海は青さんの絵 とリンク先の歌詞に、私の妄想気味のコメント。
 
逢えて、それだけで満足していればよかったのに、愛されたいと願い、もっと愛されたいと願い、
いつ終わるのかと問えば、終わりなどない、終わらせることはできても、という答。
恋愛も仕事も人生もそうなんだろうな、と思うと、絵の女性の口元はニヒルな微笑みに見えたりします。

 
 つまり、人生は高望みしてはいけないということです。そこそこで満足していれば幸せなのに、人の欲望は限りなく、1つがかなったらその喜びをすぐ忘れ、また次が欲しくなります。
 しかし、最初からあきらめムードというのも説教されやすい、ではなくて人としてどうかと思うので、どこでここまでで満足しておこうという見切りをつけるかが難関です。既に説教されそうな表現ですね、ビクビク。
 説教は判断を狂わされ混乱させられるため、どうすれば説教されないかということを常に念頭に置いて行動しなければなりません。そのための活気的な案が以下です。(期待しないで下さい)
 
1 希望や目標は人に言わない
 
 私はかなりの年齢に達するまで、何でも聞かれたら答えてしまい、考えていること垂れ流し状態でした。説教する人はこちらの事情など全く考えず正論(?)をぶつけてきます。
 今流行の大学受験話からです。受験勉強の目標として、志望大学を高めに設定し、実際の受験の時期になったら日程や学力を考慮して受験校を決めようとしたら、複数の友達(というかコミュニティメンバー )に
「ずっと行きたがっていた大学じゃない、受験もしないの、このままあきらめてもいいの、絶対後悔するよ」
とかなりしつこく迫られました。今読むと青春しているなあという感じですが、言われたことをすぐ本気にする私はまたも混乱させられ、罪悪感にかられました。
 
 こういうシーン、漫画でありますね。くじけそうになった主人公に
「あきらめては駄目」
と叱咤激励する友人、立ち直る主人公、という図。こういうのがスッと入ってきて、こういう時はこう反応しないといけないのだと操られてしまいます。
 意識を持ったマジンガーZだと思って下さい。特に話し言葉の場合、よほど
「だまされないぞ、こいつは嘘つきだぞ」
と身構えていないと、スッと入ってきて操縦されます。身構えていることがばれたらそれはそれで別な説教をされます。
 
 普通はみんな、大事なことは人に言わないのです。そして、他人の大事なことを聞き出しては青春しようとするのです。
 
2 信頼できる相談相手を持つ
 
 1と矛盾しますが、判断力も怪しいため、相談相手、というか、私は通訳でいいのですが、必要です。
 大人になると周りも大人なので、私の言葉に慣れて理解しようとしてくれる人もいますが、10代だと友達も10代だし、親には毎日しこたま怒られているし兄弟とはケンカばかり、先生は本に書いてあることしか言わない、と、意外と相談相手を見つけるのに苦労する時代です。
 私はいつも人間不信なことばかり書いていますが、私と世界をつなげてくれる 存在を信じてもいます。このブログで出会った人も含めて。
 
 
 4月10日の記事。「信頼できる相談相手」を結婚相手と勘違いされた気がしないでもありません。そういう意味ではないんですけど。
 それと全く関係ありませんが、ものを教える系コメントは、1つくらいならいいけど2つ3つと続くと、注意書き見ろ、とピリピリしてきます。書く人にしてみれば1つめを見て、
「これくらいならいいんだな」
と受け取るでしょう。かと言って1つめからガンガン削除するのもなあ。我慢に我慢を重ねて爆発すると
「最初に言え」
と言われるけど、ちょっとくらいだったら普通言わないでしょう、誰だって。