
 仕事に対してお金をもらうことが汚いことであるかのような考えが根底にあるような、いや、仕事してお金もらえないと困るんですけど、残業をきっちりつけるとセコイみたいな、お金もらわずに一生懸命働くのが偉いみたいな、支配者に都合いい思想が根付いています。
 
 こういう思想が根底にあるから、説教するニートが
努力するニート >>> 越えられない壁 >>> 努力していない(ように見える)労働者
という価値観になってしまうのではありませんか。
 その価値観が間違っているとまでは言いませんが(個人的には信じがたいけど)どんな努力をしていようとも、ニートが労働者に、努力が足りない、怠けているだけ、と説教する資格はないはずです。(最後はいつもここ)
 
 こいつらが
「自分はお金のために魂を売ったりしない」
とかっこつけているかと思うとムカつきますが、私のような言葉の受け取り方をする人の中には
「金のために働くというのはみじめなこと」
などとどこかで聞いて
「そうか、金のために働くのはみじめなことなんだ」
と真に受けている人もいるかも知れません。私は金もらえないんだったら働きたくありませんが。
 
 
 4月11日の記事。今Yahooで努力投票しています。説教族最大の謎は、
「なぜ自分が働いていないあるいは人の助けで生きているのに、働いている他人に怠け者と言えるのか」
なんですが、努力という言葉に対する認識がかけ離れているらしいです。
 私は実際に活動することが努力であるという固定観念から抜け出せないために、別な意味で使う人との対話がすれ違います。投票は毎回よい結果をもたらしてくれるので楽しみです。
 海は青さんの絵 とリンク先の歌詞に、私の妄想気味のコメント。
 
逢えて、それだけで満足していればよかったのに、愛されたいと願い、もっと愛されたいと願い、
いつ終わるのかと問えば、終わりなどない、終わらせることはできても、という答。
恋愛も仕事も人生もそうなんだろうな、と思うと、絵の女性の口元はニヒルな微笑みに見えたりします。

 
 つまり、人生は高望みしてはいけないということです。そこそこで満足していれば幸せなのに、人の欲望は限りなく、1つがかなったらその喜びをすぐ忘れ、また次が欲しくなります。
 しかし、最初からあきらめムードというのも説教されやすい、ではなくて人としてどうかと思うので、どこでここまでで満足しておこうという見切りをつけるかが難関です。既に説教されそうな表現ですね、ビクビク。
 説教は判断を狂わされ混乱させられるため、どうすれば説教されないかということを常に念頭に置いて行動しなければなりません。そのための活気的な案が以下です。(期待しないで下さい)
 
1 希望や目標は人に言わない
 
 私はかなりの年齢に達するまで、何でも聞かれたら答えてしまい、考えていること垂れ流し状態でした。説教する人はこちらの事情など全く考えず正論(?)をぶつけてきます。
 今流行の大学受験話からです。受験勉強の目標として、志望大学を高めに設定し、実際の受験の時期になったら日程や学力を考慮して受験校を決めようとしたら、複数の友達(というかコミュニティメンバー )に
「ずっと行きたがっていた大学じゃない、受験もしないの、このままあきらめてもいいの、絶対後悔するよ」
とかなりしつこく迫られました。今読むと青春しているなあという感じですが、言われたことをすぐ本気にする私はまたも混乱させられ、罪悪感にかられました。
 
 こういうシーン、漫画でありますね。くじけそうになった主人公に
「あきらめては駄目」
と叱咤激励する友人、立ち直る主人公、という図。こういうのがスッと入ってきて、こういう時はこう反応しないといけないのだと操られてしまいます。
 意識を持ったマジンガーZだと思って下さい。特に話し言葉の場合、よほど
「だまされないぞ、こいつは嘘つきだぞ」
と身構えていないと、スッと入ってきて操縦されます。身構えていることがばれたらそれはそれで別な説教をされます。
 
 普通はみんな、大事なことは人に言わないのです。そして、他人の大事なことを聞き出しては青春しようとするのです。
 
2 信頼できる相談相手を持つ
 
 1と矛盾しますが、判断力も怪しいため、相談相手、というか、私は通訳でいいのですが、必要です。
 大人になると周りも大人なので、私の言葉に慣れて理解しようとしてくれる人もいますが、10代だと友達も10代だし、親には毎日しこたま怒られているし兄弟とはケンカばかり、先生は本に書いてあることしか言わない、と、意外と相談相手を見つけるのに苦労する時代です。
 私はいつも人間不信なことばかり書いていますが、私と世界をつなげてくれる 存在を信じてもいます。このブログで出会った人も含めて。
 
 
 4月10日の記事。「信頼できる相談相手」を結婚相手と勘違いされた気がしないでもありません。そういう意味ではないんですけど。
 それと全く関係ありませんが、ものを教える系コメントは、1つくらいならいいけど2つ3つと続くと、注意書き見ろ、とピリピリしてきます。書く人にしてみれば1つめを見て、
「これくらいならいいんだな」
と受け取るでしょう。かと言って1つめからガンガン削除するのもなあ。我慢に我慢を重ねて爆発すると
「最初に言え」
と言われるけど、ちょっとくらいだったら普通言わないでしょう、誰だって。
 まだ4月からの仕事が決まっていなくて就職活動中の頃、履歴書用写真を撮りに行きました。一番いいスーツ(自分基準)を来て、本当は襟付き白ブラウスがいいのですが、持っていないので丸首インナー。メイクも完璧(自分基準)です。
 写真の用意が面倒くさいのは、考えられうる限りのきちんとした仕度をしなければならないのがおっくうだからです。面接の時だってそうなんですけど。
 さらに、実物には自信がないので、スピード写真でなく、腕のいい写真屋さんに撮ってもらわなければなりません。見栄の問題だけでなく、写真は提出書類の中で最もビジュアル的に目立つ部分であり、書類の印象を左右するからです。
 
 昔からデパートの写真室が、腕前については間違いが少ないと申しますが、以前撮ってもらったデパートの写真室に行ったら、なくなっていました。
 その後3軒のデパートを回ってやっと写真室を置いているところを見つけましたが、デパートの上の方のフロアに写真室というのはもう珍しい構造になってしまったのでしょうか。デジカメ普及で写真屋さん自体が減っていそうです。
 
 私がやっと見つけたところは、専門のお店が場所を借りているのではなく、デパートの直営でした。撮影してくれる人は普通の従業員風です。カメラもデジカメでした。写真室は、何か古臭い、ものものしいカメラで撮っていませんでしたっけ。もはやどこもデジカメでしょうか。
 一従業員に見せかけて実は凄腕のプロカメラマン、という可能性もないではありませんが、出来上がった写真を見る限り凄腕とまではいかない気がしました。
 
 顔は写っているのですが(当たり前だ)、もう少しきれいだったら(それは元々が)、と4×3の小さな長方形を凝視せずにいられません。
 昔は詐欺まがいなほど(いけないのでは)美人に撮ってくれる写真屋さんがいたものです。今も探せばいるのかも知れませんが、1回撮ってもらわないとわからないので捜索には時間も費用もかかりすぎです。
 ええ、おっしゃらないで下さい。私が撮影者の技術やカメラの性能では誤魔化せないほど(自主規制)なのでは、とは。
 
 
 4月8日の記事。今日は巨人VS阪神3連戦の3戦目ですが、岡田監督のやる気ない采配ぶり、2勝したからもういいと思ったのか、巨人は3回のチャンスで早くも投手に代打を出して総力戦の様相なのに、阪神はその時逆転されているにも関わらず、直後の4回、2アウト満塁のチャンスに投手にそのまま打たせていました。特に調子よくもなかったのに。今日は原監督執念の勝利でした。なお、これはほんの独り言なので
「先発投手は最低5回まで投げさせるのがセオリーです」
などのコメントはしないで下さい。
 たりないもの占いと同様、GIGAZINEで紹介されていた 取扱説明書メーカー。なお、青字のうち太字でない部分はオリジナルです。
 
chargeupさんの取扱説明書
 chargeup というのは機械っぽくていいですね。

 chargeupさんをご使用する際には以下のことに気を付けて下さい。
 
 ・ごくまれに、音声が乱れますが、仕様です。
   気に入らないことがあると暴れますが、仕様です。
 
 ・冬場に動作が遅くなることがあります。
   寒い日はお布団から出るのが辛いです。

 ・衝撃を与えないで下さい。誤動作の原因となります。
   ものを教えないで下さい。不機嫌の原因となります。
 
 ・高いところが苦手です。誤動作の原因となりますので、高層ビルでのご使用はお控え下さい。
   高いところから説教されるのが苦手です。努力努力が口癖の方のご使用はお控え下さい。
 
 また、chargeupさんを以下の場所でご使用にならないよう気を付けて下さい。

 ・墓地
   憑かれやすいのです。
 
 chargeupさんが故障かな?と思われる場合は以下のことを試してみて下さい。

 ・薄ら笑いを浮かべている場合、故障ではありません。
   思い出し笑いが多いですが、壊れてはいない、はずです。
 
 それでもchargeupさんが正常に動作しない場合は。

 ・エスナ、ホイミ等の、仮想世界の回復魔法が効きます。
   お世辞を言いまくるとご機嫌回復に効くことがあります。
 
 ということで、またも意味があるように見えるのが不思議です。
 
 
 4月6日の記事。野球のある日に少し遅く帰って来ると、試合が終わるまでお風呂に入れないので時間効率悪いです。