Yahoo!ブロガーにはおなじみの内緒コメントですが、その性質上、他の人の所にはどんなことが書きこまれているのか見る機会がないため、私の内緒コメント観は自分宛に書かれた内緒コメントによって育てられてきました。
 このところ、内緒コメントに関する話題を見聞きすることが増えたので、自分なりに考えを整理してみました。
 
1 内緒コメントの種類
 
A コメント者にとって、公開したくないもの
B コメント者が、管理人はこれを公開でコメントされると困るのではと気づかっているもの
C なぜ内緒なのかわからないもの(なぜない初七日と変換されたことを記す)
 
2 内緒コメントの返信方法
 
a 相手のブログのゲストブックあるいはコメント欄に内緒でする
b 内緒様と呼びかけながら普通にする
c 返信しない
 
3 返信方法の選び方
 
(1)そのコメントが1のABCのうちどれにあたるかを把握する
(2)Aならa、コメント者が誰かさえ隠せば内容は推測されても構わないと判断できるものならb
(3)Bで、管理人が内容を他の人に推測されると困るならa、構わないならb
 
 問題は、1C
「なぜ内緒なのかわからないもの」
です。初めてのコメントがいきなり内緒で、内容的にも内緒にする必要性を感じないものだと、どう返信したものかわかりません。
 
 相手のことをよく知らない以上、私から見ると内緒にする必要性がなくても、先方にとってはデリケートな内容である、という可能性もあります。すると、aにしておいた方が無難でしょう。ところがそれは、
「今知り合ったばかりの人のブログに内緒コメントする」
という事実を表します。
 
 あたくしそんな軽い女じゃなくてよ、ぢゃなくて、それまでコメントのやり取りが全然ない人への初コメントが内緒、というのはかなり抵抗あります。
 私の都合で内緒にする訳ではないから公開されても構わないのですが、内緒コメントはメールに近い性質を持つとも聞きます。メールはコメントより生々しい のです。
 考えたあげく返信しないことになります。内緒コメントにするのは単なる癖、という人までいます。人を悩ませている割には軽く考えているのだな。
 
 内緒にしたい理由が書いていない場合はどう解釈するかが管理人の判断に委ねられる訳で、信頼関係ができていないうちに内緒コメントをやり取りしようとすると、トラブルがあっても不思議ではありません。
 もちろん一番困る内緒コメントは、内緒罵倒 です。
 
 
 6月3日の記事。昨日、Yahoo様に内緒コメント投稿機能を設定で停止できるようにして欲しいと要望を出しました。今日返事が来ました。結論は検討しますなんですけど、コピペっぽくはなかったです。同じような要望がたくさん来ていてそれ用に準備したコピペかも知れませんが、だとしたらなお期待できます。
 転載のデフォルトオフも実現したのですから。内緒コメントはデフォルトオンでいいです。設定で変更できれば。
 努力投票の結果(Yahoo)は下記の通りです。いつもありがとうございます。お陰で努力の正体に近づけました。
  
時間 3人   やる気 4人   結果 1人   罵倒 0人   山ごもり 3人
 
 意外に拮抗したものの、やる気が1位とは、現実の厳しさが寒いです。他の選択肢に比べると具体性が薄く、やる気がない、と他人に決めつけられたら存在証明しようがありません。
 努力しろと言っている人は具体的な何かを想定している訳ではなくて
「気概で突き進め」
の時と同じく何も考えていない、というのが妥当な線なのだと思います。
 ブログで努力が足りないと言われたら、ああこいつ何も考えていないんだな、ということだし、会社で言われたら首を洗っておこうということです。
 
 大学院生の方のブログによると、何かできないことがあった時、能力ではなく努力と方法のせいにするのが 教育学的には模範回答なのだそうです。方法のせいだと、例えば仕事を覚える時だと教え方が悪いということになるので、努力のせいにせざるを得ないんでしょう。必ずしも本当に
「努力していない」
と信じているのではなくて、一種のコミュニケーションコードというか、何かのシンボルのような、要するに文字通りの意味ではないということです。
「努力はしています」「努力って何をすることですか」「それはやったんですけどできませんでした」
というのは怒られるだけだし、わかるのはこの人怒っているんだなということです。
 怒らせないようにするにはどうしたらいいのかと考えるのも無駄なことです。どうせ相手は何も考えていないのですから。裸の王様がどんな服を着ているか答えろ、間違ったら打ち首だぞ、と言われているようなものです。
 
やる気のあるニート >>> 越えられない壁 >>> やる気のないように見える労働者
 
ということでますます説教するニートを増長させる結果ですが、やる気のあるニートに自分がなりたいかというと、なりたくありません。私なら、自分が働いていないのに働いている他人様に
「あなたは努力していない」「甘えている」
などと説教するようなみっともない姿はさらしたくありません。
 
 ということは、私は望んで彼らに説教される側にいるということです。あんな恥ずかしい真似をするくらいなら、やる気がなくて結構です。説教は禁止ですが。
 明日からまた仕事です。日曜の夜は憂うつです。でも仕事がないともっと憂うつになるので、がんばって行って参ります。それが私の努力です。
 
 
 6月1日の記事。すごく昔のことのようです。
 異文化交流議論 の頃、
「相容れないなら近づかない」
ということをよく主張しました。異質な他者との交流にはお互いあるいは一方に何らかの変化を促進することがあります。変化に耐えられないなら近づくべきではありません。
 
 と書くのは簡単ですが、近づかないというのも、苦痛とまではいかなくても苦味が伴います。
「悪口言われてているんではないだろうな」(ネットなら書かれているんではないだろうな)
とかみみっちいことを気にしてみたり。自分を通したいなら相手にも権利があります。
 
 どこからなら戦うべきなのか、サブブログが荒らされた時、その選択をしました。
「私が書くことが不快なら、見ないという選択をしていただけないでしょうか」
「ブログは誰でも見ることができるもの、来ないで欲しいというならブログに向いてないよ」
(自分のブログには私のPCから行けないようにアクセス制限かけて、ついでにコメント欄塞いでいる人)
 
 私が今のキャラ(超攻撃的キャラ)になった瞬間です。こっちが平和的に済ませてやろうとしているのに、下手に出ればいい気になって、そっちがその気なら戦う以外の選択肢はありません。
 こういうことがあってブログを閉鎖する心優しい人は多いでしょう。私だって訪問者様に性格の悪い人だと思われたくありません。
 
 そこを踏ん張っても、半年くらい恐怖(何を書いても誰かに文句言われるのではないかという)でろくな記事が書けなかったし、訪問者もコメントも更新も段々減って、フェードアウトした可能性は十分ありました。
 というか、今こうして書いていると、2:8くらいでそちらの可能性の方が高かったのではないかという気がします。よくがんばったな自分。周りの人もね。
 なるべく戦わない方がいいのです。自分が滅びる可能性も低くないのですから。そうなったら、その人を好きな人が悲しみます。せめて無視か儀礼的無関心 へと願いたいですが、他人が止めることのできないものでもあります。
 
 それにしても、
「ブログは誰でも見ることができるもの、来ないで欲しいというならブログに向いてないよ」
と言う人が自分のはアクセス制限していて、
「努力しないと始まらないのです」
と言う人がニートで、
「ブログを見る限り努力が足りない」
と言う人がブログを見る限り1日中ゲームしていて、
「私はこうしています」
と言う人が、自分のブログにそう書かれると私が駄目だと言いたいのかとキレていて、
「人に助けてもらうのは甘えだ」
と言う人が人に助けてもらって生きている、というのは、私の頭脳で理解するには余りあるブラックホールです。
 
 
 5月31日の記事。こうして並べると愉快な人たちですね。自分がニートだと相手もニートだと思ってしまうのだな。私も全くプロフィールの不明なコメント者だと、自分と同じく働いている成人を想定してしまいます。違和感あるコメントを見たら
「こいつニートか」
と疑うようにするとよいですね。
 いよいよYahoo!プロフィールがブログとつながりました。が。いつも新しいサービスがリリースされる時そうであるのと同様、あちこちで小混乱を起こ しています。いくつかは予告されたことですが、予想をはるかに上回る事態になっているのは予想通りです。いつものように、現状、私が気づいた点を列記して おきます。
 
 参考: Yahoo!プロフィール    Yahoo!プロフィール2
 
1 表示名
 
 Yahoo!プロフィールの表示名がブログの表示名になるということは予告されていましたが、あんな目立つ場所(アバターの上)であったとは知りませんでした。しかも引っこめられません。私はプロフィールの表示名を「ちゃあじ子」にしていたのですがIDに変えました。
 
 表示名は訪問者履歴にも多大な影響を与えています。日本語で書かれたハンドルの人、IDのままの人、一部変な伏字になっている人がいます。
 自分のIDが変な伏字になっているのを見て急遽プロフィールを設定した人も多くいらっしゃるようです。まだの人はすぐ設定しましょう。名前アイコンをつけていない人は、過去に入れたコメントに表示されているIDまで伏字になっていて怪しいです。
 
 さらに、詳細は書きませんが、ブログIDが本IDかニックネームか微妙にわかったりしますね。これはニックネーム設定の趣旨からするとプライバシー上まずくないのでしょうか。まずくないならいいんですが。
 
2 他のニックネームでの利用サービスから飛んで来れる
 
 早くも知恵袋にこの問題が出てきて います。Yahooでは1つのIDで最大6つのニックネームを設定し、サービスによって使い分けることができますが、これまでの「公開プロフィール」では、ニックネームごとに別なものを作成できました。
 Yahoo!プロフィールは1つのIDにつき1つです。今後他のサービスとの連携もYahoo様がお考えだとしたら、この問題は増えていくでしょう。
 
3 ブログからプロフィールへのリンクがやけに目立つ
 
 今までは、ブログのどこからプロフィールに行くのか、自分がYahoo!ブログを作っていなければ(作っていてさえも)なかなか気づかないような場所でした。しかしこうなった以上、多くの訪問者がプロフィールをのぞくでしょう。
 
 プロフィールをブログとは別立てで運営していた人もいるはずです。ブログの読者に見せるためのプロフィールと、他の所から来た人に見せるプロフィールでは、同じ自己紹介でも趣旨が違ってきます。
 ブログIDがニックネームならプロフィールとの連携を切ることができますが、本IDだとできません。それに、連携を切ってしまうとプロフィールはずっと(かどうかわかりませんが)「旧公開プロフィール」です。
 
 私は昨日帰宅して度肝を抜かれましたが、まだこれからいろいろ出てきそうです。
 
 
 5月29日の記事。みんな何だかんだ言ってプロフィール大好きのようです。ブログをニックネームで開設している場合はプロフィールとの連携を切ることができるのですが、他の人がプロフィールを華やかにしているのを見ると自分もやってみたい、しかし他のサービスであんなことやこんなことをしているのがばれては、というジレンマです。そう言えばアメーバプロフィールというのもありました。
 宅配新聞をやめてから、新聞代わりにニュースを収集する方法を試行錯誤しています。RSSで新聞社のニュースを受け取るようにしたものの、見出しだけでも1日に100項目くらい来るので読むのが大変です。
 
 一応見出しだけでも目を通すのですが、重要なニュースよりも、自分の目を引くタイトルのニュースだけ見ている気がして、知らない間に偏食になっていないか心配です。
 
 紙の新聞は、一面にその新聞社が最重要と判断するニュースが掲載され、他の面でも重要度の高いニュースほど見出しの活字が大きかったりして、これを読んでおけば偏食にはならないだろうという安心感があります。
 
 POLAR BEAR BLOG様「インターネットと比べ、新聞は見出しや記事の大きさからニュースの価値判断が分かる」という言葉は重要 (長い)では、新聞が情報の選別をしてくれるのは便利だけど、それは新聞社の選んだメニューであり、フラットな思想に基づいている訳ではないことを危惧もしています。
 
 そうは言っても、1日に発生するニュースは膨大で、とても全部を咀嚼する暇はありません。私のような平凡な派遣OLが一般教養の範囲で知っておくべきニュースは限られています。それはすなわち、
「代表的な全国紙に掲載されているニュース」
ということになります。
 
 それで、今はあらたにす を 見ています。朝日、日経、読売の一面トップ記事の見出しが並び、「社会面」「もっと読む」などから他の記事を見ることもできます。「注目テーマ」では、そ のテーマの記事群を過去にさかのぼって読むことができ、「最新ニュース」からはリアルタイムの最新ニュースもわかります。
 朝7時くらいにその日の朝刊分が掲載されるので、朝は見出しだけ見て、帰宅してから他のニュースも含めゆっくり読めばよいのです。
 おお、これは便利であります。3紙を見比べておけば思想が偏ることもないでしょう。
 
 あちらを立てればこちらが立たないのは困ったものですが、これだけだと今度は少ない感じです。新聞に掲載されている全ニュースを網羅している訳でもないようですし、ブログネタとなるような、もう少し珍しいニュースも必要です。
 はてなブックマークの人気・注目ニュース、グーグルニュースのアラートなど、便利なものはいろいろありますが、すっきりと情報収集したいという悩みはつきません。
 
 
 5月27日の記事。そういえばグーグルニュースのアラートが最近来ません。たまたま私の興味あるニュースがないだけでしょうか。心配だから後でチェックしよう。