Yahoo!ブログのコメントは、コメント者が自分で削除することができます。私もよそ様で1度投稿したコメントを書き直したりすることがあるので、この機能は便利です。アメブロはコメント投稿者による削除ができないため、荒れ出すと猛烈に大変なことになると、身に染みています。
 
 しかし自分の過去記事を見ていて、いつの間にか他の人のコメントが消えて私のレスだけが間抜けに残っているのを発見すると、知らないうちに自分のブログのコンテンツが他の人の手で編集されていることがあるというのはどうなんだろうという気はします。今も、私が気づかないだけでどこかにあるかも知れません。
 いつも人様のコメント消しまくっているくせに何言っているんだということではありますが。
 
 コメントが書いた人のものであることに疑いはありません。他者のブログに書いたコメントでも、書いた人に削除権限が与えられているということは、そうする自由はあるということになります。
 同様に、管理人にも削除権限があり、一定の権利を有しています。それがコメント者の権利を上回るとは考えていません。
 
 当ブログでは、コメント欄のやり取りがかなり重要な意味を持っています。わたりとりさんとちょっちぷんさんがある日、私のブログについているご自分のコメントを全部削除したら、コンテンツ的に大損害です。(もちろん他の人もよ。意味深いコメントはたくさんあります)
 コメント欄が長くなった場合、その中の一部が消えると流れがおかしくなります。自分でわかっていて消すのならいいのですけど。
 アメブロの荒らしコメントは私が消しまくってしまったため、今となっては話の流れが訳わからないのですが、私のせいです。残しておいた方がよかったかしらと思わぬでもありません。
 
 繰り返しますが、コメント主に削除権限がある以上、過去記事にさかのぼって削除する権利はあり、ブログ主が
「勝手に消すな」
と主張する方が横暴な感じがします。
 自サイト内にある他者作成のコンテンツに対する理不尽な権利主張、つまりは、
「お前の物は俺の物、俺の物も俺の物」
を正当化する考え方はないかなあと思ったものの、なかったということです。
 
 
 6月13日の記事。アメブロは管理人でないと削除できないのです。珍しくアメブロで言及リンクをいただいた のでお礼にリンクするのです。お礼になっていないかも知れませんが。
 割と反響いただいた前記事「努力の姿勢を見せる会 」ですが、話を進める前に(進むのか)述べておきたいことがございます。
 
 私は努力の姿勢を見せることが、自分の生活の質を高める上で優先順位の高いこととは考えていません。やるべきことができていれば、努力の姿勢などどうでもよくなるからです。
 ちょっと気の利かない人だなとか、言わないとわからないんだなと思われるくらいは仕方ありません。むしろ、そういうキャラクターであることを知らしめるのは、その場所で生きていく上で有効な手段です。
 努力の姿勢を見せなければならないのは、結果の出ない時です。
 
 出世を目指す人は別です。正社員でずっと平社員希望というのは、今時通らないでしょう。出世を目指すのであれば、結果を出してなおかつ努力の姿勢を見せ なければなりません。そうでないと、まだやれるのに手を抜いているように見え、部下の手本にならないと判断される恐れがあります。
 
 私のような、出世に無縁の非正規雇用労働者にとって、努力の姿勢を見せなければならないのは、ズバリ、
「仕事を覚えられない時」(永遠のテーマ)
です。この時、教える側は猛烈に腹を立てているので、努力の姿勢くらい見せておかないと腹の虫が納まらないのです。
 しかし見せたところで、実際にできるようにならなければどうにもなりません。1、2ヶ月ならもたせられるかも知れませんが、努力の姿勢だけで実質的な仕事をせずに何年も勤めるというのは困難です。
 
 ただ、学術的な興味はあります。
「努力しているかどうかは見ればわかる」
とよく自信たっぷりに語られますが、私は会社の同僚くらいの間柄では、努力しているかどうかなど見てもわからないからです。
 この人は努力しているかしていないかという目で人を見ていなかったし、現実問題1人の人を1日中見張っていることはできないし、わかるのは能力の有無だけです。わかるという人がどこをどう見ているのか、たとえ仮説でも、発見するのが楽しみです。
 
 
 6月12日の記事。このネタは定期的に発動するものの好き嫌いが分かれるから(それを言い出すとどのネタもそうなんだけど)、説教を受けないよう無難に通すのが難しいです。今はちょっとアレなんですけど、またしばらくしたら発動すると思うので、努力ファン(違)の方はお待ち下さい。
1 努力の姿勢と思われそうなこと(例)
 ・サービス残業   ・昼休みも厭わず働く   ・進んで持ち帰り仕事をする
 
2 努力の姿勢と思われそうにないこと(例)
 ・急に休むことになっても1度出勤してその日の仕事を同僚に引き継ぐ
 ・わからないことはわかりません、できないことはできませんと言う
 
 努力シリーズが完結を見たものの、「努力の姿勢」という新たなキーワードが好奇心を誘い出してくれます。理想としては、今後いくつか記事を書いて材料を集め、投票に持ちこむことですが、面白い材料が集まらなかったらすぐ終わるかも知れません。
 
 人は努力の姿勢を見せる目的で上記1のことをしているのではないと思うのですが、私のような人だと、別にドライな訳ではなくて、昼休みは昼休みを取らないといけない、そういうものであると思いこんでいることがあります。
「昼休みも仕事した方がいいんでしょうか」
と聞いても98%否定されます。せいぜい、
「新人のうちはそういう姿勢が大事なんじゃないの」
くらいで、当然私はこれを「昼休みも仕事しろ」という意味には取りません。
「そうか、そういう姿勢が大事なんだな」
と思いながら普通に昼休みを取ることでしょう。そして、言い聞かせた人は腹を立てるでしょう。
 
 さらに難しいのは、
「昼休みはしっかり休んで」
という言葉は、発話者的には嘘ではないんですね。本心では
「働けゴルァ」
と思っている訳ではない(思っている場合もあるが)のですが、労働者の権利を投げ打ち仕事に打ちこむ人はそうでない人より「印象」がいいのです。その結 果、昼休み働いたという事実ではなく、一生懸命な人という「印象」だけが記憶に残ります。(推測です。私なら事実の方だけ覚えています)
 
 私も、例えば午後1時から会議だから人数分のお茶入れて、と言われたら、昼休みが1時までであっても15分前には切り上げてお茶の準備をします。しかし 何も言われていないのに、むしろそうするなと言われているのに、自主的に昼休みを削るというところに全然発想がいかないのですね。
 今日の記事の内容は、「努力とは 」のわたりとりさんときるくるさんのコメントを続けて読んだら気づきました。
 
 努力の姿勢を表す記号は他にもあると思いますが、労働時間に関することが一番簡単にできそうです。自主的に早めに出勤する、自主的に昼休みを遅めに取る、といったことで
「仕事はできないけど一生懸命やっている」
の印象を与えるのです。これだから日本の労働時間は短くならないのだなとは思いますが。
 
 
 6月8日の記事。この記事のコメント欄から、以前論じた「共同体感覚」の話が復活し、意外な方向に向かうのでした。私が暴れたのは意外ではなくいつものことです。
 ところで今日の阪神×巨人はさすがに負けそうですが、この前の横浜戦の時のことがあるのでまだまだわかりません。
 コメント論的に興味深いエントリーが最近ありました。
 
極東ブログ様 もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。
ITmedia様 ブロガーがうつの“駆け込み寺” ネットでリアルに助け合い
 
 上の極東ブログ様の記事は、第1報では全く興味を引くものではありませんでした。コメントを承認制にするブログは珍しくもないからです。これが、はてブ界においてトリアージに続く大流行ネタになるとは思いませんでした。(トリアージもう忘れられている)
 
 うつの駆け込み寺やっているブログはYahoo!ブログなのですが、管理人は読者にもYahoo!ブログを作ることを奨励しています。
 確かにこういった目的には向いていると思いますが、真っ先に心配したのは荒らしコメントは大丈夫なのかということです。病気障害系ブログには、いかにも荒らしな荒らしから、アドバイスしたがりの善意の素人まで迷いこんできます。
 Yahooのコメント機能は、承認制にできずIP拒否もできず、芳しいものではありません。過去にもこういう企画をして、荒れて閉鎖に追いこまれたブログはありました。
 もしかしたらファン限定になっている部分がメインなのかも知れませんが。
 
 全く関連性のないこの2つの話題を見て、ブログのコメント欄が
「誰がどんなことを書いてもよい。管理人は何を書かれても耐えなくてはならない。それができないなら公開でブログを書くべきではない」
という常識から、別な流れに向かおうとしていることを妄想しました。
 
 トラックバックはスパムのご活躍により、ほぼ滅びました。承認制には反対も多いのですが、このままではコメントも滅びます。ブログ内のコメントは管理人が選ぶことができる、というのは言いすぎでしょうか。
 議論は記事同士でやってくれないかしら、というのは、私が見づらいからというだけではあります。
 
 楽しくパーティしている場所に乱入して傷つけて追い出して、出て行ってくれと言われるとパーティ開くのが悪いと主張するのが正しいとは、とても思えません。
 上の、コメント承認制の記事で、「私塾のすすめ ここから創造が生まれる(齋藤孝・梅田望夫)」という本から引用した部分がありますが、いいお話でした。1行だけ孫引用。
 
 でもオープンにしていなかったら、そのメンバーは出会えなかったわけです。
 
 ネットで最も素晴らしい出来事は、奇跡的な出会いです。それは許されるものであって欲しいです。
 
 
 6月7日の記事。コメント問題で騒ぎを起こす度悩むけど、コメント欄がブログを滅ぼすものであってはならない。コメントもトラックバックも滅んだら、それはブログではない。
 ブログからプロフィールへのリンクがかなり目立つ所にできたので、プロフィールの修正を検討しています。
 Yahoo!プロフィールはYahoo!Days(SNS)のプロフィール欄を兼ねている仕様なのにブログともつながっているのは困ったものですが、SNSは放置していて訪問者もいないし、ブログから見る人の方が多いでしょうから、ブログに合わせるべきでしょう。
 
 今、このブログ内でプロフィールらしきものは「初めての方へ」の20の質問と30の質問、それからゲストブックのブログ紹介文です。どちらもイマイチですが、仮設住宅的にリンク貼っておきます。
 あと何書けばいいんでしょう。うーん、うーん、こういう時はグーグル先生です。「プロフィールの作り方」で探しました。
 
『華麗なる経営コンサルへの道』様 「最強のプロフィール」の作り方 より
 
プロフィール作りの3ステップ
 
1 キーワードの書き出し   2 USP(独自の売り)の明確化   3 ストーリーを描く
 
 おおなるほど。ブログのプロフィールを想定している訳ではなさそうですが、これはいいですね。
 
 まずはキーワードの書き出しです。発達障害。ネット論。妄想。はてブ。派遣社員。労働問題。ちゅうねんの悲哀。社会派。えーと、あと何かありましたっけ。
 
 次に独自の売り。ちゅうねん派遣OLが長続きしている日記。発達障害者が働いていて困ること。怒っている感漂うブログ。実はジャンルはお笑い。あと何かありましたっけ。
 
 ストーリー。成人してから診断を受けた発達障害者が、様々な出会いから社会派に目覚め、やがて差別問題やワーキングプア問題に取り組んでいく姿をユーモアたっぷりの筆致で描く感動大作。えー、これは、全然違いますね。いろんな意味で。
 
 もっとキーワードが集まってから練り直します。よいキーワードございませんか。
 
 
 6月5日の記事。プロフィールはコメント欄を受けて少しずついじっておりますが、まだまだです。ところで今日の横浜×阪神すごかったですね。7対4で9回ツーアウトツーナッシングでは決まりだと思うではありませんか。でも逆転するところが。これからオリンピックと甲子園大会が控えていますので、その前にマジック点灯させておきたいところです。