今日は美容院に行ってきました。美容院といえば美容師さんとの会話がおっくうです。
「ゴールデンウィークはお休みですか」
「ええ、まあ」(ずーっと休みだよ)
「どこか行くんですか」
「どこにも行きません」(そんな気分じゃねー)
失業中の者にとってゴールデンウィークは、世間が華やかなだけでも気持ちが暗くなるのに、求人も止まるのであせります。
 しかし就活以外のまとまったことをする機会でもあります。何年も手をつけられずに目をつぶっていたことがあります。このゴールデンウィークこそやり遂げなければなりません。テーマは
「際限なく捨てる」
です。
 
4月29日(水)
 3月に撮影した 履歴書用写真がなくなりそうなので再撮影。
 
【事前準備】 掃除用具(使い捨て雑巾、段ボール箱、ゴミ袋)を用意
 
5月2日(土)
 机の上に際限なく積んである何かを捨てる、必要なものは段ボール箱に移す。
 
5月3日(日)
 マスクをし、ベッド脇に際限なく積んである埃だらけの何かにハタキをかけつつ捨てる。
 
5月4日(月)
 本棚に入りきらない本を捨てる。入りきらないけどどうしても捨てられないものは段ボール箱に移す。
 
5月5日(火)
 紙ファイルに突っこんである何かを捨てる。
 
5月6日(水)
 段ボール箱に入っているものをさらに厳選して捨てる。
 
 捨てるったら捨てる、迷ったら捨てるのです。そうしないと片づきません。生活感のないすっきりルームにするのです。結果は聞かないで下さい。平日はハローワークに通ったり、その他就職イベントに参加するつもりです。
 
 
 4月26日の記事。さすが公開の場に書くと違うものです。かなり片づきました。まだシュレッダーにかけなければならないものが残っていますが。
 昨夜、全裸で叫んだ容疑で逮捕されて釈放されたタレントさんが記者会見しました。きちんとした服装、真面目そうな容姿、真摯な態度、立派な応答は、面接 を受ける理想的な就職希望者を思わせました。それは、私が失業中で、何でもそれに結びつけやすい精神状態になっているからでしょう。
 
 昔、別なあるタレントさんが何かの事件の謝罪会見中に怒りだして、その怒っている映像が繰り返しワイドショーで流れて、いかにも
「謝罪会見だというのに反省もない、けしからん」
な映像になっていました。最初は真摯な態度であったものの、記者の意地悪い質問が繰り返されて
「いい加減にしろ」
となったその部分だけが切り取られた、と週刊誌に書いてありました。
 
 芸能人の記者会見というのは、どの部分を切り取られても揚げ足取られないように話さないといけないのだなと思いました。私はブログでさえ、切り取られるとろくなこと書いていません。全体的に見ればまともなことも書いているのですが。(そうだっけ)
 
 今回のタレントさんは事務所の力も強いし、事前にどんな質問をされるかある程度決まっていて、何を答えるかもしっかり考えた上で会見に臨んだのだろうと 思いますが、私だったら(失礼な置き換え)反省の表情をキープしつつ、適切な文言を適切な韻律で話す、というのがどんなに難しいだろうと想像します。
 
 一瞬でもうっかり笑顔になったらバッチリ写真に撮られて
「記者会見でニヤニヤ、反省の色なし」
となる恐れがあります。
 こういう職業は、高いコミュニケーション能力、同時処理能力、空気読み能力を必要とするのだということがよくわかります。それは、普通の社会でも必要とされる能力です。
 
 みぞゆうの不況で面接の採用基準も厳しくなっています。記者会見に臨む芸能人の精神で面接に臨まなければならないと、考えさせられたのでした。
 
 
 4月25日の記事。この話もすっかり今は昔です。昨日書いたように仕事が決まったのですが、4年前も仕事が決まってから変な無職が湧いてきて
「努力が足りないだけ、努力努力努力」
と荒らし始めたので、今後どう進めていいものか割と迷います。(無職なのが悪いという意味ではありません)
Yahoo!ブログからのお知らせ
「メッセンジャーの友だち」の新着情報が確認できるようになりました
 
 余計なお世話だ。これに困ってしまいました。私は3年前、好奇心からメッセンジャーをダウンロードしたものの、パソコンのフォルダをのぞかれそうになって、びびってアンインストールした過去があります。
 
参考:過去記事 Yahoo!メッセンジャー
 
 その時パソコンのフォルダをのぞこうとした人のブログが新着情報に表示されます。確かにやり取りはあったけど、いつ友だちになったのだ。
 その人には他にも気持ち悪い行動を取られているので存在を忘れたいのですが、何と、メッセンジャーの友だちはメッセンジャーからでないと削除できないのだそうです。とっくにアンインストールしてしまったし、当時とパソコン違うし、
 
 メッセンジャー = 気持ち悪い
 
という思想にとらわれているので、またインストールなんてまっぴらです。今はインストールしなくても、web上から利用できるようですが、Yahooの サービスの中には1回始めると退会できないものもあるし、メッセンジャーを利用しているという痕跡が残るのも気持ち悪いです。
 
 Yahoo様に削除してほしいと問い合わせたところ、やっぱり自分でやらないと駄目なので、web版にログインして削除するようにというご回答でした。仕方ないので結局ログインして外しました。大丈夫だろうな。
 どんなものなんだろうと好奇心でダウンロードしたのが若気の至り(あまり若くなかった)、それは一生つきまとう影となるのです。
 
 
 4月24日の記事。Yahooでは発表しましたが、仕事が決まりました。今後記事の中で明らかにしていきます。
 当ブログの就職活動記事でもおなじみの
「私は人事担当者ですが」
さんは、個人ブログの他、2ちゃんねるやQ&Aサイトにも生息しています。彼ら(まさか1人か)には次のような特徴があります。
 
1 Yahoo!ブログにおいては非ログイン、自分のブログのURLなし
2 ハンドルは「人事担当者」「元人事担当者」「採用担当者」「元採用担当者」
3 個人ブログや2ちゃんねる(専用スレ除く)ではか弱い就転職希望者を動揺させる書きこみをする
4 ログインしないと書けないQ&Aサイトでは極端なことは書かない、逆に言えば普通のことしか書かない、しかし素直な質問者に「さすが人事担当の方のご意見は参考になります」と持ち上げられている
 
 この人たちはさも自分に採用の権限があるように装っていますが、何者なんでしょう。会社によって人事部(課)の位置づけは様々で、私の知っている範囲のことが主流とは限りませんが、その上でやや断定的に書きます。
 特に中小企業の場合、人事担当者は求人関係の業者とのやり取りや面接の連絡、設定をしますが、採用権限を持っているのは、配属予定部署の所属長か役員、あるいはそれに近いポストの人です。
 人事が採用の権限を全て持っているという会社もあると思いますが、それでも決定権を持っているのは人事部長とかそれなりの人でしょう。
 
 そこまでいかなくても、2、3人いる面接官の1人を務め、合否に対する意見を述べられるポジションは
「人事担当者」
に限りません。中堅社員の1人として応募者の多い企業の新卒採用の一次面接を担当し、自分の裁量で二次面接に進めたり落としたりした経験を持つ人は少なくないと思われます。契約社員、派遣、パート、アルバイトの採用面接まで範囲を広げればもっと多くなります。
「私は人事担当者ですが」
の正体はこの辺なのではないかと妄想しています。もちろんただの妄想なので根拠は偏見です。
 
 人事は求職者から見ると面接で偉そうにしている人みたいですが、採用した人に辞退されて上司に怒られ、採用した人が変な人で(ごめんなさい、それは私です)怒られ、不採用にした常識のない人に
「理由を教えて下さい」
としつこく電話で迫られても丁寧に応対し続けなければならず
「対応が悪かった」
と上司に手紙を出されたりネットに書かれたり、そのくせ偉そうにしているだけの楽な仕事だと思われて切ないものです。私は人事担当者ですがさんの書きこみは、そういうイメージを助長しているだけに見えます。
 
 
 4月22日の記事。面接官はおっさんが多いですね。おっさんは2ちゃんねるをしない、とは申しませぬが。
 「どす黒い善意 」コメント欄からスピンオフ。私の被害妄想がこんな流れになっていました。この記事はその続きになると思って下さい。
 
発言小町「今日のおかずは『残飯』って変ですか
 
 上のリンク先で、「ババア」「残飯」を悪気なく使った男性が叩かれています。この表現はひどいと思いますが、逆の場合、つまり言葉の使い方がマイノリティの側がマジョリティの言葉に傷ついた場合、
「そういう意味じゃない」
の方が通ってしまうんだよな、とひがんでしまいます。
 言われて嫌だと思ったら、その言葉をやめて欲しいと発話者に伝える、そう言われたら発話者は言わないようにする、というシンプルなルールであれば世の中簡単なのですが。
 
Ⅰ 定型発達者は余程でない限り、嫌だと思ってもやめて欲しいとは言わない
Ⅱ 私は言う
Ⅲ 自分は人の嫌がることを平気で言うくせに自分が言われるとうるさい、と非難される
 
【Ⅱから枝分かれ】
Ⅱ-1 「それはそういう意味じゃない」「受け取り方がおかしい」と言われ、謝罪もない
Ⅱ-2 まれに、定型発達者にそう言うのはやめて欲しいと言われる
Ⅱ-3 自分が言った時はⅡ-1の対応しかされたことがないので、同じようにする
Ⅱ-4 「相手が傷ついているんだから言い訳してないでやめろ」と怒られる
Ⅱ-5 なぜ自分だけが譲らないといけないのかわからずパニック
 
 こう書くとまた
「自分が嫌な思いをしたならなおのこと、人にしてはいけないんではないでしょうか」
と説教されそうですが、性格の悪い私にそんな天使のような発想はなく
「他人は私にどんなにひどいことを言ったりしたりしてもかまわないが、私はしてはいけない」
というルールで自分を納得させるしかありませんでした。納得しませんが。
 
 説教していた人もそうでしたが、
 
1 まず障害者は死に物狂いで努力する
2 どうしてもできない時だけ、心優しい健常者が助けてあげる
3 どうしてもできないかどうかは健常者が判定し、障害者に決める権利はない、文句あるなら努力していることを証明しろ(証明しても「本当に限界まで努力しているように見えない」で終了)
 
という思想が存在します。だから、この場合ですけど、言語的マイノリティは一方的に我慢しないといけないのです。マジョリティから見れば我慢できる範囲の言葉ですから。
 なお、また甘えだ甘えだ攻撃をする人がいるといけないので書いておきますが、私は自分の障害を周囲の人に言っていないので、障害を理由にして配慮をもらったことは1度もありません。
 
 
 4月13日の記事。私と友達ができるような人は元々懐深く我慢強いし、両親と兄弟には慣れとあきらめがあるので、こういう衝突がおこりやすいのは結婚歴の浅い夫婦の間、という気はします。私は小学生の時入院しましたが、同部屋の人たちとこういう(生活風習の違いによる)いさかいがありました。友達だと距離を取りやすいのですが、一緒に住むとなると大問題です。