「どす黒い善意
」コメント欄からスピンオフ。私の被害妄想がこんな流れになっていました。この記事はその続きになると思って下さい。
発言小町「今日のおかずは『残飯』って変ですか 」
上のリンク先で、「ババア」「残飯」を悪気なく使った男性が叩かれています。この表現はひどいと思いますが、逆の場合、つまり言葉の使い方がマイノリティの側がマジョリティの言葉に傷ついた場合、
「そういう意味じゃない」
の方が通ってしまうんだよな、とひがんでしまいます。
言われて嫌だと思ったら、その言葉をやめて欲しいと発話者に伝える、そう言われたら発話者は言わないようにする、というシンプルなルールであれば世の中簡単なのですが。
Ⅰ 定型発達者は余程でない限り、嫌だと思ってもやめて欲しいとは言わない
Ⅱ 私は言う
Ⅲ 自分は人の嫌がることを平気で言うくせに自分が言われるとうるさい、と非難される
【Ⅱから枝分かれ】
Ⅱ-1 「それはそういう意味じゃない」「受け取り方がおかしい」と言われ、謝罪もない
Ⅱ-2 まれに、定型発達者にそう言うのはやめて欲しいと言われる
Ⅱ-3 自分が言った時はⅡ-1の対応しかされたことがないので、同じようにする
Ⅱ-4 「相手が傷ついているんだから言い訳してないでやめろ」と怒られる
Ⅱ-5 なぜ自分だけが譲らないといけないのかわからずパニック
こう書くとまた
「自分が嫌な思いをしたならなおのこと、人にしてはいけないんではないでしょうか」
と説教されそうですが、性格の悪い私にそんな天使のような発想はなく
「他人は私にどんなにひどいことを言ったりしたりしてもかまわないが、私はしてはいけない」
というルールで自分を納得させるしかありませんでした。納得しませんが。
説教していた人もそうでしたが、
1 まず障害者は死に物狂いで努力する
2 どうしてもできない時だけ、心優しい健常者が助けてあげる
3 どうしてもできないかどうかは健常者が判定し、障害者に決める権利はない、文句あるなら努力していることを証明しろ(証明しても「本当に限界まで努力しているように見えない」で終了)
という思想が存在します。だから、この場合ですけど、言語的マイノリティは一方的に我慢しないといけないのです。マジョリティから見れば我慢できる範囲の言葉ですから。
なお、また甘えだ甘えだ攻撃をする人がいるといけないので書いておきますが、私は自分の障害を周囲の人に言っていないので、障害を理由にして配慮をもらったことは1度もありません。
4月13日の記事。私と友達ができるような人は元々懐深く我慢強いし、両親と兄弟には慣れとあきらめがあるので、こういう衝突がおこりやすいのは結婚歴の浅い夫婦の間、という気はします。私は小学生の時入院しましたが、同部屋の人たちとこういう(生活風習の違いによる)いさかいがありました。友達だと距離を取りやすいのですが、一緒に住むとなると大問題です。
発言小町「今日のおかずは『残飯』って変ですか 」
上のリンク先で、「ババア」「残飯」を悪気なく使った男性が叩かれています。この表現はひどいと思いますが、逆の場合、つまり言葉の使い方がマイノリティの側がマジョリティの言葉に傷ついた場合、
「そういう意味じゃない」
の方が通ってしまうんだよな、とひがんでしまいます。
言われて嫌だと思ったら、その言葉をやめて欲しいと発話者に伝える、そう言われたら発話者は言わないようにする、というシンプルなルールであれば世の中簡単なのですが。
Ⅰ 定型発達者は余程でない限り、嫌だと思ってもやめて欲しいとは言わない
Ⅱ 私は言う
Ⅲ 自分は人の嫌がることを平気で言うくせに自分が言われるとうるさい、と非難される
【Ⅱから枝分かれ】
Ⅱ-1 「それはそういう意味じゃない」「受け取り方がおかしい」と言われ、謝罪もない
Ⅱ-2 まれに、定型発達者にそう言うのはやめて欲しいと言われる
Ⅱ-3 自分が言った時はⅡ-1の対応しかされたことがないので、同じようにする
Ⅱ-4 「相手が傷ついているんだから言い訳してないでやめろ」と怒られる
Ⅱ-5 なぜ自分だけが譲らないといけないのかわからずパニック
こう書くとまた
「自分が嫌な思いをしたならなおのこと、人にしてはいけないんではないでしょうか」
と説教されそうですが、性格の悪い私にそんな天使のような発想はなく
「他人は私にどんなにひどいことを言ったりしたりしてもかまわないが、私はしてはいけない」
というルールで自分を納得させるしかありませんでした。納得しませんが。
説教していた人もそうでしたが、
1 まず障害者は死に物狂いで努力する
2 どうしてもできない時だけ、心優しい健常者が助けてあげる
3 どうしてもできないかどうかは健常者が判定し、障害者に決める権利はない、文句あるなら努力していることを証明しろ(証明しても「本当に限界まで努力しているように見えない」で終了)
という思想が存在します。だから、この場合ですけど、言語的マイノリティは一方的に我慢しないといけないのです。マジョリティから見れば我慢できる範囲の言葉ですから。
なお、また甘えだ甘えだ攻撃をする人がいるといけないので書いておきますが、私は自分の障害を周囲の人に言っていないので、障害を理由にして配慮をもらったことは1度もありません。
4月13日の記事。私と友達ができるような人は元々懐深く我慢強いし、両親と兄弟には慣れとあきらめがあるので、こういう衝突がおこりやすいのは結婚歴の浅い夫婦の間、という気はします。私は小学生の時入院しましたが、同部屋の人たちとこういう(生活風習の違いによる)いさかいがありました。友達だと距離を取りやすいのですが、一緒に住むとなると大問題です。